第25話 到着4日目・昼その2
「ジョシュア! まずはパパデスさんのほうを確かめに行くぞ。」
「はい! コンジ先生。」
「え……っと、キノノウ様。あっしはいったいどうしたら?」
「うん。今はとりあえず一人にならないように、僕たちについてきてください。」
「かしこまりました。」
私、コンジ先生、メッシュさんの三人は、とりあえず、『右翼の塔』側の階段を登り、3階へと急いだ。
階段を登ると、すぐに廊下が見通せたが、一番奥のパパデスさんの部屋の扉が開いていた。
部屋の中の様子はちらりと見えたのですが、特に変わった様子は見えなかった。
廊下を私たちは走って、パパデスさんの部屋に駆けつけた瞬間ー。
パパデスさんのベッドの上に、なにかよくわからないものが見えた。
赤くて黒い塊ー。
ベッドの上から滴り落ちたかのような赤い血が、べったりと床にまで広がっていた。
そして、扉から少し入った部屋の中央にたたずむシープさん。
ベッドの上の塊は、なんなんだろう……?
あれが人間だというのか……。
肉の塊、血と肉の塊、そう、人間の原型はもはや保ってはいなかった。
単なる肉の塊、ミンチと言えばいいのだろうか。
ここまでひどい姿のヒトを私は見たことがなかった。
「どうしました!?」
そこに入ってきたのはシュジイ医師だった。
コンジ先生はシュジイ医師に気がついており、すでに、身構えている。
「そんな……。私は見ていたのだ。昨日の夜はずっと……。階段の間を見張っていたのだ。誰も登ってこなかったし……。『左翼の塔』側からも廊下を誰も来なかったんだ……。」
シープさんがぶつぶつと言っている。
自分の仕える主人が亡くなったのだ。
ショックが大きいのだろう。
「と……、とにかく死因を確認します。」
シュジイ医師が肉の塊と化したおそらくはパパデスさんであろう死体に近寄ろうとしたその時ー。
「待ってください! ドクター! 近寄らないでください。」
コンジ先生が叫んだ。
「え……? 何を言っているんだ? 死因を確認しなければいけないだろう? それに、顔がぐちゃぐちゃになっている。誰なのかも確認しなくては……。」
「いいえ。あの死体がパパデスさんのものであることは明白です。」
「コンジ先生。それはどうしてですか?」
「この部屋はパパデスさんの部屋であり、あの死体が仮にパパデスさんのものでないならば、パパデスさんはいったいどこに行ったというんだい?」
「で……、でも、もしかしたら、人狼がパパデスさんで、あの死体は誰か他の人で、パパデスさんが逃げたってことは……?」
「ジョシュア……。君も自分で言っていておかしいってことに気づかないのかい? パパデスさんが人狼だったなら、そのままなりすませばいいじゃあないか?」
「あ……! そう言えばそうですね。」
そこにメッシュさんがポツリと言った。
「いえ。キノノウ様がおっしゃったことは間違いないです。あの死体の手に、手のように見えるって部分ですけど、腕時計が見えますぜ。あの高級腕時計は、パパデス様がつけてらっしゃったもので間違いございませんですよ。」
「しかし、それでも死因を一応、確認したほうがよくないですか?」
シュジイ医師がなおも言う。
「いいえ。ドクター・シュジイ。あなたは容疑者なのです。ここは近づくのは控えていただきたい。」
コンジ先生がきっぱりとシュジイ医師に言った。
「そ……、そんな……? どうして私が容疑者なんですか!?」
「それはですね……。」
「シュジイ医師。私は昨夜、キノノウ様に頼まれて、夜通し階段の間を見張っていたんですよ。」
シープさんが代わりに答えた。
「それで……、どうして私が容疑者と……!?」
「わかりませんか? シープさんが昨夜、階段の間に来た人はいなかったと証言しています。つまり、この『右翼の塔』側3階は、パパデスさん、シュジイ医師、そしてスエノさんの部屋があるのですが、スエノさんは昨夜は例の件がありましたから、部屋にはいませんでした。つまり、パパデスさんとシュジイ医師の二人のみだったんですよ。」
「ああ! たしかに、そう言われておりましたね。……ですが! 私ではない!」
