第14話 「マニア」の相違

 「じゃあ、録音、頼むぞ」

 

 父は、一通り読み終わったからカセットデッキの録音ボタンをオンにするよう、ぼくに指示した。まるで、部下に厳しく当たる上司のような口ぶりだ。

 まず初めに、父は、彼らの生年月日や出身地、出身高校などを再確認した。

 これはぼくが、マニア氏と瀬野氏が話す前に、このノートにお互いに書いてもらったものだ。ラジオ局の取材といって名刺を差し出しているので、瀬野氏もマニア氏も、協力してくれた。

 その記述を丁寧に読み比べて、父は答えた。名前や住所を書いているだけでも、手書きの文字を見れば、どんな人間かはある程度分かるのだそうだ。


 「録音、OK。開始します」

 ここで、録音スイッチをオンにした。少し間をおいて、父が話を始める。

 「よし、早速話そうかね。まず、この二人の字だが、どちらも結構、クセのある字だねぇ。この瀬野君とやらは、あの米河君より2歳下か。普通なら、中学・高校はもとより、大学だって在籍が重なるはずだ。それなのに、見事に重なっていないじゃないか」

 「父さんもそう思う? 確かに、それ、ぼくも一番に思ったよ」

 確かに、年齢が近くても、入学が遅くなれば、そういうことも起こりはするだろう。特に医学部医学科あたりなら。だけど今回は、マニア氏が法学部、瀬野氏は経済学部だ。前者はもともと文系だが、後者は理系を目指していての文系転向者である。

父は、ぼくがメモした話の内容を、自分の書いたメモと比較しつつ、さらにじっくりと読んでいる。マル秘ノートのほうも、特徴のある受け答えについては、メモできる限りメモしているから、そこをしっかりと参考にしてもらう。


 「素人の私が見る限りでも、この二人、鉄道の話をしていることは確かにわかる」

 「そりゃまあ、そうだけど」

 「どういうレベルのものかはわからないが、少なくとも、昨日に今日、鉄道に興味をもって雑誌を読んで仲間としゃべって楽しく・・・なんてレベルでは、どちらもない。幼少期から十何年、この世界で自らを鍛え上げてきた青年たちだ」

 「そんないいものかなぁ・・・。何か、引っかかるようなところが・・・」

 「まずだな、違いというよりは、共通点というべきところかもしれんが、レイルウェイライターの種村直樹さんの話があったね。種村さんのお名前は、太郎が買ってきた本が何冊かあるから、私も知っているけど、彼ら、種村さんを呼び捨てにしているのかい、本当に。瀬野君はともかく、米河君は、中学生のときから知っているけど、私の前ではそういう表現をしたことなかったけどなぁ・・・」


 父は、マニア氏の意外な側面を見たような表情をしている。

 「うん。それだけど、今回は、二人とも種村さんを呼び捨てで表現していたよ。マニア君もね。まあ、種村さんに相いれない何かを持っているのだろう、どちらも」

 「そうだろうな。もっとも、米河君は、一度でも種村さんにお会いしたら、間違いなく、以後呼び捨てにはしなくなるだろう。あと、会うかどうかにかかわらず、何人もの人の前で話すようなときもね。だからと言って、種村さんの作品の評価をそれで変えるようなことはないだろう。もっとも、種村さんに関して自分を上回る卓越した意見を聞けば、それに応じて意見を変化させるような融通性はあるように思えるね。これに対して瀬野君は、文献などにあたって、それを根拠に人を評価していく人物だな。会ったからといって、そこが変わるわけでもないはずだが、彼はその対象たる人物に実際に会うかどうかを、そんなに重視してはいないようだな。一方の米河君は、人と会うことをいとわないところがあるじゃないか。そこは彼の良いところなのだがね」

 「そう言われてみれば、確かに、あいつらは、そこらが大きな違いなのかも」

 種村直樹氏の話をしながらも、父は、ますます真剣にぼくのメモに目を通している。種村氏に関わる話が終わるや否や、父は、ぼくのノートのある部分に大きく反応した。

 

