第十一章〜トレント〜
「う〜ん」
旅の二日目、明け方にトイレで起きた。
どうも成人男性と童女では膀胱の大きさに差があるらしい。
また、最近涼しくなっているのも原因の一つだろう。
家でも夜中にシルキーさんと出会す時がたまにある。
今回は旅の途中なので慣れない環境という事もあったのだろう。
テントを出るとシルキーさんが朝ご飯の準備をしていた。
精霊の朝は早い。
早いというよりも睡眠をあまり必要としないらしいので、時間を持て余したのだろう。
家から持って来た本はあるが、一晩読書も疲れるだろう。
だから身体を動かす料理に移行したのだと思う。
『あら、お早う御座います。まだ朝餉の準備は出来ておりませんが』
私に気付いたシルキーさんが丁寧にお辞儀をした。
「お早う御座います。トイレで起きただけだから、急がなくて大丈夫ですよ」
ボーッとした眼でそう答えると、シルキーさんは水の入った瓶と布を持ってきてくれた。
当然ながら水洗トイレも何も無い場所なので、少量の水で洗うしかない。
紙で拭く事も出来るが、ゴワついた紙を使うより水で洗った方が良い。
森の入り口まで行き、軽く穴を掘って用を足す。
水で洗い流して水を布で拭き取る。
軽く寝ぼけているのに、この行動が出来るのはこの身体に慣れた証拠だろう。
慣れる事で環境に適応出来るのだから生物とは凄いものだ。
そんな記憶を持って童女になるとは思わなかった。
トイレをした穴は埋めておく。
真っ暗だったのが、ぼんやりと明るくなって来た。
関東出身だったので海の方から日の出が見えるのは新鮮だ。
今日対岸まで歩けば明日にはパーディンと合流出来るだろう。
私は帰ろうと振り返ると、そこには朝日に照らされる一本の木が佇んでいた。
◆
お嬢様はトイレで起きたとおっしゃっておりましたが、もう一度就寝なさるのでしょうか。
そうなると料理を完成してはいけませんね。
温めてなおす事は出来ますが、完成した時点で食べてもらいたいものです。
「シルキーさん!」
お嬢様が慌てた様子で走ってきました。
手には赤い実がありますね。
「シルキーさん!リンゴ!林檎を見つけました!」
どうやら赤い実はリンゴというものらしいです。
「熟してるから美味しいと思うのだけど、何か違和感があるんですよ」
お嬢様はリンゴを三つ置いて、首を傾げる。
私はリンゴを手に取って見てみるが、違和感など感じません。
『私にはわかりませんね』
元に戻して、お嬢様の前に並べてみる。
お嬢様が「あっ!」と声を出してリンゴを横に回転させる。
「同じだ」
それはそうでしょう。なにせ同じリンゴなので、他の木の実にはなり得ません。
「違いますよ。この形、色合い、三つ全てが全くもって同じなんです」
そう言われて見ると実から出ている枝も同じ角度ですね。
「クローンだろうか」
横でお嬢様がブツブツと何か分からない事を呟いています。
確かにここにある三つ全てが同じというのはおかしいですね。
私は製作者様の本の内容を思い出す。
『製作者様の本に何か手がかりでもあれば……あ!』
私はトレントという魔物の項目を思い出しました。
『お嬢様。それはトレントという魔物の実です』
「トレント?」
お嬢様は首を傾げる。
「確かトレントって木のお化けみたいなヤツじゃなかった?」
お嬢様は博識でいらっしゃる。
『そのトレントです。今はトレントの繁殖時期のようです』
お嬢様はリンゴを指で突くとリンゴが抵抗なく転がる。
「全然魔物っぽく無いのだけれど」
お嬢様はリンゴが口を開けて噛みつくとでも思っているのでしょうか。
『トレントの実を食べるとトレントになると言われているそうです。まだ実の状態なので動きもしません』
お嬢様は切ない顔になり「食べられないのか」と小さく呟き落胆したご様子。
『鳥などに食べさせて増えていくようです。トレントは繁殖期意外は凶暴で、様々な生物を襲うようです』
確かにトレントと冒険者らしきヒトが戦っている様子を何度か見た事がありますね。
冒険者十人ぐらいでやっと倒すぐらいなので、元々のステータスがヒトより高いのでしょう。
「なんと賢い生き方なんでしょう」
賢い?賢いというより卑怯だとか、ずる賢いと思いましたが。
「シルキーさんは嫌そうな表情ですね」
