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古びた、よく言えば歴史を感じさせる、悪く言えばただのオンボロ屋敷の周りを数名の兵が囲んでいた。
手には各々得物を手に、じりじりと隊長の指示を待つ。
銀の甲冑を着込んだ兵はどこの貴族の家にでもいるごくごくありふれたもので、彼らが誰の差し金でこの館へやってきたのか、その容姿からは判断できない。
(参ったねェ、コリャ)
容姿から判断できないのでは、誰か1人生け捕りにして吐かせるより他ないではないか。
だが、とレイトは後頭部を掻く。
一撃殺を得意とするレイトは、生け捕りは苦手だ。こんなことになるのならリックをつれてきたほうがよかったかもしれない。
(ま、今更言ってもしょうがないか)
苦笑とともに小さく嘆息して、レイトは指を鳴らした。
ここしばらくは平穏だったため、こんな大々的なケンカは久しぶりだ。
「お兄様方、遊びまショ♪」
ふざけた調子で笑い、彼は音もなく兵たちの後ろに降り立つ。
まず振り返った兵の頭を横に薙ぎ、その横で驚いて固まっている男の武器を指2本で真っ2つに折った。次いで驚きから復活の早かった兵がこちらに向かってくるのを軽やかにかわし、足払いをかけ倒れたところで鳩尾に膝を入れる。
ものの数秒で屈強な男3人を倒し、レイトは軽く肩を回した。
リックには、『無益な殺生は禁ずる』と命ぜられている。それはおそらく今この瞬間も例外ではあるまい。
「殺さないって、意外に難しいなぁ」
困った風でもなくぼやき、レイトは再び地を蹴った。
向かってくる兵の両肩を掴み遠心力を利用してダンスのように振ってバランスを崩した後、ちょうど自分の後ろで武器を構えていた別の兵にぶつける。甲冑をあれだけきっちり着こんでいたら、お互いの体が図らずとも武器に変わってしまうに違いない。案の定、しばらくフラフラした後2人はパタリと倒れてしまった。レイトは呆れた表情で思わずそれを見ていたが、一瞬の隙を狙っていた男の顎を下から蹴り上げる。首の骨を折らない程度に力加減はしたが、頑丈な甲冑の中で頭をぶつけてしまえば脳震盪くらいは起こすだろう。
両手の埃を払いながら残った兵たちを見渡すと、彼らは一様に動揺した様子で身構えていた。こんな状況でも武器を手放さない辺りは、さすがと評価すべきか。
思案気に眉を寄せながらも、レイトはちょっと肩を竦めてみせた。隊長と思しき、他の兵よりも立派な装飾の甲冑を着ている兵に目を向けると、隊長としてのプライドがあるのかはたまた他の兵の士気を上げるためか、彼は果敢にもレイトへと向かってくる。
長身のフランベルジェを大きく振りかぶり猛進してくる兵を軽くかわし足払いをかけるが、寸前で飛び上がりかわされる。さすがに隊をまとめているだけのことはあるようだ。
少しだけ舌舐めずりをしてレイトは薄く笑う。
マズイ。楽しくなってきてしまった。このままでは、下手したら相手を殺しかねない。リックの命に反するのは駄目だろうと自身を自制するが、本性には抗いがたくなかなか難しい。
仕方ない。
ため息を1つ零して、レイトは両手を地面に突いた。
そこにあるのは、油断なくフランベルジェを構える兵の影。
「ホントは、疲れるからやりたくないんだけどねぇ」
独りごち、レイトは瞳に力を込める。
「Mors certa, hora incerta.《死は確実で、時は不確実》」
言った刹那、兵の影から沸き起こる黒い炎。
突然のことに固まる兵をしり目に、レイトの両手が地面から離れる。
「Plaudite, acta est fabula.《喝采せよ、劇は終わった》」
不思議な旋律で紡がれる彼の言葉に呼応するように、黒い炎は自然ではありえない動きで地面を舐めるように路地いっぱいに広がった。
熱さは一切ない。
不気味なまでに静かに炎はうろたえる兵の足元に絡みつき、構えたフランベルジェを絡め捕り、まるで生きているかのように兵の動きを封じる。
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