第十五章~バロメッツ~

 今更ながらこの世界の“魔法”と“魔術”について説明しよう。

 魔法とは、魔素と呼ばれるものを魔力へ変換し、習得した魔法ブラックボックスへと流し込む。

 この習得した魔法ブラックボックスというものの中身はどういう原理なのか解らない。

 しかし、この習得した魔法ブラックボックスへ流れた魔力は魔法として出力アウトプットされる。

 これが魔法である。

 魔法は習得しなければならないために、才能で決まる。らしい。

 この「らしい」と言うのは、パーディンに聞いたからで、私の場合は【悪食】というスキルで増えるからだ。

 しかし、魔術は魔法陣という名のプログラムコードによってプロセスを書き込んで魔力を流すことで事象が起こる。

 火を起こすなら、着火する気体、温度、可燃物、など全て書き込んでから魔力を流す。

 正直、面倒なのだ。だから魔術師は少ない。

 魔法は唱え、イメージし、放てるため、戦闘で使われているが、魔術は戦闘で直ぐに使えないとされている。

 だが、才能はいらない。センスはあった方がいいのだけれど、習得する必要性がない。

 そして錬金術というカテゴリーに魔術が入る。いや、逆か。魔術のカテゴリーに錬金術が入るとすべきか。

 錬金術は色々と準備が必要で、道具やら材料費がかかる。だから錬金術も少ない。

 残念ながら錬金術できんを作るにはかねが必要となるのだ。

 そう。かねだよ。

 ローパーの依頼を終えて収入は少し入った。

 だが、二十体で銅貨二十枚だ。

 小銀貨二枚分の稼ぎにしかならない。

 貨幣の価値が日本とは全く違うが、小銀貨二枚は二千円ぐらいだろう。

 物価の価値は低いが、シルキーさんが露店で色々と買ったら小銀貨一枚を一日で使い切る。

 そう。金欠になりかねない。

 そんな事を思っていたら豊穣祭が開催した。

「やっと始まりました」

 露店準備で色々と商品を並べていく。

 この賄賂わいろによって得た露店の場所は結構良い場所で、狭いながらも人通りが多い場所だ。

 パーディンは紫色の鱗で覆われた煌びやかな衣装で式典に参加しているらしい。

 紫色の鱗はバジリスクの物だろう。

 辺境伯の挨拶や、来賓挨拶、そこから山車ダシも出ているらしい。

 山車は街の裏門から出て、ローパーのいた付近を通り、ぐるりと回って正門から帰ってくるそうだ。

 その途中で海の幸を取り、街へ持って帰るらしい。

 そこで漁師と人魚族が活躍するとのこと。

 だからローパー駆除がオススメされたのだけれど、ローパー駆除が安いんじゃが。

 初心者向けとは言え、二千円て。

 だったらポーション売買にて稼いでやろうじゃあないか。

「おい、来たぞ」

 おや。見知った顔の少年じゃないか。

 少年は掏摸スリをしていたが、私によって利用された可哀想な少年である。

「なんかムカつく顔してやがる」

 おや、雇用主となる私にそんな事言って良いのですかな。

 許しますけど。

「ムカつくが、言われた通りに皆を連れて来た」

 同い年の子から小さな子まで十人ほど連れて来たようだ。

 全員が孤児やらスラム街の子だ。

「ありがとうございます。では、先ずは仕事の内容ですが――」

 小さい子は店の手伝いとして、歳が上の子で掏摸をしていた子達には任務を与えた。

「はぁ!?何だよそれ」

「だから、混雑に紛れて万引きをした輩から掏摸をして欲しいんです」

 自分の商品が盗まれたからといって直ぐに動ける状況じゃない。

 だから悪には悪を適用する。

「ちゃんと危険手当も出しますよ」

 銀貨をチラつかせる。

 下手すれば子供たちが見回りの騎士に突き出される可能性もある。

 なので魔術札を用意した。

「もし危険を感じたら、この札を破って下さい。そして全力で逃げて下さい」

 破れば【風神の奮迅】と【豪鬼の剛力】が発動する。

 逃げ足と多少の力が出るはずだ。

 破ってからの効力は五分間。

 なんとか逃げられるはずだ。

「繫盛する前提なのがムカつく」

 少年は色々気に入らないらしいが、私は繫盛すると見込んでいる。

 隣のブースを見たら冒険者組合であり、なにせ売る物がポーションだからだ。

 ローパーの報告時にポーションの相場を冒険者組合ギルドで調べておいた。

 そして冒険者組合で売っているポーションの効力も調べ、私が作ったポーションの方が効力が良いと判断した。

 安心、安定、安全。そんな信用からか冒険者組合でのポーションの値段が高いのは知っている。

 そんな常識ぶっ潰す!殿様商売は滅する!

