第11話 片上鉄道のブルートレイン ~ 1983年春

 太郎君のお父さんとお母さんは、この連休期間中の10日ほど、岡山にいる。


 「たまきちゃん、米河君を呼んで。お父さんがね、片上鉄道に乗りに行きたいと言っていてね、彼に案内してほしい、って。あ、お金は心配いらないから」

 「わかったわ、早速連絡取ってみる」


 5月3日(火・祝日)の昼過ぎ、私はお母さんに頼まれて、彼の家に電話をかけた。 ちょうど、帰って来たところだった。

 「もしもし、せいちゃん、太郎君のお母さんがね、米河君を呼んでほしいと言っているから、もしよかったら、うちまで来て」

 「はい、いいですよ。たまきさん、何があったんですか?」

 ちょっと眠そうだ。何していたのかな?

 「今日は夜まで時間ある?」

 「はい。あります」


 彼は、昼の2時前にやって来た。聞くと、

 「吉備線で総社まで行って、その後、岡山臨港鉄道に乗ってきました」

 だって。彼は朝っぱらから、こんなことをしていたんだとか。

 まず、朝6時ごろの吉備線の一番列車で総社に。それはこの後津山線の急行「砂丘」になる列車で、グリーン車が普通車扱いされているので、迷わずグリーン車に乗って、リクライニングシートを倒してうとうとして過ごす。

 総社で停車中に、裏返っていた列車のサボを勝手にひっくり返して、急行「砂丘」を吉備線に走らせたのだそうです。そのまま同じ道を、またうとうとしながらグリーン車で岡山に戻ってきたら9時前。

 宇野線に乗り換えて大元まで行き、そこから今度は岡山臨港鉄道に乗って岡南元町という終点の駅まで乗る。せっかくなので、そこから数百メートル離れた南岡山駅まで歩いて行って、職員の人たちと話してきたとか。


 マニア君が来てほどなく、太郎君が出て来た。

 「ああマニア君、これから、片上鉄道に行ってみたいんだけど、付き合ってほしい。実は、夕方に走るブルートレインがあるだろ、それに乗りたい。今からだけど、付き合ってくれるか? あ、おれの両親と、たまきちゃんと、ぼくと、4人を案内してほしいんだ。こんなこと、先輩に頼めないだろ」

 「わかりました。じゃあ、行きます。行程は、出来ていますか?」

 「もちろん。これ見て」

 マニア君、メモ書きを見て瞬時に判断した模様。

 「あ、これで完全にOKです。ぼくも去年、この通りのダイヤで先輩方と一緒に行ってきましたから、大丈夫ですよ。これ、大宮さんが作ったんですか?」

 「いや、田沢さんにさっき教えてもらった。マニア君がいなかったから、やむなく「やくも」の付録の名簿を見て、電話したんだよ。たまたまおられて、良かった」

 

 「いやあ、田沢君も、一癖二癖ありそうな青年のようだね。だけど、ああいう人物とは、話し甲斐もあろうというものだ」

 お父さんは、電話で田沢さんと話したらしい。

 お母さんは、まあ、お父さんも太郎も、結構「ソトヅラ」はいいからねぇ・・・とポツリ。

 しばらくして、お父さんがみんなに声をかけた。

 「タクシー呼んだから、これから岡山駅へ向かおう」

 

 大宮邸からタクシーで10分ほど。約600円で、岡山駅の西口に着いた。5人で2台に分乗して、一人当たり240円前後。バスの運賃とそれほど変わらない値段で行ける。西口の改札を入り、赤穂線の列車に乗った。目的地は、西片上。

 片上鉄道片上駅の最寄り駅は備前片上駅ではなく、実際は西片上駅。

 今回は、私がキヨスクで飲物を買ってきた。

 こんな時までマニア君を使うの、かわいそうだからね。

 誰が指示するともなく、お父さんとお母さんと私、なぜか、太郎君とマニア君で、それぞれワンボックスずつ席をとって、それぞれ話が盛り上がった。

 そのうち、せいちゃん、お父さんの質問攻めに遭って、結局私と席を代わった。鉄研がどんなところで、どんな人がいるのか、とか、そういうことを聞かれている模様。大人の階段というより牢名主の階段を上り始めていたマニア君、何々さんはどういう趣味傾向の人、こんなことを主にされていますとか何とか、そういうことを、会誌を示しつつ話している。お父さん、面白がって聞いていて、なかなか多士済々なサークルだねえと、感心されている。

 お母さんは、まあ、仕方ないわね、といった表情。太郎君と私は、電車内で他愛ない話をして過ごした。マニア君サマサマなのは、私だけかも。

 赤穂線に乗ること約40分。西片上駅で私たちは降りた。マニア君は切符を集めているらしいけど、券売機のきっぷは別にいいとばかり、私たち同様、さっさと駅の人に渡した。入場券も以前買っているらしく、別に買おうともしなかった。


 若葉の香りが立ち込める中、私たちは片上鉄道の片上駅まで、約5~6分歩いた。 列車が出るまで少し時間があるので、私たちは駅の近くの中華そばの店に入った。ここは岡山でも、有名で歴史のある中華そばのチェーン。お父さんも、子どもの頃よく食べていたみたい。しょうゆ味のラーメンで、あっさりしていておいしかった。

