第18話 夜のさざなみ星のうみ。
「眠れないの?」
「うん……疲れてるはずなんだけど」
二人で作った草の寝床で、トウコちゃんは眼を閉じたり開けたりをぱちぱち繰り返している。自分的に早めに眠ってくれると、こっちの寝場所を決めやすいんだけどな。ただでさえほぼ隣で寝るってスペースだ。近すぎても色々と、その、困る。
「ハルも寝たら? もう海も真っ暗で見えないでしょ?」
「そうだな。船が通る時間もだいぶ過ぎたし」
手探りで、布で作った簡易日差し避けの位置を調整する。元々はパラソルだし単に作り直しただけだけど。携帯アプリで
携帯は50%くらいしか充電がない。いまライトも使えはするけど温存した方がいい。電源も極力切っておくことにした。
「明日は何する?」
「ん……トウコちゃんが歩いた岩場をもう一度探索してみるかな? 使えそうなものが見つかるかもしれないし」
「ならトウコも探しますっ。何を見つければいい?」
「それはまた明日言うよ……あ、でも。ちゃんと寝て身体休めなかったら、教えないからね?」
「トウコ、すぐ寝ちゃうから! おやすみなさい」
「……おやすみ」
きゅっと眼をつむる仕草がかわいくて笑ってしまう。
そのまま明日の昼くらいまで寝てて構わないぞ。なにせ睡眠中は疲れないからな。ただでさえ明日水不足で喘ぐことになるんだ。それを知るのは、少しでも先の方がいい。
波の音だけが聞こえる。虫や鳥の鳴き声はしない。もし海の近くじゃなかったら。トウコちゃんがそばにいなかったら。静まり返った不気味さを感じただろう。
やがてトウコちゃんが規則正しい寝息を立て始めた。
夕方前にワンピースは乾いていて、それを着て寝ている。替わりに長丈のインナーは海で洗い即席の物干しざおに吊るしてある。夏の天気に風も吹いてるから着替えのローテーションは今のところ心配ない。不衛生に汚れたり、裸で過ごしたりは無さそう。
胸元には同じく乾いたポシェットを大事そうに抱きしめている。
お母さんの形見だったか。毎日こうやって抱えながら寝ているんだろうなって思えるくらい自然な感じだ。
どっからどう見ても、一点の紛れもなく良家のお嬢様。
いきなり殺されそうになって、怪我を負いながら無人島に漂流し、草木を枕にしているなんてあっちゃいけない……トウコちゃん自身も戸惑いストレスを感じているだろう。早いとこ巳海さんのところに戻してやりたい。幸いにしてそれが俺の助かる道でもある。
自分も寝床の端に沿うように、寝るスペースを取ろうとした。その身じろぎが小さな音を立てたのか、トウコちゃんの眼がぱちっと開いた。
「……眠れません」
「あ、うるさかった? ごめん」
「ハルは少しも悪くないです。ええと、なんていうか、家と全然違うから……うとうとした気持ちが飛んで行っちゃいました。海の波もいつもより近くて」
「ここまで聞こえて来るモンなんだな。波の音」
「海が歌ってるからね。その声が波になって、浜に行ったり来たりしてるって……ママが言ってた」
「そうなんだ。確かに、母なる海って言われたりするし」
「でも。今くらい、もう少し静かに歌ってくれていいのに」
トウコちゃんは落ち着かない様子で、こっちを見ている。
そりゃ環境が変われば寝られないのも頷ける。布団とか……枕は、壊れたライフジャケットで代用できないかな。眠気を誘う、子守歌の一つでも歌ってやれればいいんだけど。まあそんな年でもないか。
「星がきれい。こんな夜空、見たことない……月はどこ?」
「おお、本当に星空すごいな。新月だから隠れてるのかな。だから星もより際立って見えたわけか」
そこには宇宙を丸写ししたような星々が散らばっていた。
澄んだ空気に加えて普段の街灯もない。純粋に星だけが光を放っている。空を見上げてただただ息をのむ、なんていつ以来だっけ? あの時は――
「ハルは星のきれいな空、見たことあるの?」
「え? そうだな……毎年、ちょうど夏のお盆の時期にさ、琴吹で花火大会をやるんだけど」
「あ! トウコもその花火見てました。隣町って琴吹だったんですね」
「うん。屋台とか出店、盆踊りとかやっていてさ。花火の時間になると提灯のライトが一斉に消えて……真っ暗の中で、空に大きな花火が打ちあがるんだ。それもきれいなんだけど、俺は兄妹と並んでばあちゃん家に帰るときに見える、あの満天の星空が好きなんだ」
暗闇が埋まりそうなほど星たちが光って、都会とは全然違う。一つ二つしか星のない空しか知らない人もいるんだよな。もったいない。
宇宙も海も、純粋な自然が見せる風景は悩みとか価値観をぶっ壊す。人ひとりの抱える大問題や大事件なんて、ちっぽけでバカらしいと思わせてくれるんだから。
「トウコも花火、ハルと一緒に見たいです」
「今週の日曜日にやるからね。じゃあその日は琴吹を回ろうか?」
「はい。ぜったい……約束ですよ?」
「昼過ぎには釣りでもしよう。祭りまで……不老ヶ谷に比べたら大したモンも店もないんだけど、いい場所は結構あるから」
「釣りもできるの!? あ、トウコたこ焼きと、あんず飴っていうのを食べてみたいです。学校で話だけ聞くけど、ラムネくらいしか取り寄せられなくて」
「ああ、屋台の食い物ね。射的や輪投げとかの模擬店も行こうぜ」
どれもお祭りの雰囲気を楽しむものだからな。焼きそばとかのB級グルメ、トウコちゃんの口に合うかどうか。ただお祭りの初心者みたいだし、初めて行った新鮮味だけで楽しめるかなきっと。
急に押し黙ったトウコちゃんの顔は暗くてよく見えない。どんなものがあるんだろうって想像しているような、その好奇心で瞳が揺れている気がした。
あ。と短い息を付く。
思いだした。今日の朝。花火大会の張り紙を見た時、携帯アプリで週間天気を確認してたんだ。そして思った。花火の日は晴れだけど、その間の一日……どこかで雨が降るってことを。
今日は月曜日。花火大会は週末。
雨の日まで持ちこたえられれば、雨水を溜められる。それを飲めるようにする工夫は必要だが……よし。よし! 希望が見えてきた。
「花火大会のため、もうそろそろ寝るかな」
「明日もよろしくね。ハル」
眼を閉じても波の音は聞こえてくる。
海は歌うらしい。
なぜ歌うんだろう? 誰の為に?
途切れることなく寄せては帰すを繰り返しながら。
海は歌う。変わらず歌う。
昨日も今日も
いつものように歌い続けた。
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