「さぁ、開戦です」


 ◆

 いやぁ、繫盛しすぎて死ぬかと思った。

 まず、騎士団の副団長が挨拶がてらに来て濃縮還元ポーションを十本ぐらい買って行った。

 客が少なくなった時に濃縮還元をパフォーマンスとして見せたら、冒険者組合にいた列があっという間にこちらへ並んでいた。

 そこからは普通のポーション含めて百本ぐらい売れて無くなり、他に用意していた商品も掃けた。

 そしてその混雑にて万引きするヤツがいたらしく、何人かの子が財布を掏っていた。

「さて、報酬ですよ」

 小さな子もちゃんと店の手伝いをしてくれたので最低賃金が小銀貨五枚となった。

 掏摸をしてくれた子には危険手当として銀貨一枚が渡される。

 日給五千円だが、ローパー退治より全然効率が良いだろう。

 まだポーションの在庫はあるが、今日の販売は終了だ。

 陽はまだ高い。

「明日もやるので来てくれたら嬉しいです」

 子供たちもルンルンで解散して行った。

 今日の売り上げとしては金貨八枚ぐらいだろう。

 差し引き金貨五枚ぐらいか。

 露店でも税金がかかる。

 商業組合だと税率が下がるらしいが、冒険者組合所属なので税率は高い。

 そうは言っても賄賂で得た場所なので多少免除されている。

 隣の冒険者組合は閑散としている。

 下級ポーション一本銀貨一枚は高すぎる。

 銀貨一枚は一ヶ月の給料ぐらいだそうだ。

 冒険者としてポーションは命綱ではあるが、高い金を払ってまで買うものではない。

 下級ポーションのは切り傷にかければ治る程度だ。

 その程度に一ヶ月の給料をかけるものではない。

 実験として下級ポーション一本を小銀貨三、四枚ぐらいで売ったら即売れた。

 ローパー三十体倒して買える値段なら妥当だろう。

 中級ポーションで銀貨一枚ならわからなくも無い。

 まぁ、私の作った下級ポーションは中級並みですけどね。ドヤァ。

 錬金術が少ないのでポーションが少ないという事もわかる。

 しかし、別に錬金術じゃなくても良いのだ。

 やり方さえ理解すればポーションを作る事は出来る。

 それをしない。それを普及しない冒険者組合の怠惰、怠慢による結果だ。


 ◆

 豊穣祭開催から2日目。冒険者組合ギルドから苦情が来た。

「で?それが何か?」

「いや、だから!そのポーションを売るとポーションの値が下がる!そういう事されちゃ困るんだよ」

 私からしたら意味がわからない。

 値が下がる?値を下げているのだから当たり前だろう。

「良いですか、何で切り傷を治すぐらいの物に一ヶ月の収入をかける必要があるんですか?意味がわかりません」

 シルキーさんが色々と露店を見て来たが、ポーションを扱う店は冒険者組合しかなかったそうだ。

 薬屋はあれど、軟膏などでポーションの販売は無い。

 それぐらい希少としている。

 日本なら独占禁止法に触れる。

「そもそも冒険者が薬草を採取出来ているのですから、自分でポーションを作れば良いんですよ。何作って貰って文句ばかりなのです?努力の仕方でも忘れました?」

 こんな安い挑発に乗ってくるのだ。

 冒険者組合は馬鹿を出したらしい。

 私に襲い掛かって来た男はシルキーさんが吹き飛ばした。

「良いですか冒険者組合さん。あなた方は怠惰、怠慢の上で成り立っているのです。ポーションを作りやすくするか、品質の良いものを高く売るかしなさい」

 周りにいた冒険者から拍手があがる。おい、誰だ「魔女様万歳」とか言ったヤツは。

 別に品質が見合っていれば高くても文句は言わない。

 高くて効果が薄いなど馬鹿みたいだ。

 もしもポーションの値段が適正だと思っていれば私だって相場に見合った値段で売っている。

 例えば鉄鉱石を掘っているのに採掘道具が給料一ヶ月分とか言われたら暴動が起きるだろう。

 しかも採掘道具が壊れやすい品質なら尚更だ。

 何も進展しない。人々が無理するだけだ。

「そうだ!冒険者諸君、冒険者の依頼で品質の良い薬草採取依頼がある。それは私が依頼したものなので、もし品質の良い薬草が手に入ったらポーション作りの手伝いをお願いします。また、ポーション作りに興味があれば報酬ありきで教えます」