 マニア君は、前回来たときは、先輩におごってもらっていたみたい。

 この少年のそういうところが、ちょっと、心配。


 ブルートレインと言われる列車は、17時過ぎに片上を出る。

 これから、県北の柵原まで約1時間少々。

 岡山県東部を北へと上っていくのは、ディーゼル機関車にけん引される、青い車体の、古ぼけた客車。

 「危険ですから、走行中はデッキに立たないでください」

という注意書きが客車にされている。マニア君、今日は大人しい。でも、車掌さんに、デッキに出るのはいいとしても、走行中に降りるなよ、と注意を食らっていた。

 列車はやがて和気に到着。

 ここは国鉄との連絡駅。


 ホームには、銀縁の眼鏡をかけた、背の高くて若い男性がいて、職員に何やら挨拶している。

 マニア君はその人のところに飛んで行って、頭を下げながら、挨拶を始めた。

 本人は一所懸命やっているけど、傍から見ると、ちょっと滑稽。

 その人も実は鉄研の人で、医学部4年の江本洋一さん。昔から片上鉄道に御縁がある方。江本さんも、今回は柵原まで行くというので、私たちと合流した。

 

 和気出発後はまた、挨拶大会。

 お父さんは、高校生の頃、何かの用事で和気まで来たことがあり、ある時そのまま県北の津山に用事があるというので、片上鉄道に乗って柵原の手前の吉ヶ原まで行って、そこからバスで津山に出たことがあると言っていた。

 柳原は鉱山の町で、お父さんが高校生の頃は、結構栄えていて活気もあったとか。

 道産子のお母さんにとって、ここはもちろん、初めての場所。温暖な岡山の春の暖気を窓から浴びつつ、並行して流れている夕暮れの吉井川を眺めながら、私と他愛ない話をした。珍しくも、行きのブルートレインの中では、せいちゃん、鉄道の話をまったくせず、私とお母さん相手にいろいろ話した。

 お父さんは江本さんに、岡山の教育事情を聞いていた。どっちも岡山市内の普通科高校、それも同じA高校を出ているから、高校の話でも盛り上がる。

 鉄研にはどんな人がいるかということは西片上までの間にマニア君から聞かされていたので、それをもとに、江本さんに対してもいろいろと尋ねていた。

 マニア君の言っていることは、おおむね、その通りだとか。


 「ところで江本君、鉄研は何で津島にボックスがないのかね?」

 「いやあ、津島のほうは「学遊会」の一部でいろいろ細かいことを言ってくるし、掃除当番の何のと、とてもうちでは対応できないし、面倒だってことになりまして。幸い、鹿田のほうはそんなことはあまりうるさくないこともあり、しかもこのところずっと医学部の会員も少なからずおりますから、鹿田でサークルの登録をして、ボックスを持つことにしたという経緯があるのです」

 「私が卒業して10年ぐらいたったころかな、英語の何とか教官がどうこうと、いろいろあったみたいだね・・・」

 学遊会がらみの情報、お父さんも、大学の同窓生から情報を得ているみたいで、どうなっているのか、気にかけている模様。

 「ええ、その「サカモト教官」ですが、今は、学遊会の「事務員」として勤務という形になっています。正直、大学祭の実行委員会なんかでも、そのあたりの対応は面倒この上ないと、うちの会員はみな言っておりますね、何せよくわかったような、わからないような議論ばかり吹っ掛けられていますから、毎年・・・」

 「わざわざ難しいことをねぇ。ところで今年は大学祭やるの?」

 「それが、例の学遊会がらみで、大学生の無責任体質がどうこうと、いろいろと議論が続いていまして、正直、微妙なところです」

 「相も変わらず、ご苦労なことだね」

 ボックス一つの問題でも、いろいろあるみたいね。

 太郎君と江本さんは、今回が初対面。太郎君は、鉄研の人たちのことばかりじゃなく、いろいろ尋ねた。私も初対面だけど、すでに知っておられた。片上鉄道に関わる取材があれば自分のところに相談に来いと言ってくれた。

 ブルートレインは晩春の旭川に沿って走り、鉱山の町・柵原までたどり着いた。今度は6人そろって、案内人江本さんと案内人補佐マニア君の誘導に従い、暮れかけた山道を歩いて、吉ヶ原へと戻る。そうしないと、帰りの列車がないから。

 吉ヶ原から、今度は古ぼけた気動車に乗って和気まで、来た道を戻った。江本さんは太郎君とマニア君に、この気動車や客車などの話を懇切丁寧にされている。

 機械式気動車がどうたらこうたら、私たちが聞かされても、さっぱりわからない。

 私は、お父さんとお母さん相手に他愛ない話をしていた。


 和気に着いた頃には、もう暗くなっていた。

 あとは、山陽本線の電車に乗って、岡山に戻るだけ。

 姫路から来た湘南電車に、6人そろって乗り込み、私は太郎君と並んで座った。あとで聞くと、何だか幸せって言いたそうな表情で、私たちは互いにもたれ合って居眠りしていたって。

 マニア君はと言えば、江本さんと、鉄研のOBになった人をはじめ、他の会員の誰さんがどうなったとか、どこに行っていたとか、そういう話ばかりしていた模様。

 お父さんとお母さんは、向かい合って座っていた。

 

 電車は、21時前に岡山に到着した。

 ホームで江本さんにあいさつして別れ、私たち5人は再び西口の改札を出て、客待ちしているタクシーに乗って自宅に帰った。

 マニア君はその後、自転車に乗って近くの自宅へと帰っていった。

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