第十四章〜ローパー〜

「良いのですか?侍女のような者も一緒に座らせて」

 館の中で家政婦長ハウスキーパー執事スチュワードへと問い詰めている。

「良いのです。ご主人様への報告書にはあれが精霊様である事が書かれておりました」

「精霊様ですか!?」

 家政婦長は驚きと怪訝な顔が入り混じった複雑な表情を浮かべた。

「貴女がそんな顔をするのも無理はありません。私もパーディン様の悪戯であればと思った次第です」

 パーディン様は他の貴族や王家のように堅苦しい事はしない。良くも悪くも悪戯のような事をなさる。

 だから悪戯である事も考えた。


「しかし、その報告書に“一蹴しても構わんが責任は持てんで”と書いてありました。私達が精霊様を上手くおもてなし出来なければ他の貴族から何を言われるかわかりません」

「そうですか。では、メイド達にもそう伝えておきます」

 家政婦長はそそくさとその場を離れ、娘二人を世話するメイドの方へと向かった。

 精霊様が仕えているとは、人魚族も大きな力を得たというわけですか。

 執事はどんな情勢になるのだろうかと頭をよぎったが、自分はこの家と主に従えるだけの人間だと自分を正した。


------------------------------------------------------------------------------------------


 この街に来て五日ほど経った。

 露店場所も決まり、これから本格的に豊穣祭が始まる。

 パーディンの追加護衛が来たり、パーディン関係者は増えているようだった。

 シルキーさんは出掛けては食べ、出掛けては食べを繰り返して美味しい料理や食材を探している。

 私は迎賓館でゴロゴロしたり、ゴロゴロしてたりする。

 ただゴロゴロしているわけじゃない。

 日課のポーション作りはしているし、念のため魔術の用意もしている。

 ただ、何の魔術かは決めていないので未完成のまま置いてある。

 出費があるが、仕方が無い。

 豊穣祭が始まれば稼げるので、それまで我慢しなくてはいけない。

「しかし、お嬢のアレはホンマ効いたなぁ」

 アレというのは、栄養剤の事である。

 超栄養、高カロリー、そして最高に不味い栄養剤だ。

「毒味役がそのまま飲んで失神したけどな」

 パーディンには「不味いですよ」とは言ってあった。飲み方も「そのまま飲むんじゃねぇぞ」とも言っておいたのに、誰かがそのまま飲んだらしい。

「毒では無いので良いのですが、味はどうにもなりませんでした。しかし、忠告は聞くべきですよ」

 どうも毒味役が倒れ、毒じゃないのかという疑いがあったらしい。

 毒味役は生きているうえに、起きた後はいつも以上に元気になったとか。

「まぁ、あれは事故みたいなもんや」

 まさか不味いのを知っていて部下に飲ませたのではあるまいな。

 私は疑いの目でパーディンを見る。

「事故やって。せや、冒険者登録したんなら一度依頼受注したらどうや?」

 話をそらされたようだが、一理ある。

 どうせ一度は依頼を受けないといけない。

 それに、私としては薬草が欲しいので常時依頼を出したい。

『お嬢様、失礼いたします。今回の成果です』

 どうやらシルキーさんが帰って来たようだ。

 シルキーさんは私の前にあるテーブルに食料をズラリと並べる。

 今はまだすぐに食べられるものしか買わないように伝えてあるが、豊穣祭が始まり次第日保ちするものを買うだろう。

「大量やな。こんなん毎日食べてたら太るわ。ワイも一本もらうで」

 パーディンは串焼きをヒョイと掴んでは食べた。

『お嬢様は常時お美しい姿です。お太りにはなりません。あっ!それは――良いでしょう』

 パーディンが食べた物はハズレか。

 パーディンの顔がみるみるうちに怪訝な表情になっていく。

「何やこれ。不味いな。噛めば噛むほど中から秘めた不味さが口の中に広がって……最悪やな」

