第21話 到着3日目・昼その4


 「裏口の外に、何らかの足跡は発見できませんでした。……もちろん、雪が覆い隠したとも考えられますが、雪を掘り返しても血痕は見当たらなかったと断言できます。」


 裏口の扉の外を確認したジェニー警視がそう説明した。



 「それじゃあ……。その人狼とかいう化け物はこの館の中にまだいるっていうのか!?」


 イーロウさんが息巻いた。





 「それはわかりません。……が、みなさんのアリバイを確認しておきたいですね。」


 コンジ先生がすかさず主導権を握ってくる。


 こういう話の展開を進めるのが上手いのも先生なんですよねぇ……。うっとり……。



 「では、キノノウ先生。お願いします。」


 パパデスさんもコンジ先生におまかせ気分のようですね。




 「では、まずワタクシから言うと、ジニアスさん、イーロウさんとシャワーの時間を一緒に共有させていただきました後は、ワタクシはパパデス様との美術品契約の内容を引き続き、自室で取りまとめていましたからねぇ。ずっと部屋にいましたよ。」


 ビジューさんがそう主張した。



 「そうだったね……。俺はジニアス君とビジューさんとシャワーの後は、部屋に戻ったよ。」


 イーロウさんが小さく頷いた。







 「なるほど。昨日シャワーは3名で一緒に交代で済ませるとしていたのは、人狼を警戒してのことだったんだね?」


 ジニアスさんがそこで気づいたようだ。



 そうなんですよね。


 昨日はみなさんに人狼のことを伏せていたので、はっきり言えなかったのですけど、二人きりの時間を作らないようにしていたんですよね。



 「わたくしは娘のアネノとジジョーノとシャワーを頂いた後は、みなでそれぞれ自室に戻りましたわ。その後はみな部屋から出ていませんわ。」


 ママハッハさんがそう言って、自分たちには関係のない話だと言わんばかりのしぐさを見せた。





 「私は……、たしか……シュジイ医師とシープの付き添いで私の部屋でシャワーを浴びて、その後、シープにキノノウ先生を呼んできてもらったね?」


 パパデスさんが続いて証言する。


 「はい。私がキノノウ先生をパパデス様の部屋にお連れ致しました。」



 「そうでしたね。僕はカンさん、メッシュさんと一緒に夕食の片付けをしてから、シープさんが僕を呼びに来たのでパパデスさんの部屋に行きましたよ。」


 「キノノウ先生には、今後の警戒態勢についてご意見を伺っていたのですよ。」


 「ああ。そうでしたね。各人が部屋から出ないように夜を過ごせば問題ないと判断したのだがね。誰か破ったものがいるらしいな。……亡くなったカンさんもだがな。」




 「今回もジンロウは、その食欲という本能に根ざし、化けた人間の心の底の欲望を混ぜ合わせた『大罪』を犯したと思われマース!」


 「……『大罪』だって!?」


 「そうデス。『七つの大罪』という神に抗う大罪をこのジンロウは喰らうたびに犯すのデス!」




 神父は私たちの顔を見回した……。


 ビジューさんが反応する。



 「私もさすがに美術を取り扱うはしくれ……、『七つの大罪』くらい知っておる! ならば、エラリーンさんやカンが殺された理由はいったいなんだというのかね!?」



 「そうデスネー。この悪魔の獣の今回のエラリーンさん、カンさんを喰らった『大罪』は、『嫉妬(しっと)』だと思われマース!」


 「嫉妬(しっと)!?」


 「それは、どういうことなの!?」




 「そうデスネ……。アイティさんに化けたジンロウはおそらくエラリーンさんの財産に嫉妬したのデショウ!」





 「アイティさんとの取引の契約書がエラリーンさんの部屋にはばらまかれていました……。『嫉妬』ならば、そんな行動しますかねぇ?」


 コンジ先生がすかさず疑問点を指摘した。



 「フーム……。なるほど。キノノウさんは違うと?」


 「ああ。そうだな。アイティさんになりすましたのが確度が高いとは思われるがな……。それなら『強欲』なのではないかな?」


 「ハハハ……! ファンタスティック! たしかに、『強欲』もありえますねぇ。ですが、前回の『傲慢』に続き、『嫉妬』あるいは『傲慢』の大罪が行われたなら、残りの『大罪』も引き起こされるのは間違いないデショウ!」


 アレクサンダー神父がきっぱりと言い放った。


 まだこの惨劇が続くと彼は予言しているのか……。




 「ちょっと待った。得意そうに話しているところ悪いが、神父さんは昨夜、どう過ごしていたんだ? ずいぶんジンロウに詳しいようだが、容疑はあなたにもかかっているんじゃあないか?」


