第34話 マニア大戦14 食堂車の味と運転上のリスク
「諸君、先ほどの話は「なし」にして、何か別の、なんだ、誰もが楽しめるような話題を出していただけないかな? 諸君なら、引出しはまだいくらでもあるでしょう」
ぼくはマニア氏と瀬野氏に、開口一番、やんわりと「要請」を出した。
「異議はありません。あと、先ほどの「低次」という言葉、一旦「撤回」します」
「先程の話はナシ20ですな、了承いたしました。私も、異議はありません」
瀬野氏とマニア氏が、相次いで返答。割にあっさりと「了承」してくれた。
「ナシ20かな? 20系の食堂車じゃ。0番台の日本車両製と、50番台の日立製作所製の2種類があって、それぞれ、内装が違っておった。米河にも、よう千本ノックで聞いたことがあったのう。そんならあんたら、食堂車の話でもしたらどうじゃ?」
「食堂車ですか、米河さんがまた張り切りそうですな」
石本さんの「鶴の一声」で、結局、後半は食堂車の話題で幕が開いた。
瀬野氏の予言? どおり、マニア氏が後半戦の口火を切った。
マニア氏は、飲み食いに目がないだけあって、食堂車が大好きときている。車両としても、飲食の場としても。食堂車の車両が云々という話ならいざ知らず、そこで出される食べ物の話となれば、鉄道マニアでなければできないような話じゃないだろう。これならば、一般人でも食いつきやすい話題ではある。
「東京から新幹線で戻るときには、まず、自由席特急券だけ抑えて、食堂車にさっさと並びます。それで、東京から名古屋を過ぎたあたりまで約2時間、食堂車でまずはビールとカキフライ、そのあとサンドイッチ、という感じで、2時間ぐらいかけて4000円近く使って飲み食いして座席に行っていました。小窓の0系1000番台の食堂車は、戦前の食堂車のような窓枠で、味があってよかったですな」
彼は小窓食堂車に乗った翌週、成人式の日も、成人式の会場が遠いとか何とか言いつつ、それより遠い北陸地方を周遊券でうろついていた。
その日は朝から、特急列車の停車駅争奪戦で問題となった大聖寺駅や動橋駅に行って、硬券の入場券を買いつつも、駅をじっくりと観察していた。帰りは、停車駅問題を解決するために大聖寺と動橋の間にあった小駅の作見を改称した「加賀温泉」から京都まで、485系の「雷鳥」に乗って、かに飯を食べつつビールを飲みながら戻った。それが、マニア氏手作りの「成人式」だったという次第。
「雷鳥」にはもともと食堂車はあったのだが、この頃はすでにJR移行後4年目、すでに食堂車の連結はされなくなっていた。もし食堂車があれば、彼のことだ、間違いなく、食堂車に足を運んだことだろう。
食堂車も末期になれば、メニューなどを簡素化した「簡易食堂」としての営業をしていた列車もあったという。
在来線だけでなく、新幹線も、0系の「ひかり」にそういう列車があって、マニア氏はある時の大阪方面からの帰り、その列車に当たったことがあるそうだ。通常、食堂車でのビールは瓶ビールなのだが、その列車では缶ビールが出てきて、食事メニューも簡素すぎた。しかも、岡山終点の列車だったから、姫路を過ぎたあたりで追い出されましたわ、とか。
ちなみに0系食堂車の営業休止は、実にあっけないこと極まりないもので、あの阪神淡路大震災でしばらく新幹線が運休したのをきっかけに、営業はなし崩し的に休止となってしまったのだ、とのこと。
ここで、ぼくからもいいですかと、アシスタントの土井君が発言を求めてきた。彼は、姉が結婚後に夫と新幹線に乗って、初めて食堂車に行ってカレーを食べた話をした。彼が言うには、このとおり。
「食堂車のカレーですけど、姉夫婦は、味はともかく、列車の中で食事をする経験ができてよかったと申していましたね。高くてまずいという人も多いようだが、値段も味も、ファミレスあたりと、そう変わりないね、って。米河さん流に言えば、居酒屋ってことになりますかね。実際、そんなところでしょう」
ここで、一同爆笑。
さすがの瀬野氏さえ、苦笑いを浮かべている。
マニア氏、ほっといてくださいよ、と一言。
土井君は続けて、自分も新幹線に乗るときはできるだけ食堂車のある列車を選んで乗っています、とのこと。ぼくもたまきちゃんも、食堂車には何度も行ったので、その話をした。石本氏は、消費税導入前は、料飲税という地方消費税が確か2500円以上になると10%かかっていて、これをうまいこと逃れるように注文していたそうな。マニア氏は、消費税導入以降、食堂車で遠慮なく飲み食いできるようになってありがたいとのこと。X氏も、とあるお団子頭の美少女たちが活躍するミュージカルを東京や神戸まで観に行くときは、できるだけ食堂車付きの新幹線だそうです。
