第23話 マニア大戦 3 対談前のバトル
会場は、O駅前のWホテル最上階の中華料理店。土曜だけあって、人通りも華やかだし、部屋の外のテーブルもまだまだ、ランチに来ている人がたくさんいる。この部屋は北側に向いていて、いささか薄暗ささえ感じるほど。
いよいよ当日。皆さん揃って、当日13時、録音+録画開始。
というわけで、対談からお話をスタートすればよさそうなものだけど、どうもそうはいかないことが起きていました。ぼくと、番組のパートナーでもあり妻でもあるたまきちゃんと、録音・撮影等のアシスタントとして頼んだ土井君の3人が会場に到着したとき、開始30分前にして、すでにかの2名はそこに到着していました。それだけならいいのですが・・・。
会場に入ると、予想通りの光景が展開しておりました。
「たまきちゃん、またやっているよ、あいつら・・・」
「やっぱり・・・。予想通りね、太郎君」
ぼくは、たまきちゃんの体を左腕で抱くようにして、会場の部屋からいったん外に出た。彼女がこの二人がまともに会話をしているのを見たことはO大の学生会館などで何度かあるが、彼らの話している様子を見て、さらにはその話の内容を聞いた時は必ずと言っていいほど、一種異様な緊張感と恐怖感を感じたそうだ。
それは実際、ぼくでさえある程度感じていたところ。両者とも、幾分早めに会場に来て、すでに何やら話し込んでいる。ともかくぼくらは、意を決し、会場に入り込んだ。
眼鏡をかけず、長めの角刈りで、三つボタンの紺色のブレザーに青系のネクタイと色違いのスラックスを合わせたアイビールックの瀬野八紘氏。戦前の少し大柄な(当時ならかなりの大柄だろう)日本兵のようだ。その風貌はまさに、初代ミスタータイガース・藤村富美男を彷彿させる。
その彼を迎え撃つのは、巨人の赤バット川上哲治でも、東急フライヤーズの青バット大下弘でもない。後に「こだわりの坊主刈り」とさえネット上で名づけられたという、形を整えた「スポーツ刈り」を先日にも行きつけの散髪屋で整えてきたという、黒縁のセルロイドの丸眼鏡に丸襟ダブルカフスのシャツに鼈甲のカフスと手結びの赤ベースのストライプの蝶ネクタイ、紺色に2つ掛けのダブルスーツを着た米河清治氏。その風貌は、身長のいささか低く、小太りになった別当薫かな。
もっとも、身長だけなら、瀬野氏のほうが数センチ高いようだが、恰幅はマニア氏のほうが幾分いい。風貌だけなら、前者が藤村富美男、後者が別当薫と申し上げたが、鉄研内における立ち位置なら、その真逆だろうな。年齢もそうだけど。
中学生のとき大病を患って以来丸刈りというかスキンヘッドにしていて、たいていはたまきちゃんにバリカンで刈ってもらうようにしているぼくには、彼の「凝りよう」は、まったく理解不能だ。眼鏡だってニッポン放送の亀淵氏のようなものをかけているが、それとて、そんなに凝りがあってのものではない。
さて彼らだが、お互いにらみ合うでもなく、淡々とした表情で対峙している。そればかりか、はた目で見るからには普通に話し込んでいるようにしか見えない。
相手を怒鳴りつけるわけでもなく、言葉を極度に荒らすわけでもない。
彼らは鉄道模型にかこつけ、何やら「蘊蓄を投げ合って」いる。
ぼくらがいったん会場の部屋をのぞいて、いったん外に出たことにも、どうやら気づいていない模様だ。これは、こっそりと彼らだけで話していたのを録音したものの一部を抜き出したもの。もちろん、両者の許可は得ております。実際彼らだけの時はこのような調子の会話が進んでいました。念のため、申し添えておきますね。
「しなのマイクロ(倒産したメーカーの一つ。そういう会社はHO(16.5ミリゲージの鉄道模型の総称)ゲージに多いが、Nゲージにもいくつかある)が出しておった真鍮製のN(9ミリゲージの鉄道模型の総称)ゲージのED17、入手しましてな、別に欲しかったわけでもないけど。数年前に卒業された河西氏から譲り受けたのはいいのですが、けん引させる客車がありませんのや。どうにかせねば、とね・・・」
「「至難のマイクロ」のED17ですか、あのイングリッシュ・エレクトリック社製の輸入電機ですな。貨物列車でもけん引させたらどうです」
「じゃあ、飯田線の1970年代初頭あたりのイメージですな」
「そういう編成が作れるだけいいでしょう。まさか米河さん、あなた、Nで暖房車を自作して客車を引かせようとか? KATOのオハ31シリーズでも使われますか?」
