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「さっきも言ったが、奴隷を飼う気はない。同居人だったら別に何も言わないがな」

「だってさ。よかったねェ、ルマ」


 嬉しそうに目を細めるレイトに、ルマは曖昧な表情を返す。

 どう対処したらいいのか分からないのかもしれないし、何と返せばいいのか分からないのかもしれない。

 教えるなら、まずは基本中の基本から。


「こういう時は、素直にありがとうって言えばいいんだよ? 笑顔を付けると尚良し」

「……ありがとう?」


 はにかむような笑みを浮かべて言葉を繰り返すルマに目を細めて、レイトは彼の頭を撫でた。

 思わず首を竦めるルマは、本当に幼い子供のようで。


「それじゃあ、レッスンⅡ」


 冗談めかしてレイトは笑う。


「料理の作り方を教えましょう?

 ちょうどお昼時だしね」


 彼が告げるのと同時に、部屋の時計が12時を告げた。

 インプリティングされたヒヨコのようにレイトの後ろをついていくルマの背を、リックは見つめる。


 ノースリーブのハイネック、その首元から覗く包帯。


 忌まわしい刻印を消すかのように巻かれたソレを、彼は注視する。

 眉間に皺を寄せ、まるでソレが消せない呪いであるかのように。

 リックは、ただ見つめていた。


     *****


 暖炉の薪が時折パチリといって跳ね、パラリパラリと紙をめくる音の他に何もない室内に、ただ静かに。


「どう思う?」


 リックに教えられ、慣れない言葉を使いつつも徐々に2人に懐いてきたルマを寝かしつけた深夜、2人きりのリビングでレイトがポツリと問うてきた。


「どう思うとは?」


 暖炉の灯りで手元を照らし、手にした本のページをめくりながらリックは問い返す。

「ルマのことだよ」と一言置き、レイトは続ける。


「奴隷というのは基本的に、闇市場か、奴隷商か、金持ちの家にしかいないよね?」

「基本的には、な」

「なのに、ルマはあそこにいた」

「そうだな」


 本をめくっていた手を止め、リックは視線を上げる。

 レイトは闇と同化して、瞳を凝らさなければその姿は見えない。


「つまり、何が言いたい?」


 レイトにしては珍しく、少し躊躇ってから口を開く。


「何となく、やな予感がするんだよねェ」

「やな予感?」

「やな予感」


 自分でもうまく表現できないのか、乱暴に後頭部を掻いてレイトは続けた。


「何となくさ、ルマがあそこにいたのって、何か別の大きな力が動いてる気がするんだ」

「……くだらないな」


 一言で切って捨て、リックは再び本に視線を落とす。

 レイトは何か言いたげにリックを見つめていたが、やがて諦めたのか小さくため息をついて口をつぐんだ。

 暗闇の中、妙な沈黙が降りる。

 しばらく黙って本を読んでいたリックだったが、きりのいいところで栞を挟み、本を閉じた。

 腕を組み、月を眺めているレイトに視線を向ける。

 視線に気づいたレイトがリックに目を向けると、「もう寝る」と短く言って、リックは寝室へと向かった。



「明日はリコウの所に行くぞ」



 途中レイトを振り返り、淡々と言うリックに小さく苦笑して、レイトは返す。


「……お前、性格悪い」

「言ってろ」


 後ろ手に手を振り、彼はドアの向こうに消えた。

 視線でその姿を追い、レイトはひとつ息をして消えた。

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