『亜竜の肉だそうで、ここに来るまでに襲われ、倒してやったから焼いてみたと』

 竜か。異世界っぽいな。どんなものだろうか。会ってみたい。

「もしかしたら血抜きとか上手く出来てないのかもしれませんね。それに一発で仕留めたわけじゃないでしょうから酸素を使い乳酸が溜まり、味も落ちたのでしょう」

 狩猟なら一発で仕留めた方が美味しい。

「亜竜でも何人かで倒すようなモンやからな。一発は無理やろ」

「それなら眠らせて、落ち着いてから首を落とす方が良さそうですね」

 薬物を使ってからそれを食すのはこちら側の身体ダメージを考えると良くないのだけれど、そこまで不味いならそうせざるを得ない。

 そもそも食べるのに向かないのではなかろうか。

「変なモンで腹を膨らませてしまったわ」

『自業自得です。お嬢様、こちらの貝は美味しいですよ』

 シルキーさんが長細い貝を差し出したので、手に取ってみる。

 ムール貝のようだ。中には貝と葉物野菜が蒸されてある。

 食べてみると酒蒸しのようになっていて、しっかりした歯ごたえだが、噛むと貝の旨味成分がしっかり出て美味しい。

アルコールはワインですかね。美味しいですね」

『ワインを蒸発させて作る調理方法があるとは思いませんでした』

 ワインは元々香りが良いから、しっかりと料理に香りが移るのが強みだ。

 繊細な料理だと扱いが難しくなるのが欠点だけれど。

 まぁ、私としては酒類がそんなに好きでは無いので何とも言えない。

 料理に舌鼓を打ちながら、シルキーさんに冒険者組合ギルドへ行く事を伝える。

「薬草の依頼を出すのと、何か依頼をこなそうと思いまして」

『そうですね。一度依頼は受けなければなりませんし、良い機会だと思います』

 豊穣祭が始まってからだとこれ以上に人が多くなりそうなので、今のうちに依頼をこなしておきたい。

 しかし、薬草の依頼を出すにしても報酬の相場がわからない。

 組合で相談するしかなさそうだ。

「面白そうやから、ワイも行くで」

『貴方は来なくてよろしいです』

 シルキーさんはきっぱり拒絶したが、パーディンは付いて来るようだ。

「ランクも十位階ですし、そんなに面白いものはありませんよ」

 最低ランク冒険者なのだから、そんなに面白い依頼は無いだろう。

 ドブさらいとかだろうか。

 それならシルキーさんがいるから風の力でどうにか出来そうだ。

「組合の規則やから何も口を出せんけど、お嬢が十位階なのはおかしいやろ」

 私としては冒険者登録は通行証の代わりなので十位階だとかはどうでもいい。

『それは私も同感ですね。お嬢様ならもっと上でしょう』

 君たち、通行証にランクはいらないのだよ。

 そこをわかって欲しいのだけれど。

「とりあえず、食べたら行きますよ」


    ◆

 街へ出るとなると馬車となる。

 そう。貴族ランクのこいつがいるからだ。

「いやぁ、流石に単独行動は無理やからな」

 お前。お前のせいで吐きそうだぞ。

 胃の中のムール貝をブチ撒けてやろうか。

 冒険者組合の目の前で降りた時は目立った。

 顔面蒼白乙女に注目を浴びせるなんて極悪非道じゃあありませんかね。

『大丈夫ですか?』

 口から「大丈夫」と言いたいが、違うものが出そうなので頷くだけにした。

 早く組合に入って休みたい。

「お邪魔しまーす」

 馬車は御者に任せて組合の扉を開ける。

 何人かのヒトから「魔女だ」と言われるが、私は気にせず受付へ向かう。ゴブリン騒動を知っている者達だろうが、やめて欲しい。

 相変わらず背の高いカウンターに手を乗せ、アピールをする。

 隣にパーディンがいるからやらなくても良かったが、やらないとパーディンと話しているようになりそうだ。

 存在アピールをしなくては。

「すみませーん。依頼をお願いしたいのですが」

 受付のお姉さんが返事をしてカウンター前まで来てくれた。

 ありがたいサービスだ。