シュジイ医師は否定する。
「わかりました。では、一応、今は注意させていただくとして……。『左翼』側のほうを確認しに行きましょう。あちらでも何かあったようですから。」
「は! そうでした! あの声はジェニー警視でしたね。」
「え……? ジェニー警視にもなにかあったのですか?」
「いえ。わかりません。それを確認しに行くのです。」
私たちはとりあえず、パパデスさんをそのままにして、部屋の扉を締め、廊下から『左翼の塔』側へ向かった。
3階はまだ何も知らされていないのか、誰も出てきてはいなかった。
そのままの足で、階段を2階へ降りる。
2階へ着いて、塔につながる廊下を見ると、手前のイーロウさんの部屋の扉が開いていた。
慌てて私たちは走って駆けつける。
部屋の中にジェニー警視がいた。
そして、ジェニー警視越しにイーロウさんの部屋を覗き込んだ。
部屋の中は、整然としていた。
だが、ベッドの向こうに、血溜まりが見える……。
赤い。
どす黒い赤。
生気を感じないただの赤の溜まり。
それが見えた。
「ジェニー警視! いったいなにが!?」
私は声をかける。
「あ……、ああ。どうやら、イーロウさんがやられたようだ。顔はよくわからないが、服装から見て、イーロウさんに間違いなさそうだ。」
ジェニー警視はチカラなく答えた。
コンジ先生がジェニー警視の元へ近寄り、ベッドの向こうにいるであろうイーロウさんの遺体を確認した。
「間違いないだろうね。イーロウさんの昨日着ていた服と一致している。」
「ああ、こんなバカな……。パパデス様に続いて、イーロウ様まで……。」
シープさんがまだ現実を受け入れたくないのか、頭を抱えた。
ジニアスさんは隣の部屋でまだ寝ていらっしゃったようで、起こして尋ねましたが、何も気づいたことはなかったとのことでした。
****
私たちはいったん、ダイニングルームに集まることにしました。
そこで、私はメッシュさんの朝食の準備を手伝い、ジェニー警視とシープさんはママハッハさんたちとアレクサンダー神父を呼びに行きました。
コンジ先生はジニアスさんと一緒に、スエノさんの安否を確かめに行ったようです。
「メッシュさん……。こんなにも昨日のうちに準備されてたんですね?」
「ああ。料理だけは手が抜けねえんで。」
メッシュさんが保存していたのは、燻製のスモークチキンに、色とりどりの野菜を混ぜたマッシュポテト。
ベーコンとチーズの取り合わせ、オニオンスープでした。
さすがはメッシュさんです。
そして、20分後くらいにダイニングルームのテーブルに料理を配膳し終えたのです。
すると、そこにスエノさんとジニアスさんと一緒にコンジ先生が帰ってきました。
「ああ。スエノさん。ご無事でしたのね?」
「ええ。ジョシュアさんもお変わりなく。」
「朝食の準備、ありがとう。ジョシュアさん。」
「いえいえ。みんなのために朝食はやっぱり必要ですから!」
「本当にみんなのためかねぇ……。」
「コンジ先生? 何か文句でもおありでしょうか?」
「いいや。動機はどうあれ、みんなの役に立つことはいいことだからな。」
「なぁにかしら? その含みのある言い方……。」
少し落ち着きを取り戻しつつあったみんなの元へ、ジェニー警視たちが戻ってきました。
ジェニー警視、アレクサンダー神父、シュジイ医師、シープさん、ママハッハさん、アネノさん……。
あれ? ジジョーノさんの姿がない。
「ジェニー警視。ジジョーノさんはどうしましたか?」
私は疑問に思い、尋ねました。
「うん……。それが、ジジョーノさんの姿が見えないんだ……。」
「え……!?」
まさか……?
ジジョーノさんまで人狼の毒牙にかかってしまったのでしょうか?
あ、人狼に毒があるわけではありませんが。
手分けして、探したとのことですが、ジジョーノさんの姿はこの『或雪山山荘』の館内のどこにも発見できなかったのです。
ビュォオオオォ……
遠くに吹雪の雪の音だけが低く響いていたのでしたー。
~続く~
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます