第31話 マニア大戦11 鉄道会社と鉄道マニア
「ところで、鉄道会社の人たちは、鉄道マニアを嫌っているという話を時々お聞きしますけど、どうなのでしょうか?」
たまきちゃんの質問に答えたのは、国鉄の人にマニアと呼ばれていたほどのマニア氏。
「個々の人たち同士についてはともかくとしまして、会社全般としては、マニアは、どちらかというと嫌われていますね。特に大手ほど。まあ、趣味と仕事が一緒というのは、一見悪い話じゃないが、なんせ鉄道はねえ、システムで動いていますから、そこに趣味的な論理や情緒を持ち込まれては、仕事になりませんからね。ある意味、組合活動をはじめとする労働運動や政治思想が云々よりも、性質の悪い話になりかねません」
「そう言えば、彼に見せてもらった同人誌では、鉄道会社では鉄道マニアということが判明した時点で、採用対象から即除外、という会社もあるそうですが?」
ぼくがさらに話を振っていくと、瀬野氏が話に乗ってきた。
「確かに、趣味と仕事を混同されるのは、現場としても、また、経営側としても、困りものです。しかし、共存できないものでもないとは思います。鉄道ファンというのは、このところ「オタク」の一種のように言われていますが、あえてここでは、「オタク」という言葉の定義に関わる議論はやめておきますし、鉄道ファンが「オタク」に該当するかどうかについても、論評は控えます。しかしですね、「オタク」というのは、ある意味、効率の良い知識の蓄え方、使い方のできる人間でないと務まらない側面があります。そういうものをうまく活用することを考えた方が、社会的にはよほど有益であるとは、思いますがねぇ・・・」
「そうそう、うちの鉄研でも、鉄道会社に入った人は何人かおられるが、それまで私どもが「あいつはマニアだ」というほどの活動をしていた人が、鉄道会社に入社するということで「趣味」としての鉄道からは足を洗うと宣言し、現に実行された人もいますよ。この会が始まる前に瀬野さんと話しておりましたが、あの河西昌生さんが、まさにそれでしてね、硬券入場券集めは何時をもって、枚数が来ればそれまでにも前倒しで止め、さらには鉄道模型も処分するというので、私、ED17の模型を譲り受けました。だけど、そんなこと言い出した割には、世にもシブい模型を持っておられたものですよ」
「ああ、あのED17は、そういう経緯で持たれていたのですな。しかしその、入場券集めをやめるという話は、まあ、趣味を始めるのもやめるのも自由とはいえ、ちょっと、何かが違うのではという違和感を、私は感じました。ただ、趣味と仕事が一緒になるというのは、確かに、良くも悪くも問題を引き起こす元凶であるという点については、私も同感ですし、けじめの付け方としては、そういう形もありでしょう」
と、瀬野氏。
マニア氏が、話を続ける。
「河西さんの話では、その鉄道会社に面接に行って、のっけから、「文系マニアはお断り」といわれたそうですよ。ちなみに彼は、経営学部でしたが・・・」
「文系がだめなのはわかりましたが、理系なら、いいんですかねぇ」
と、ぼくが訪ねた。
「理系は、まだいいようです。河西さんより1期上の堀田さんなんかまさにそうですよ。工学部出身で写真派の人ですけど、何ら問題なく、某鉄道会社に就職されました。ただね、新人研修で、時計を秒単位で合わせる「時計精製」ってのが、あるんですよね、この手の会社では。そこにね、私物の懐中時計、それもクォーツの鉄道時計なんか持って行っていたものですから、担当者に、どこでその時計をといわれて、私物ですと答えたら、君はマニアか、たまらんなあ、って言われたそうで、堀田さん、その日のうちに、腕時計を買いに走ったそうです。その懐中時計、自宅に飾っておられるようですが」
「おお、堀田なあ、そんなこと、わしの前でもゆうとった」
と、石本氏。
「鉄道会社と鉄道マニアって、どうして反目し合うものかしらね?」
たまきちゃんの疑問に、瀬野氏が応えてくれた。
「趣味としての鉄道と、仕事としての鉄道は、同じものを対象としていても、明らかに、アプローチが違う。それがすべてです。ただ、お互いメリットがあるなと思われる接点ができれば、その点において共存できないこともないでしょうが・・・」
「残念ながら、瀬野さんのおっしゃる状況が「正」なのか「破」なのか、と言われれば、明らかに「破」の位置取りでしょう。一般の業務を「正」とすればね。私ら鉄道趣味人は、鉄道会社側にしてみれば、所詮「業者」の一つですよ。それも、個人事業主の、ね。鉄道趣味の会とか、大学の鉄道研究会なんてところは、散髪屋や学習塾の組合みたいな、いうなら「個人事業主の組合」みたいなものってところですか。まあ、この手の趣味なんて、どれも同じようなものでしょうけど。学習塾の組合と言いますか、O県にも「私塾連盟」なんて銘打ったものがありますけど、そんなところに集まって教育論をそれぞれ話し合ったって、何も結論なんか出ませんよ。もちろん、有意義な意見交換になる可能性はありますが、意思を統一して何かを、なんてね、そもそもが、無理筋ってものです。もっとも、同業者各位の福利厚生に関わる取組とか、そういうことを議論し合うというなら、話は別ですがね」
マニア氏の「業者論」に、ぼくより一言。
彼のような「反復継続して鉄道趣味活動 =「業務」に携わる人物」のことを、ある時茶化して「業者」なんて言い出したこともあるので。
もっとも、言われる側は、別にそんなことで怒っているようではないけどね。
「今日は、「業者」はほっとけ、というわけには、いきませんねぇ・・・」
会場内に、苦笑とも失笑ともつかぬ笑いが起きた。
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