 サービスがあるなら台でも置いておいて欲しい。なんなら私が作るか。

「依頼として品質の良い薬草が採れたらいくつか私に回して欲しいのですが」

 私は紙を出し、ポーション用薬草のスケッチを書く。

 採取から何日経ったか、葉全体があるか、伸びきったものじゃないかなど色々注文をつける。

「これに当てはまるものがあれば私が欲しいのですが」

「そうですね。これなら新人冒険者に条件を出せば採って来て貰えるでしょう。取引仲介手数料はかかりますが、よろしいでしょうか」

 手数料はしょうがないので、銀貨二枚ほど渡す。

「これで貰えるだけ欲しいですね。そうだ、私も冒険者ですけれど、依頼をしても大丈夫ですか?」

 新人冒険者にどうこう言っていたが、私も新人冒険者だ。

 もし冒険者が依頼出来ないとなるとパーディンに代行してもらうしかない。

「大丈夫ですよ。ただ、自分で出した依頼を自ら受ける事は出来ません。組合員の証明をお預かりしますね」

 身分証となるドックタグを渡すと受付嬢は書類に色々と書き込んでゆく。

「報酬はどうなされますか?この銀貨の中から出す事も出来ますが、物品での報酬もありますよ」

 報酬かぁ。それが一番問題となる部分だ。

 金銭でも良いが、物品での報酬なら現金が減らないというメリットがある。

 薬草の依頼を出して、その薬草でポーションを報酬として出しても良い。

「依頼をこなした数で報酬を変える事は可能ですか?」

「珍しいですね。出来ない事はありませんが、揉め事になる可能性もありますよ」

 薬草が少ない枚数なら金銭で、多いならポーションで払おうかと思ったが、トラブルの元らしい。

「あれが欲しかっただの、これが欲しいだの言う輩がいますので」

 ヒトは強欲だからな。仕方がない。

『お嬢様、ならば選択させてみては如何ですか?どちらを選ぶかは依頼を達成者に任せれば良いのです』

 それもそうか。

 別に報酬を限定する必要性は無い。

 自ら選んだ報酬を手にすれば良いのだ。

「では、最低枚数が十枚として、報酬は硬貨、下級ポーション(可)、魔術札のどれか選べるかたちでお願いします。硬貨での相場はいくらですか?」

「わかりました。相場としては薬草十枚で銅貨二枚ですね」

 安いな。十枚で銅貨二枚なら内職の方が稼げる気もする。

「安いですね。なら、銅貨三枚でお願いします」

 鮮度が良いものを取って来てもらうのだから、それぐらいは報酬として良いだろう。

「この内容でよろしければサインをお願い致します」

 書類には私が注文した内容が書いてあり、報酬も記載された。

「冒険者としてランクの低い部類ですから、それに銅貨二枚もあれば食事にありつけます」

 危険度としてリスクが高いと思うのだが、良いのだろうか。

 サインを終えるとドッグタグを渡される。

「これで完了です。他に何かありますか?」

「では、十位階で何かオススメの依頼はありますか?」

 質問を質問で返すようで悪いが、何か良い依頼があればそれを受けたい。

「そうですね……ランク九位階になりますが、ローパー討伐などはどうでしょうか」

「十位階でも九位階の依頼を受けられるのですか?」

 一つ上のランクを受けられるようならランク上げが進みやすくなるのではなかろうか。

「複数人――パーティーでなら一つ上ランクの依頼は可能です。そちらの方も冒険者でしょうし、同時に受けるなら大丈夫でしょう」

 シルキーさんの首にかかったドッグタグを見て、受付嬢は仲間だと判断したようだ。

「ワイも行くから大丈夫やろ」

 背の高いイケメンが一緒なら大丈夫。

 そんな事は無いとシルキーさんが一喝した。

『貴方は別に役に立たないでしょう。私がいればお嬢様を守れます』

 いや、守られるほどじゃないのだけれど。

「三名もいれば平気でしょう。ローパーの討伐証明は目玉となります。また、眼玉は素材になりますのでこちらで買い取りが可能となります。失敗の違約金は発生しませんが、報告はお願いします」