瀬野氏は、かつて新幹線の食堂車を営業していた帝国ホテル、都ホテル、ビュフェ東京、それに日本食堂の4社を食べ比べていて、それぞれに採点を加えた。一般に、ホテルは列車食堂に入ると、信用問題にもなるからいい料理を出しますね、とのこと。彼は業者毎に100点満点で何点と採点していたが、それは各社の名誉のためにここでは述べないでおきます(CDの音源にはもちろん入っています)。
食べ物は人間にとって命をつなぐために最も必要なものの一つだけあって、これは鉄道趣味にかかわらず、共通の話題となり得る。話は前半とは打って変わって、和やかなものに。だけど、その食堂車が成り立つのはお客と業者あってのもの。「高嶺の花」だった食堂車も、戦後の高度経済成長期からどんどん「大衆化」して現在に至っている。そのことを、趣味人の視点を踏まえて語ってもらった。
まずは、マニア氏から。
在来線の食堂車が、今日の新幹線のような大衆向けファミリーレストラン的な役割で活躍できたのは、戦後の東海道本線全線電化の頃から昭和の終わりまでの概ね30年ほどでしょう。ビュフェも含めてね。
一時期まで食堂車は外食産業をけん引するほどの存在感がありましたが、長距離客が飛行機に移転したおかげで、まずは在来線、次いで新幹線と、食堂車の存在意義は徐々に狭まっていきましたな。
そのうち、車内販売や駅売店でも、同じような動きが出るかもわかりません(実際、そうなりつつある)。
それはともかくとしまして、もしできるなら、東海道本線の急行電車のビュフェ2両の寿司の食べ比べをして、その後オシ17の食堂車の石炭レンジで調理されたステーキを食べつつ、ビールを飲みながら山陽本線を下ってみたいものですな。
氏お得意の「時代倒錯した願望」を語る。これを瀬野氏が受けて立つ。
米河さんの御願望は、私も大いに同感ですが、それはともかくとして、大きな流れとしてはそんなところでしょう。
ただねえ、列車は旅情とか何とか、情緒を満たすために存在しているわけではない。輸送力増強のためには無駄な車両は連結できません。長時間乗車を強いられ、腹が減って死んでしまうでは困るから、食堂車の存在意義があったわけですが、今時、長時間列車に乗って移動する時代ではないですからね。
それに、食堂車は水も火も使います。列車を運転するにあたり、これが実は、かなりの負荷をかけているわけです。車両の編成づくりにも、線路の保守にも、運転上においても、営業面においても、ね。
火を使えば火災のリスクもあるし、水を積めば車両がそれだけ重くなる。それらの負荷に見合うだけの効果がないと、列車食堂は成り立ちえません。
そもそも鉄道は、火を排除し、水を節約することで発展してきました。火も水もふんだんに使わないと、蒸気機関車は動かない。それでいて、エネルギー効率も悪い。
気動車になれば、エネルギー効率こそ多少良くなる程度ですが、それでも、途中で燃料を積まなくとも、1000キロ以上の距離を走り抜けることができました。これで水も火も使わなくなる。まして電車にすれば、エネルギー効率も加減速も格段に良くなりますからね。
長距離・長時間移動がなくなれば、食堂車もなくなる。
これは、必然ですな。
瀬野氏がある意味「身もふたもないこと」を述べる。
マニア氏、それを淡々と受けて立つ。
それでも、前半終了間際のピリピリした空気はすっかり和らいだ。
「いつぞや私、300系のぞみを「走る移動機械」と評しましたが、米河さんも後日乗車されて、その通りでしたなとおっしゃいましたね。確かその時、それ以上の何を期待されますかとお尋ねしまして、一瞬たじろがれましたね。まさか、旅情とか何とか、そういうことをおっしゃるおつもりであったとは、言いませんよね」
「そんなことをあなたに申し上げようものなら、何十倍返しをくらうのがオチですよ。飛んで火にいる何とやらでも、ネギしょってやってくるカモでもあるまいし、そんな挑発に乗るようなヘマはしません。私は丸刈りではないが、この通り短髪ですから」
「別に挑発したつもりはありませんが、旅系の人間は、旅情とか人間性とか、そういうことで論点をごまかすゴジンが割にいますからねぇ。まさにあなたのかねての御持論であるところの「無能ほど人間性を論ずる」を地で行く話など、聞けたものではありませんな」
「食堂車の存在意義は、どうしても、旅情なんかと親和性が高い議論になりがちですからねぇ・・・。蒸気機関車やブルートレインと、そのあたりは一緒です。まあ、郷愁論を述べる者のすべてが無能とは言いませんけど、多いのは確かですな」
と、マニア氏。
夕暮れ時が、足音を立てて近づいてきた。
時代が時代なら、東京駅のホームにブルートレインを撮影する少年たちが集い始める時間帯の到来である。
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