第8話 暗い趣味?

1983(昭和58)年7月初旬 O大学学生会館にて


 夏休み前のある日の昼過ぎ、学館の食堂前で教育学部の大道秀法君に会った。

 彼はマニア君こと米河少年や医学部の先輩方と違い、いかにも「マニア」な人ではない。ごくごく普通の、鉄道も好きな好青年。銀縁の丸眼鏡が知的な雰囲気を醸し出している。この日は金曜日。鉄研の例会で来たわけではなく、共済会食堂で昼食を食べた後とのこと。

 彼は、鉄研の掲示板を確認していた。

 お互い急ぎの予定もないし、彼が、少し話がしたいということなので、学館の喫茶でコーヒーをとって、近くのソファに向かい合って座った。


 彼の話では、先日同じ学部の同級生の女子学生と、こんな話をした模様。


  女子学生 大道君はどこかサークルに入っているの?

  大道君  鉄研に入っているけど。鉄道研究会、ね。

  女子学生 じゃあ、鉄道マニアの人がいるサークルってこと?

  大道君  まあ、そういう人も、なかにはおるけど。

  女子学生 へぇ~、暗い趣味なのねぇ・・・


 「私は、そうは思わないけど。少なくとも鉄研に来ている人を見る限りは、ね」

 「それならいいけどね。海野さん、ここだけの話だけどさ、鉄研の人ら見とって、どう思う? 率直な意見聞かせてくれんかな」

 例えば河東さんは、すごく温厚でいい人。あのマニア君が慕うほどの人。今田さんも川崎さんも、ごく普通の人だし、平田さんは、ちょっと厳しいところあるみたいだけど、全然、変わった人だとは思わない。貨物列車の好きな中森さん、朴訥で誠実な人。医学部の先輩方や香西さんは、確かに、鉄道の知識もすごいし会話内容も私には確かについていけないけど、「暗い」って人たちじゃあないし、よくお話してみると、普通に常識ある人たち。石本さんや田沢さんはクセがあるけど、優秀な人。江本さんなんて、まさに、極めつけの紳士みたいな人。太郎君のお父さんは、彼に会ってその人柄を絶賛していたほど。大道君にしたって、いかにも「マニア」ですって人には見えない。マニア君もとい、せいちゃん、あの子にしても、暗い少年とはまったく思えないし。

 鉄研で出会った人たちをひとしきり思いうかべてみても、「暗い趣味」と思えるような要素は、私には見えない。そのことを、率直に話した。

 「しかし、あそこまで正面切って言われては、いい気持ちはしないがなぁ・・・」

 私だって、自分の趣味がそんなこと言われたら、いい気持ちはしないもの。

 「鉄道の趣味が「暗い」って印象を持たれる理由、何があるかしらね?」

 「例えば、米河君の行動なんか見ていたら、確かに、ぼくでも理解不能なところが少なからずあるわな。例えば「ウヤ」とか「間合い運用」とか何とか、鉄道業界で使われている「符丁」や「略号」をやたらに多用するでしょ、彼」

 「女の子には、そういう男性は本質的に苦手なところがあるじゃない。別に私、あの子の性格が「暗い」とは思わないけど、そういう言葉が、未知の世界への一種の恐怖感を感じさせて、女性に「暗い趣味」って言葉を誘発しているのかもね」

 「そうじゃ、そこは彼、改善しなきゃ。ところで大宮君はどうじゃろうか?」

 「太郎君? そんな要素はないわね。そうそう、せいちゃんには、折に触れて注意しているわよ。人よりちょっと勉強して知識を持って、それをひけらかすような節が見られるけど、その対象が鉄道の知識で、場所が鉄研や私の周りってこと。先輩方に鼻柱をへし折られて、私からも注意されて、そんなこんなで少しはまともになってきたかしら」