 討伐証明は目玉か。――というよりも、ローパーがどんな生物か知らない。

「二人ともローパーについて何か知ってますか?」

「岩に一つ目と巨大な口が開いておって、ロープ状の複数の触手がついた魔物やな。危険性が少ないが、色々と邪魔になるんで駆除するんが普通やな」

 岩かぁ。寄生鉱石として精霊喰いエレメントイーターが印象にあるから岩系と言われたら、あまり良い印象が無い。

「危険性が無いなら良いかぁ。その依頼を受けます」

「わかりました。では、討伐数は最低一体、討伐証明部位は眼となります。場所は裏門から出て、海の方へ向かって下さい」

 裏門からとなると、私達が来た道か。――となると村の方へ向かえば良いのか。

「ワイの馬車を貸そうか?」

 パーディンが提案をしてくれるが、断る。酔って気持ち悪くなるうえに歩くスピードと大差ない。

「遠慮しておきます。ここ何日かで作った試作品を使いたいので」

 そう。ただゴロゴロしていたわけでは無い。自転車みたいなものでも作ろうかと思って作ったものがある。

「シルキーさんに手伝ってもらわなきゃいけませんけどね」

『お嬢様のためならばいくらでも』

 シルキーさんから了解を得たのでやってみようか。

「では、行ってきます」

 受付嬢に手を振って組合を出た。



    ◆

 結論から言えば失敗した。

 別に依頼に失敗したわけではない。

 自転車作りに失敗したのだ。

 構造や仕組みが理解出来ていても失敗はする。

 なので、分解して一輪車にしてみた。

 童女と言ったら一輪車だろう!!

 世の中の童女よすまない。過言でしかなかった。

 一輪車は出来た。

 だが、移動手段としては成り立たない。

 それで横二輪でリアカーのようにして、形は船のようにした。

 実際それにマストをつけ、風で進むようにした。

 私とシルキーさんだけではそんなに体重がかからない。成人男性一人分にも満たないだろう。

 風で前進するような仕組みだ。

 風速五十メートルもなくて大丈夫なはずだ。

 そんなに出したら私達が吹き飛ばされて、台風被害のようにヤバい事になりそうだ。

 肝心の帆はロックボアの毛皮を売った店で見繕った。

 ロックボアの皮は高値で売れ、頑張って金貨一枚まで引き上げた。

 毛皮というより、岩並みの硬さを利用して皮の防具となるらしい。

 もし毛皮として売るなら一角兎の方が良いらしい。

 そこで手に入れた皮を使い、帆として利用した。

 私がガソリンエネルギーでシルキーさんがエンジン機動力となる。

 パーディンは自分の馬車で行くと言っていたので、自分たちは先行して進む事にした。

 ローパーは村方面ではなく、もっと南の方角にいるらしい。

 まぁ、村方面ならば私達が遭遇したはすだ。それに、海に近い村の人々が困るだろうから早々に討伐されているはずだ。

 なので南の方角へ舟を向け、シルキーさんに魔力を流して風を送ってもらった。

 そこでの失敗である。

 まず舟の帆で進むので、舟のバランスを考えなくれはいけなかった。

 舟は進むには進んだのだが、後方が引き摺られ大破した。

 そして車輪がバランスと道の悪さに耐えられずに吹き飛んだのだ。

 海の目の前まで来ていたので良かったが、帰り用には完全に使い物にならなくなった。

『帰りはパーディンに乗せてもらうしかありませんね』

 シルキーさんが大破した舟の破片を一箇所に集め、そこに私が火をつけた。

「リアカーより駄目でしたね」

 前に作って壊したリアカーの方がバランスとしては良かった。私がはしゃぎすぎて壊してしまったのだけれど。

 今回はスピードの出しすぎは無かった。

『車を帆より後方に付けるか、四つ付けるかしないといけませんね』

「あとは車軸と車輪を鉄製に変えるかですね」

 そもそもの問題だが、道が悪い。

 日本の田舎ですらまともに見えるほどだ。

 言ってしまえばわだちがる獣道のようなものだ。

 変に轍があるせいで車輪がとられて運転し辛い。

 体重を左右にかけたら横転するほどで、ボブスレーで綱渡りをしているようなものだ。

「とりあえず、ローパーを探しますか」

 焼き払った地面を靴でならして、海のある方へと向かった。

 岩部に打った波が陽を反射してキラキラと辺りを照らす。

 私と同じ背丈の円錐形の岩がいくつも並び、波飛沫を浴びていた。

『お嬢様、あれがローパーです』

 シルキーさんが指差す円錐形の岩を見るとギョロりとした眼がこちらを向いていた。

「あれが……ローパーか」

 パーディンによると大きな口があるらしいが、私から見たら口というより穴が目の下に空いていた。

 触手で獲物を捕食するためにあるなら微妙な位置だ。

 しかも歯が見当たらないので飲み込んでから溶かすタイプかもしれない。

 そうなると結構厄介な生物な気がするのだけれど。

 危険度が低いだとか嘘ではなかろうか。

 いきなり嘘の情報を掴まされたとかあるだろうか。

「本当に危険性が無いんですかね。アレ」

 ローパーは水飛沫をバックに円錐先から触手を出している。

『ローパーはヒトを食らうほどでは無いらしいです。食べても海鳥ぐらいで、人に害を与えるのは船底に付着すると船の速度が鈍り効率が悪くなってしまったり、触手の毒でしびれたりするぐらいだそうです』

