第32話 マニア大戦12 不当語ですぞ!

 「その「業者の組合」の一つ、O大学鉄道研究会の現状でも、お話しましょうか」

 瀬野氏が話題を変えて、最新の会誌「弱め界磁」をぼくらに見せつつ述べる。


 「まったく御覧のとおり、この度の会誌に至っては、ほら、私を除き旅行記だらけでしてね。形式面でも、内容面でも、先ほど皆さんに申し上げた通りですわ。これでも、私なりに手を尽くした方です。入学してこの数年来、大学祭の時期は編集ばかりで過ごしてきましたが、今回初めて、大学祭の模擬店を見て回って、いったい、俺の大学生活は何だったのかと、つくづく思うところありましたね。その点米河さんは、小学生以来ずっとこの時期同じ場所で、先輩方と一緒に、さぞかし楽しんでこられたのでしょうから、私がどう思ったなんて、逆立ちしてもご理解いただけないでしょうがね・・・」

 「確かに瀬野さんと私は、その点では対極の位置にあることは認めましょう。ただ、あなたにしても、もう少し、やりようもあったでしょうに。もっとも、私の感想を述べてどうなるものでもなさそうですから、これ以上は申し上げませんけどね」


 マニア氏、会誌に瀬野氏自らが執筆した「問題」のある部分を適示し、反撃に転ずる。


 まあここは、お互いの人生観にもかかわる問題であり、どちらがいいとか悪いとかの問題ではありませんから、これ以上はお互い指摘し合わないことにしませんか。

 とにかく、本題に入ります。瀬野さんの鉄道に対する御姿勢は素晴らしいし、会誌に書かれていることもしっかりされていて、読みごたえもあります。別に恩着せがましいことを申し上げる気はありませんけど、瀬野さんの書かれた文章は一番に読ませていただいております。それだけの値打ちは十二分にありますし、内容面においても、申し分ありません。

 それに引き換え、他の会員諸君が至らないのは、確かに勉強不足であり、OBの一人として、大変心苦しく、かねて申し訳ないと思っております。正直私も、瀬野さんほどの文章を書く自信はありません。現役生の諸君においては、反発する元気があるならば、まずは大いに反省し、勉強し、文章力を鍛えていくべきです。それは、ここではっきりと、申し上げておきたい。

 ですがね、私が小学生で来始めたころの鉄研は、そんなことで反発しあうようなサークルではありませんでした。皆さん、もっと和気あいあいとやっておられました。内輪でも第三者が読んでも笑って済ませられる、あるいはさっと流せる話ならよろしいでしょうが、第三者に見せることを前提とした会誌に、読者が不快になるような内情を書かれるのは、大人気ないのと違いますか?


 西日になりゆく午後の太陽の光のおこぼれが窓から入ってきて、室内は少しばかり明るくなった。まだ、暗くなるほどの時間じゃない。

 一瞬毒気を抜かれたような表情をした瀬野氏も、再反撃をしかける。

 「それは重々存じておりますがね、それでも書かずにはおられません。まあ、私の口からご理解くださいと言えるものでもないですけど。大体ですねえ、彼らのどの文章をとっても、自らが書いたことへの「総括」がさっぱり見えません。列車乗って適当に書いておしまい、にしか、私には読み取れないのですがね・・・」


とか何とか。ここでマニア氏、少し間をおいて、一気に畳みかけた。


「「総括」と称して人を殺すよりは、ましじゃないですかねぇ・・・」


 この一言には、予想外の破壊力があったようだ。

 一見他の会員諸君の文章批評になっているようにも見えるが、矛先がどこに向いているかは明白。

 さすがの瀬野氏、一瞬たじろいで身を後ろにそらした。

 たまきちゃんも、マニア氏の一言に不意を突かれた表情。

 後で聞くと、あんなせいちゃん、初めて見た、だって。

 ぼくは、平静を装っていた。

 

 ここで石本御大が瀬野氏に、一言。

 「何なら、そりゃ。瀬野クン、あんたと他の会員諸君のベクトルの方向、どう見ても同じじゃねえのう。長さもじゃが・・・」

 「まあ、こんなシロモノということで、皆さんにもご理解いただければ幸いかと」

 勝負ありのような空気も流れたが、瀬野氏は話題を変え、さらなる反撃に。


 「皆さん旅好きが多いようですが、私は、「旅」は好きではありません」

 「そういうことを正面切っておっしゃったのは、私の知る限り、弊会では、瀬野さんだけですな。確かに意外でしたが、今思えば、無理もない」

 鉄研という場所はどうしても「鉄道」相手だから、列車に乗る機会も多く、旅「も」好きな人たちの集まる団体と思っていたぼくには、意外な感じが。

 マニア氏からいろいろと事情を聴いていたとはいえ、改めて当の本人から言われると、さすがにびっくり。

 一見意外ですけど、よくよく考えてみると、同一のものならば、「旅と鉄道」なんて言葉が出てこないはずですね、と、ぼくが話を瀬野氏に振る。

 「そりゃあ大宮さん、そうでしょう。米河さんと最初にお会いしたときにも学館で申し上げましたが、御存じのタビテツこと「旅と鉄道」は、あくまでも、旅行雑誌です。鉄道雑誌の範疇で扱うから、ややこしい話になるわけです」