 マニア君の鉄道という対象への「のめり込み感」は、半端じゃない。

 何か底知れぬ「不気味さ」のようなもの、彼が石本さんや香西さんと話しているときに、私もしばしば感じた。

 太郎君も確かに、野球の話をしていてのめり込んでいくところは何度も見たけれども、そういう「不気味さ」は感じない。むしろ、かわいらしくさえ思えてくるほど。

 この差は、何なのかしら? 大道君に聞いてみたら、こんなことを言われた。


 「あのなあ海野さん、先日ある講義でね、男の子が鉄道も含めて乗り物に興味を持つのは、「システム」に興味をもって対象にアプローチしようとするからだって。これに対して、女の子はそうじゃなくて、例えば人形などに興味を持つでしょ、これは「共感」できるが故に、この場合人形だけど、そういう対象につながろうとする心理があるからだって聞いた。それ考えてみたらさぁ・・・」


 私は、何かをキラッとひらめいた。

 「あ、大道君、少し見えてきたわよ。その「暗い趣味」って言った女子だけどさ、鉄道ってものを興味の対象にしている男性の「イメージ」に、あるいはそういう人との出会いがあったのかもしれないけど、いずれにせよ、そんな「男性」に「共感」できないから、そういう言葉になって出てきたのかしらね」


 私が太郎君とせいちゃんの2人と接触して思うには、こう。太郎君には、入院先の病院で出会ってこの方、「共感」できる要素が強くあったからこそ彼に惹かれて、彼も私のことが好きになって、今も一緒にいる。はたで見て「恋人同士」とみられても不思議じゃない関係だし、実際そう。

 一方のマニア君こと米河少年の場合は、確かに、中学の時点で比べれば、当時の太郎君と同じような「かわいらしさ」があるにはある。でも、彼の行動に「共感」できるかというと、「?」なところばかり目に付く。

 

 中学生の頃、私と太郎君が入院先で出会って、病室のベッドで夜な夜な語り合っていた同じ年頃、マニア君は鉄研に来て、O鉄道管理局に行って、とにもかくにも鉄道漬けの毎日を送っていた。確かにそのくらいでないと何かを極めることはできないかもしれないけど、一般に女子からそれを「共感」してもらえるかと言われたら、疑問符はいくつも付く。

 太郎君にしても、プロ野球の知識を云々しているところだけ見られたら、私以外の女子学生なら、引くに違いない。もっとも、居酒屋でおじさんたちと飲みながら話すようなときは、昔の野球の話ができる若者ということで喜ばれるでしょうけどね。 

 「野球」もしっかりした「システム」の下で成り立っているスポーツだから、男の子が夢中になるのも無理はない。逆に若い女性が、かっこいい野球選手にあこがれるのは、その選手に「共感」を覚えるからであって、プレースタイルとかどうとかは二の次ってこと。


 話は、ますます盛り上がった。大道君がカウンターに行って、カップを返却したかと思えば、コーヒーのお代わりと水のグラスを2つ、持ってきてくれた。

 「海野さん、その野球の話は、よう分かるわ。ぼくはカープのファンじゃが、カープファンの少年が、例えば高橋慶彦選手にあこがれるのは、野球というシステムの中で、素晴らしい活躍をするからよ。そこにな、厳しさで定評のあるカープの二軍で猛練習を積んでスイッチヒッターになって~、というストーリーが、憧れを補強していくわけじゃ。でも、女性が、同じ高橋慶彦という選手にあこがれるというのは、野球というシステムや猛練習云々は、実のところ、それほど関係ねえ。テレビや野球場なんかで見る高橋慶彦という選手「個人」に「共感」するわけじゃなあ」


 あれから30年以上たって、「カープ女子」と言われる女性のファンが多くなったのは、それが選手個人からチーム全体に対象が広がっただけのことかもしれない。

 あの日、大道君と話したことを、夕食を食べながら太郎君に話した。彼も、興味深く私の話を聞いてくれた。

 米河少年の言動や趣味活動が女子に「共感」できるものか、という点については、「今のままでは、まず無理!」

ということで、即座に意見が一致した。

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