 海水浴場のクラゲみたいな扱いだろうか。

 しかし船底に付着するなんて、まるでフジツボだな。

 フジツボ。実は甲殻類。フジツボ亜目に分類される。

 それまでは貝の仲間だとされていたらしい。

 体の構造が他の甲殻類とは大きく異なるので、確かにそう分類してしまうのも無理はない。

 甲殻類なのでフジツボは脱皮する。殻の内部の蔓脚まんきゃく――脚や外套は成長に応じて脱皮して殻の内部から外に出される。

 また雌雄同体である。つまり雄であり、雌である。

 薄い本の格好の餌食じゃあないか?フジツボ。

 マニアックすぎるか。

 薄い本関連で言うならばフジツボは生殖器が長い。

 フジツボは雌雄同体であるが、自家受精――自分単体で受精することはほとんどない。全く移動しないのだから仕方がない。

 そのため、隣のフジツボに精子を送り込み受精させる。

 人間で言ってしまえば自分の家にいながら、隣の家の幼馴染を妊娠させてしまうようなものだ。

 ムードなんてものは微塵もない。

 興奮もしない。何だその需要のなさそうな薄い本は。

 フジツボだ。

 さて、フジツボではなくローパーはどうなのだろうか。

 シルキーさんが「触手の毒」と言っていた。

 フジツボに毒は無い。

 毒のある触手と言ったらイソギンチャクだ。

 イソギンチャクはフジツボと違い、サンゴに近い。

 しかし、フジツボのように固着しない。移動が可能なのだ。

 そして触手。イソギンチャクは餌になる小動物が触れた場合には、触手がそれに触れて餌が毒で麻痺してから、口に運んで丸のみにする。

 一方フジツボは濾過摂食ろかせっしょくであり、触手やエラなどを用いて漉し取るこしとるように餌をとる。

 意外とジンベエザメ、マンタ、シロナガスクジラなど、大型の海棲生物のなかにも濾過摂食によってとるプランクトンを主たるエネルギー源としているものが多い。

 だからローパーもそうかと思ったのだけれど、実際はわからない。

 イソギンチャクは海中にいるわけで、海から陸へ上がる事は無い。

 一方、フジツボは陸でも生息する。

 生息すると言っても海が引き潮となり、上がってしまった場合だ。基本は海と隣接する場所にいる。

 たまに岩場の潮だまりとも呼ばれる場所付近ではフジツボもイソギンチャクもいたりする。

 さて、外見からの考察はこれで終えるとしようか。

「どうしましょうか」

 討伐方法はまだ考えていなかった。

 出来ることなら綺麗に倒して解剖してみたい。

 中身を見て判断したいものだけれど、出来るだろうか。

 外見が岩なのだ。

『私の【エアーハンマー】で倒しましょうか』

 シルキーさんが提案してくれるが、【エアーハンマー】で殴ったらボコボコになって解剖どころじゃなさそうだ。

 こういう時に私のチートステータスが役に立たない。

 消し炭か細切れかそんな結果にしかならない。

 シルキーさんが提案してくれた案の方が断然マシなのだ。

「うーん。とりあえず手当たり次第にボコりましょう」

 私は考えるのを止めた。

 幸いにもローパーの数は多い。

 ボコボコにして運良く解剖出来そうな個体を探そう。



    ◆

「その結果がこれってわけやな」

 パーディンが到着したので説明をしたらそう返って来た。

 辺りには岩の残骸がバラバラに転がっている。

 三十体あたりになってやっと加減が出来て真っ二つに割る事が出来た。

 なんとか力尽くで叩き割った。

 結果としては魔物らしいがフジツボの仲間じゃないかと思っている。

 口とされていた部分は肛門であった。

 目玉はちゃんと目玉で、機能はしているようだった。

 しかし目玉をくり抜くと中身の大半が一緒に取れるので、絶命する事がわかった。

 普通の冒険者なら目を狙い、目玉くり抜いて討伐するのだろう。あんな岩をたたき割るなぞ正気の沙汰では無い。

 濾過摂食であるフジツボが鳥を食べるのはおかしいという点は、そもそも濾過摂食でないと判断した。

 地球でもケンミジンコ類などは摂食用の足に多数の棘状の毛を持ち、これを使って濾過摂食するものと考えられていた。しかし、あまりに小さいため、濾過の形で餌を捕らえるのは無理と判断されている。

