第13話 違うと言えば、違うのだろう

 この日の拙宅では、近くに住んでいる両親が来て、生後8か月の息子の世話をしてくれていた。妻であるたまきちゃんはぼくとともに××ラジオのDJもしているのだが、現在は出産後の産休を取っていて、子どもの世話に忙しい。

 この日も、いつものように親子3代そろって、夕食をとった。


 父が、ぼくに尋ねてきた。

 「今日の新歓では、何が面白いことでもあったのか?」

 面白いというと語弊があるが、特筆すべきことが起こっていたことは間違いない。

 「いやあ、あのマニア氏に劣らぬ「鉄道マニア」が、鉄研に新入生で来たのよ。そいつは瀬野八紘(セノ・ハッコウ)君と言ってねぇ・・・」

 「ほう。それはすごいな。それで、あの米河君は瀬野君とやらと会ったのか?」

 「もちろん。初対面から、あいつら、堂々と、鉄道の話で張り合ってくれたよ。瀬野君はともかく、マニア氏のああいう姿、ぼくは、初めて見た」

 たまきちゃんが、びっくり仰天。

 「せいちゃん、そういうところがあったのね・・・」

だって。当時ようやく1歳になりかけの息子の陽一は、膝の上から母親であるたまきちゃんの顔を仰ぎ見て、何か言っている。祖母(ぼくの母)が機転を利かせて、陽一をあやしつつ抱き上げて、少し離れた位置に連れて行ってくれた。

 「いまさら何言っているのさ。あいつはもともとそういう兆候を持ち合わせていたじゃないか、中学生のときから。それが今回、同じような手合いが出現したものだから、もともと持合せていたものをしっかり出してきただけだって」

 そう言い返したぼくに、たまきちゃんが、ポツリと漏らす。

 「やっぱりあの子、どこまで行っても「あちら側」の人なのね」

 「一応鉄研出身だけど、ぼくも「あちら側」なのかい?」

 「太郎君は、違うでしょ・・・」

 まあ、あいつ「ら」がそれぞれどちら側だろうと一向に構わないけれど、ぼくまで「あちら側」の人とされちゃあ、たまらないよ。

 

 「第三者が見れば、どっちもどっちね。「鉄道マニア」以外の何者でもないじゃない」

 この日母は、そう言って呆れていた。

 義母も、あとで聞くと同意見だった。

 たまきちゃんはもちろん、姑や実母とまったく同意見。

 ぼくだって、全面的に同感だ。

 ただ、父は、かなり違った感想を持ったようだ。後日義父に聞いたら、こちらも、ぼくの父の弁と概ね同じような感想を持ったとか。


 父がこの話を聞いての第一声は、この通り。

 「本人らが互いに、あいつとは違うと主張しているのだな。それなら、まあ、彼らの言うとおり、お互い違うのだろう。実際彼らに話をさせて聞いてみれば、確かに、両者の違いも見えて、それは確かに「違い」だ。ただし、第三者からしたら、どっちもどっちとしか見られないかもしれないがね」


 たまきちゃんは唖然としつつも、父に尋ねた。

「そもそも、彼らのどこに、違いなんかあるのかしら?」

「本人たちには、まかり間違えても譲れない大きな違いが、確かに、あるんだよ」

「だけど、あいつら、そこで張り合っているわけか。アホらしいとは思うが」

「太郎がアホらしいと思うことでも、彼らにはそれぞれ「死守すべきもの」なんだよ」

「何だか、やくざ同士のメンツがどうのこうの、みたいな話なのかな・・・」

「例えは難だけど、そんなものかもしれんね」


 この日の夕食後、ぼくは取材ノートと称する「ネタ帳」をカバンから取り出して父に見せ、どんな話があったかを把握してもらいつつ、質問を受ける形で状況を伝えることにした。

 父は、マニア氏は中学生の頃から知っているが、瀬野氏との面識は、もちろんない。

 「何でまたそんな取材ノートまで出してくる? そこまでしてわしらに話そうというのは、そりゃあまた、すごいことがあったのか・・・」

 「すごいなんてものじゃない。あんな化け物連に付き合わされては、たまらないよ。そうそう、一応、取材の体をとってメモを取っているからさ。父さん、悪いけど、このノートの該当部分を、読んで感想を聞かせて欲しい。質問には、答えるから」

 「そりゃいいけど、マル秘と大きな字で書かれている割には、何だ。いくら父親とはいえ、そんなノートを読んでくれというのは、ないだろう。大体、中学生のときに、入院先の病院でお昼の放送をしていたとき、ネタを仕込んだマル秘ノートをわしに見るな! と言っていたほどのおまえが、今度は、読んでくれ、とは、ねえ・・・」

