第三話 斬波の心、愛情を知らず


「斬波さんもクラウさんも変な事で揉めないでよ……」


「「揉めてない」」


「求婚を受けたくないだけだ」「求婚を受けてくれないだけだ」


「お義兄さんもクラウ様も、それを揉めるって言うんです! それに、何でお義兄さんはクラウ様からの縁談を断らずにお受けしないんですか?」




 一行はギルドを出た後そのまま安心亭に真っ直ぐ戻った。


 安心亭に到着すると優之介とレミリアは斬波とクラウディアを並んで椅子に座らせて軽いお説教を始めた。


 以前からクラウディアが斬波に縁談を申し込むが、斬波が受け入れない様子が連日垣間見えるのでそろそろはっきりさせたいところだが、斬波の頑固さを少なからず知っている二人は長い戦いになりそうだと覚悟した。


 お説教の始まりはレミリアが斬波にクラウディアからの縁談話を受けない理由を質問した事からだった。それは優之介とクラウディアも聞きたかったことなので心の中でレミリアグッジョブと言っておこう。




「平民と貴族、しかも公爵令嬢だぞ? そもそも「そんな建前要りません、お義兄さんの身の上は私もクラウ様も知っています」」


「まだこの国を出ていないが旅の途中「婚約だけすればいいじゃないですか」」


「…………」




 斬波がもっともらしい理由を述べるがレミリアはバッサリと切り捨てる。 




「本当の理由を教えてください」




 数十秒だんまりだった斬波が優之介、レミリア、クラウディア、しれっと会話を聞いているコネリー、シャンリー母娘から視線の圧力に耐えられなくなったのか、大きなため息を吐いて観念したように答えた。




「自信がないんだよ」


「「「「「自信?」」」」」


「なぁ優之介、お前は親の顔を覚えているか?」




 斬波はそう言った後、優之介に親の顔を覚えているかどうかを聞いてきた。




「写真で思い出せるくらいだけど……。あっ」


「わかってくれたか?」


「まぁ、たぶんだけど…………」




 斬波の言葉を聞いた優之介は彼が何を言いたいのか察しがついた様子だった。しかし、レミリアとクラウディアとコネリー、シャンリーは理解できていない様子なので斬波は洗いざらい話すことにした。




「俺は物心が着く前から親に捨てられて孤児として今まで育って来た。施設の人の話だと生まれたての赤ん坊は身一つで捨てられてたらしい、俺の近親者の情報に繋がるようなものは何一つなかったそうだ」


「……!?」「ひどい……」




 レミリアとクラウディアは野郎二人が児童養護施設孤児院育ちである事は知っていたが、闇が深い事までは知らず、つい目を見開いて驚いてしまう。


 それでも、彼女達の反応をよそに斬波は今度は自分の胸の内を語りだした。




「生まれてからずっと孤独だった、頼れる人はいない、俺自身だけだった。施設で育って来て、後から来た子供の面倒を親替わりに見て来たけど高校を卒業するくらいだったかなぁ……。『人はいつか大人になって、好きな人ができて結婚して子供が生まれて、その子供は親の愛情を注がれながら育ち、今度は自分が親になる。その何気ない人の世の繰り返しは素敵な事だろう』そう思うと同時にもう一つ思う事が出てきてな。『親から愛情を貰ったこともない、ましてや顔も知らない俺が将来、誰かと結ばれて子供ができたとして、その子供に親として愛情を注いであげられるのか?』とな……。この答えが出ない限り、俺は誰とも恋愛関係は持たない。それが理由だ……」




 斬波が洗いざらい話した後、優之介とクラウディアは俯き、レミリアと母娘はぽろぽろと涙を流していた。親がいる、家族がいる事が当たり前の彼女達にとって、斬波の言葉はショックだったのだろう。




「羨ましいんだ、親と手を繋いで歩く子供の幸せそうな笑顔が。重い話をして悪かったな、ちょっと散歩に出かけるわ……」




 斬波はそう言い残すと一人で何処かへ行ってしまった。




「「「「「…………」」」」」




 その場に取り残された優之介、レミリア、クラウディア、母娘は誰一人と言葉を発することなくただただ斬波の言葉を受け止めた。




「……情けないな」




 しばらく時間が経った後、そう言ったのはクラウディアだった。




「シバも、私も……」


「クラウさん?」


「身分関係なく、幼き頃から両親から惜しみない愛情をもらって育ってきた私には耳が痛い話だな。さて、私も少し散歩に出かけてくるとしよう。夜までには戻る」




 クラウディアはそう言うと、何かが吹っ切れたのか清々しい笑顔で何処かへ行ってしまった。




「あのぉユウノスケさん?」


「どうしたのレミィ?」


「その、私……なんか申し訳ないです。ユウノスケさんとお義兄さんの身の上を知っていながらきちんと考えられていませんでした」




 レミリアはうつむきながらそう言った。ここ数日、野郎二人と共に行動してきた彼女だが、彼女なりに野郎二人の事を理解できていると思っていたのだろう。だが、今回は斬波の後ろめたさを強引に引きずり出してしまった事に対して負い目を感じているのだろう。


 レミリアの言葉を聞いた優之介は彼女の隣に座ってそっと肩を抱き寄せた。




「レミィ、レミィは何も悪くないよ。誰が良いとか悪いとかの話じゃない、ずっと前に斬波さんが言ってたんだ『家族と言えど所詮他人、だからこそ相手を思いやり、理解してあげられるように努力しろ』って。俺、その時はあんまり理解できなかったけど今はきちんと理解できるよ。だからレミィもこれから少しずつ色んな人を理解してあげられれば良いと思うよ」


「ユウノスケさん……」


「実を言うと俺も初めてだったんだ、斬波さんが結婚しようとしない理由を聞いたの。前の世界でよく女の人に言い寄られてたけど、付き合わなかったのは何でだろうな? って思ってたんだけど、あんな理由だったんだ」




 優之介はレミリアの肩を優しく抱きながらポツリと言葉をこぼした。シャンリー、コネリー母娘はしれっと自分の持ち場に戻り、なんか良い雰囲気の中レミリアはこのまま優之介に甘えそうになったが、途中でハッと我に返り優之介の抱擁を解き、今度は自分が腕を大きく広げてアピールしだした。




「ユウノスケさん、はいっ!」


「レミィ?」


「思いっきり私に甘えてください!」




 レミリアがそう言いながら腕を広げるので優之介もレミリアの考えてることを察したのか、「それじゃあ、お邪魔します」と言ってレミリアの腕の中に入ろうとしたその時だったった。




「ストップ! ですよレミィ。独り占めはよくありませんわ」




 安心亭の入口から声がしたと思い一同が振り向くと、そこにはラフではあるものの高級感のある服を着ている金髪美少女と、少し疲れたような表情をしたメイドが立っていた。


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