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「おはよう」
翌朝、太陽が昇るのと同時に目覚めたリックは、手早く着替えリビングへと向かった。途中会ったルマに欠伸を噛み殺しつつ挨拶をすれば、彼は驚いたように目を丸くした。
「ん?」
ルマの様子に気づいたリックが器用に片眉を上げる。
「どうした? ルマ」
自分より若干低いルマに合わせるように腰を落としリックが首をかしげた時、少し間をおいてからレイトが姿を見せた。
「おっはよー。何してんの? 廊下の真ん中で」
「ああ、おはよう。レイト」
振り返り挨拶をし、リックは困ったようにわずかに眉を寄せる。
あまり表情を動かさないリックが見せた変化にレイトも首をかしげたが、リックの影にルマを見つけて、彼は人懐っこい笑みを顔に乗せた。
リックの表情の変化は気になるが、今はルマに挨拶するのが先だ。
「ルマ。おはよー」
「あ……その……」
「ん?」
オロオロと手を動かすルマに首をかしげて、レイトはリックに視線を戻す。
もうすでに普段どおりの無表情に戻っていたが、リックもまた無言でルマを見、レイトに視線を戻したあと静かにため息をついた。
「食事の準備をしてくる」
ひと言いってリビングに向かうリックの背を、レイトは無言で見つめる。
待て。ちょっと待て。今完璧に責任転嫁されなかったか?
いや、始めにルマの世話は自分がすると言った気がするが本気で放棄しやがったあの野郎。ふざけんなボケ。お前も協力しようとかそういう愁傷なことは考えないのか考えないよな考えろよ少しくらい。
100万語を苦労して飲み込み、レイトは苦虫を数匹噛み潰して味わったような表情を浮かべた。
「レイト?」
不安げに袖を引っ張るルマに、顔の筋肉を総動員させて普段どおりの笑みを作り、レイトは振り返る。
「ルマ。朝の挨拶は『おはよう』だよ。急にリックに言われたから驚いたんだよな。あいつ無愛想だし」
「おはよう?」
「そう。
おはよう、ルマ」
「おはよう、レイト」
にっこりと笑うルマは本当に無邪気で。
レイトは何とも言えない感情を誤魔化すように、ルマの頭を撫でる。
ノドを撫でられた猫のように目を細める彼に苦笑を浮かべた。
「朝ごはんにしようか。リックの料理は美味しいよ」
「はいっ」
「返事は『うん』でいいんだよ」
「うん、分かった!」
嬉しそうに、楽しそうに、ルマは目を細める。
普段どおりに笑うことしか、レイトにはできなかった。
ヒョコヒョコとリビングへ向かうルマの背を追いながら、レイトは後頭部をガリガリと掻く。どうにも、やりにくい。
そういえば、幼いころのリックとは似ても似つかないな。
目に映る全てを否定し、そのくせ傷つきやすくて脆かった少年の顔を思い出し、レイトは軽く苦笑した。
本当に、小生意気に育ってくれた。
「レイト」
呼ばれ、視線を声のしたほうに向ける。
何か言いたげな表情で、リックが顎で窓の外を指した。
視線を今度はそちらに向け、ついで感じた違和感にレイトは納得したように頷く。
不穏な気配。しかも多数。
どうするのかと視線でリックに問えば、彼は軽く肩を竦め無言で朝食の支度を進める。
つまり、自分は一切関与しないからお前の好きなようにしろ。
「物分かりのいいご主人で助かるよ」
楽しそうに笑い、レイトは自然な動作で外に出る。
笑みを湛えるその瞳はしかし、獲物を見つけた肉食獣の獰猛さにも似ていた。
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