私の微かに出た表情を読み取ってお嬢様はニヤリと笑った。
『普段から力があるのに、繁殖は寄生するだなんて卑怯だと思いまして、好感は持てませんね』
私は卒直に嫌悪感を露わにした。
「正義感というヤツですね。しかし、生物は生きるか死に絶えるかの二択なので卑怯と言ってはいられませんからねぇ」
それは理解してはいます。理解してはいますが、納得してはいません。
やはりトレントは、あまり好きになれませんね。
◆
シルキーさんは難しそうな顔で腕を組んでいる。
理解しているが納得していない。という顔だ。
私としては寄生生物は効率の良い賢い生き物だと思っている。
しかし、卑怯だとか他に寄生先に頼り過ぎだとか良いイメージは無いだろう。
まぁ、シルキーさんの中でトレントの印象は良くないだろう。
シルキーさんは『トレントの実を食べるとトレントになる』と言っていた。
それは寄生先を乗っ取るという事だろうか。
となると、ロイコクロリディウムという吸虫がカタツムリに寄生するという乗っ取り方法ではなく、エメラルドゴキブリバチがゴキブリに卵を産み付け、宿主を幼虫の餌にするタイプの乗っ取りか。
寄生した先を殺して成り代わる――いや、成るというタイプは多い。
では、このリンゴは寄生生物ではなく、卵という事か。
シルキーさんの話でも「繁殖」と言っていたので一致する。
さて、トレントは植物か否か。
寄生するのは動物だけではない。寄生植物もある。
例えば世界最大の花「ラフレシア」だ。東南アジア
ラフレシアは人気ゲームなどにもモデルとして出てくるので知っている人も多いだろう。
香りで知られる
半寄生植物は葉緑素を持ち光合成によって炭水化物を自分で合成する。全寄生植物は葉緑素を持たず光合成をしない。栄養を完全に寄主に頼るものを言う。
もしくは冬虫夏草のような虫に寄生するキノコ類か。
冬虫夏草は希少で高値で漢方薬の材料として売られている。そんな冬虫夏草だが、五百種ぐらい発見されているが、その中の四百種は日本で発見されているらしい。
さて、話は戻るが、トレントは植物か菌か虫か、はたまた魔物か。
家にあるマンドラゴラは植物だが、魔物かどうかは分からない。マンドラゴラ自体の数が少なく、わかっていないという。
魔法は使っていたが、超的変異をするかどうかはわからない。
それは製作者様もわかっていないようで、何も記述が無かった。その代わりにマンドラゴラで作る媚薬のレシピがあり、私に飲ませようと思っていたようだ。
それを読んだ私は正直、製作者様の墓を壊そうか迷った。
生きている姿は見た事は無いが、ロクでもねぇヤツだとは思っている。
しかし、皮肉にも転生先を作っていただいたのだから馬鹿には出来ない。
しかも多量の異世界情報を書き連ねたのだから凄い事ではある。ただ、セクハラはいけない。
閑話休題。
さて、話は戻るがトレントは寄生となると宿主に依存する事になるが、シルキーさんの話では『トレントになる』という事なので依存ではなさそうだ。
そう。成り代わるかのようにトレントに――成ると考えて良いはずだ。
私は林檎を【魔眼】で見てみる。
リンゴの芯――種がある付近に魔力の塊がある。
この魔力の塊がトレントの種と考えて良いはずだ。
もしかしたら種さえ除けば、周りは食べられるかもしれない。
私は魔法鞄から小さな籠を取り出した。
『何ですか?』
「ネズミ取りぃ〜」
昔の猫型ロボット声を真似してみた。
シルキーさんに伝わらないネタなので頭上にハテナマークが浮かんでいる。
「ネズミ取りでネズミ――小型齧歯目を捕まえて、この林檎を食べさせます」
まず、果肉を食べさせて二時間放置。変化が無ければ種を食べさせて二時間放置。
最初の時点でトレントになってしまえば果肉すら食べられない。種でトレントになれば果肉は食べられる。どちらも変化しなければ迷信だったというわけだ。
種を食べてトレントになってしまう場合でもリスクがある。
私は魔力ば見える【魔眼】があるから見つけられるが、子供などが誤って飲み込んでしまった場合は大変だ。
種を吐き出させるしかない。どのくらいの時間でトレントになってしまうかわからないのが一番重要だろう。