「おい太郎! これ!」

「え? 何か、あった・・・?」

「鉄道趣味の会の藤木龍司さんの話があったな」

「うん、あった。何か、あいつらの言っていることで、問題でも・・・」

「問題というわけじゃないけど、この二人の最大の違いが、この人に関わる話において、明確に表れているぞ。聞いていて気付かなかったのか?」

「あったことはわかるけど、違いと言われても、そのときには・・・」

「ちゃんとメモしてあるじゃないか。それを読み返せばわかるだろう。喫茶店で赤字チェックをしている割には、ここには何もチェックを入れていないようだな。ちょっと読めば、わかりそうなものだろ。まあ、二人の話に圧倒されたのは仕方ないといえばそうだが、一体おまえは、何を聞いていたのか?!」

 

 唖然とするぼくに、父は話を続け、ノートを確認するよう指示してきた。祖父である父が、穏やかながらもいささか厳しく若い部下を叱りつけるような口調で話す姿を、1歳の息子は生まれてこの方聞いたことがなかったのだろう。基本的には、優しいおじいちゃんだからね。

 陽一は抱かれている祖母に体を寄せ、ぎゅっと抱き着いた。

 「おじいちゃんとお父さんはお仕事だからね・・・」

などと言いつつ、母が孫をあやしてくれている。

 「米河のおじさんと瀬野さんっておじさん、怖い人たちじゃないからね・・・」

などと、たまきちゃんまでが一緒になってあやしている。いやあ、あいつら十分「怖い人たち」だよ・・・思うところはあったが、黙っておいた。そもそも、そんな冗談を言える雰囲気でもない。


 父は周囲にお構いなく、さらに幾分厳しい口調でぼくに迫ってきた。

 「ほらほら、ここ! 改めてじっくり読み比べてみたまえ!」

 確かに、そういうことを彼らは話題にしていた。

 だが、メモを取るのに必死だったから、その場ではそこまで気づかなかった。喫茶店でチェックをしているときも、ここまで分析する余裕はなかった。

 父に指摘されて、改めて自分の書いたメモを読み直してみたら、なるほど、確かに・・・。


 父の口調も、だらしない部下を叱りつける調子から、いつもの穏やかなものに戻った。

 「ちょっときつく言いすぎて済まなかったな。まあ、読んで考えてご覧なさい。いいかな。米河君と瀬野君が話の引合いに出してきた藤木龍司さんという方についてだ。私と同じ年で、当時のS高校出身だから、優秀な人だな。面識は、ないけどね。この方は、岡山市街地の柳田町の酒屋さんで、鉄道趣味の会播備支部の幹部をされていて、酒好き、特にキリンビールがお好きな方だと、米河君は瀬野君に言っている。一方の瀬野君は、米河君に、各種鉄道雑誌に1950年代半ばから写真や記事を投稿されてきた方ですね、と言っている。米河君は鉄道趣味の会がらみで何度もお会いしていて、しばしば一緒に酒も飲んでいるようだが、瀬野君は、藤木さんには一度もお会いしたことがない。瀬野君が岡山にいる間に藤木さんに会うつもりがあるかどうかはわからないが、会う必然性はそれほど感じているようには見受けられないな。これこそが、彼らの最大の違いを如実に物語っているじゃないか。これはな、この二人の鉄道に対するスタンスだけじゃない。彼らの人生観そのものの相違点と言ってもいいのではないかな。藤木さんという人物に対する見方は、彼らの違いそのものがもっとも端的に出た場所だ。米河君と瀬野君の違いを分析する上で、ここに着目せずして、どこに着目するのかね。もっとも、この違いは、米河君と瀬野君のそれぞれの人生観からくるものであって、どちらがいいとか悪いとか、そういう問題じゃあないけどね」

 まあ、大手建設会社で人事担当役員にまでなった父のことだから、このくらいは確かに読み取るのだろうけど、鉄道「マニア」の細かな「違い」なんか見つけてもねえ。

 「ぼくは、人事担当役員の大宮哲郎専務からしてみれば、できの悪い部下なのかな?」

 「そうは言わん。これだけ情報を集めてくれているわけだから、十分、いや、十二分に役割を果たしている。ただな、その分析となると、話は別だからね・・・」


 ふと思い出したので、話題を変えて父に尋ねた。

 「そうそう、父さん、ヨーコーシャって、覚えている? ぼくが中2のとき、父さんの誕生日に、受験前だったたまきちゃんと一緒に取寄せて、プレゼントしたネクタイピン、あったでしょ。あのネクタイピンを打っていた会社だけどさ・・・」

