第17話 砂上の楼閣




 この無人島、ビンの栓抜きか、あるいはクワガタ虫みたいな形をしている。うん……仮にクワガタ島としておこう。周囲数キロ程度の広さでしかないが、多少の山菜と砂浜を探せばなんとかなりそうだ。

 そして水。水分の方は―― 


「あ、おかえりハル!」

「ただいま……ってずいぶん枝、集めたね」

「うん。近くにいっぱいあったんだ! あ、ちゃんとお日様が出てくる前に涼んでたよ?」


 波風で削れた岩の窪みから、トウコちゃんが走り寄って来た。

 座っていたところには予想より大量の木の枝や茎が積まれている。堅い枝から順に敷き詰めて行けば、座り心地はかなり良さそう。


 ほめてほめて! と言ってるような気がした。

 犬のように振られたしっぽまでは見えないけど。たぶん家族以外の誰かにお願いされる、というのに慣れてないんだよ。いまトウコちゃんは《小学校で先生の手伝いをやたらしたがる子ども状態》だ。


 巳海家では物静かなイメージだったが、感情をある程度読めるようになってきてる。それにどんどん開放的というか、表情豊かになってるんだよな。


「トウコちゃんありがとう」

「えへへ……あれ? 手に持ってるのって風呂敷?」

「ああ、向こうに壊れたパラソルがあって……布だけ剥がして持ってきたんだ。それにお土産もあるぞ」

「わあ! これ、ちっちゃい竹?」

「これはイタドリだよ。ちょっと待ってて……はい、かじってごらん」


 いかにも南国、といった模様のパラソル布から取り出して、波打ち際に軽くさらしてからトウコちゃんに渡した。毒見じゃないが先にイタドリに歯立てて確かめてみる。

 中の空洞にはたっぷり水分が溜まってて……うん。山菜取りの時、兄妹そろってかじった味だ。懐かしいなあ。


 トウコちゃんも自分の仕草にならい、イタドリを口に運ぶ。

 木の枝拾いは楽じゃない。日陰の間に効率よく仕事をしたとしても、ノドが乾いているはずだ。一気に汁を吸い――


「んん!? すっぱい!? これすっぱっ!」

「あははは! 最初は驚くよね。すげー酸味だし」


 眼を白黒させるトウコちゃんを見て、思わず声が出る。

 兄さんみたいなイタズラをしてしまった。あの時、兄さんは騙されて怒った澪に背中を蹴られてたっけ……俺は蹴られないよね?


「ううー、い……! ハル、先に言って欲しかったです! びっくりした……」

「ごめんごめん。でもそのすっぱさは元気が出る。俺のじいちゃんやばあちゃんも山で疲れた時、イタドリをかじったんだってさ」

「へぇ、ハルはホントに色んなこと知ってますね」

「そりゃまあ年上だからね。砂浜にあったペットボトルは……あ、拾ってくれたのか。おお、これは……」


 でけえ。

 大きいペットボトルって話だったが、4Lか。焼酎大〇郎とか入ってた奴かな? 中を開けてみたらむわっと酒の匂いがした。洗えば問題なく使えるな。もう一つは500mlサイズ。こっちの方は蓋がない。でも容器としては充分だ。

 あとはこれに飲める水を溜められれば……雨とか都合よく降ったりしないけど、ペットボトルは確か色々使えるはずだ。何に使うんだっけ兄さん。聞き流してしまった話を頑張って思いださないと。


「よく見つけてくれたね。トウコちゃん」

「はい! 水も入れておけます。ノドが乾いてもイタドリをかじればいいし、これでおじいちゃんが来るまで大丈夫だよね?」

「ああ。心配いらない。巳海さんが俺たちを助けに来る。絶対に見つけてくれるさ。それまではこの岩陰で、ゆっくり休もう」

「枝も茎もたくさん集めてきました! ハル、一緒に寝るところを作りましょう! どうやってトウコたちのベッドを組むか教えてください!」

「一緒に作るけど、一緒には寝ないからね!? よし、最初に――」


 ……実際のところは。

 このままイタドリだけで水分補給をした場合。


 1日だろう。


 子どもの頃。家で断水があった時、給水機ジャグに水を溜めて飲んだ時がある。俺と澪は、家族で飲むには大きすぎるって言ったんだ。でも兄さんはこれじゃ夕方にはなくなるよ人が1日に必要な水はねえ……ってペラペラ喋ってた。俺と澪は適当に相槌を打ってて……無くなるわけないって高を括ってた。でも給水機はおやつの時間が過ぎたころ空になった。断水からはとっくに復活していたけど、兄さんを馬鹿にしようとした作戦はあえなく半日で破綻した。


 高校1年生と小学校6年生。

 だいたいの摂るべき水分量は割り出せる。ただしそれは、の話だ。船から落ちて溺れていた時、泳ぎ着いた島を探索していた時。すでに体力をかなり消耗している。身体の中の水分も。照り付ける日差しとぬるい潮風だってどれだけ影響するか……


 今日の夜までは問題ない。

 だが明日のどこかで必ず破綻する。昼か夕方か、それとも朝? 


 トウコちゃんは、おじいちゃんの助けを信じている。

 きっと気付いてここまで探して来てくれると。なら、そうなるまで俺が何とかすればいいだけだ。吹けば崩れる砂の城を、彼女の希望という形のまま留めておく。




 その案は……どうにか頭から絞り出すしかないが。




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