 宣伝をしておこう。

 薬草百枚集まれば二十本ぐらいポーションが出来る。

 それを濃縮還元方法でやれば濃縮還元ポーション六本ぐらいか。

 どちらを売っても多少の儲けにはなる。

 まだ帰るまでに四日ぐらいある。

 ここで稼がねばならぬな。


 ◆

 後日、冒険者組合ギルドで試験監督をしていたおっちゃん――ジェフリーが謝りに来た。

 店はシルキーさんに任せている。

「すまねぇな。豊穣祭販売に出てたアイツは張り切りすぎて空回りしたようでな」

 どうやら苦情を言いに来たヤツは「ここで大儲けしてやる」と言って露店を出したが、私によって上手くいかなかったようだ。

「あんなのが冒険者組合の看板背負って良いのですか?」

 大企業でも支店長がやらかす事があったりはするから仕方がないとはいえ、それでも看板背負ってやっているので責任問題はある。

「今回のアレで重役は無理だと判断した。また、受付がお嬢さんの言葉でポーション作りに興味を持ってな。組合に製作器具を用意する事になった」

 まぁ、反省が出来るなら私は良しとしよう。

 人間は「そもそもの話」というものに気付かない場合が多い。

 ずっと頼んでいたが、そもそもの話頼まないで自分でやれば良いのでは?と気付かない。

 ものの簡略化が進まない原因として根本的な部分に気付かない。

 政治的なものでもそうだ。だから異常に金がかかる場合がある。

 しがらみもあるのだけれど。

「言い訳としてはポーションの件は錬金術師組合との板挟みなのが現状だ。錬金術師組合が冒険者組合にポーションを卸しているのだが……」

「あー言いたい事は分かりましたが、ポーションの製作方法を知ろうともしなかったのは、この街の怠惰ですね。領主に苦情でもいれておきます」

 ジェフリーの言葉を遮って領主へ苦情をいれる事にした。

 パーディンに言っておけば伝えてくれるだろう。

「え、あ、いや、領主様?」

 騎士がポーションの作り方がわからないと結構困るだろうに、それを改善しなかった領主に問題がある。

 辺境伯なのだから、そこら辺はしっかりするべきだ。

 侯爵とか子爵ならまだしも、辺境伯だろうが。

「これは完全に辺境伯の落ち度ですよ。騎士さえも私のポーションを買っているのですから、ポーション関係が手薄だったのでしょう」

 行政がしっかりしないと国民に弊害がおこる。

 そして国民が動けないと国が死ぬ。

「錬金術師組合ギルドとやらが適正価格で売らないのも傲慢ですが、傲慢さに怠惰で返すのも罪ですよ。さて、今回は冒険者組合と領主の落ち度ですが……」

「それに関してはすまない。何かあれば要件を聞く」

 ん?今「何でも」って言った?言ってないか。

 金で解決しない所に誠意を感じる。

「そうですね。冬を越せるよう保存食を欲しているので、良い保存食を下さい。あと、ポーション作り講習会報酬は冒険者からではなく組合が出すこと」

「は?それだけで良いのか?」

 ジェフリーは驚いていたが、私としては本気である。

 そもそも、この街には保存食や薪など冬を越す準備をしに来たのだ。

「それに領主にも落ち度があるので、十分でしょう」

「それはありがてぇ話だ。よし、冒険者組合にも保存食がある。そこから良いものを渡す」

「講習会は明日と明後日の午後に行います」

 どうせ午前中には売り切れて品が出せなくなる。

 子供たちも午後にはいない。

 日給で一ヶ月分の給料を得るのだ。文句は無いだろう。

「わかった。宣伝はしとく」

「ありがとうございます。何かあったら人魚族の迎賓館の方へ」

 ジェフリーは「なんだよその縁は」とつぶやいていたが、聞かない事にしておいた。

『お嬢様、これはいくらでしょうか』

 シルキーさんからヘルプが来ているので、対応する事とした。


 ◆

 結果、辺境伯に対してポーション関係の改善を直訴した。

「ポーションの関係ならお嬢が直訴した方がエエやろ」

 とパーディンに言われてしまったからだ。

 第一騎士団からも声があり、私の作ったポーションで結構な在庫がとれるようだ。

 在庫と言っても騎士団間で取引があり、すぐに無くなるという。

「そうか。それはすまなかったね。これまでポーションを作れる者がいなかったのだ」

 スヴァンテ辺境伯が頭を下げる。

 そうだ。それが一番の原因。それが一番悪い事だ。

「ポーションを作れる者がいない事に、――状況に甘えていたんですよ」

 厳しく言うようだが、領主なのだから仕方がない。この街のためだ。

 パーディンが後ろでニヤニヤしているのが気に入らないが、直訴しよう。

「錬金術師組合は独立組合ですか?」

 組合ギルドには二種類ある。

 国とは独立した独立組合。

 国に従する国立組合。

 独立組合は冒険者組合など、国の法律とは関係なく動ける組合だ。

 一方で国立組合は国が運営し、その国の法律下でしか動けない組合となる。

 国立組合は漁業組合で冒険者組合は独立組合なので、一緒に建っているこの街は珍しいそうだ。

「錬金術師組合は国立組合だが」

 国立組合。なら、国に逆らえない。

「そうですか。そういえば、騎士団は国から下賜されたものと聞きましたが、本当ですか?」

 人――しかも団体で下賜と言われると変だが、国から派遣されたという事だろう。

 ポーションを売った第一騎士団の副団長から聞いた話だ。

 辺境伯になり、防衛面として少数精鋭だが国から騎士団を下賜されたと。

 何十年も昔の事なので今となってはどうでもいい話らしい。

「嗚呼。騎士団の設立としてはそうだ。しかし今では騎士に下賜されたメンバーはいないぞ」

「いえ、“下賜された”という事実さえあれば良いんですよ。国が騎士を下賜するほどの場所で錬金術師組合が程度の悪いポーションを高く売りつけているって事は、国家反逆じゃあありませんか。国の要としているのに怪我が直ぐに治せない状況下にあるのは国の意と反する事です」

「国家反逆罪までいくとはエグいで」

 パーディンが肩をすくめたが、私はそれを無視して進めた。

「この街は何の為にあるのかわかりませんが、辺境とするなら国の防衛と開発でしょう。それなら国立組合でさえ国家反逆罪にあたるでしょう」

 国家の方針で辺境伯を陥れようとしているなら仕方がない。

 そうじゃなかった場合、誰かの陰謀だろう。

 下賜されたメンバーがいれば、怪我をしてもらって大義名分が出来るのだけれど、下賜された事実さえあれば問題ないだろう。

 一番あってはならない問題は、この国で低品質のポーションしか作れず、ポーションが希少すぎる事である。

 そうなったら錬金術師組合を訴える事すら出来ない。

 しかし、冒険者たちが不満を抱いているなら違うと思う。

 思うのだけれど、冒険者は国を行き来できるので他の国と比較されたら困る。

 国中の相場がわからない事が辛いが、ポーション一本で一ヶ月の給料分は無いだろう。

「取り敢えず冒険者組合と合同でポーションを作れる環境にしようと思う。クルス嬢には申し訳ないが手伝ってもらいたい。錬金術師組合とはこちらで色々とやってみるとしよう」

