第6話 歓迎されて招かれて
テーブルに次々と運ばれてくるご馳走は、お中元でも見ないような高級食材がそのまま高級料理になった、と言う感じで調理した人が存分に腕を振るったんだなと見るだけでも伝わるし、どれも美味しかった。
そして巳海さんがこっちに気を使わせない程度に、ちょっとした会話を挟んでくれた。料理についてやこの地域のこと。思わず笑ってしまうような人の小話、同じ漁業で成り立った町として楽しめるようなエピソード。
接待役っていう仕事があるんなら、こういうのを言うんだろうなってくらい気分よく飲み食いができた。自分との歳の差を感じさせないのも経験と腕の成せる技なのかもしれない。
「それで、お爺ちゃんが竹から釣り竿を作ってくれて……」
「おお、その姿で
「本当ですよ! 都会ならわいせつ罪で捕まってました!」
巳海さんは聞き上手で、話をさりげなく補足しつつ相槌を打つさりげなさもあり、こっちもするすると話してしまう。
つい一時間くらい前。昼ごはんをどこで食べようかというところで巳海さんの孫……今は果物のデザートを運んでいる――とすれ違い、男に連れて行かれるのを見て心配になり、後を付いて行ったことも伝えた。
男の名前は宇佐美と言うらしい。
魚市場で見かけた巳海
孫に付きまとっていたのは何か良からぬ企みがあり、ろくなことではない、と言い捨て、改めて孫を助けてくれたことに感謝された。
その後、今朝のホエールウオッチングの話になり、船のエンジントラブルでツアーは中止になったこと、追加料金を払えば代替えの豪華客船で行けると説明されたが断ったことを伝え……巳海さんの柔和な顔が一変した。
「洋文ッ……あのバカモノめ、出入り禁止にしただけじゃ足らねェかッ! 敬う心すら忘れた
「巳海さん?」
「ああいえ、ちと中座して詳しい経緯を聞いてみようと思います。これは当家のみならず、不老ヶ谷の信頼を大いに損なう一大事なもので……おい」
巳海さんが孫に声を掛ける。
ちょうど自分の横からデザートを配膳してくれたところだ。呼ばれたのにすぐ気づき、コクリと頷いた。
「……」
「ワシは今から連中に
「わかった」
では。と形式ばった退室の口上を少し述べ、巳海さんは居間から出ていった。廊下の奥で誰かを呼び付けるような声がしたが、細かくは聞こえない。使用人に何か命じたような感じだった。
巳海トウコ、と言っていた子は、すぐ横にちょこんと座ってこちらを見ている。……たぶん、この果物のデザートを食べるよう促しているみたいだ。もう満腹近くで全部はとても食べきれないな。
「あの、お腹は一杯だから……その」
「……」
「よかったら、君にも食べて欲しくて」
「……うん」
そう言うと、自分が果物を口に運ぶタイミングで、彼女も遠慮がちに果物を食べてくれた。よくよく考えたら、このだだっ広い居間に近距離で二人だけという状況は、マズいんじゃないか? 思春期くらいのお孫さんだろうに、巳海さんもよく許したな。
まあ二人きりのように感じるだけで、実際は誰か控えてるはずだ。さっき巳海さんが声を出していたし、使用人はいてくれてる……と思う。
* *
「ご馳走様でした」
「お、おそまつ様でした。お口に合いましたか?」
「美味しくて、つい食べ過ぎちゃったよ」
「……良かった。あとで料理した人にも伝えるから」
ほっとした様子で、彼女は帽子スタンドにぶらさがったポシェットを肩にかけると、自分の方へと招く仕草をした。誘われるままに廊下に出る。
相変わらず他の人を見かけない。徹底してるというか、そういう配慮なのかな。もてなしは家族のみで、みたいなことも言ってたし。
縁側を通ると組石と池の景色が飛び込んできた。純和風の旅館や庭園って言われても納得してしまい、入園料だって払ってしまう完成度だ。
この子の案内、手入れされた庭とか見て回るのかな? それだけで巳海さんが戻って来るまで十分過ぎる時間にはなるか。
彼女の足が縁側の途中で止まり、こちらに向き直って座った。
半端に開けっ放しになっている近くの障子を気まずそうに見ていたが、軽く咳払いをして障子を開け直す。
「……どうぞ」
「えっと、ここは?」
「私の部屋……入って」
は? なんで? なんでこの子の部屋?
障子のすき間を覗きかけたが、失礼になるから止めた。この位置からは中の様子は分からない。ただ誰かの話し声や音が聞こえる。巳海さんの家族は、今は二人しかいないって言われた。部屋に、使用人だって勝手に入らない……よな。
なんだ? 案内ってどういう……え?
床の板張りに目を落とし、無言で招き入れようとする彼女には聞けなかった。
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