第37話 マニア大戦17 団体旅行

 寝台車の話の流れで、団体旅行の話へと入っていく。


 どうもこの鉄研という団体は、それほど「団体」で動くことをしないところだなという印象を持っていたが、「単独」で動くことがとりわけ目立つのが、今日お越しの諸君。マニア氏は、団体旅行というものに、いささか反感のようなものを持っている。彼は言う。

 「例えば国鉄の団体旅行扱も、私が小学生の頃の最低人数が15人でしたが、今のJRでは、8人にまで下がっておりますな。いささか、びっくりしましたね。もっとも、15人の前は22人だったとかいう時代もあったようですが」

 

「そりゃあ、個室に慣れた人が増えて、開放型の寝台が敬遠されるようになる時代ですから、しょうがないでしょう。年に一度かそこらの「社員旅行」と称する団体の旅先での「どんちゃん騒ぎ」のような、くだらない風習が消えていくのは、いいことです。一人やそこらでは何ともない人たちでも、いったん群れると、ろくなことがない。旅の恥は掻き捨て、ってか」

と、瀬野氏。

 マニア氏も、吐き捨てるように自説を述べる。

 「まあ、修学旅行なんかでも、いまどき、本当に必要なのかとさえ思いますな。単なる「物見遊山」というか、土産買わせの「観光旅行もどき」に成り下がっています。もっともそれなりの高校では、修学旅行に例えば東京に行ったら、「大学見学」をするなんてところも出てきていますけどね。単なる「物見何とか」よりは幾分マシそうな話ではありますが、そんなもん、自分で行けよ。群れていくようなものじゃないだろう、とね、私はかねて思っております。おまえら群れなきゃ大学にも行けねえのか、ってね」

 「小学校でも中学校でも高校でも、そんな感覚の人ばかりじゃないでしょ。お二人の行動力や知的レベルの高さは認めますけど、そこまで言わなくてもいいんじゃない?」

 たまきちゃんが呆れる。

 

 これに対して瀬野氏が言うには、

 「私は、旅は好きではないと、かねて申してまいりましたが、それはそれとして、私見を述べます。昔の人は、自分の足で歩いていますよ、いかに修学旅行と言えども。そういう身体感覚が刻み込まれにくい、単なる「パックツアー」のようなものに、何の「教育効果」があるかという疑問は、私も持っております」


 ここでマニア氏、鉄研の後輩であるW君から聞いた話を披露してきた。


 W君から先日お聞きした話で、興味深い話がありました。ご紹介しましょう。

 愛媛県あたりのある高校での話です。その学校では、修学旅行は3班に分かれて実施されることになりました。これ自体は、よくあるパターンですね。さて、一班は北海道、もう一班は東京で、東大と慶應と早稲田の大学見学付き、それからもう一班は、バスに乗って船で九州にわたり、九州のあちこちを期間内ひたすら「周遊」でした。九州大の見学とか、そういうのは、「なし」です。

 北海道と東京は、まあ、予想通りの展開。

 で、もう一つの九州はというと、お世辞にも人気というわけじゃなかった。

 結局集まったのは、その学年中28名だけ。

 他の行先はもちろん100名以上の団体ですよ。

 ところが、同じバスの中に28名が、3日か4日、一緒に過ごすわけでしょう。もちろん、知り合い同士や友人同士も、一部にはあったろうが、1学年300人以上の学校ですから、知らない者同士もたくさんいますわな。さあ、そういう環境になれば、お互い、何かをきっかけに話し出したり、何かをしたりするようになるじゃないですか。普段ではできなかった人とのつながりがたくさんできて、参加者は、いい思い出になったでしょう。

 ご丁寧に、最終日に至っては、よせばいいのに、まあ、よさなくてもいいけど、キャンプファイヤーまでやらかして、それでまた、大盛り上がりだったとか。

 その九州組、修学旅行後も、ちょくちょく集まりを持って、果てはその集まりでの「同窓会」まで立ち上げたそうです。そこで知り合った男女で、その後結婚した例も、2組あるそうですわ。その男女のうちの1組は、修学旅行まではまったく知り合いでもなかったそうで、もう一組はというと、たまたま同じクラスで知ってはいたが、修学旅行までは話をしたことさえなかったそうですよ。


 「群れるのを極度に嫌う君にしては、随分好意的な御紹介だけど、どうなの?」

 ぼくの疑問に、彼は存外丁寧に答えてくる。


 さきほど瀬野さんがおっしゃった「身体感覚に刻み込まれる」という事態が、このケースでは発生しているわけですよ。

 他の大団体なら、修学旅行という名の「非日常」で接触するのも、クラスかせいぜい知人同士が精一杯のところでしょうが、28名程度の団体で、しかもほぼ1日顔を突き合わせて、夜は男女分かれてとはいえ大部屋で布団を引いて雑魚寝ともなれば、そりゃあ、人数が少ない分、それに反比例して、人とのつながりは強くなるでしょう。

 男女一緒にまでしてしまうと、さすがにそれはちょっと、ですがね(一同苦笑)。

 ひとつ、例を挙げてみましょう。

 両親がいて、そこに子供2人の核家族と、もう一つは4人の職員と20人程度の子どもたちが暮らす、いわゆる「中舎制」と言われる養護施設と、どちらが「人とのつながり」が強まるか。

 「血のつながり」という要素をある程度割引いても、答えは明白じゃないですか。 そういう別要素のない、高校の「修学旅行」ということになれば、「血のつながり」とか、他の要素はまず考慮しなくてもいいわけです。

 となれば、合理的に分析・考察すれば、そういう結果になるのは必然ですよ。

 よほどのトラブルが起きたりすれば、そこで起こる話は逆と出るでしょうけど、それも、理屈は同じことですよ。


 瀬野氏が一言、感想を述べる。

 「そういう「修学旅行」でしたら、確かに、物見遊山というか、お遊び感覚な点がいささか目に余るきらいはあるにせよ、教育効果という点においては、悪くはないかもしれません」

 

 翌日、自宅で朝食を食べながら、このときの感想をたまきちゃんに尋ねてみた。

 マニア氏のこの発言、予想外だったって。

 極端に走りかねない思考回路の持ち主のように思っていたけど、あの子なりにバランスある考えを持てるようになっていたのね、と、「弟の成長ぶり」に、少しばかり感心していた。

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