「了解しました。では交換条件として、パンと小麦粉――まぁ、強力粉があれば欲しいですね。あとは鳥の餌として穀物も」

 米があったら欲しいが、無いだろうなぁ。

 強力粉も実は期待していない。

 普通に日本じゃ強力粉や中力粉、薄力粉として売られているが、強力粉と言われて純粋なものが来るとは思えない。

 日本の米でさえ少し前まで小石が混じっていたのだ。

 ふるいは必要だろう。

 まぁ、篩ぐらいなら簡単に作れるからそれは頼まない。

「それだけで良いのか?他には?」

「領地改善をしっかりやってくれれば良いと思いますよ。大した事じゃありませんし」

 欲を言ったらこの街へ直ぐに行ける手段が欲しいが、そんなものはない。

「あ、そうそう。新しくパンを作ってみたんですよ。これが結構上手くいきまして」

 魔法鞄からパンを取り出す。

 トレントの実で作った天然酵母だ。

 もちろん種は抜いて作ったので害はない。

「食べてみます?」

 パン裂いてパーディンと辺境伯に渡す。

「凄いふんわりとしているな」

「ふわふわのモチモチやな。これは売れるで」

 二人はパンを口へ運び目を見開く。

「想像以上やな。微かに甘味さえも感じられるわ」

「それはそうですよ。トレントの実で作っているので」

 それを聞いた二人が盛大に噴出した。

「何つーモン食わせたんや」

 咳込みながらも文句を言うが、私も食べている。

「無害ですよ。トレントの実を食べるとトレントになるというのは、種子を食べるからなるので、種さえ抜けば問題ありません」

 それに酵母だから果実そのものを使っているわけではない。

 実をそのまま使った場合には、があり得る。

 そうならないように実も種も取り除いて、酵母だけを使用している。

 トレントの実がナナフシの卵と考えると、林檎と同じように酵母まで作れるのは面白い結果だ。

「酵母は林檎があれば作る事が可能なので、酵母の製作方法は教えられますよ」

 酵母なら教えてしんぜよう。しかし、一次発酵、二次発酵は頑張って模索してくれ。

 そうじゃないと努力をしなくなってしまう。

 中世ヨーロッパではパンではなく、オートミールのような食べ物が主流だったと聞く。

 パン――製粉が作れるのは豊かな証拠でもある。

 ならば企業努力は必要だろう。

 今回ポーションを作れるように介入したが、本来ならばそのベースまで努力しなければならない。

 しかし、ポーション作成という死者を減らす要因を怠惰で潰してはいけない。

「だから言ったやろ。リターンが大きいって」

 パーディンが辺境伯に対して何か言っていたが、私は気にしない事にした。


 ◆

 スヴァンテ辺境伯への直訴をし、シルキーさんと一緒に買い物に出た。

 保存食や薪など冬を越せるように色々と買わないといけない。

 冒険者組合や辺境伯から色々と貰えるだろうが、自分たちで買い物はするべきだろう。

 露店を色々と見ていると、フードを被った高齢者が色々と売っているのを見つけた。

「これは呪いの石だよ。持っている人間が次々と死んでいったんだ」

 何つー物騒な物を売っているのか。

 婆さんが私を脅かそうとしているだけかもしれないが。

 呪いの石とやらを見ると赤い鉱石だった。

「辰砂ですかね」

 硫化水銀で出来ている辰砂は別名、賢者の石。

 錬金術師に縁のある鉱石だ。

「なんだい。知っているのかい。冷やかしなら帰ェんな」

 私が辰砂を知っているとわかった途端に婆さんは嫌な顔をした。

 普通に私を脅かそうとした意地の悪い婆さんだった。

