第16話 あちら側の「弟」へ・・・

 たまきちゃんは、母と一緒に陽一の世話をしつつも、父とぼくの会話も、しっかり聞いていた。時計を見ると、午後8時前。さすがにもう、あたりは暗い。


 「お義父さん、せいちゃんって、やっぱり、私たちとは別世界の人なのね・・・」

 

 父が彼らの相違点を分析し終えたのを見計らって、たまきちゃんが、ぼくらに話しかけてきた。今に至るまで、たまきちゃんは、ある意味自分の「弟」のような感覚でマニア氏と接しているのだが、他者をして決して気安く立ち入ることを許さない「何か」を、彼はしっかり持っている。「キューピットたまき」と言われるほど、出会った男女を結びつけるのが上手いことで定評のある彼女でも、彼のその部分には、とても踏み込めない。

 そのことで、彼女はときどき、ぼくに愚痴のようなことを言うこともあるが、義父である父に言ったのは、このときが初めてだった。

 父は、彼女の思いを受け止めつつも、こう言い返した。

 まだ、録音を切っていない。

 「仕方ないよ、たまきちゃん。これが、米河君の選んで生きている「道」なんだ。いいとか悪いとかの問題じゃない。彼は、男社会でしか生きられない人間だね。このところ、太郎やたまきちゃんの前で、毎週土曜日は午後7時からセーラームーンを見ているとか何とか、塾で女子中学生の前でセーラームーンのポーズをしたとか何とか言っているけどな、それはあくまでも、彼の表面上のポーズに過ぎない。それこそ、国会議員をされている長崎さんがおっしゃるところの「ギミック」ってものだな、あれは」


 たまきちゃん、何とも言えない表情で、義父の話を聞いている。

 「お義父さん、あの子は、後戻りできないの? できるなら、してほしいけど。セーラームーンもそうだけど、あの「マニア」ぶり、何とかならないのかしら」

 「今の調子では、まず、無理だろう。もっとも、米河君本人が何かに気づけば、話は別だが・・・」

 「その何かに、気づいて欲しいけどなぁ・・・」

 「こちらから働きかけても、彼は、さっと身をかわすか、場合によっては激しい抵抗を見せるのがオチだ。そこは、そっとしておいて、あげなさい」

 「ところで、この瀬野君という人も、せいちゃんと同じような傾向のある人かしら?」

 「さあ、それまでは、太郎のこのノートを読んだ限りではわからないが、そうである可能性は、わしが見た限り、かなり高いように思うね」

 「瀬野君はともかく、あの子はせめて・・・」


 私も、個人的には、米河君にはたまきちゃんの言うところ、気づいてほしいと思っているのだがねぇ・・・。

 幸い彼には、割に年長者に好かれるところがある。特に男性から。そこは、彼の救いだ。そのあたりの能力はね、私が大学を出て仕事をしていた40年ほどの間に出会った人たち、会社の人たちも、取引先の人たちも、色々いたけど、その人たちと比べても、トップとまでは言わないにしても、ベストテンに入るぐらいのいいものを、彼は持っている。

 じゃあなきゃ、小学生でO大の鉄研に「スカウト」なんか、されないだろう。

 ただね、同世代や年下、まして、年代を問わず女性に対しては、平均点前後か、下手すればそれこそ「赤点すれすれ」レベルもおぼつかないほどのところもある。

 彼は私ら同様O大学出身だが、人付き合いの能力の点においては、入試科目のようにまんべんなく、というタイプではないな。むしろ、特定科目で勝負できる、私立大学の入試的な形に対応させたら力を発揮するタイプかもしれない。例えば、早稲田や中央の法科など、いいかもしれない。彼の母方の伯父さん、全盛期の中央法科出身だそうだな。でも、慶應は、少し違うか。ともあれ、米河君は、小学生以来あの鉄研でも、それ以外でも、いい人にたくさん出会っているそうじゃないか。

 彼が、たまきちゃんの言うところに気づいて変わっていく見込みは、それほど高くはないかもしれないが、ないわけでもない。


 父は、息子の嫁の疑問に淡々と答え、最後に、一言、しんみりと、ぼくらに言った。

 「米河君と瀬野君は2歳しか違わないのか。二人とも、これから否応なく味わうだろう。年齢を重ねてからの同世代の付き合いが、実に難しくなっていくかを、ね」

 「だけどさ、所詮、鉄研って大学の趣味のサークルなんだから、そこまで大げさな話になるものかなぁ・・・。仕事上の付き合いってわけでもないんだし」

 ぼくの疑問に、父は、こう言った。

 「むしろ、趣味での関係だからこそ、だよ」

・・・・・・


 ガチャ!


 カセットデッキの録音ボタンが上がった。それと同時に、録音していたテープも止まった。ちょうどいいところまで、録音できたようだ。

 「あ、テープが切れたみたいだ」


 「これだけ録音しておけば、もういいよ。いつか何かのネタに使えるだろうな」

 父のこの言葉で、ようやく、この話が終わった。

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