-9-
表情筋がほぼ死滅しているのではないかと密かに疑っているあのリックが、傍目で見て分かるくらいに表情を変えている。滅多にないどころか、彼の表情が『不機嫌』『嘲笑』以外で変わったのなどいつぶりだろうか。
そのリックの反応がおかしくて、レイトの口が意地悪く上がる。
ルマを見やれば、彼はリックが浮かべた表情の意味が理解できないらしく、きょとんと首をかしげていた。もしかしたら、返事を待っているのかもしれない。
リックは固まったまま動かないので、仕方なくレイトは、残っている皿をテーブルに乗せた。テーブルの端を見ると、湯気の立つ鍋が布巾の上に置いてある。中身はおそらくポトフか何かだろう。
「ねぇルマ、ちょっとお願いがあるんだけど良いかな?」
「うんっ! 何?」
嬉しそうに駆け寄ってくるルマに優しく微笑みかけ、レイトは鍋を指差した。
「ポトフをよそってもらっても良いかな? 器は後ろの食器棚にあるから」
自分の後ろを指差しながらそう言うと、ルマは1つ大きく頷いて食器棚へと駆けていく。
その背を見ながら皿やスプーンなどを並べていたレイトだったが、リックが同じ体勢のまま動いていないのを見て苦笑した。
「リック。リック~?」
数度呼んでも反応はなく、最終的に目の前で手を振るとようやくリックは我に返ったようにレイトの方を向いた。
「……あ、あぁ、何だ?」
まだ動揺しているらしいリックの脇から殻の剥かれた卵を手に取り、レイトは小さく笑う。
「卵、裏ごししとくね?」
「あ……スマン、頼む」
どこを見ているのか、焦点が若干合ってない目でぼんやりとそう言い、リックの手がノロノロと動きだす。シンク下の戸から裏ごし器を出しながら横目でリックを見やれば、手を動かしながらも心ここに在らずなのは一目瞭然だ。視線を後ろに動かせば、器を見つけたルマがポトフをよそいだすところだった。慣れた手つきで器によそうところを見ると、奴隷として扱われていた館で給仕をやったことがあるのだろう。
ルマとしては、労働はやるべき『仕事』だ。家事に限らず、様々な『仕事』をこなしてきたに違いない。だからこそ、自分が何もしないのに人が働いているという状況は不慣れなのだろう。きっと、随分と長い間そうして生活してきたのだから当然と言えば当然の考え方と言える。
一方のリックは、レイトと2人暮らしを始めてから長い上に、基本的に自分で出来る仕事は人に回さない性格だ。それを知っているから、レイト自身「手伝おうか?」などと声をかけたことはない。よって、そういった類の言葉をかけてもらえる等ということは『考えたことすら』ない。それなのに、いきなりルマからそんな言葉をかけられ、さぞかしビックリした筈だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます