第26話 到着4日目・昼その3



 ボォーン!


 ボォーン!


 ボォーン!


 ボォーン!


 ボォーン!


 ボォーン!


 ボォーン!


 ボォーン!


 ボォーン!



 鐘が9つ……。


 午前9時だ。1階のホールの大時計の鐘が鳴り響いた。


 ダイニングルームに再び集まった一同は静かだった。




 館中を探したけれど、ジジョーノさんはいなかった。


 そして、さらに、スエノさんがここで発見したことを告白したのだ。



 「わ……、私の部屋がめちゃくちゃになっていました……。」


 「ええ。僕も一緒に見ました。洋服ダンスから服が出されていて引きちぎられ、机の引き出しはすべて開け放たれ、中身が床にぶちまけられていて、窓ガラスも割られてガラスが床に飛び散っていました。あと、ベッドのシーツが引きちぎられて、それはもう……、ひどい有様でした!」


 ジニアスさんも一緒に発見したのでしょう、スエノさんの証言を補足しました。




 「なるほど……。昨夜、スエノさんは『右翼の塔』の地下の宝物庫にいたことは、みなの知るところです。つまり、スエノさんの部屋に侵入して荒らしたものが誰か他にいるということですね。」


 コンジ先生がみなさんにも事実を確認するかのように言った。



 「そうだな……。キノノウくんの言うとおりだ。スエノさんは昨夜は夜の間中、閉じ込められていた。容疑は完全に晴れたと言っていいだろう。」


 「ちっ……。」


 ジェニー警視が言った一言にアネノさんが不服そうに舌打ちしたのを私は見逃しませんでしたよ。




 「それは不思議ですね……。部屋を荒らしたのは間違いなく人狼でしょうけど、スエノさんはいなかったのだから、部屋を荒らした理由がわからないですよね……。」


 思わず私も疑問を口にする。



 「スエノさん……。あなたは何か貴重な美術品を部屋に隠し持っていたとか、ないでしょうね?」


 ビジューさんはあくまでも美術品が気になるようです。






 「いえ。もちろん、そんな貴重なものは持っていません……。」


 「まあ、そうよねぇ。スエノが持ってるはずないわ。」


 「それより……。うちの主人が殺されたのは間違いありませんの? シュジイ。」



 「あ、いえ……。私は確認はしておりませんでして……。」


 シュジイ医師が口をもごもごさせた。




 「ああ!? シュジイ! 何してるの? 早く確認なさいよ! それに私のイーロウまで死んでしまったなんて……!? 本当やってられないわ!」


 アネノさんがここでイライラを爆発させたかのように叫んだ。



 「も……、申し訳ございません。私は容疑者……のようでして、近づくことを止められてしまいまして……。」


 「そうです。私が止めました。」


 「あ、私もそれに同意しております。」


 シュジイ医師を逆に弁護するかのように、ジェニー警視とコンジ先生が言った。




 「……、そういうことね。わかりましたわ。で、主人が死んだとなると……。キノノウ様。主人の財産はこの場合、どうなりますの? ジジョーノは行方不明なのよ?」


 「そうね。ジジョーノが犯人……ってことになれば、私と母で半分ずつ……になるのかしら?」


 ママハッハさんとアネノさんは、まだパパデスさんが亡くなったばかりだと言うのに、財産の相続の配分が気になるようです。



 「あ、いえ。スエノさんがいらっしゃいますからね。それに、ジジョーノさんもまだ生死不明の状況です。確定的な話はまだできませんね。」


 ニコリと笑ってコンジ先生がお二人に返事をした。




 「スエノが犯人じゃあありませんの!?」


 アネノさんは食い下がり、憤った。



 「いえ。それは少なくとも昨夜のパパデスさん、イーロウさんの事件にスエノさんは無関係ということが明らかにされていますからね。」


 「そうですね。そうなると、昨夜以前の事件についてもスエノさんが犯人ではない可能性が高くなったとも言えよう。」



 コンジ先生とジェニー警視って、初対面でしたよね……。


 えらく気の合ったコンビみたいに見えます。


 それに、コンジ先生の助手は私なんですけどぉ!?




