囚人ガンナーの異世界オーダー

爾威躯

第1話 ガンナー



 アメリカにやや遅れて日本でも施行されることになった新刑法、異世界流刑制度。

 世界各地に突如として現れたワームホール、その先にある異世界へと罪人を送り込み、資源を持ちかえることを刑務作業と捉えた法律だ。

 送られるのは仮に死んでも問題ないとされる重犯罪者ばかり、特に死刑囚は、どのみち死を受けれるしかないので、この法律は渡りに船だった。ただし、誰もかれもがこの流刑に処されるわけではない。健康体で、運動神経もよく、従順な態度が求められる。まだ日本では試行回数が少なく、法整備も後付けで始まったため、まだ不十分なところは多いが、実は利権が発生するほど潤ってはいる。国が法整備もままならないまま他国に習って勇み足でこの制度を立ち上げたのは、ひとえに国益が大いに潤うからだ。

 確かに死刑囚たちに家族を殺された、大切な者を殺された加害者の親類、身内にとってこの法律は決して許せるものではない。当時はかなりの反対派がいたものの、生還率の低さが公式に発表されると、そんな反対派の声もなくなっていった。


 異世界の危険性が周知され、受刑者たちには高性能な装備が支給されるが、しかし未だに生還率は向上しない。生還に必要な貢献度が高く設定されているというのもあるが、なにより魔物の跋扈する異世界では重火器があまり役に立たないのだ。

 剣と魔法を駆使して魔物と戦う異世界人に対して、地球からの訪問者たちには魔法を扱う素養がなく、それを越える武器もない。

 長く異世界にとどまれば、それだけ死亡リスクは上がっていく。


 そして今日、日本で三十六例目になる死刑囚の流刑が決行されようとしていた。


 柊茜は、手錠に繋がれた状態で、前方のワームホールを見据えた。小さくなったり大きくなったりを繰り返し、科学者たちのコンソールの操作によってワームホールが開かれようとしている。


 すでにサインしてしまった同意書は撤回できない。柊茜が異世界に持ち込めるのは、左腕にはめた転移の輪だけ。手錠は異世界に入らないと外れない仕様になっている。どこまでも犯罪者扱いだ。

 

 現代の切り裂きジャックと呼ばれた彼女の犯行は凶悪とされ、被害者は二桁から、はたまた数百人規模とまで言われている。彼女は拳銃も爆弾も使わず、たった一本のナイフだけでその凶行を行った。他の収監された囚人たちですら彼女に近づこうとはしなかった。


 しかし彼女は歯を噛み締める。私は無罪だ。気が付けばナイフを持っており、目の前には被害者がいた。十代の少年だった。どこにでもいそうな平凡な顔。まだ中学生だったらしい。彼がまさか夜な夜な人を襲い、推定殺害人数、百人を越える希代の通り魔、現代の切り裂きジャックその人だったとは思いもよらず、襲い掛かってきた彼を、柊は返り討ちにしてしまったのだ。


 いわば続くはずだった連続殺人を止めた、本来なら英雄と呼ばれるような行為が、少年の犯したすべての犯行を擦り付けられる形になってしまった。裁判所に詰めかけた多くの被害者たちが揃って柊を口汚く罵った。あの怨嗟の声が今でも耳にこびりついている。

 無意識とはいえ人を殺したことは間違いない。しかしあれは正当防衛だった。仕方がなかったんだ。殺さなければ私が殺されていた。私はまだ死にたくなくて


 眩しい光が眼前を覆った。




 全身黒づくめで怪しげなコートを羽織り、中にはマスクやゴーグルを付けた人間を、この世界ではガンナーと呼び、恐れている。


 目にも留まらない速さで弾丸を撃ち出す未知の武器を持ち、人の声を発さない。


 そしてガンナーが恐れられている一番の理由は、それらを扱っている者たちがいずれもおとらぬクズばかりだからだ。暴言は吐く、暴力を振るう。元、死刑囚なのだから人格に欠陥があるのは当たり前なのだが、人を殺すことをなんとも思っていない。


「はあ……眠い……」


 自分もそう思われているかと思うとやる気を削がれる。柊茜は、冒険者ギルドに入った瞬間から自分に向けられる好奇の視線、侮蔑の視線、嫌悪の視線を溜息と共に受け流しつつ、冒険者ギルドの受付に向かう。


 通常、冒険で倒した魔物は、解体屋に持って行って換金してもらうのが通常だ。そこで出た討伐証明になる特定部位をギルドに持ち帰るだけでいい。だが柊は、以前、解体屋に持っていったモンスターの死骸を、本来ギルドに持っていけば討伐の証となるはずの部位まで解体されたことから、まず手始めに倒した魔物をギルドに持ち込むことにしていた。