 

 瀬野氏の弁に、マニア氏が「参戦」。

 「「旅」と「鉄道」は確かに別物ですが、親和性はきわめて高いと思われますがね。私は、旅は嫌いではありませんよ。中学生の頃は、河東さん(鉄研OB)の下宿で、交通公社の「旅」を読ませていただいておりました。あれはあれで、楽しかったです。ところで、瀬野さん、昨年の「弱め界磁」で書いておられましたな、鉄道ファンよ、書を捨てて街に出よう、とか何とか。それとあなたのかねての御主張との整合性は如何に?」

 こんなふうに、相手のスキを突くがごとく攻め込んでいく言動をするマニア氏を見るのは初めてだ。

 父はそのあたりのマニア氏の素養を、彼が中学生のときに最初に会って以来、とっくに見抜いていたが、本当にまざまざと見せつけられたのは、ぼくとたまきちゃんにとっては、このときが初めてだった。


 「それは、好奇心から得た疑問の答えを探すべく、目的意識をもって外に出て、自分の足を使って知る努力をせよ、という意です。「旅」と称してほっつき歩くだけでよしという意では、断じてありません。ほっつきついでに「楽しかった」レベルの感想を書いてオシマイとか、それが「鉄道研究会」と銘打って活動する者の態度ですか?」

 攻勢を受けて立つ瀬野氏に、マニア氏が食い下がる。

 「ほっつきついでに楽しかった、終り。それでは、確かに駄目です。しかし「旅」と称して「鉄道」でうろついても、そこで知ることもある。それも、学びやないですか」

 「そんなことの何が「学び」ですか。私が高次であるとは言いませんが、低次ですな」

 

 瀬野氏が「低次」という言葉を発した瞬間、ぼくは、あることを思い出した。

 いつぞやマニア氏に聞かされた、1978年の「年少者=低次論争」みたいな様相を呈してきたぞ。

 そういえば彼が中2の年、1983年の6月ごろに、O鉄道管理局の人にその鉄道ジャーナルを見せてもらったあげくにコピー(当時コンビニでは20円とか30円の時代だった。画質も今ほどよくなかった)をしてもらったという。ぼくとたまきちゃんは、確かに、それを読ませてもらった覚えがある。

 その事件の顛末は、こうだ。

 

 鉄道ピクトリアル1978年6月号の読者欄に始まり、そこで不必要に引き合いに出された鉄道ジャーナルの竹島紀元編集長が同年8月号の読者欄の前に公開抗議の場を設け、それに対してピクトリアルの田中隆三編集長が同年9月号の読者欄相当の場を用いて一回でうまく収める文章を書いて事なきを得たものの、ジャーナル側では同年10月号で竹島氏に反論する投書があり、低次な年少者はこの際排除もやむなし、との論調を張っていた。これに対して当時11~17歳の「年少者」とくくられた少年たち、まあ当時のぼくらの年齢が平均となるかな、同年12月号の読者欄(タブレット)で、極めてしっかりした投書をして返していた。一方、そういう「低次」ととられるような投書は慎み、真面目に鉄道趣味に取組めといさめる投書を繰り返していた年長者もおられた(その方は鉄道ピクトリアルなどでも常連の筆者)。

 ともあれ、この手の話になると盛り上がるのはいいが、いささか危ない。マニア氏が再反撃。まだまだ余裕の表情である。受けて立つ瀬野氏も、表情一つ変えない。

 マニア氏は、いつになく淡々と話し始めた。


 瀬野さんが高い見識をお持ちの方であることは、私はかねて認めております。

 ですがね、あくまで趣味の趣向等の範囲内での相違が理由での、他者に対する「低次」呼ばわりは、お世辞にも、いただけたものではありません。

 鉄道ピクトリアル1978年9月号の田中隆三編集長の弁ではありませんが、少なくともこの話の流れで見る限り、あなたが先ほどおっしゃった「低次」という言葉は、紛れもなく、「不当語」ですぞ!


 しばしの間、会場は沈黙。実際は十数秒程度だったと思うが。

 

 マニア氏は別に怒鳴ったわけでも、口調を荒げたわけでもない。確かに彼はそういう言動をすることがあるが、ここでは、一切そんなそぶりも見せず、淡々と話しているだけ。間違えても、つかみ合いなんてことはない。

 彼は中3のときだったか、鉄研の先輩で特に慕っていた河東さんから、何かの折に、「とにかく暴力だけは振るうな」と言われてこの方、人に暴力は振るっていないという。実際、ぼくは彼が暴力をふるったところを見たことは一度もない。

 とはいえ、それゆえの破壊力もないわけではない。

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