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知り合って大分経つが、あの青年は曲がったことが大嫌いなくせに面倒ごとも嫌いと言う変わった性格の持ち主だった。
まァ、面倒ごとが嫌いと言うわりに困っている人を見るとすぐに助けに行くのだから、どちらかと言うとお人好しの部類に入るのだろうが。
(困った人だよね、リックも)
苦笑する。
困った性格だとわかっていても彼に仕えている自分が1番困った奴だと、闇は苦笑する。
だが、同時に理解していた。
きっと、こうなることが自分の運命なのだと。
彼に呼ばれたその時から、予想していたことではあったけど。
これから先こんな場面に出くわすことの方が多くなるんじゃないかと若干嫌な予感を覚えつつ、闇はリックの背を見つめた。
子を守る母のように優しく、けれどどこか悲しみを湛えつつ。
彼は、ただ見つめていた。
そんな闇の様子には気付かず、リックは軽快な足取りでリンチ現場に向かう。
怒号も、叫び声も、悲鳴さえも聞こえない。現場を直接見なければ誰も気付かないだろう静けさで、彼らは行為を続けていた。
どうやら、3人ほどが円になって無抵抗の相手に蹴りを入れているようで。正直、胸糞悪くなる光景だ。
眉間に軽く皺を刻み、リックは彼らの背後に近づく。そしてそのまま、何の予告もなしにこちらに背を向けていた男の脇腹を思いっきり横に蹴り飛ばしてみた。
「ふごァ!!」
いい声を上げて、男A(勝手に命名)が飛んでいく。
片手を目の上に置き太陽光を遮りながらその行方を追っていたリックだったが、突然の乱入者に驚いた男Bが横から襲ってきそうだったので、軽く裏拳をかました。
鼻を押さえて2、3歩よろめくBの鳩尾に膝を入れ、体がくの字になったところで止めとばかりに背中に肘を落とす。完璧に意識がなくなって重くなったBを端まで蹴り飛ばし、今の隙にと向かってこようとしていた男Cの顔面に鞭のようにしなやかな蹴りを入れた。
風を切って、市場に放置されている空箱や空の樽を崩しながら鮮やかにCは飛んでいく。
三種三様の倒れ方をしている男たちを綺麗に無視して、リックはリンチの対象となっていた人物を改めて見た。
所々土や血で汚れている白木色の髪。肌は日に焼けていないので無賃労働者ではないようだが、服装はここいらでは見かけない、異国の匂いがする。年若の、少年と言ってもいいぐらいだ。
そして彼の首筋に残っているのは、
「………ん………」
小さく声を上げて、少年は薄く目を開いた。
「大丈夫か?」
膝を折って、視線を合わせるリックに焦点の合わない新緑の瞳を向け、どこかあどけなく、どこか諦めたように、彼は笑う。
「あなたが、あたらしいごしゅじんさま?」
「は?」
リックは、目を丸くする。
緩慢な動作で上体を起こし、少年は痛む体を引きずってゆっくりと頭を下げる。
「はじめまして、わたしのなんばーは108」
頭を下げる彼の首筋に残っているのは、
「おやしきのおそうじからちからしごとまで、なんでもいたします」
この国の忌むべき慣習。
奴隷の証。
眉間にしわを寄せつつリックは少年の瞳を見つめた。
剥き出しの地面に静かに鎮座している少年は、不思議そうな顔をしつつも何も言わない。
己が主よりでしゃばるな。
基本を忠実に守っている、模範的な奴隷だ。
だからといって、この不快感が消えるわけでもないのだが。
「レイト!」
振り返らずに、リックは後ろで待機しているはずの人物の名を呼んだ。
「ハイハイハイっと」
ふざけたように笑みを含んだ声で、レイトはヒョコヒョコとやってくる。
彼は別に地面を歩かなくてもよいのだが、あの浮遊感が気に入らないというよくわからない理由で、宙に浮くことはあまりなかった。
彼が自分のすぐ後ろに来るのを待って、リックは立ち上がる。
どこか含むような意地の悪いいつもの笑みを浮かべているレイトの肩を叩き、彼はそのまま少年に背を向けた。
「後は頼んだ」
「私にどうしろと?」
軽く肩を竦めるレイトに疲れたようなため息を贈る。
「……どうとでもしろ。奴隷なんか飼う気はない。厄介な相手はお前ひとりで手一杯だからな」
失礼だねェなどと言って、レイトは笑う。
額をおさえて、リックはもと居た路地へと戻っていった。
「さて、と」
まだ地面に正座している少年に笑いかけ、
「まずは君の名前から教えてもらおうか?」
レイトは膝を折った。
風に遊ばれ髪が舞う。
その耳は、常人と同じ形をしていた。
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