 濾過するのではなく、つまみ取るようにして食べているらしい。

 ローパーはその方法を採用したとしている。

 だからこそ触手に毒があると判断した。

 甲殻類で毒がある生物はいる。スベスベマンジュウガニが良い例だ。

 スベスベマンジュウガニは美味しそうな名前をしているものの、体内にはフグ毒に近い毒を持っているので、煮ても焼いても食べられない。

 また、ヤシガニは食べたものによっては毒を蓄えることがあるという。

 本当の口は触手の奥であり、そこはイソギンチャクのような構造になっている。

「で、何をしようとしてるんや?」

 私達は火を焚き、お湯炊いている。

「いや、フジツボの仲間なら食べられると思いまして」

 フジツボは美味しい。

 触手の毒は麻痺毒らしいので、死にはしないだろう。それに私は【毒無効】スキルがあるので平気だ。が、シルキーさんが食べられるかはわからない。

 まず私が毒味しようという事で、お湯にローパーを入れている最中だ。

 岩――殻の部分は面倒なので、中身だけを湯がいている。

「ローパーを食うなんて聞いた事ないで」

 パーディンは呆れ顔だが、せっかく【毒無効】、【悪食】スキルがあるのだから食べてみる方が良い。

 そもそもフジツボは美味しいのだから。

「実食!」

 まずはエラのある方――触手とは真逆の方から齧りつく。

「美味しいですね。茹でた蟹っぽいです。流石は甲殻類ですね」

 次に触手を齧る。

「あっ。これは毒ですね」

 すかさず【毒無効】スキルが発動するのがわかる。

 触手は茹でても駄目らしい。

 ――という事は、触手を追っていった中身も駄目そうだ。

「やっぱり。外身は食べられますが、触手の根本は駄目ですね」

 河豚フグじゃないが、調理するには免許が必要になりそうだ。

 少量なら舌が痺れるだけだが、結構な量を食せば倒れる可能性がある。

 不溶性のようだからスープとしてなら大丈夫だろうけども。

 シルキーさんに食べられる部位に魔力を流して渡す。

「パーディンさんも食べます?」

 食べられる部位をちぎって渡そうとしたが、パーディンは首を振った。

「いや、ワイは遠慮しとくで」

 苦笑いをしながらシルキーさんが食べている様子を見ている。

『これは……なかなか美味しいですね。肉厚でフワフワとした食感。味も良いです』

 シルキーさんとしては有りらしい。

 パーディンとしては食わず嫌いと言ったところだろう。

 私ほどの大きさのローパーでも食べられる部位は少ない。

 私とシルキーさんの一食分にしかならない。

 まぁ、フジツボもあまり食べられる部位は少ないのだから普通か。

 フジツボのように殻ごと調理出来ないのは面倒だ。

 殻を利用した蒸し料理のような事が出来ない。

 殻を破壊し、毒を取り除いて食べるなんて普通じゃないのか。面倒が過ぎる。

 しかし私は日本人。普通に食べたら死ぬ河豚フグを食べ、毒があるとわかっている卵巣をふぐの子糠漬けとして食べるという気の狂った民族だ。

 毒を取り除いて食べるなんて普通の内だろう。

「そういえば、ローパーの外殻は装備品にならないのですか?」

 中身は食べられても外殻は食べられない。

 なら装備品にはどうかと思っている。

「うーん。岩やから硬いんやろうけど、柔軟さが足りんやろなぁ。曲げる事が出来ないんは防具として辛いやろ」

 確かに。だったらロックボアの方が良い。

 ロックボアの皮はなかなか硬い。岩のように硬いとまではいかないが、毛皮まで含めると結構な硬さまでいく。

 実は毛というものは結構硬い。

 男性のヒゲは黄銅と同じ硬さとまで言われている。

 そうなると五円玉は黄銅で出来ているので、五円玉と同じ硬さと言える。

 爪も髪の毛もケラチンという物質なので硬いのも頷ける。

 なのでロックボアもなかなかの強度がある。

 所詮毛なので湯煎されてしまえば強度は下がるのだけれど。

 それでもロックボアの方が加工はしやすい。

 ならばと魔法の【魔力紡績】で魔糸を作り出し、外殻を紡ぎ合わせる。

 硬くて所によって脆いので、難しい。

 脆い所は砕いてゆき、硬い破片の際に穴を空けて縫っていく。

「器用なもんやな」

 私が縫っている様子をパーディンが眺める。

 私としては器用貧乏な立ち位置だと思う。

 取り敢えず形は鎧のような風貌にはなった。

 もちろん私が装備出来るような大きさでは無い。

 私が着たら着させられている感じになっているだろう。

 パーディンに着せるには良い感じの大きさだ。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 突然、あたりに悲鳴が響いた。

 別働隊としてパーディンの護衛がローパーを個々に討伐していた。

「殿下!護衛隊の一人がローパーに捕獲されました!しかも、ローパーの変異種のようです」

「殿下呼びはやめろや。……って、変異種やと!?」

 変異種か。突然変異して生じた種。

 普通の突然変異ならアルビノなどだろうが、魔物モンスターなら何がどう変わるかわからない。

「お嬢、手伝って欲しいんやが」

 私は頷くと護衛隊の捕獲された場所へ向かった。

 向かった先にローパーがいて、護衛隊の一人が触手に絡めとられていた。

「状況は?変異種です。触手には麻痺毒以外に溶解液があるようでして」

 触手に捕獲された護衛の装備がみるみるうちに溶けていく。

 ヌルヌルとした触手に上腕二頭筋。腹筋。大腿直筋。鍛えられた様々な筋肉が露わあらわとなっていく。

 あれ?こういうお約束って普通は可愛い女の子相手だよね?