 辰砂か。

 八百度ぐらいで熱すると水銀がとれる。

 水銀といえば製作者様は水銀でゴーレムを作ろうとしていた。

 家にレポートがあったから読んだが、内容は非道ヒドいものだった。

 鉄や岩などでゴーレムが出来るのだから、水銀でも出来るだろうという事だ。

 しかし、液体だからか身体の維持に魔力が必要となり、効率的ではないとした。

 では、効率的に液体である水銀をゴーレムにするにはどうしたらいいのか。

 そこで製作者様はヒトを使った。

 死んだヒトに水銀を注入し、血管を水銀で満たした。

 それをゴーレムとして起動させたのだ。

 結果は成功。

 しかし、心臓が動いていないので水銀を入れるのが大変で面倒だったらしい。

 だからか「次は生きている人間でやろう」とか書いてあってドン引きした。

 本当にやったかどうかはわからない。

 これが最近あった怖い話だ。



 ◆

 とりあえず辰砂は買っておいた。

 他には何かないか見回ると、シルキーさんが肉屋の前で悩んでいるようだ。

「シルキーさん何か悩んでいるのですか?」

『お嬢様ですか。この羊肉が美味しそうではあるので、買おうかと』

 羊肉か。

 生後およそ12か月以下の子羊の肉はラム、それよりも年をとった羊の肉は日本ではマトンと呼ばれる。

 しかし、南アジアの国々ではマトンという英単語は通常は羊ではなく、山羊ヤギの肉を指す。

 なんともごっちゃな肉だ。

 もしかしたらこれは山羊ヤギかもしれない。

 羊と山羊。

 羊は側頭部の螺旋形の角と、羊毛と呼ばれる縮れた毛をもつ反芻はんすう動物だ。

 反芻はんすうはある種の哺乳類が行う食物の摂取方法で、まず食物を口で咀嚼し、反芻胃に送って部分的に消化した後に、再び口に戻して咀嚼するという過程を繰り返すことで食物を消化する事を言う。

 牛など偶蹄目が代表的だ。

 しかし、霊長類のテングザルが反芻に類似した行動を行うことが発見されたという。

 このような生物の進化に関する現象のひとつで、異なった種において、似通った方向の進化が見られる現象を平行進化という。

 土竜モグラと昆虫の螻蛄ケラが似たような体型、よく似た前足を持つことが良い例だ。

 やはり生物は面白い。

 話は戻るが、反芻は第一胃と第二胃で食物は唾液と混ぜ合わせられ、固形分と液体成分に分けられる。

 そう。胃が何個かないといけない。

 ケルピーも馬には無い二つ目の胃があった。

 馬は一つの胃で消化している。なので、栄養を摂取できる量が少ない。

 しかし、牛や羊のような胃が多くある生物は栄養を多く摂取出来る。

 だからケルピーは身体を保っていられたのだろう。

 閑話休題。

 羊と山羊に戻るが、実は家畜の羊は五十四本の染色体をもつが、野生種は五十八-五十四本の染色体を有し、交雑可能である。

 交雑可能である。

 大事なので二回言いました。

 交雑――異種交配は異なる種や異なる亜種の関係にある動物、植物を特に人工的に組み合わせて交配させ、繁殖し雑種を作ること。

 オークも交雑可能かと思っていたが、「ハーフオーク」が存在するかがわからないのだ。

 製作者様の本では、オークがヒトを孕ませ、産んだ子どもはオークであるとされた。

 異種交配でライオンと虎が交配された時、子どもは「ライガー」又は「タイゴン」となる。「ライガー」は有名だが、「タイゴン」はあまり聞かない。この違いは親の性別で決まる。ライオンが雄なら「ライガー」でライオンが雌なら「タイゴン」となる。