 そうすれば討伐報酬となる特定部位がどこだか確実にわかるし、その後、残りを解体屋に持っていけばいいからだ。

 少し手間だが、この世界の言葉を未だに話せない柊のコミュニケーション能力を考えれば、致し方ない措置だった。


 だからいつも荷物が多く、ギルドに柊が帰ってくると、室内は魔物の死臭に満たされる。臭いが酷いときは、ギルド内からゲエゲエと吐く声が聞こえ、冒険者たちは口々に『くさい』と音を上げギルドから飛び出していく。

 そのせいで周りからは余計、白い目で見られるのだ。


 今日の獲物を台に上に乗せると、ギルド職員が嫌な顔をする。しかし今回の獲物は身体が小さく、大物ではないため、それほど負担ではないはずだ。


 冒険者とは、この界隈ではそれなりに尊敬されている職業のようで、ガンナー以外の冒険者は、すれ違いざま、住民に頭を下げられることもあるらしい。

 うらやましい限りだと思いながら、柊はガンナーしかできない自分の立場を恨んだ。

 死刑囚になったときから、人から敬われたり、感謝されることもなくなった。

 まったく嫌になる。一日でも早く刑期を削りきって、日本に帰って両親を安心させてやりたい。せめて両親が生きている間に。


 今回は少しばかり無茶をしてしまった。早く刑期を減らしたくて、ほぼ寝ずに珍しい魔物の討伐にあたっていたのだ。

 今回の標的はハッピーラビット、見たらハッピーになれるくらい出現率の低い魔物だ。報酬が多少良かったので引き受けたが、運のない自分には不相応な魔物だった。魔物が現れるのに三日の野宿、汗だくで風呂にも入っていない。冒険者が女子向きの仕事じゃないのは確実だ。

 欠伸をしながら受付嬢が魔物の鑑定を終えるのを待っていると。


「ldkapl,bapoakpelw、sari、wpaplfep?」


 受付嬢から訳の分からない言葉で話しかけられた。ああ、そうだったと手首の装置を操作し翻訳機能を有効にする。基本、無差別翻訳にしていると、周囲で聞こえる雑音《悪口》まで翻訳してしまうので耳障りなのだ、だから普段は機能をオフにして、耳のイヤホンから聞こえる音は完全にシャットアウトしている。

 と同時にマスクつけた。


「jdioa,dajoko,kdpai(もう一度お願い)」

「あの、クエスト報酬は銅貨32枚になります。よろしいですか?」


 異世界人が発した言葉がイヤホンを通して日本語に変わる。翻訳機は日々、性能が向上しているが、未だに誤訳が入ったり、一部翻訳できなかったり、言葉を伝え損なったりして、解体屋とのトラブルが絶えない理由だ。


「dkajoa,pdjk(ええ、それで……)」


 返事はマスクを通して機械音として受付嬢に伝わる。ガンナーが不気味に思われるもう一つの理由。フードの中身が実は魔物なのではないかと思われるくらい、彼らにとって機械音が馴染みのない音であること。


 だから大抵のガンナーは冒険者ギルドから煙たがられ、正式な冒険者となるケースは少ない。ただ戦う力は多少あるので闇ギルドに引き抜かれたり、窃盗をして暮らしている者が大半だ。

 真面目にガンナーとして活動しているのは、この町では私ぐらいのものだった。

 だから余計に奇妙なのだ。まじめな振りをしてなにか企んでいるのでは? 他のガンナーたちと同じで、闇ギルドと通じており、冒険者ギルドを貶めるつもりなのではないかと。それだけガンナーには信用がない。

 ここ数週間、他のガンナーとは違うことを証明するために頑張って誠意を見せ続けてきたというのに、まだこの反応だ。あい変わらず警戒されたまま。いつになれば正式な同僚として扱ってくれるのか。


「si-ra-、si-ra-、くっくっく」


 冒険者の二人組がこちらを見ながら、ある言葉を繰り返し、笑っている。それはガンナーがよく口にする言葉で、意味は『金、金』

 ガンナーは何かというとすぐに金を出せと言ってくると、あらゆる界隈で有名だ。つまりは守銭奴だと思われている。

 実は異世界での通貨は資源としても認められており、自国に転送すれば貢献度ポイントが加算されるのだ。だから早く刑期を終えたい囚人は、異世界での生活費を削ってでも貢献度に充てる、それだけ異世界での生活が過酷だというのはガンナーたちの共通認識だ。