 おかしいな。イケメン細マッチョの筋肉裸体を映す場面シーンじゃないよね。

 このメンバーではシルキーさんは人形であり、自分で言うのもアレだが私しか美少女しかいない。

 これは「良い身体してるじゃねぇか。ぐぇへっへ」とかノリで言う場面なのか?それを言ったら私は何か失うぞ。

 そっとシルキーさんの手によって視界が覆われる。

『お嬢様には汚いものは見せられません』

 辺りに風の音が響いてから鈍い音が聞こえた。

「解剖は出来そうですか?」

 視界が覆われたままシルキーさんに問うた。

『無理ですね』

 変異種だから硬さとかに少し期待したのだが、無理なようだ。

 変異種であって上位種では無いので外殻の強度は変わらないようだ。

 私は肩を落とし、シルキーさんの手が退くのを待った。


    ◆

 変異種は麻痺毒とアルカリを出すようだ。

 最初は酸かと思ったが、アルカリだったようで皮膚の表面や髪の毛が少し溶けたぐらいで済んだ。

 解剖は無理だったが、バラバラになった内臓を繋ぎ合わせてみた。

 胃のようなものが大きかったが、大した差は見られなかった。

 一瞬見た外観では肛門が大きいぐらいの差だった。

 やはり大きなものを食べるという事で肛門が大きいのだろうか。

 溶かして食べるにしても新陳代謝による排泄物が多いのかもしれない。

 護衛隊の一人は魔法鞄の中にあったお酢をかけ、水で洗い流した。

「何でビネガーなんかかけたんや?」

「そりゃ人魚ですし、下拵えしたごしらえですよ。あ、冗談です。そんなドン引きしないで下さい。溶解液はアルカリ性でしたので、酸性のお酢で中和させるためです」

 酢酸なら大した被害にはならない。

 ただお酢臭いだけだ。

 中和についてはパーディンに後程説明した。

 もっと強い酸性のものだと、傷口などあればめっちゃ痛い。

 小さなささくれでも痛い。

 まぁ、強アルカリを受けていたようなので痛みは変わらないだろうが、酢酸で少なからず中和できれば良いだろう。

 海水はアルカリ性だから海水で流すのもどうかと思ってローパーを茹でていたお湯で流した。

 護衛隊の一人はお酢とローパーの出汁で良い香りをさせている。

 肉食系魔物がいたら食欲そそる事だろう。

 その護衛はローパーの外殻で作った鎧を着ている。

「ホントにエエんか?」

 装備の代金を払うと言われたが、別にどうでも良かったので断った。

「ええ。やる事やったので帰りますか」

 無事、護衛も救出したので帰ろうとしたが、嫌な事を思い出した。

『お嬢様、馬車に乗せてもらいましょう』

 そう。舟は大破したのだった。


    ◆

 胃の中にあるローパー。揺れる馬車。無駄に食欲のそそる匂いをする護衛。

 全てが混じり、私の吐き気をカンストさせた。

 街に戻るまで二回ほど胃の中のローパーをローパーしてしまった。

 もうね、涙目よ。

 早急にサスペンションを作って馬車へと取り付ける覚悟を決めた。

