第18話 コッペルみがき

 1983年12月**日・日曜日。鉄研の数ある行事の中でも重要なもののひとつ、「コッペルみがき」が行われた。

 私は新聞部の取材で、受験前の太郎君と一緒に参加した。太郎君の神経は、共通一次1か月前というのに、存外図太い。

 期末テストの終わったマニア君も、今回初参加。

この日参加したのは、会長の河東さんとSGさんこと今田さんと川崎さん、4年の平田さん、就職が決まった理学部院生の林さんの5人と、マニア君、太郎君それに私。平田さんと林さんは、それぞれ別に参加されるそうで、私たちは、今田さんのバンに6人乗って、10年以上前に廃止となっていた衣笠鉄道のN駅に向かった。

 太郎君は前日も鬼気迫る勢いで勉強していたようで、少し眠そう。

 彼、岡大の文系はどうせ一次でおおむね決まりだろうということで、マーク問題に必死に取り組んでいる。模試の判定はかなりいい。お疲れのようで、私の肩に寄りかかって居眠り気味。どさくさに紛れて変なことでもしてくるような神経は、先輩のクルマということもあってか、さすがにないようで、まあ、かわいいオオカミさんですこと。

 一方の偉大なるマニア君は、朝からお元気そのもの。今日もまた懲りずに鉄道の話を川崎さんとひとしきり。ちなみに彼、今回の期末テストはよくできたみたい。

 叔父さんの塾(実態は自宅)で勉強しまくっているそうだし、中学校の先生にも恵まれているようで、おねえさんは安心だ。

 

 今田さんと河東さんが示し合わせて、朝から松田聖子のLPをダビングしたカセットテープをかける。この人たちと仲の良かったせいちゃん、おかげで、松田聖子の歌を60曲以上覚えてしまったとか。

 LP「風立ちぬ」に入っている「December Morning」を朝から聞く。確かに、12月の朝には違いないけど。私は一応「取材」という仕事もあるので、カメラとカセットデッキを持ってきている。カセットデッキは、太郎君が入院先でお父さんから誕生日プレゼントでもらったもの。今日は、録音係として太郎君を使ってやろうというわけ。ちなみにこのデッキ、中1の太郎君が中2の私に告白したときに使ったという、思い出のデッキでもある。

 このところ太郎君は、列車音の録音にも多用している。別に告白や、ましてプロポーズに使えとは言わないけど、他にすることあるでしょうが。

 クルマに乗ること1時間少々で、目的地に到着。そこにはすでに、林さんと平田さん、それに、福山の実家から駆けつけてきた大道君もいた。マニア君は、予定外に来た大道君に「大道さんが来られたから、増(まし)号車発生ですね」などと、よくわからないことを言っている。こっそり川崎さんに聞いてみると、「増号車」とは、多客期などに増結される車両の号車をいう言葉とのこと。


 笠岡市と井原市の間にある井笠鉄道元N駅には、蒸気機関車と客車と貨車が1両ずつ保存されている。鉄道ファンにも有名な場所。鉄研は毎年夏と冬の2回かもしくは1回、会員でクルマを出して便乗し合ってこのN駅まで来て、機関車たちの掃除をする。この機関車、第一次世界大戦前にドイツのコッペル社で作られて輸入されたもので、それで皆さん「コッペル」と呼びならわしている。

 

 私は先輩方が掃除するところを写真に撮ったり、インタビューをしたりして、掃除されている間、取材に専念した。本当は、一緒に掃除してみたかったけど。

 マニア君はと言えば、ホハ何とかと書かれた木製の客車の屋根に上って、ホコリ落とし。 先輩方から「あまり揺らすな!」とおしかりを食らっているのは、御愛嬌。

 

 掃除が終わると、N駅を管理されている中田さんがコッペル機関車の先頭に日章旗を掲げ、発煙筒を焚いて、煙突から煙を上げた。

 私は、林さんと並んでコッペルの写真を撮り(取材ですから)、その後、記念撮影を手伝った。ついでに、太郎君と私のツーショットも私のカメラ。撮影者はマニア君。この写真は後に、結婚式でも披露されました。


 ひとしきり掃除が終わると、中田さんが駅の事務室だったところに一同を招き入れ、ちらし寿司とお吸い物をふるまってくださった。普段はカレーだが、今回は林さんが就職されるお祝いだというわけ。食事をいただき、皆さんがかれこれ話している間の幾らかの時間を借りて、私は取材がてらに、中田さんからいろいろお話をうかがった。中田駅長は、ものすごく御機嫌がよかった。

 「いやあ、今年は、林君が卒業されるけど、何だね、若い子も入ってきとるようじゃし、将来にわたって、O大の人が来てくれるから、わしゃ実に嬉しい限りじゃ」

 「若い子ってどなたのことですか(多分あいつだな)?」

 「あの少年じゃ。彼は必ずO大に来て続けてくれるで。あと10年は安泰じゃ」

 「そうですね(予想通りだわ)。将来頼もしいですね」

 何だ、やっぱり。

 もちろんこれは新聞記事にしてないけど、私がひそかに発行している「うみの新聞」には小さく載せてあげた。函館の病院でこの「うみの新聞」をみた年配の方が、O大学の鉄研はさすがである、こういう「行事」はしっかり続けていきなさいという趣旨の手紙を私宛に下さった。鉄研の人にも読んでいただいて、非常に喜ばれた。なぜか次の会誌「やくも」に、私の「うみの新聞」を紹介してもらえた。

 大学のサークルが貴重な文化遺産である鉄道車両の清掃奉仕。学内新聞ネタとしては、使えそう。実際、私の記事は大学内外でいい評価をもらった。函館でお世話になった人たちに送って読んでもらったら、みんな喜んでくれた。病院でも、壁新聞で張り出してくれたみたい。私の両親はもちろん、太郎君のお母さんとお父さんも、ことのほか、喜んでくれた。

 この後、今田さんのバンに乗って、私たちは大学に戻った。大道君と林さんは、それぞれ自分の乗って来たクルマに乗って帰っていった。平田さんは、林さんのジープに便乗して自宅まで送ってもらっていた。

 帰りの曲ももちろん、松田聖子。アルバム「North Window」の「ウインターガーデン」が印象に残った。

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