第七話 五年前のお礼


「はぁ、何でこうなるかねぇ……」




 食後のティータイムが終わり皆が皆自室に帰っていく中、理音によって斬波と葵がまだその部屋に取り残されてしまった。今現在、部屋にはタマキが食器を片付けている際にカチャカチャと食器がぶつかる音だけが響く中、斬波と葵は対面する形でふかふかする椅子に座っていた。




「瑠川さんだったか、戻らないのか?」


「葵でいいわよ叶君……」


「じゃあ俺も斬波でいい、こっちの世界じゃ下の名前で呼ぶのが一般的らしいからな」


「普通の平民には家名がないもの、そうなるわ。そんなことより私の事覚えてる?」




 葵は斬波に自分のことを覚えているかどうか問い出すと、斬波は紅茶を一口飲んでから一息ついてから答えた。




「悪いが覚えていない」


「そう……」




 自分を覚えていないときっぱり斬波に言われた葵はしょんぼり俯いてしまった。




「理音だっけか、ショートヘアの……。彼女曰く、俺と君は高校時代の同級生らしいが……」


「クラスは違うけどね……」


「それじゃあますますわからん、ただでさえクラスメイトでも全員は覚えてねぇのに」




 斬波の高校時代は多少荒れていた。斬波の高校時代の毎日は施設育ちの斬波と優之介を馬鹿にしてくる輩や絡んでくる不良共との喧嘩ばかりで、授業も最低限度の出席しかしなかったため教師達の間で斬波は問題児扱いされいた。


 しかし、試験の成績はいつも上位という結果を残しているので教師達も文句は言い出せず野放し状態だった。


 普段は喧嘩ばかり、高校の授業に出席するのは最低限度な斬波がクラスメイトとの交流があまり無い事は誰が考えても予想はつく。




「貴方はあまり学校に来なかったものね……。でもテストの成績はいつも上位、周りの友達は皆不思議がってたわ」


「授業に出ていればテストの点数が取れるわけじゃねぇ、勉強してる内容を理解してなんぼだろ? 教師の教えがなくても俺は参考書を読んで机に向かえば十分理解できた、ただそれだけだ」


「天才はさらっと言うわね……」


「誰がどう思うかはその人次第だ、話が済んだのなら俺も戻るが?」




 斬波は席を立とうとするが、葵が「待って、まだ話は終わってないわ」と言って止めた。


 高校を卒業して五年経っていきなり出会った葵から何の話がるか皆目検討がつかない斬波は、彼女が口を開くのを待った。




「あのね、ずっと言いたかったことがあるの……」


「言いたかったこと?」


「うん、あの時は助けてくれてありがとう……。貴方は覚えていないかもしれないけど、私は貴方に助けられたの」


「…………?」




 斬波は過去に葵を助けたことがあるらしいが斬波自身は自分の記憶にいまひとつピンとこない。斬波は覚えていないと判断した葵はぽつりぽつりとその当時の様子を話した。


 高校三年生の頃のバレンタイン、自由登校期間中なので平日の昼間から街を歩いていた葵だが三人組のナンパ男に絡まれてピンチに陥ったこと、必死で抵抗したが女一人では適うはずもなく諦めかけた時に斬波が助けに入ってくれたこと、お礼を言おうと思ったのに気づいたときには遠くに逃げるように走り去ってしまったこと等を斬波に話した。


 葵の話を聞いてようやく思い出した斬波は、当時の出来事を思い出したことを葵に伝えると彼女はぱぁっと明るい笑顔で話すようになった。




「思い出した、あの時は警察から逃げてる最中だったんだ」


「……何したのよ?」


「喧嘩」


「はぁ……」


「にしても元気そうで良かった、実は少し心配してたんだ」


「そうなんだ……/// 私は大丈夫だったわ」


「いやまさか、あの時のがなぁ。お互い異世界に飛ばされるなんて災難だったな」


「本当にね、空港で貴方を見かけて何て声を掛けようかと思ってた矢先の出来事だったものね……」


「……ぷっ」「……くっ」


「「あっはははは♪」」




 それからの斬波と葵の雰囲気はだんだん良くなり、会話が弾んだ。お互いに異世界に来てからの近況報告の他に高校卒業後の進路等、転移される前の日本での生活の様子等を教え合ったりしていた。




「葵は医学部なのか、だったら今は大学五年生と言ったところか」


「えぇそうよ、因みに理音と春香さんも医学部で優里音は薬学部なの」


「ほぉぅ、ごく普通の女子大生四人組かと思えばエリート集団なんだな」


「褒めても何も出ないわよ。それにしても、向こう日本では私達の事はどうなってるのかしらね?」


「時間軸が同じなら行方不明扱い、そのまま一年が過ぎれば死亡したと見なさるのが典型的な措置だな」


「異世界にいるとは言え、そんな扱いされるのはいやね……」


「実際は生きているのに戦争で死んだ扱いにされ、戦時死亡宣告を受けた人の気持ちがなんとなく理解できるな」


「ちょっと、最初に話題を振ったのは私だけど話をそっち方向に持っていかないでちょうだい!!」


「わりぃわりぃ、でもいつか帰れる時が来るさ。だから気を落とさないで前を向いていこうぜ」


「それを言いなさいよ……。それで、斬波は会社員だったかしら?」


「あぁ、入社したときは製造ラインで技能職をやってたんだが、今は研究職で主に製品開発の手助けをしている。同僚曰く俺は『何でも出来る便利屋さん』的立ち位置らしい」


「なんだか想像できるわね♪ あ、そうだ!」


「うぉっ!?な、なんだ……?」




 話が盛り上がってる最中、葵は何かを思い出したようで急に話を切り上げて斬波に質問した。




「斬波、さっきクラウと何を話してたのかしら? 結婚とかそんな単語が聞こえてきたんだけど?」




 先程までの笑顔とは打って変わって真剣な表情で葵は斬波に詰め寄る。唐突な切り替えように斬波はだじろいだが何とか彼女の質問に返した。




「優之介の話でな、ソフィーとレミリアに想われているのはいいが、ソフィーの場合は身分が身分だから……と言う内容だよ」


「それだけかしら? なぁんか貴方とクラウがとても仲が良さそうに見えたのだけれど?」


「まぁ仲が良いのは間違いないが……」


「アオイ様、仲が良い事は良い事だと思いますが?」


「それはそうだけど……」


「まぁクラウは色んな事を聞いてくるからな、つい話が盛り上がっちまうんだ。タマキ、紅茶美味かった」


「お粗末さまでした」


「俺はそろそろ寝る。葵、お互い大変だろうけど頑張ろうな」


「え、えぇ……」


「そんじゃ、二人共お休み」


「お休み……」「おやすみなさいませ」




 紅茶を飲み終えた斬波はお休みの挨拶を交わすと部屋から出ていってしまい、もうこの部屋に残っているのは葵とタマキだけとなった。


 王城の廊下を歩きながら周囲に誰もいないことを確認し、斬波はうっすら微笑みながら呟いた。




「五年前の礼をずった言いたかった、か……律儀な女だな。五年も経てば忘れてると思ったのによ……。実を言うと、空港で君を見かけたときに声を掛けたかったのは俺の方だったんだ、葵……」


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