第27話 マニア大戦 7 女性と鉄道趣味

 「ところで、最近は女性の鉄道ファンが増えているようですけど、それについて、あなた方のご意見をお聞かせください」

 と、たまきちゃん。彼女は列車に乗るのは好きだが、車両のこととか歴史がどうとかは、ほとんど知らない。

 

 今度は、ホーム側のマニア氏がその件について軽く触れる。

「じゃあ、たまきさんのご要望に応えて、私から。弊会にも、過去に女性会員はおりました。Mさんとか、Yさんとかね。Yさんとはほとんど面識はありませんが、医学科のHさんと結婚されて、弊会で記念列車も出したことがあります。最近女性の鉄道ファンが増えているとのことですが、私にはあまり実感はないです」

 これに対し、瀬野氏がいささか過激?な発言を。

 マニア氏よりもいささか、女性の参入に対して好意的ではない要素があるようだ。


 女は鉄研に来るなとは言いませんけど、そもそも、鉄道趣味と女性は、本質的には相いれ合いません。

 何故この世界が男ばかりだったか。

 考えて見れば明白です。

 男と女では、対象へのアプローチが全く違います。男はシステムに対して興味を持ち、接触していきます。これに対して女は、対象との「共感」が得られるかどうか。もちろん鉄道に対して「共感」というものがありえないわけではないが、システムなくして鉄道は存在しえません。どちらがより鉄道に興味を持つかは明白。

 逆に女は、周囲の人やモノに対して「共感」が抱けるかどうか。抱けないとなれば、同性同士でも、陰湿な行為に走りかねない。男はそもそも「システム」に興味を持つだけに、単なる好き嫌いだけで相手と接触するわけではない。

 どちらがいいとか悪いとかの問題ではないですがね。

 それを度外視した論を立てるフェミニスト連中には辟易します。

 考えてもごらんなさい。セーラームーンぐらいならまだしも、まあどなたかが怒りそうなのでやめますけど・・・。


 「だーとれ、オッサン!」

 マニア氏が苦笑しつつ、やり返す。瀬野氏も負けてはいない。

 「信楽狸のおっさんや、とか、名指ししてへんやろ!」

 「言うてないでも、わしやろ、ちゃうんか、オッサン? 誰が信楽狸や?」

 「おっさんが信楽狸の親玉なのは公知の事実や。わかっとったら、ええ年のおっさんが、お団子ネエチャンのミュージカルなんか見に行きなさんなよ。この夏は、同じものを岡山と神戸で2回も観たとか。まったく、どういう神経をされておいでですかな」

 「やかましわ、ウンチク弁当箱の得体不明のウンチク食わされるよりええわい」

 「いやあ、信楽狸流のうんちくも去ることながら、発想も、得体の知りようないシロモノだらけやないか。俺かて、この信楽狸の親玉に勝てる気なんか、せえへんわ」


 「得体不明のウンチク」なんて言っているご本人も、同じくその手の「うんちく」を周りにまき散らしているではないかと言いたくもなったが、まあ、やめておこう。

 あいつらの「蘊蓄」は「うんちく」とするか「ウンチク」と書くか、という程度の違いでしかない(編集上、あえて差をつけて表記しています)。

 ともあれ、彼らの発言をここに書いただけなら、かなりの罵声大会が行われたようにも見えるが、お互い申し合わせたかのように笑いながら言い合いをしている。

 あとで聞くと、これを示し合わせて仕込んだとのこと。

 そりゃ、ぼくとたまきちゃんの夫婦喧嘩だって犬も食わないかもしれないし、気の利いた猫なら後ろ足で蹴り飛ばしていくか知らないが、この連中の罵声大会なんて、お互い笑いながらやっていたとしても、犬や猫どころか、ゴキブリさえも近寄らないレベルに十分達しているというもの。

 ましてや、ガチンコのさらなるガチンコでやられたアカツキにはどうなるやら・・・。

 そう思うと、恐ろしいことこの上もない。


 「お二人とも、そういう罵倒合戦に持ち込まないでください」

 

 たまきちゃんが、苦笑しながら(あとで聞くと、相当緊張したみたいだ。確かに、笑顔が引きつっていたな)合いの手を入れてくれた。

 しかし、こいつら、ギャラリーがいるとこういうスタンドプレー的な言動をやらかしてくれることが、ままある。もっとも、適度なところでお互いやめてくれるからいいのだが、一応、立場上、言っておかないとね。

 瀬野氏が、話を続ける。


 「ちょっとMさん宅(ち)のT君の兄弟、じゃなかった、信楽狸のおっさんは黙っといてや。それじゃあ、話を戻しますね。例えばですね、ラマーズ法に関する本を、本屋の出産関連の本棚に群がって、いい年の男が何人も立ち読みしている光景、どうですか? どう見ても異常でしょう。もちろん、妻や娘が妊娠していて、それが必要に迫られて立ち読みを、というなら、話は別ですがね」

 マニア氏、ここで一席ぶつ。


 おい、ウンチク弁当箱のオッサン!