 なにが金だ。確かに金は欲しいが、私がいつ金を出せなんて言った? 同じガンナーだからといって、揶揄いの種にされるのは気分が悪い。


 ほんとガンナーは、この世界ではゴキブリみたいな扱いで、そして世界規模で嫌われている。私は受付嬢が用意した金を半ばむしり取るように皮袋に入れると、ギルドをそそくさと後にした。いつまでも言ってろ。


 眠気が凄まじいので解体屋に行くのは休んでからにしよう。酒場で食事を摂る元気もない。このままでは宿に辿り着く途中で力尽きてしまう、路上で寝れば浮浪者たちのいいカモだ。

 いかにガンナーと言えど、寝ている間に銃も装備も根こそぎ奪われたら反撃のしようがない。そして言わずもがな、武器を持たないガンナーは、この世界では生きられない。ガンナーは異世界人と違って、銃以外のポテンシャルがない、中には腕ごと転移の輪を奪われ、最悪な末路をたどったガンナーもいる。転移の輪がなければ銃も呼び出せないし、資源も送れない。

 登録された権限者にしか扱えないという仕様があっても、異世界人たちには関係なく装飾品という需要に変わる。


 私はここ最近、地球から取り寄せた栄養補助食品で食事を済ませている。それと三日の徹夜で、体力が限界に来ていた。せめて寝るなら宿屋の床だ。そこまで意識を保てばいい。部屋に着いたら鍵を閉めて、部屋の中でぶっ倒れる自信がある。


 ちなみに貢献度の相場は、日々、変動している。他のガンナーが大量に納品した品物の価値は下がっていき、逆にあまり納品のない物の価値は上がっていく。

 大抵の場合、足元を見られ、よっぽどの珍品でもない限り最安値で買い叩かれるのが常だが、このシステムの最悪なところは交渉の一切ができないところだ。私たちは罪人であり、常に国が有利な立場になっている。こちらからは文句も言えない。ただ従順に従うしかないのだ。


 にしても、あれだけ頑張って銅貨32枚とは、一週間分の食費になるだろうか。弾丸は一発しか使わなかったから、経費はあまりかかっていないが、それでもな。


 銅貨100枚で銀貨一枚分、銀貨100枚で金貨一枚分となると、銅貨の価値がどれだけ低いかわかるだろう。

 報酬が高いクエストは、そのぶん危険度もぐっと高くなる。そんな依頼を重火器しか使えないガンナーがおいそれと受けるのは自殺行為だ。魔物の中には固い皮膚や鱗を持つ種類もいて、弾丸を弾く奴がいる。そんな奴と出遭ってしまっただけでも生還の望みは絶たれる。


 でも、いつまでもこのままじゃ、私たちだって日々、老いていく。異世界で暮らしていくための生活費を稼いでいるだけじゃ、いつまで経っても日本に帰れない。そろそろ方針を改める転換期に来ているのかもしれない。


 路地をいくつか曲がり、露店を経由して進むと宿屋が見えてくる。かなりぼろい宿やなので、看板が斜めになっている。建物に入ると、誰もいない受付を素通りし、二階に上がる。すでに宿の代金は一か月分ほど前払いしているのだ。ガンナーなので信用がなく、前払いしないと部屋を貸してもらえなかったからだ。


 ふらつく足でこの世界の文字で203号と書かれた部屋のドアノブを捻り、部屋の中に入った。最初はゴーグルをつけてわざわざ部屋の番号を確かめていたが、勝手知ったる部屋なので、わざわざそんなことをする必要もなくなった。


 なんとか重い装備を脱ぎ捨て、想定通り、ベッドに到着する前に床に倒れこむ。腕に嵌った転移の輪を操作して空中に浮かぶ半透明な画面を呼び出し、手際よくボタンを押して飲料水をオーダーする。すぐそばに空間を確保し、申請してから数秒で、水の入ったペットボトルが現れた。

 <六〇のおいしい天然水>日本の文字を見ると少し安心する。この閑散とした異世界とは違い、向こうには平和な文明が今なお息づいている。


 ああ、高たんぱくで、高カロリーな食事がしたい。肉。油ぎっとぎとの肉。醤油でいい、醤油だけでも満足できそう。それと白いご飯……おなか減った。


 くう……くう。私はすぐに寝息を立てて眠った。水は呼び出しただけで手を付けられなかった。


 それからどれくらいの時間が経過しただろうか、ドシン!! というすさまじい音に、私は飛び起きることになる。


 ベッドに立てかけていたアローZ42。弾丸代をケチる目的で使おうと考えていた武器が、私の眼前で倒れた。








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