第十話 静かで平和な一日で終わると思ったら……

 昨日、レミリアをゴブリンの群れから助け出したまでは良かったが、次の日に彼女から弟子入りを志願されてしまった。




「ええええええええ!?」


「断る!」


「へ? 今、何と……」 




 レミリアの申し出に優之介はただ驚き、斬波は即答で断った。斬波が何て言ったか優之介の叫びで聞こえなかったのだろう、レミリアは斬波に何と言ったのか聞こうとしたら、その前に斬波が同じ言葉を繰り返した。




「断ると言ったんだ……」


「どうしてですか!?私が豪商の娘だからですか?」


「そうだなぁ理由はいくつがあるが、俺達はここを拠点にしてるわけじゃない。俺と優之介は見ての通り冒険者で今はこの街に滞在しているが、次の目的地が決まれば野宿しながらまた旅する日々だ。故に弟子なんざ取れん! それに教えることは何も無い!!今思い出したがましてや豪商の娘などと、身分高き令嬢を危険な目に会わせることなどできるかぁ!」


「危険な目に会わないと強くなれません!」


「それでお前の身に何か起きたら俺達は責任が取れないのでご遠慮願おうかぁ!」


「嫌です! お二人が旅をして回っているなら私も付いて行きます!!それに、私はまだ助けてもらった恩を返せていません」


「レミリア、恩返しなんてしなくていいから……」


「……はぁ、まぁあれだ、レミリアは立場ある人間だからひとまず親父さんに相談しろ。話はそこからだ」




 レミリアは優之介と斬波の旅に同行しようとするが、アースカイ王国有数の豪商である彼女の父、ウラドが許すはずがないだろうと優之介と斬波がレミリアの同行を拒否しようとする。しかし、彼女も食い下がるのでなかなか話の決着が付かない。そこで後日、ウラドを交えた四人で再度話し合いの場を設けることでこの話はこれで終わりにした。




「ところで、お二人は今日はどうして街の外に? 依頼は受けてませんよね? 冒険者ギルドで確認して来ました♪」


「今日は薬草集めをしたり、トレーニングをしたりするだけー……だからね」


「まぁ! それなら私も同行してもよろしいですか?」


「斬波さん、どうします?」


「遠出するわけじゃないし、今日はいいだろう」


「ふふっ、ありがとうございます♥」




 結局この日は優之介と斬波とレミリアの三人で、近場の草原や森で野郎二人の魔法鞄がいっぱいになるまで薬草やらなんやらを採集しまくった。


 お昼頃になると三人は川原に移動してお昼休憩と自由行動の時間を取った。優之介と斬波は食料を持参していたが、レミリアが「お二人の分もお昼を作って来ました♪」と彼女お手製のサンドイッチのような食べ物や簡単な手料理を用意してくれたのでご相伴にあずかる事にした。因みに味はとても美味しかった、旅立つ時にタマキが持たせてくれたやつといい勝負だ。


 三人で昼食を食べ、食休みを終えた優之介は昨日新たに取得したスキルの確認をしつつ、素振りの特訓に励んでいた。レミリアは優之介のそばで体育座りをしながらその様子を見守っている。




「ふん! せいっ!!」


「ユウノスケさんはいつも素振りをしているのですか?」


「いつもじゃないよ、魔法の練習もしないといけないし」


「剣も魔法も使えるなんて、頼もしいですね♥」


「え? この世界で魔法を使うことは珍しいことじゃないんでしょ? イメージがしっかりしてれば魔法は発動するんだから……」


「確かに魔力の制御とイメージができていれば魔法は発動できます。ですが、一般的には剣やその他の武器を主体にして戦うか、魔法を主体にして戦うかのどちらかに絞って鍛錬すると周囲から聞き及んでいます。考え方としては苦手を克服するより、得意を伸ばしたほうがその道の達人に近づくと言うことです」


「へぇ~……」(え、って事は俺はアブノーマル?)


「でも……剣と魔法の両方を使いこなせれば、それはそれで他の相手よりも有利になるのは確実ですよね♪」




 レミリアが優之介にイェクムオラムの一般常識の一部を教えると、優之介は自分が非常識な事をしてしまっているのではないか、少し自分に対して疑心暗鬼になったが、レミリアが自然にフォローしてくれたので変な気持ちにならずに済んだ。




(レミリアがそう言ってくれるのはありがたいけど、それはつまり俺は他の人に比べて剣の腕がまだまだって事だからもっと頑張らないと……)


「器用貧乏にならないように努力します! ふん! ふんっ!!」


「ユウノスケさんならきっと素敵な剣士になれますよ♪ ところでユウノスケさん? さっきこの世界とおっしゃってましたけどユウノスケさんは異世界からの迷い人ですか?」


「ふぁいっ!?」―スポンッ!