その実験体となる齧歯類を捕まえている内に朝食としようじゃあないか。
◆
お嬢様は朝食後に罠の確認へ行きました。
私は留守番兼後片付けをしております。
湾岸沿を歩き、昨日の内に
私は精霊ですので疲れ知らずですが、お嬢様も疲れないようでここまで来てしまいました。
夜暗くなってからテントを張ったので「もう少し時間に余裕持っておけば良かった」とお嬢様は後悔していました。
二人とも夜目が効くので問題はありませんが、お嬢様としては気分的な問題のようでした。
「よくわからない齧歯目を発見しました」
お嬢様の手にはロープで捕獲された中ぶりのネズミが抱えられていました。
『眠っているのですか?』
ネズミは暴れずに抱えられ、目を閉じているようです。
「暴れたから眠らせました」
お嬢様は薬瓶をこちらに振って見せ、ネズミを檻へ入れました。
「カピバラみたいだけど、それにしたら小ぶりだ」
お嬢様が言っているのはネズミの種類でしょうか。
これで小ぶりというなら普通ならもっと大きいのでしょうか。
私にはわかりかねます。
お嬢様が作った木の檻には何やら魔力の気配がします。
『この檻に何かしました?』
お嬢様は不敵な笑みを浮かべ、トレントの実――リンゴを檻に入れました。
「齧歯目なので檻を齧られると逃げられてしまいますからね。齧られた場合に強度アップと形状変化を施しました」
お嬢様の事なので、やり過ぎないと良いのですが。
私の思っている事が分かったのか、お嬢様はハサミで檻の格子を挟んで見せる。
格子はグニャリと変形し、膨らんだ。
「噛まれても囓る事が困難な形状に変化するのと、硬化するようになっているんですよ。流石に殺したりはしませんよ。実験になりませんし」
そう言ってハサミを仕舞う。
お嬢様の事なので噛んだ瞬間に爆発でもさせそうでしたが、それは流石にありませんでした。
朝日が出て明るくなって来ましたね。
お嬢様は野営の道具を仕舞い込み、結界を壊しました。
お嬢様の結界によって魔物や野生動物が近づかない様になっています。
もし、お嬢様が就寝中に近付いて来ても私がいるので問題はありませんが、お嬢様の結界は強力なようで料理の匂いに釣られて来る事もありません。
スライムの核で作っているようで、簡単に手早く作れるお嬢様は素敵です。
「そろそろ出発しますよ」
お嬢様の号令で旅が再開します。
◆
さて二日目の旅が始まり、対岸まで来たと思ったら道を発見した。
これはヒトが作った道でも獣道でも無い。
これは、この地――元魔王領にヒトが近寄らない理由である。
元魔王領という場所の名前だけでも近寄り難いのだが、この地には魔力の道――河というべきものが存在している。
魔力の河は名前の通り魔力が流れているのだが、その魔力が厄介なのである。
渡るにも魔力の河に接すると魔力が自身に吸収される。
そうなると、接している生物の魔力がパンクし弾け飛ぶ。
その為、道のように何も生物がいない河が出来上がっている。
しかし河の縁にはお溢れの魔力が来るのか、植物が壁の様に生い茂っている。
私の【魔眼】では幅二メートル、高さ二メートルの魔力が流れている。魔力の河なので海の上をも流れている。
今回行く街も港街では無い理由の一つがこの河らしい。
パーディンから聞いた話だが、海中には影響が無いのだが、海面を渡る船には影響する。
私のように魔力の流れが見えれば良いが、普通のヒトには見えない。その為、見えないモノを避けて航海出来る筈もなく、港街とはなっていないらしい。
この魔力の河は、なんと千年前の魔王戦で出来たとか。
本当かどうかはわからない。
しかし、河の魔力は大気中の魔素へ変わってどんどん小さくなっていっているらしい。
そう製作者様のレポートに記載されていたのである程度信用は出来る情報だ。
製作者様は分岐されている小さな魔力の河を統合して大きな河にしていたという。
邪魔で小さな河が何本もあるより、大きな河が一本の方が生物が生存出来る範囲が広がる。
私が住んでいる家の周りにも河が多くあった様だが、私が起動した時には既に統合、消滅されていた。
なので今目の前にある河が初めて見たものだ。
「シルキーさんは遠くから来たのですよね?この魔力の河はどうしてました?」