 子どもは親の遺伝子を受け継ぐのだ。

 オークにそれが無いとされる。

 雄のオークの遺伝子は受け継がれるかもしれないが、母親である――仮に女騎士としたら、女騎士の遺伝子が受け継がれているはずなのだ。

 だからオークは交雑でないと仮定している。

 羊は交雑が可能で、山羊と羊の子「ギープ」というものが存在する。

 実は日本でもギープがいるらしい。

 見たことが無いのが悔やまれるが、ここに羊肉があるという事は可能性はあるという事。

「お嬢ちゃん運が良い、こいつはバロメッツだ」

「バロメッツ?」

 何やら聞いた事の無い単語が出て来た。

 これも方言や漁師言葉のようなものだろうか。

 見た感じおっさんは普通の――普人なのだけれど。

「バロメッツは金色の毛でな――」

 金羊毛。金色の毛の羊。

 ドラゴンに守られているとか前世で聞いた事がある。

 あれは羊じゃなく、毛皮だっただろうか。

 金毛の羊。これは難しい。

 何が難しいかと言うと、存在が難しい。

 不可能かと言われると、不可能じゃない域にある。

 そもそも、金毛、金髪とは何か。

 金髪とは赤毛と同様にわずかなユーメラニン色素と比較的多量のフェオメラニン色素によって特徴付けられる。

 そのため、赤毛の羊毛がいなければならない。

 遺伝子組み換えによって赤毛の羊がつくれるかもしれない。

 そうなると、突然変異としてある確率で発生する。

 だからギリギリ可能性のある生物ではあるのだ。

 だが、次に発せられた言葉で前提が全く変わった。

「羊のような植物なんだ」

「はぁぁぁぁ!?」

 意味がわからない。

 植物?目の前にあるのは完全に羊の肉である。

「バロメッツは植物でな、実が割れると金色の羊毛をもった羊が出てくるんだ。で、その羊は周りの草を食べて生き、近くに畑があれば食い散らかしちまう。周囲の草がなくなると、やがて飢えて、羊は木とともに死ぬらしい。不思議な植物だ」

 おっさんは気前よく教えてくれるが、私の頭はショート寸前だ。

 何故実から羊が出るのか。

 そして何故そこまでする必要があるかがわからない。

 さて、簡単に整理しよう。

 羊の肉はバロメッツ。植物で、実が羊となる。

 植物が羊となる。植物の種子が綿毛になる事はある。

 身近なものなら蒲公英タンポポがそうだ。

 キク科タンポポ属。道ばたや野原、草原に多い多年草で、よく知られている。一度は見たことのある植物だ。

 薬草であり、健胃、利尿、催乳などの効果がある。

 タンポポコーヒーはコーヒーの代用品として知られているが、代用品であってコーヒーとしては別物だ。私は嫌いじゃない。

 そんなタンポポは種子を綿毛として飛ばす。風に乗って飛ばされた種子は、地上に落下しても秋になるまで発芽しない性質を持っている。

 綿毛は風に乗って広くの地域に種子を飛ばす事を目的としている。

 この異世界でのマタンゴと同じだ。

 マタンゴは歩いて遠くまでいき、力尽きて胞子を飛ばす。

 種の存命の為に株を切り離す決断をしたものだった。

 では、バロメッツはどうか。

 羊だと重く、風に乗って飛ばすには効率が悪い。

 中身が無いわけではなく、肉まであるのだ。

 強風荒れ狂う地域だとしても効率が悪い。

 綿だけではないとなると何か違う趣旨があるのだろうか。

 種子だけに。

 植物の種子が綿毛を覆うのは、やはり遠くへ飛ばすためだ。

 木綿――コットンもそうだ。

 繊維としては伸びにくく丈夫であり、吸湿性があって肌触りもよく、服の素材として知られている木綿。

 これも植物の種子である。

 木綿は塩害耕作地で植えられる事があり、津波などで海水を吸った畑と経済事業を復興させる事ができるお得な植物だ。

 コットンと言っても様々で、木綿きわた、トックリキワタなどが存在する。

 どちらもしっかりした木であり、コットン・ピッカーという機械で簡単に採取出来るわけではない。

 バロメッツは、木なのかどうかもわからない。

『バロメッツは低めの木ですよ』

 私の考えていた事が口から出ていたようで、シルキーさんから情報を得る事が出来た。

『大きな木では、実である羊が地に着きません』

 そうか。羊は実であり、木と繋がっているのか。

 コットンのようだが、微妙だな。

「何故バロメッツは羊を出すのかが、わかりませんね」

『お嬢様。その、私の考え――いえ、何でもありません』

 ん?んん?シルキーさんが自分の考えがあると?

