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卵を白身と黄身に分けながら、レイトの口が薄っすらと上がる。
ルマを拾ったのは、恐らくリックの気まぐれだろう。だが、もしかしたらこれは良い兆候かもしれない。
生きる世界を自己だけで完結させてしまい、他人を決して寄せ付けない孤独なあの青年に、光と広い世界を与えてくれるのではないだろうか。
自分には決して出来ない所業を、もしかしたら
「レイト、そっちの下ごしらえは出来たか?」
「ん? もうちょいだから、先にブロッコリー盛っといて~」
「ごめんなさいリック、カトラリーはどこにありますか?」
「食器棚の3番目の引き出しだ」
レイトの思いなど知らないまま、普段ならリック1人しか動くことのないリビングを3つの人影が動く。
5分後には、見事な朝食がテーブルの上に並んでいた。
中央に盛られているのはレイトが手伝ったミモザサラダ。ルマのよそったリックお手製ポトフもそれぞれの席の前に温かそうな湯気を立てて置かれている。カリカリに焼かれたトーストにバター。綺麗にカットされたフルーツ。
リックにしてみればかなり簡易的なメニューではあったが、ルマはキラキラと瞳を輝かせてそれらを見つめている。
「じゃ、食べるとしますか」
レイトの言葉を合図にして、リックがスプーンを手に取った。
だが、
「天にまします我らが父よ、あなたの慈しみに感謝してこの食事をいただきます。ここに用意された食物を祝福し、私達の心と身体を支える糧としてください。
父と、子と、聖霊のみ名によって、アーメン」
瞳を閉じ両手を組んで朗々と言葉を紡ぐルマに、2人は同時に口を噤んだ。
ルマの突然のことについていけなくて固まる2人に、目を開けた彼はキョトンと首を傾げる。
「あの……何か?」
訝しげに問いかけられて先に我に返ったのはレイトだった。
「あ……いや、今の何かなぁって」
冷や汗をかきながらそう問いかけるレイトに、まるでそう問いかけられること自体がおかしいかのように、ルマはますます訝しげな色を濃くする。
「何って、食前のお祈りだけど?」
「あ、そ、そうなんだ~……へぇ~」
「レイトたちはしないの?」
今度は逆に問いかけられ、レイトの口元にひきつった笑みが浮かぶ。
リックに目をやれば、彼はもはや我関せずといった体で黙々と食事を進めていた。思わぬ主人の裏切りに、ヒクリとこめかみがひくつく。どこまでも、この主はルマのことをレイトに一存する気らしい。
「あっと……私たちはそう言うのに、不作法……でね。良く知らないん、だよ。うん。だから、今初めて聞いた……かな」
たどたどしく言うと、納得したのかルマは「そうなんだー」とあどけなく笑って、あとは気にする様子もなく食事を始めてしまった。
そこでようやく一息つき、レイトはリックの顔を横目でちらりとのぞき見る。リックの方も、その碧眼をレイトの方へと向けていた。
視線がかち合ったところで、2人は同時に頷く。
食前の祈り。
無論2人とて、その言葉を聞いたことがないわけではない。だが、そういった作法をキチンと行うのはもっぱら貴族や王族ばかり。リックやこの界隈に住むようないわゆる庶民には、食前食後の作法など行き渡っていない。
それを平然とやってのけ、あまつさえその行いにまったく疑問を抱いていないこの少年は一体何者なのか。
少なくともただの“奴隷”ではないことは、もう2人とも理解していた。
「そういえば、今日はこの後どうするの?」
2人の様子になど気付かないまま、ルマがスプーンでポトフを掬いながら無邪気に首を傾げる。
彼の言葉に少し考え、リックは窓の外に目を向けた。外では朝市の活気の良い声が響いているが、それもあと1時間程度すれば治まるだろう。あまり人が多い時に外に出たくないリックとしては、そうなってから出かけた方が都合は良い。
Shroud of darkness 月野 白蝶 @Saiga_Kouren000
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