 ジニアスさんがここで神父さんに疑いを持ったようです。



 「いえ。ジニアス様。アレクサンダー神父は疑いようがないアリバイがあるのです。」


 シープさんがここで昨日と同様にアレクサンダー神父のアリバイを証言した。


 『左翼の塔』で神父さんが夕食の後ずっとお祈りをしていたこと、そしてアレクサンダー神父が『左翼の塔』に入った後、その扉の鍵を外側からかけたことを説明したのだ。



 「その後、今日の朝、アレクサンダー神父をお呼びさせていただきました際、間違いなく『左翼の塔』の1階扉の鍵はかかっておりました。」


 「ふむ。ならば昨夜に引き続き神父のアリバイは成立ということだな。なあ? キノノウくん。」


 「そうですね。間違いないでしょう。」


 ジェニー警視もコンジ先生も見解は一致していたようだ。






 「おほん……。ちょっといいかしら?」


 ここでアネノさんが満を持してと言わんばかりに、自身を持った表情で発言する。



 「おお。どうしたの? アネノ。」


 「お姉さま?」


 ママハッハさんもジジョーノさんもアネノさんの発言を予期していなかったようだ。




 「私……。ある人を深夜、見かけましたの。」


 「え……? なんだって!?」


 「深夜……?」



 「そうです。あれは深夜1時過ぎ……でしたかねぇ? その人が廊下を一人で歩いているのを見ましたのよ。」


 「1時過ぎ……。ふむ……。犯行時刻の2時~4時には早いが、そんな深夜に出歩いていたのは……たしかに怪しいな。」



 これは人狼のしっぽを掴んだのでしょうか……?


 ゴクリ……。




 「その人とは……、この……スエノですわ!」


 アネノさんがスエノさんを指差した。



 「スエノ……さん?」


 「そうですわ! 昨夜、私は2階の廊下を『右翼の塔』側から中央の廊下を『左翼の塔』側へ歩いてくるスエノの姿を見ましたわ。御存知の通り、『左翼の塔』側2階には、殺されたエラリーンさんの部屋がありますわね? エラリーンさんを襲いに行くところだったんじゃあないの!? スエノ!!」


 「そんな……。私じゃあ……ありません……。」


 「じゃあ、そんな夜中にどこへ行ったというのよ!?」


 「そうよ! お姉さまの言うとおりですわ!」


 「スエノ! あなたが!? 恐ろしい!」




 「ちょっと待ってください!」



 バンッ!


 テーブルを叩いてジニアスさんが立ち上がった。




 「いかがなされましたか? ジニアスさん……。」


 ジェニー警視がジニアスさんに先を促した。



 「ええ。スエノさんは昨夜、僕の部屋に来たのです……。」



 ええ!? まさか!


 ジニアスさんとスエノさんがそんな関係だったとは!?




 「う……嘘おっしゃい!」


 「本当です!」


 「本当なんだ!」


 アネノさんの言葉にジニアスさんとスエノさんの二人が声をそろえた。



 「じゃあ、いつまで一緒にいたのよ!?」


 「え……。それは……。」


 「ほら! 答えなさいよ!」




 ジニアスさんが言いにくそうにぽつりと言った。


 「深夜3時ごろまでだ……。」


 「そうです。3時ごろ、私はジニアスさんの部屋を出て、自室に戻りました! 誓って本当です!」



 「ははぁーん! ジニアスさんの部屋を出た後、すぐにエラリーンさんの部屋に行ったんじゃあないの!?」


 「いえ! そんなことはありません!」




 「でも、それじゃあ、アリバイにはなりませんよね? ねえ? キノノウ先生?」


 アネノさんがコンジ先生に問いかけた。



 「うーん。そうだな。死亡推定時刻は2時~4時だからな。アリバイは完全とは言えないな。」


 「ほらほら! スエノよ! スエノに決まってるわ!」





 「ちょっと……。アネノさんに質問いいかい?」


 「はい。キノノウ先生、どうぞ?」


 「うん。その昨夜、深夜の1時になぜ、あなたは部屋の外に出ていて……。しかも『左翼の塔』側の2階にいたのかな?」



 たしかに! 逆にアネノさんも怪しいのか!?


 コンジ先生……さすがです!






 「あーら。そんなこと? ふふふ……。私は朝までイーロウさんの部屋にいましてよ? ねえ? イーロウ?」


 アネノさんはそう言って、イーロウさんのほうを見る。





 イーロウさんはそれをなんとも言えない表情で見返した。



 イーロウさん……?


 エラリーンさんと交際していたんじゃあなかったのですか?


 あんなにエラリーンさんが亡くなった時、怒りを顕にしていたのはいったい……?





 ~続く~




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る