 実に面白いじゃあありませんか。

「何でも良いので話してみてください」

 ヤバい。顔がニヤける。

 シルキーさんが意見を出してくれるなんて、嬉しい。嬉しいが過ぎる。

『では――羊は実ですので、亜竜やドラゴンなどが食べる事があるのではないでしょうか?また狼に襲わせるなど、トレントの実であるリンゴと同じではありませんか?』

 むむむ。そうか。目の前にある肉が目に入るから肉と植物と考えてしまったが、完全に“植物”として見ておくべきだったか。

「良い。良い着眼点ですね。シルキーさんが良い意見を言ってくれたので、変な固定概念に囚われずに済みそうです。ありがとうございます」

『い、いえ。お役立てる事が出来て良かったです』

 そうなると、羊は果実となるわけだ。

 亜竜やドラゴンか。ファンタジーだ。

 狼だけなら考えられるが、異世界生物の食物連鎖までは思いつかない。

 シルキーさんがいてくれて本当に助かる。

 その仮定でいくならば、亜竜やドラゴン、狼などが羊を食べて排出されるものにバロメッツの種があるわけか。

 じゃないならばトレントの実のように、寄生してから本体を乗っ取るわけだが、バロメッツの肉が売っている状況を見るに前者だろう。

 それとも、ヤドリギのような――無いな。

 シルキーさんが低い木と言っていたので、ヤドリギのような食物では羊が宙ぶらりんだ。

「亜竜やドラゴンはよくいるのですか?」

『いえ、亜竜はドラゴンより多いですが、見るのは稀ですね。ドラゴンは三百年に一度見かけたぐらいです』

 ドラゴンの発見は百年単位なのか。

 ならば、狼やその他の肉食獣が妥当だろう。

 空飛ぶ生物が排出する場合、飛行中にするか止まり木に立ってするかが基本だ。

 ドラゴンみたいな大きそうな生物が止まれる木があるのか。

 なければ、爆撃機のように飛行中にするしかない。そうなった場合、高い木や建物に当たればバロメッツは子孫を残す事が出来なくなる。

 やはり狼――しかも、羊が森の狼を食べるのか。

 そして排泄により、広い地域に渡って行く。

 所謂バロメッツは果実という事になる――か。

 シルキーさんの言った通りだ。

「って事はこれは肉のようで肉じゃないって事になりますね」

 異世界は凄いな。

 植物が肉に擬態し、生息地を広げるのか。

 寄生植物と言っても寄生するのは植物だけであり、人体や動物に影響は無いのだろう。

 だからバロメッツの羊は周りの草を食べて栄養を羊に送るのか。

「シルキーさん。これは凄いですよ」

 私は目を輝かせてシルキーさんの手を取った。

『お嬢様のお役立て良かったです』

 シルキーさんは引き気味だが、興奮が収まらない。

「これは草食植物ですよ」

 元の世界には存在しないものだ。

 植物。動物。草食動物。肉食動物。食虫植物。

 これらは存在した。

 しかし、植物が植物を食べる――草食植物は存在しなかった。

 それが目の前にある。

「是非とも生で見たかった」

 目の前に吊るされているのが羊の肉塊であるだけに、何もわからないのが悔やまれる。

『取り敢えず羊の肉は買いましょう』

「そうですね」

 私達は羊肉を買い、街を歩く事にした。

 しかし――バロメッツが草食植物であり、寄生植物だとわかったが、金毛なのはやはり目立つためだろうか。

 目立つ羊は発見されやすい。

 そして人間や狼などに食べられる。

 上手く利用し、利用されている。

 こういう関係がわかると人間もただの動物にすぎないと思う。

「今回はシルキーさんの考えが当たりな気がしますね」

 やられた感と救われた感と嬉しさがある。

『お嬢様の研究結果を読んでいるからですよ』

 シルキーさんは私を立てているが、シルキーさんも色々と学んでいる。

 私も色々と学んでいかなきゃならないと思ってはいる。

 思ってはいる。

 ここ重要。テストに出ますよ。

 まだ地球の固定概念に囚われているのが駄目なのだろうな。

「今日はバロメッツのシチューですかね」

 バロメッツは反省の証として美味しくいただく事にした。

 シチューと聞いてかシルキーさんは嬉しそうに隣を歩いている。


 ◆

 さて、屋敷に戻ったので羊肉を見てみる。

 残念ながらバロメッツの全身は買えなかった。

 全身買って腐らせるのも勿体ない。