 T君の兄弟とは何だ! 失礼な。

 まあそれはええけど、よう、オッサンがゆうとるところの出産法、ラマーズだかラムーンだか、ラソルジャーだか、幼稚園中退やから、わしゃあよう知らんが、そりゃあかなわへんけどな・・・。

 で、その逆もまた、然りです。

 鉄道ピクトリアルや鉄道史料、それに加えて西尾克三郎ライカ鉄道写真集とかナントカ客車図面集とかをね、妙齢の若い女性が何人も、大阪の朝日家書店の本店にある鉄道書コーナーで立ち読みしていたら、どうですねん?

 こちらの方が、世にもすさまじい光景かもしれませんぞ。


 ついに、何かの箱が開いたかのような光景が展開し始めた。


 「おもしれえ例えじゃのう、米河。そりゃあ、想像するにもシュールな光景じゃ」

 「腹筋がよじれますなぁ・・・。信楽狸のおっさんには、勝てんわ・・・」

 「どう見ても、ウンチク弁当箱のオッサンには、わしゃ、勝ってなんかないで」


 石本氏と瀬野氏が、げらげら笑いだす。マニア氏も、「自爆」で大笑い。

 たまきちゃん、いささかうんざり気味かと思ったら、面白がって聞いている。


 でも、女性に対して蔑視している節があると感じたのか、一言。少し言葉がとがっている。

 「信楽狸でも弁当箱でもこの際いいですけど、じゃあ何、あなたたちは、女性は鉄道趣味には向かないっておっしゃるの? あるいは、排除すべきだ、とか?」


 養護施設での経験のせいかもしれないが、マニア氏には中学生の頃から、妙に人間不信、女性不信の要素があることを、たまきちゃんは感じ取っていた。加えて、あんな人と交わればと思うと、心配でしょうがなかったのよと、ぼくに言ってきたこともあった。「姉」の心配をよそに「弟」のマニア氏は粛々と「鉄道」の道を歩んできた。鉄研にとどまらず、鉄道趣味の会に出入りして、この世界で有名な人とのお付合いもある。

 彼の弁は、こうだ。


 もちろん、排除せよとは言いません。

 大いにお越しいただければと思っています。

 鉄道ピクトリアルのT記者こと田中隆三元編集長がおっしゃるように、趣味には低次も高次もないですし、また、どのような形であれ、公共の場や他者に不要な迷惑をかけない以上、その形は自由です。

 それこそ、先ほど瀬野さんがおっしゃった「共感」という言葉が、女性の大量参入後のこの世界のキーワードとなるでしょう。

 そもそもブルートレインのブームにしても、あれは少年主体だったとはいえ、単にシステムが云々だけでなく「共感」という要素も少なからずあったように思われます。男とはいえ、年少者はまだ、母性の影響が残っていますからね。そういう要素も私には感じ取れます。

 ともあれ、女性の参入がもっと進めば、それこそ鉄道ピクトリアルの読者層に代表される男社会で築かれてきたものとはまた違った「鉄道趣味」の形もできるでしょう。それはそれとして、女性の参入は大いに尊重されるべきであるし、私個人としては、楽しみです。

 

 マニア氏の主張は、わりに穏健である。


 「興味深いご指摘であるとは思いますがね、ブルートレインブーム時に参入した少年たちには、「母性」の影響が残っているというご指摘は、ちょっと、買い被りすぎと言いますか、かばい過ぎのような気もしますがねえ」

と、瀬野氏がやり返す。

 「別にかばっているわけでも、まして買い被っているわけでもありませんがね。小学生あたりならまだ、どんなに優秀な少年でも、母親の庇護の下から完全に独立し得てはいないでしょう、一般には。ですからどうしても、母性の影響というのは社会と接したときにも、影響がないとは言えないのではありませんかね。そういう意味では、あながち的外れでもないと思って申し上げた次第ですが」

 

 どうやら、「オッサン」と「おっさん」の応酬戦は自然消滅した模様。


 「まあ米河さん、話を戻しますがね、今後女性がさらに鉄道趣味界に参入してきた段階では、そこで展開される趣味の様子が果たしてですね、「鉄道趣味」と言えるものであるかどうかは、私には疑問ですな。私は米河さんほど人当たりもよろしくないし、他者に寛容ではなさすぎるのが欠点であるのかもしれませんけどね」

 「瀬野さんの疑問は、私も十分わかりますがね、あなたがそうでないと見られても、ですな、第三者から見れば、「同じようなもの」としか見えないものです。それこそね、東京―大阪間の客車「つばめ」も、東京―広島間の151系「つばめ」も、新大阪―博多間のサヤ420付「つばめ」も、名古屋―熊本間の581系「つばめ」も、岡山―博多間の481系「つばめ」も、門司港―西鹿児島間のあの「つばめ」も、私たちにはいざ知らず、一般の人には同じく「つばめ」号、ってことですよ」

 

 瀬野氏の「疑問」に、マニア氏が返す。返された側は、それ以上何も言わない。

 

 こいつら、正気に戻ったようだ。それに伴って、先ほどのプロレスバトル感は一気になくなってしまった。しかし、彼らは二人とも、淡々とした表情で顔色一つ変えてない。

 ぼくもたまきちゃんもX氏も、唖然としている。何も言いようがない。

 ただ、石本氏だけは、にこにこされている。

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