 「やはり、昨夜の事件の犯人はジジョーノサンで、イーロウサンに彼女は恋してたんでショウ! そして、恋の相手と父親に『憤怒』したのデース!」


 アレクサンダー神父がまた、人狼の動機を七つの大罪の『憤怒』だという見解を述べた。



 ちょっと、強引な気もしますけどね……。




 「うん。ジジョーノさんがイーロウさんに恋心を抱いていたのは、間違いないだろうね……。」


 コンジ先生もそう思っていたようです。



 「先生、そうなんですか? アネノさんと……、その、いい関係でしたみたいですし、ジジョーノさんまでイーロウさんのこと思っていたなんて……。」


 「ああ。彼女はイーロウさんが話す時は必ず体ごとイーロウさんのほうを向いていたし、昨日アネノさんの告白の際は、見ていられないほどだったよ。」


 「ええ!? そうだったんですか!? 私、なんにも気が付かなかったです。」


 「まあ、君は……、うん、まあ、仕方ない仕方ない。」


 「いやぁ……。なんだかその言い方、ちょっと含みありますけど!?」




 「それより、昨夜のみなさんの行動を確認してみましょう。まず、スエノさんは昨日、アネノさんの提案で『左翼の塔』の地下室にいました。そして、朝、事件発覚の後に僕とジニアスさんの二人で鍵がかかっていたことは確認済みです。つまり、昨夜は地下室から一歩も出られなかったということ。アリバイ成立ですね。」


 「まあ、そこは疑いようのないところだな。」


 「ちょっと待って! でも地下室の鍵をこっそり誰かが持ち出して、スエノを解放したかも知れないじゃあないの?」


 アネノさんがまたしても食い下がってきた。




 「ですが、その地下室の鍵はパパデスさんがご自身の部屋に保管していたのです。それも僕はパパデスさんの遺体を発見した際、見つけております。よって、パパデスさんが自ら開けに行き、スエノさんを解放し、その後部屋に戻って犠牲になった……ということでも無い限り、昨夜の事件からはスエノさんの容疑は晴れたと言えます。」


 「なら! それなんじゃないかしら? 父がスエノを解放して殺されたんだわ!」


 「残念ながら、それもありません。」


 「どうしてよ!?」




 ここで、コンジ先生がシープさんのほうを見た。


 シープさんもそれを察し、説明をする。


 「アネノ様。実は私は昨夜、夜通し、『右翼の塔』側3階の私の部屋の扉から、階段の間のほうをずっと監視しておりました。その際、誰一人として通った者はおりません。このことは間違いなく保証いたします。」


 「え……? ということは……。」


 「ええ。アネノさん。パパデスさんご自身さえシープさんの部屋の前を昨夜は通っていないということです。もちろん、スエノさんもです。」




 アネノさんは少しがっかりしたように座り直しました。



 「今のシープさんの証言通り、少なくともスエノさんについては、昨夜の事件の嫌疑は晴れました。」


 「それは、キノノウさんの仰るとおりでしょうな。」


 ビジューさんも頷く。




 「それと、シープさんと同様のことを、僕の助手のジョシュアも『右翼の塔』側2階の自分の部屋から階段の間の方を見張らせておりました。それで、ジョシュア?」


 「あ、はい! シープさんと同じですが、誰も、いや何も動きのあったものは見なかったです。」


 「……ということです。そして、昨夜もアレクサンダー神父は『左翼の塔』の5階で祈祷をしていた。つまり神父さんも嫌疑の外に出ますね。」





 「ちょっと、キノノウ様。わたくしにはおっしゃることがよくわかりませんわ。要するにどうなのです?」


 ママハッハさんは、説明を聞いてもピンときていないようです。





 「なるほど。キノノウさん。僕にもわかりました。つまり、パパデスさんの部屋に侵入できた人はシュジイ医師しかいない……ということですね?」


 「うーん。断言はできません。ですが現場の状況はそれを示しています。」


 「シュジイ! あなた……!」


 「いえ! 奥様! 私ではありません!」





 「ちょっと待ってください! ママハッハさん。たしかにパパデスさんの部屋に入れたであろう人物で最も疑わしいのはシュジイ医師ということになりますが、同時にシュジイ医師はイーロウさんの部屋には入れなかったことも示しているのです!」



 コンジ先生がそうおっしゃった後、私もハッと気が付きました。


 そうでした。シープさんは、『右翼の塔』側3階の階段の間には誰も通っていないと言ったのです。


 それは、逆にパパデスさんの部屋の方からも誰も通っていないということ。


 シュジイ医師は朝、事件発覚時、隣の部屋にいました。




 イーロウさんの部屋には誰しもが入れた状況ですが、シュジイ医師や、コンジ先生、ジェニー警視、ビジューさんもイーロウさんの部屋に向かうことはできなかったということなのでした。



 人狼が複数いるということはありません。


 人狼は群れないのです。


 これは人狼の習性だとアレクサンダー神父からも聞いています。



 つまり……単独犯であるということ。





 いったい、どうやって……?


 私の心の中の疑問に応えるのは、窓の外の吹雪の雪の音だけでしたー。




 ビュォオオオォ……






 ~続く~




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る