 それに細切れで無いにせよ、内臓や骨を抜かれた肉塊で売っているのだ。

 解剖した所で何かがわかるかどうか怪しい所である。

 それならいつかバロメッツが生きている状態で発見したいものだ。

 そして本体と羊を合わせて見てみたい。

 と、ここまで言ったが解剖しないわけじゃない。

 解剖はする。

 肉屋のおっさんが何も言わなかった所をみるに、肉は普通の羊と大差ないのではないかと思っている。

 今回はもも肉を買った。

 骨もある。

 メスで切って、筋肉をバラバラにしていく。

 買ったものが、おおよそ大腿筋膜張筋から対角線のアキレス腱までとなる部位だ。

 つまるところ、美味しそうな部位だ。

 脚先は食べるところがないので切断されている。

 なので鯨偶蹄目の特徴――蹄が二つに分かれているかさえもわからない。

 取り敢えず、アキレス腱、長趾伸筋、長趾屈筋、腓腹筋、前脛骨筋などがあり、羊と大差ない。

 脛骨と呼ばれる骨もあるが……これは木のようだ。

 樹皮のコルク層が無く、サルスベリのようなすべすべした感触の樹皮が表面にある。

 それが骨となっている。

 骨をノコで切ると、ちゃんと年輪のような模様まである。

 それはれっきとした植物であると言っているかのようだ。

 外側顆や膝蓋骨のような関節にあたる部分は骨のようにちゃんとしていない。

 痛みなど関係無しだからだろうか、“取り敢えず動く”とした関節だ。

 筋肉となる筋で引っ張って動かす――操り人形マリオネットのようだ。

 実際、本体の果実でしかない。

 これは精工に作られた果実ダミーというわけだ。

「シルキーさんの言う通り、トレントと同じようなものですね」

 改めてシルキーさんの考えを賞賛する。

 トレントは擬態する魔物で、自身や実も擬態させているが、バロメッツは果実を擬態させている。

 どうして林檎のようなものじゃいけなかったのか、どういう経緯でこの形になったのか、どうしてここまで精巧なつくりに至ったか、全て知りたい。

 本来ならこれほどまでに“上手くつくる”必要はなく、果実ダミーなら簡易的で良いはずだ。

「狼も騙せなくなったのだろうか」

 騙せなくなった。羊じゃないとバレた。

 それは狼が私の思う以上に賢いというわけだ。

 出会ったら面倒くさい事この上ない。

 そう思いながらメスで切り離した部位をシルキーさんに渡して一口大に切って貰う。

 野菜や肉を一度焼いて水を入れ、煮込む。

 煮込んだら乳を入れる。

 これは牛乳ではなく山羊の乳だと思うが、私にはわかっていない。

 最後に味を調ととのえて完成。

 シルキーさんの分は魔力を注ぐのを忘れない。

「『いただきます』」

 まず、スープをパンと一緒に食べる。

 味は悪くない。

『お嬢様、バロメッツですが……』

 シルキーさんが変な顔をしているので、バロメッツを食べてみる。

 いざ、実食!

「肉……じゃない。繊維質。不味くは無い。いや、逆に美味しい」

 なんだろうか。肉じゃないのは確かだ。

 グルタミン酸、イノシン酸のような旨味がある。

 植物だからか繊維質の塊だ。

 噛めば噛むほど旨味が……あ。

「いかくんさきだ」

『イカ……ですか?』

 イカのような臭みは無い。

 しかし、繊維質で噛むと旨味が出る。

 シチューの味が絡まる事はないが、逆もない。

 旨味が出るが、いかくんさきには劣る。

 出汁に使うには難しく、シチューのようにするには周りと合わない。肉のような脂身もなく、肉の感じはない。

 美味しいが使い方の難しい微妙な食材だ。

 周りに干渉しない孤独な食材だ。

「私のいた世界にイカの燻製に似ているんですよ。もっと違う感じですが」

 バロメッツは頑張れば酒のおつまみになるだろう。

 酒を飲まない私達には遠い食材な気がする。

『その“くんせい”っていうものにしたら美味しいでしょうか』

 バロメッツの燻製か。

「保存食としては美味しいかもしれませんね」

 燻製器か。チップもないといけないから今すぐには無理だろう。

「燻製器をつくって、バロメッツが手に入ったらやりましょうか」

『はい』

 その時はシルキーさんには酒でも出してあげよう。

 そんな事を思いながらも完食した。

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