 「その話、聞いたことある。まだ私が、ギプスが取れていなくて梅小路病院の小児病棟にいた頃、そんなことがあったって、お義母さんからお聞きした覚えがある。ミイラ人間たまきは、しっかり、覚えているわよ・・・」

 「そう、あの時の話ね。お父さんがびっくりして、入院患者の方にいただいた大福もちが吹っ飛んでしまったのよ。ほら、たまきちゃん、その話、最初にお会いしたとき、聞いたでしょ、あなたのお母さんからも」

 「なつかしいなぁ、あれには、参ったよ、わしも。あ、二人ともちょっと、黙ってもらえないかな。太郎に事情を聴こうと思うから。まあ、この会話の主のうちの一人は、たまきちゃんの言う「元ミイラ取りの特大ミイラ」君のようだがね・・・。「ミイラ人間」は、太郎がとんだことを言ったようで、当時のたまきちゃんには親としては申し訳なかったと思っているけど、特大ミイラ君は・・・まあ、自業自得だろうな」

 父が、苦笑交じりに言う。


 「ごめんなさいね、お義父さん。私も、太郎君から聞いた方がよさそうだから、ぜひ、聞かせてもらいます。なんか、私もいずれ仕事で関わりそうな予感もするし・・・。あの「特大ミイラ」君は、相手と互角に遣り合えたのかしら?」

 「ミイラ人間の弟の特大ミイラ君は、瀬野君と十分互角にやりあっていたよ」

 「太郎君、あんな弟はいませんけど・・・」

 マニア氏が瀬野氏と互角にやりあえたかどうかは、これからの話で、判断してもらわないとね。父が、話を戻してくれた。

 「ミイラ姉弟が実際に姉弟かどうかはいつものネタみたいなものだからいいけど、米河君と瀬野君とやらの間で、よほどの何か、すごいことでも、あったのだな」

 「よほどの何かなんて騒ぎじゃないよ。今回の話は。あんなもの、一から口頭で説明してくれなんて、とてもじゃないが、無理。まして、あいつらの話を正確に再現しろとまで言われたら、どうあがいても無理どころか、もはや拷問レベルだよ。それに、会社の機密事項は、このノートには書いていないから大丈夫。部外者にどうこうという話じゃないから。とにかくさあ、この件について父さんに意見を聞きたい」

 「わかった。そこまで太郎が言うのなら、読んでみようか。どこから読めばいい?」


 父は、受け取っていたマル秘ノートのマル秘の文字に目を落としつつ、尋ねた。

ぼくが手を添えて、該当ページを開いた。ちょうど付箋を貼っていたから、そのページはすぐに開くことができた。

 「ここからね。彼らの属性と、会話内容はすべてメモしているから」

 このノートには、どんな内容の話が展開されたかを、しっかりとメモしている。

 父は、そのノートにぼくがメモしたことを、かなり真剣な表情で読みつつ、ふたりの会話を分析しはじめた。その場で間に合わなかったものは、あとでO大学近くの喫茶店に入って赤字でメモをしている。


 「あ、それから、太郎、これからの会話、録音しなくてもいいのか?」


 そうか、それもそうだな。今日の昼は、わざわざ録音までしていなかったしね。取材用の機材はうちに持って帰ってきていない。やむなく、自分の書斎にあるカセットデッキ、これ、病気で入院していた中1の誕生日の時に父からプレゼントされたもの。今も現役で時々使っているのだが、それと、余っていたカセットテープを持ってきてセットし、父がある程度読み終わって分析ができた段階で録音を開始することにした。

 父はO国立大卒業後、某建設会社に就職して定年まで勤め上げたが、この頃はすでに役員になっており、時間に余裕があった。しかもその頃、ちょうど、人事や新卒採用の担当をしていた時期だった。それまでにも、人事担当部署での経験が長かった。

 父なら、この二人がいかなる人物で、どんな違いがあるかを的確に読み取ってくれるだろう。

 この日はこの取材以外でマル秘ノートを使っていないので、ノートの終りまでを読めば、彼らの会話内容を読み取ってもらえる。父がひと通り、読み取るのを待った。 最初のうちこそそうでもなかったが、読み始めて間もないうちから、いつになく、真剣な表情で読込み始めた。


 「すまんが太郎、メモできる紙とペンを貸してくれるか?」

 そこでぼくは、近くにあった広告の裏紙(実はこの広告、マニア氏の叔父さんが経営している塾のチラシだった~苦笑)とボールペンを取って、父に渡した。

 父は、広告の裏紙に何やらメモしつつ、恐ろしいほど真剣に分析している。

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