第七話 規格を設けよう


 理音が唐突に「それ、規格通ってる?」と言った事でその場は少しの間だけ静寂に包まれた。「規格」と言う単語を聞いて優之介達日本人組は気がついたようだが、ソフィーリア達イェクムオラム組は何の事だかさっぱり理解できていない様子だった。




「はぁ~俺としたことが、工業人でありながらそのことを失念していたとは……」


「お、おおいシバ、なんだよその規格ってのは?」


「そうだなぁ、どう説明しようか。簡単に言うと産業標準化を制定する為の取り決めだ。例え話をしよう、ガリアスが生産しているベアリングがあるとする。ある日、馬車を生産している職人A、B、Cが同じ日にガリアスのベアリングを取り付けたいとガリアスの下を訪れたとしよう。ガリアスは早速ベアリングを組み付けようとするが、職人ABCが扱う車軸がどれも寸法がバラバラだった場合どうなると思う? AにはピッタリだがB、Cにはサイズが合わないとなればガリアスに大きな負担となるのは明白だ。ベアリングは車軸にピッタリ嵌め込まなければ意味が無い」


「それなら俺がそれぞれの車軸に合わせて作ればいいんじゃないか?」




 斬波が規格の必要性について説明するが、ガリアスは「それぞれの車軸に合わせて作ればいい」と反論した。しかし、斬波もまたそれに反論することで熱い議論が繰り広げられる。




「それだとベアリングの一つ一つが特注品になって作るのが大変だろ? ベアリングは剣や盾と違ってかなり大量に出回る可能性がある、それぞれの車軸に合わせて作ったんじゃ非効率だ」


「それはそうだが……」


「そこでだ、取り決めで取り扱うベアリングの寸法を決めてしまえば良い、馬車等の車軸用、ワゴンや台車用等な。そうすれば決まった金型で効率良く大量生産ができるぞ」


「シバの言う事はわかった、理解もしたし納得もしている。だがそんな取り決め俺らでどうにかなるのか?」




 斬波の力説でガリアスを理解させることはできたが、今度は規格そのものを取り決められるかどうか疑問を呈してきた。ガリアスが疑問に思うのは当然だ、生産はガリアス達の問題だが規格の取り決めは法律の問題だ。法律に触れられる人間など一国ではひとつまみしかいない。


 斬波は少し考えている間に優里音が「ソフィーちゃんなんとかならない?」とソフィーリアに聞いていた。優里音の言葉に斬波は「ナイスタイミングだ」と言って話を再開した。




「確かに規格の取り決めは法律の話だ、俺らじゃどうしようもないが……ソフィーなら父親である国王に一言口を聞けるんじゃねぇか?」


「「「おぉ~……」」」




 一同は感嘆の声を上げて一斉にソフィーリアがいる方向に顔を向けた。


 斬波の言葉で皆からの注目を浴びたソフィーリアは一度咳払いをすると、何か決意に満ち溢れるかのように語りだした。




「確かに、私なら父に一言申し上げることは可能です。ですが、私はこれまでの人生において、父の行政に提案等はしたことがありません。規格を定める事を提案する際は皆様にもご助力いただく場合があります。その時はご助力いただけますね?」




 ソフィーリアは真剣な眼差しで問いかけた。日本人組はお互いに目を合わせると無言で頷きソフィーリアに向き直ると、優之介が代表して答えた。




「もちろんだよソフィー、この案件が通ったら皆の暮らしがまた一つ楽になるんだから、喜んで協力させてもらうよ♪」


「優之介君の言う通りだよ♪ 正直あたし達にとって、今の馬車は揺れがすごくてキツいんだよね~」


「ソフィーちゃんならきっと大丈夫!」


「成長したところを見せられる良い機会ね、頑張って!」


「皆様……。私、頑張ります! 国民のより良い暮らしのために!!」




 安定した生産を行う為に寸法に対して規定を設けようと言う話だったが、国民の生活を良くするために寸法に対して規定を設けようと言う話に変わっている気がする。しかし、どのみち生活する人々の生活水準を上げる事に変わりないので優之介は心の中で黙っておいた。






――――――――――――――――――――






 それから一同は様々な打ち合わせで忙しい時間を過ごした。基準となる寸法の制定及び資料作成、ソヘル商会との売買契約、馬車や家具等木製品を取り扱っている店に行っては採寸をしたりと、規格を設ける為の準備に追われている。




「レポートよりめんどい……」


「この程度の会議資料作成で音をあげたらOLはつとまんねぇぞ」


「ほほう、シバは机仕事もできるのか。本当に万能だなぁ♥」


「す、凄くよく纏まっていますわ……」




 斬波、理音、ソフィーリア、クラウディアの四人は資料作成を担当し……。




「貴女は勇者アオイ!?」




 ここはとある木製品加工の工房、工房主らしき人物が唐突な葵の訪問に目を丸くして驚いているが、葵は意に返さずに淡々と要件を述べた。




「少しいいかしら、ここで作られている馬車の車軸を見せてもらいたいのだけれど、構わないかしら?」


「馬車の車軸? そんなの見せてどうするんですか?」


「参考までに」


「は、はぁ~……」


「「葵~」」「葵さぁ~ん」


「そっちはどうだった?」


「記録はバッチリ取れたけどぉ~、どこも寸法バラバラだったよ」


「これではベアリングの安定した生産はできませんわね」


「きっと日本もJISができるまではこうだったと思うとなんだかわくわくします♪」


「咲良ちゃんその気持ちわかりみ~♪」




 葵、優里音、春香、咲良は外に出て聞き取り調査をしていた。


 やはり、車軸の太さ等は職人毎に違うようだ。これではベアリングの安定した生産なんてできっこないので、なるべく早く法整備をしてもらいたいと思う葵達であった。


 こうして各々が役割を分担してこなしている間、優之介とレミリアとタマキは……。




「ドラゴンを切った剣って聞いて心が躍ったが、ごく普通の剣だな。よくこれでドラゴンを殺せたな?」


「切ったんじゃなくて刺したんですよ」


「私が証人です! ユウノスケさんがドラゴンを倒すシーンはとってもかっこよかったです!!」


「私も見てみたかったものです」




 ガリアスと共に工房で優之介の剣について談義をしていた。


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