「オハ31シリーズはまあよろしいけれど、いくらなんでも、無茶や、瀬野さん。私には暖房車の自作とか、そんな技術力ない。あればとうの昔に、そうしていますわ。大体ね、昔のKATOの20系のナロネ21やナシ20をオロネ10やオシ17に改造しようと思い立って実行しようとしたあなたに、不器用な私なんかが勝ち目ありまへんでぇ。私も、そこまでは思い付きはしましたけど。大体こちとら、大阪のコンコルド模型で売っていたコンコルド特製のナハネフ22のほうじゃなく、ナハフ21のほうをわざわざ2000円も出して買ったほどですぞ。うちの大山氏みたく、カトーのナハフ20とナハネフ23を合体させてナハネフ22に改造するなんて芸当、ようしまへんわ。タンク車じゃあ、超特急つばめの水槽車も無理ですよ。せやけど、客車がないときております。HOなら何とかなるけど、作ってまで走らせるような技術、ないで」
「そんな発想ができるだけでも、あなたは十分に「マニア」と周囲から言われる資格がおありです。はい。他の会員諸氏の論理で言うならばね。もっとも私自身は、種村とは違った意味で、そういう表現、快くは思っておりませんけど」
「まあ、マニア論はよろしいがな。種村の「偏執狂」呼ばわりでもあるまいし。それより私は、模型でどうこうよりも、西尾克三郎さんのライカ鉄道写真集でも買って、見るというか、読んでおる方が、よほどいいですよ。そのほうが金もかからんし。輸入電機やら何やら、蒸機ならC51,C53,D50あたりが東海道の主力の時代は、ほんま、味があってよろしいですな」
意を決し、たまきちゃんとぼくは部屋に入った。まずはぼくが、彼らに声をかけた。
「あ、諸君、こんにちは。お話の途中で申し訳ない」
「あ、こんにちは。まあ、ボチボチやらせていただいております」
と、マニア氏。
一方の瀬野氏も、
「大宮さんご夫妻、ご無沙汰しております。本日は、よろしくお願いいたします」
と、しおらしい? 返答。
「じゃあ、どうぞごゆっくり」
たまきちゃんが一声かけた後、ぼくらは、彼らのもとを離れ、打合せを始めた。
彼らもまた、「蘊蓄合戦」を再開した模様だ。
「さっきの話の続きですけど、なんで蒸気はC51やC53やD50ですねん? ホンマにブルートレインブームで参入した世代の鉄道ファンですかな、信楽狸さん?」
「人のこと言えるんかい、オッサン。時期は確かにそうですけどな。この筋のどなたかのように、ネルソンじゃねえ、ニールスンだとか、ナスミス・ウイルソンじゃねえ、ネイスミス・ウィルスンだとか、ハノーバーじゃなくてハノーファーだとか、まあ、難しい人、この世界、多いですな、ホンマに。正直、ついていけませんわ」
「あなたもそのうちの一人でしょうが。私も人のことは言えませんけど。それより、人をオッサン呼ばわりするキデン(貴殿)のほうが、2年ほど年長でしたねぇ・・・」
「そらそやけど、このウンチク弁当箱のオッサンにだけは言われたないわい。そうそう、アルコ(アメリカン・ロコモティブ社)の元8200ことC52は、NでもHOでも、走らせるにもけん引させる列車が思いつきませんな、もし発売されたとしても、ねえ。セノハチ越えの再現でもさせるしかありまへんかな」
「デフ付きの中村精密の真鍮製C53をNで買って20系やら24系やらのブルートレインをけん引させるゴジンが、何をおっしゃいますか。C52けん引のトワイライトエクスプレス、あなたならやりかねませんね。そうですな、満鉄の「あじあ」でも発売されたら、その客車でもパシナの代わりに引かせるとぴったりやろ、どや、信楽狸のおっさん」
「パシナの「代走」でC52かいな、そりゃあ、おもろいな。もろたでオッサン」
「ゲージの話は、どうつけます? 「広軌改造」して満鉄に送り込んだ、ってストーリーでも作られるとか。まさに信楽狸の親玉おっさんの面目躍如でしょうよ」
「さすがは、ウンチク弁当箱オッサン、オモロイやないか。それで、決まりや」
「実際、C52を走らせていたら、あの満州の光景にはぴったり合ったでしょうよ。 C52のけん引する「あじあ」号の食堂車で「あじあカクテル」をしこたま飲んで酔っ払う信楽狸のおっさん、容易に想像つきますな」
「あじあカクテルは、ぜひとも、再現して飲んでみたいですな。オッサン弁当箱の飯じゃ、しかし、場違いなエサやでぇ・・・」
「やかましわ、おっさん。信楽の狸は酒でも飲んどれ!」
どうも、ぼくらや第三者が入ると、彼ら、お互いにいささか言葉を荒らして楽しむ傾向があるようで、ぼくもたまきちゃんも、手の出しようがない。
まあ、好きなだけやってくれたら、いいや。
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