 ぼくらが中学生の頃、入院していた時に出会った鉄道ファンの患者さんが読んでいた鉄道ジャーナルの広告にたまたま出ていたものを見せてもらって、ちょうど見舞いに来ていたたまきちゃんと相談して、小遣いを出し合って買った、あのネクタイビンだ。

 今のぼくの義父というか、たまきちゃんのお父さんにも、ぼくらで、同じものをプレゼントした。ヘッドマークの柄は、違うけどね。

 「ああ、あの「ゆうづる」と「はくつる」のヘッドマークのものだろ。どっちも、今でも使っているよ、時々。あのデザインは、しかし、いいねえ・・・」

 「瀬野君が、あの「ゆうづる」のヘッドマークは、黒岩保美さんという方がデザインされたものだと言っていた。鉄道趣味の世界でもかなり有名な方らしいよ」

 「ほう・・・そのこと、米河君は知っているのか」

 「もちろん知っている。というか、あいつが知らないわけもないでしょ。そのマニア氏がさあ、そのヨーコーシャなる会社がどうなったかと、瀬野君に質問したわけだよ」

 「確かに、メモがあるな・・・で、どうなったって」

 ノートのページをめくりつつ、父はぼくに聞いてきた。

 「その会社だけどさ、経営悪化ですでに1980年代前半に倒産している、って」

 「瀬野君が答えたのだな?」

 「もちろん。即答だった。彼の話では、ブルートレインと特急列車のブームが一通り終わったころに店じまいというのが、いかにも、ブームの本質を象徴しているようなところがありますな、ってね・・・。ちょっと、嫌みな論評かなという気は、したけど」

 「なるほどねぇ。そうそう、ネクタイピンといえば、他でもない、あの米河君がこの前うちに来た時、見せてくれたじゃないか。天賞堂なる模型店が作っている、C53なる蒸気機関車をかたどったもの、な。彼はしかし、蒸気機関車に思い入れはありませんと、かねて言っているし、初対面の瀬野君にも公言したようだが、何か、違うぞ、明らかに。彼は、SLブームの時代の若者たちと違って、写真を撮りに列車を追いかけたり見に行ったりしないだけで、古今東西の様々な文献に当たっているが、どう見ても彼には、蒸気機関車に対しても、他の人以上の思い入れがあるとしか、私には思えないがね。ひょっとするまでもなく、彼には、SLブームの頃に蒸気機関車を追いかけていた人たちなど足下にさえ及ばぬほどの深い思い入れがあるとしか思えないね。大体だなあ、蒸気機関車に対して本当に何の知識も、まして思い入れもない人物が、な、明治時代末期の8850なる機関車の窓枠がどうこうなんて、言うか? しかも、蒸気機関車のメーカーまで、表記の違いはともかくとしても、正確に述べているじゃないか。実際正しいかどうかは、私にはわからないが、この流れなら、もし違っていれば相手が必ずその点を指摘しているはずだ。そんな指摘が、どちらかから出たかい、一度でも・・・」

 「そう言われてみれば、確かに・・・一度も、出ていなかったよ」

 「じゃあ、そういうことだ。瀬野君にしても、ドイツ語で「s」は濁るからといって、米河君の言うボルツィッヒをボルズィッヒと読むべきだとか、英語となると、やれネルソンだ、ニールスンだとか、いう表記レベルの指摘はしているが、そもそもメーカーが違うだろうという「誤認」レベルの指摘、米河君相手に一切してないじゃないか、このノートを読む限り。ひょっと、ノートの書き忘れで、そんな指摘があったか? 米河君から瀬野君への指摘も含めてだ」

 「いや、全然、なかったね。どちらからも」

 「やっぱり、そうか・・・。ところで彼らの相違点だがね、瀬野君と米河君とは一見違うように見えるが、少なくとも鉄道趣味のベースとなっているモノには、同じような傾向がはっきりとみられる。彼らの話の内容を読めば読むほど、私には明らかだ」

 「ちょっと疲れた。休憩する。録音を止めてくれるか?」

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