第9話 鉄道マニアの怖さ?

1983(昭和58)年12月初旬 岡山駅地下街にて


 「やあ、海野さん」

 「鉄研の香西さんですね。お久しぶりです」

 

 12月初旬のある日、岡山駅の地下街で香西勤さんに出会った。これから四国の自宅に戻られるそう。岡山市内に下宿してはいるのだが、実家も近いため、月に何度かは宇野線と宇高連絡船で戻っているとのこと。

 当時まだ瀬戸大橋が開業しておらず、高松までは約2時間かかっていた。ホバークラフトもあったが、これに乗れば岡山から1時間半ほど。ただし「急行料金」が必要だった。列車まで時間があるからというので、地下街の喫茶店でコーヒーを飲みながらしばらく話すことになった。

 「海野さん、うちの会じゃけど、はたで見とってどう?」

 「第三者の目で見て、確かに、いろいろな人がいて、面白いですね」

 「ところで、大宮君はどう言っとるかな」

 「意外と、マニアな人はあまりいないね、って・・・」

 「私も人のことは言えんけどな、彼の言う「マニアな人」らばっかりじゃあ、サークルとしては長続きせんし、第一、面白くもなかろう。広がりもないからね」


 鉄研の人と言っても、マニア君と河東さんや今田さんとの関係は、少し年の離れた兄弟みたいな感じで、OBになってからも同じような関係が続いているように見えた。これに対してOBになって以降のマニア氏は、香西さんや医学部出身の先輩方とは対等な「趣味人」といった感じだが、中学生の頃の彼は、随分持て余されていたような印象。


 「でも、米河君、ああ見えて所詮は中学生でしょう。よくよく話したりしていると、かわいらしいところありますよ。太郎君の中学生の頃と結構似ています」

 「あんた、しかし、女性らしい見立てするなぁ。あんなのに可愛げあるか?」


 この人には、放っておくと危なっかしい限りの「鉄道少年マニア君」ってことね。


 「ええ。ただ、彼、どう見ても、恋愛対象にはなりませんね。年齢差もありますけど、もし同学年や年上だったとしても、です。ああものめり込まれたら、何だか、こちらまで未知の世界に引きずり込まれるような恐怖感がありますね」

 「ほうほう。あの少年のレベルで未知の世界なら、私なんか、未知の世界のさらなる奥地の住人かな。まあええけど。ところで私は、あんたの目から見て「マニア」かな?」

 

 今日はコーヒーが、ちょっと、苦い気がする。

 

 「確かに、香西さんの話されていることは、鉄道マニアの人らしいとは感じます。最初に太郎君を連れて例会に行ったとき、北海道の特急の話をされていたでしょ」

 「特急「エルム」のことな。覚えとる。マニア君に話振ったな。あれは確かに彼のいうとおり、海線回りの特急じゃ。今の「北斗」の一部ね」

 「そのやりとりを聞いていて、少し怖さを感じました。そういえば、米河君も鉄研に来た頃は、とてもすごい世界に入ってきたように感じた、って言っていましたよ。太郎君に言わせれば、プロ野球に入って周囲の選手を見ていて、恐ろしいところに来たと思う人も結構いるって話ですが、それと同じようなものだろうと。ただ、私の場合は、マニア君とはもちろん違った意味でして」

 

 香西さんはにこにこしながら、美味しそうにコーヒーをすすっている。

 

 「あのマニア君の「恐怖」は、いずれ彼の同世代や年下のうちの会員が、彼に対して感じる日が来る。ま、自分より力のある人らに一瞬たじろいだようなものだ。そこで逃げるも自由、立ち向かうも自由。けどな、どうせ「趣味」でしょ。好きなようにやればいいけどね。マニア君は河東君のような人物に出会えることで、ある意味「横の広がり」を今学んでいる。これができるのが、大学の文科系サークルのメリットじゃ。あのマニア君が例えばこの岡山駅で深夜にブルートレインを撮影するやんちゃなガキンチョとばっかり付合いよったら、まして、サボとか何とか、鉄道部品を盗むような連中と付合いよってみ、まさに「朱に交われば~」を地で行くことになるで。最近の気動車の色じゃないけどな」

 確かに香西さん、最近新製された朱色の気動車を嫌う表現をよく使っている。

 

 「あのー、太郎君は、「マニア」に見えますか? ああ見えて、結構プロ野球の歴史なんかに詳しいですけど・・・」

 「大宮君のそういう姿は見とらんから何とも言えん。ただ、彼が私の前で大昔のプロ野球のマニアックな話でもええよ、もししたとしても、私は驚きはせんよ」

 それなりに「鍛えられた」人は、分野が違ってもある程度分かるものなのかしら。

 「私はね、実家がそう遠くないから電車と連絡船でちょくちょく帰ることができる。宇野までの快速と宇野からの連絡船、おおむね2時間ぐらいじゃ。その気になれば通えんこともない。やけどな、旅で船に乗るのと、通学や仕事で船に乗るのはなあ、結構違う。特に毎日ともなればな。河東君が先日例会で言っていたけど、ある作家が玉野市から高松まで船で仕事に通っとる人にインタビューしとって、「毎日船に乗れていいですね」なんて言ったら、かなり嫌な顔されたのだとか」

 「何でも、趣味と仕事は違う、ってことですね」

 「まあね。ところで鉄道会社でマニアは好かれていると思う?」

 鉄道が「趣味」の人と「仕事」の人。違うのは分かるけど、どうなのかしら?

 「まさか、嫌われている、とか・・・もちろん、個々の社員とマニアということなら、話は違うと思いますけど・・・」

「そこは、ご想像にお任せするよ」


 時間が来たので、香西さんは会計を済ませ、四国の実家へと向かっていった。

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