 レミリアが優之介は異世界出身かどうか聞いてきたので、驚いた優之介は握っていた剣をその手からすっぽ抜かしてしまった。




―ザンッ!!




「危なっ!?優之介お前俺の事殺す気か!?」


「あ、ごめん!」




 優之介が放り投げた剣は空中を舞って、少し離れた場所でノートに何かを書き込んでいる斬波の足元付近の地面に突き刺さった。




「それで、優之介さんは異世界人なんですか?」




 優之介とレミリアは驚いた様子だったが、斬波の無事を確認たレミリアすかさず優之介の話に戻した。話をそらさせる気はないようだ。




「い、いや今のは言葉の綾だよ。遠い東からやってきたものだからつい……」


「そうですか……、そう言う事にしておきます」


(上手く誤魔化せたのかな?)


「ほれ優之介、今度はちゃんと握ってろよ?」


「も、勿論ですよ!」




 斬波は地面に突き刺さった剣を引き抜き優之介に渡すと、元の場所へと戻っていった。


 優之介の答えに少し納得がいかない様子のレミリアだったが、優之介を問い詰めることはしないで彼の特訓を見守っていた。


 斬波もまた、少し離れた場所から二人を見守る。




(豪商の娘、レミリア・ソヘルか……。これも何かの縁なのかねぇ…………)




 斬波は少し早めに帰る準備をして、自筆のノートを見返す。


 ノートには様々な事が書かれていたが、大きな見出しには自分が密かに立てた課題がこう書かれていた。




 一、魔力とは何か?


 二、正しい現代知識を広める方法。


 三、開発した物の大量生産と物流。




 斬波はノートを十数秒見つめて一息ついてからパタンとノートを閉じ、優之介とレミリアに帰る指示を出す、二人は元気よく返事をすると広げていたものを片付けて斬波の元へと駆け寄った。


 三人は並んでゆっくりと帰路を歩くが、途中からレミリアが優之介の左手を取って小走りで先行すると、今度はそのまま優之介の左腕に抱きついた。




「ちょっ―!?レミリア!?」


「ふふっ♪ 宿までこのままでいてください♥」




 優之介は顔を真っ赤にしながら少し抵抗したが、レミリアの抱きつく力が強いので大人しく観念した。優之介の左腕は安心亭に到着してレミリアと別れる時までご褒美状態だったのはお察しだろう。


 この様子を街の人間に見られ、安心亭のラコネス一家に見られた時は、終始穴があったら入りたいほど恥ずかしかったと優之介は後に語っている。


 美女が自分の腕に抱きつっぱなしの状態で街を歩くのもなかなかだったが、極めつけは安心亭の前でレミリアと別れる際に、彼女が取った言動だ。




「先程はあんな事を聞きましたけど、ユウノスケさんが何処の誰かなんてどうでもいいんです。貴方はシバさんと一緒に私をホブゴブリンウォリアーから助けてくれただけじゃなく、不安でどうしようもなかった私を抱きしめてくれた上にずっと気遣ってくれました……///」




 そう言ってレミリアは両手を優之介の首に回し、そっと……。




―……チュッ♥




 レミリアは優之介の頬に熱いキスをした。安心亭の窓からコネリーが覗いていたが、顔がリンゴより真っ赤だ。まだまだ若いな、宿の看板娘よ。




「これはそのお礼です……/// それではまた明日も会いに来ます♪ お二人の旅に同行する件、私は諦めていませんからね♥」




 そう言い残してレミリアは走り去ってしまった。


 夢見心地でレミリアの後ろ姿を見送った優之介だが、斬波が優之介の肩を強めに叩いた事で現実に引き戻されてしまった。


 斬波が笑顔で安心亭に向かって親指で指差す、優之介は斬波が指差した方を見ると、そこにはラコネス一家と宿泊客がニヤニヤしながら優之介を手招きしているではないか。


 この後、優之介は熱気が冷めるまで食堂のど真ん中に座らされたのは言うまでもない。


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