 ゴブリン騒動が終わり、「もう馬車になんて乗らないだろう」なんて考えが甘かった。

 あれから三回乗っている。

 もう気持ち悪い思いは嫌だ。

 街に着いて、門を過ぎたあたりで直ぐに馬車から降りた。

「もうエエんか?」

 その質問の応えには右手を上げるしか出来なかった。

 指先から血の気が引き、嫌な汗が出ている。

 これ以上馬車に乗っていたら街中でローパーをローパーする。

 フラフラと歩いて道の端へ行き、椅子のある場所を見つけてすがりついた。

『お嬢様、今にお水を持って参りますので』

 目の端でシルキーさんが立ち去るのが見えた。

 項垂れ、真っ白に燃え尽きた姿で待つしかなかった。

『お嬢様、お水でございます』

 シルキーさんが持って来た水を受け取り、胃の中へと流し込む。

「ありがとうございます。少し楽になりました」

 大して冷たくもない水なのに空になった胃の中に冷たく広がるのがわかる。

 口の中にあったネバつきも無くなりスッキリとした。

「毒は効かないのに三半規管が弱くて吐くとは」

 あー。子どもの頃に車で酔った記憶がよみがえる。

 冷え切った手先に温かみが戻ってくる。

 もう夕暮れか。

「夕飯でも買って帰りましょうか」

『もう大丈夫なのですか?』

 私は頷いて椅子から立ち上がる。

 銅貨を一枚この椅子の持ち主に渡して街道へ戻る。

 胃の中には水しかないのでお腹が空いたとは言える。

 食欲はまだ無いのだけれど。

 露店を見ながら使えそうな食材を物色する。

 そんな中から魚屋を見つけた。

「あっ、テュンヌだ」

 テュンヌはマグロだ。パーディンがそう言っていたのでこちらのマグロの事だと知った。

「おっ、お嬢ちゃんテュンヌなんてよく知ってるね。漁師様のお子さんかな?」

 魚屋のおっちゃんが私の独り言に応えてくれた。

「知り合いから教えてもらったんですよ」

「へぇ。マグロをテュンヌなんて言うなら、その知り合いの子が漁師様の子かね」

 ん?今マグロって言った?

 私の頭の中で様々な仮定が渦を巻く。

「あの、マグロって……」

「嗚呼、漁師様とか人魚様はテュンヌって呼んだりするんだよ。俺らはマグロって言うんだ」

 普通にマグロで通じるだと……。漁師言葉ってヤツか。

 え?アレか!?イルカの使う言語には方言があるってヤツか!?

 イルカ同士でも話が通じないと聞く。

 クソっ。やってしまった。

 大学入って横文字で「レジュメ」とか「アジェンダ」とか使って話すが、自分以外誰一人使わず変に恥ずかしくなっちゃうヤツじゃないか。しかも教授にすら「なにそれ?」って言われてしまう始末。

 なんて事だ。これでは魚屋にイキリ出た可哀想な子じゃないか。

 くそう。後でパーディンをブッ飛ばしてやる。

 八つ当たり?それでも良い。やってやる。

 私はマグロを二切れ買って帰った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る