ヒトがいた場所から元魔王領へ来るとなると、どうしても河と直面する。
『私は実体が無かったので空から越えました』
そうか。風の精霊にはあまり意味を成さないか。
幅が二メートルなのでまだ小さい方だろう。
水の河は下に流れるので“深さ”になるが、魔力の河は地面から上に流れるので“高さ”となるのが厄介だ。
さて、これをどうやって越えるかな。
「シルキーさん、手伝って欲しいのですが」
私は木々を切って、シルキーさんに葉や枝を払って貰う。
乾燥していないので不安はあるが、五十センチメートル間隔に切っていく。
後は頑丈な木を見つけて、足元を固定する。
今回は平らにしたいので、木の上半分を切らせて貰った。
『お嬢様、これからどうなさるので?』
シルキーさんは多くの棒を見ながら質問した。
「これからレオナルド橋を作ります」
河と言ったら橋ですよ。
『お嬢様、橋は間に支柱がなければいけません。木では魔力を吸って壊れてしまいます』
おお!シルキーさん意外と物知りですね。
「シルキーさんの言う橋はしっかりとした物ですね。石橋のような。私が作るレオナルド橋は簡易的でもちゃんと橋になりますよ」
私は棒を井の字に組んで、間に一本通す。足場の木に棒を【魔糸】で固定しする。
そこに二本、
これを繰り返す。
動画提供サイトやSNSで作り方は載っている。
『凄いですね。お嬢様が考えたのですか?』
シルキーさんは材料となる棒を私に渡しながら驚いている。
「いや、レオナルド橋という名前の通り、頭のオカシイ天才レオナルドさんが考案したとされてます」
俳優の方じゃないよ。ダ・ヴィンチの方だ。
『頭のオカシイ天才ですか』
そう。あの人はオールラウンダーの天才とされているから意味がわからない。
シルキーさんは私を見ているが、私は只の凡人である。馬鹿者と言っても良い。
使用した棒は二十四本ぐらいか。しっかり出来ている。我ながら満足だ。
橋作りは橋を作りながら進めるのが良い。実に効率的だ。
強度に多少の不安はあったが、シルキーさんは人形だし、私は童女。二人合わせても成人した一般男性より軽いかもしれない。
子どもの体重は驚く程に軽いからな。オークの五分の一ぐらいだろう。
さて、渡り終えたところで実験結果を見てみよう。
『今のところ何もありませんね』
トレントの果実を食べさせた齧歯目に変化は無い。
眠っていた齧歯目が果実を食べた瞬間から三時間は経っている。
結果から果実を食べても大丈夫なようだ。
では、種はどうか。
種を齧歯目の口に投げ入れる。
私の【投擲】スキルが発動したのか、綺麗に飲み込まれた。
「後は二時間ほど放置して」
そう言った途端に齧歯目から木の根が身体を突き破った。
「即効性があり過ぎる!」
どんどんと大きくなっていく木を見て危険を感じたので檻ごと河へ放り投げた。
『トレントが魔力を吸って大きくなった瞬間に霧散しました』
魔物ですら魔力に耐えきれなかったようだ。
しかし、種が原因か。
もしかしたら果実と種の両方を摂取して成るのかもしれないが、それは今試す必要は無いだろう。
「ヒトの街にパンってありますかね」
パンがあるなら酵母入りパンが作れる。
酵母はトレントの果実で作れる。
『パンはあると思います。各地で食べられているようですから』
ならトレント酵母で作ろうじゃないか。
ふふふふ。
『お嬢様が何か良からぬ事を考えてますね』
失礼な。シルキーさんも酵母入りパン食べたら気に入ると思うのだけれど。
まぁ、これがどこまで林檎なのかによるが。
見た目が林檎のようで、林檎とは全く違う場合では酵母が作れるかわからない。
作れたらラッキーぐらいに思っておこう。
「さて、行きますよ」
私達はまた歩き始める。
◆
途中昼食を取って野営準備を何処かでしようか思っていた所で、ふと懐かしい匂いがした。
そこで先を歩くシルキーさんが立ち止まる。
「どうしました?」
シルキーさんが立ち止まるのは珍しい。
何か狩猟出来そうな動物でも発見したのだろうか。
『お嬢様、ヒトがいます』
ヒト?こんな所に?
進んで行くと確かに声が聞こえる。
パーディンとの待ち合わせの村まではまだ遠い。
「村の住民だろうか。狩猟の為に来たとか」
シルキーさんは片手を広げ私が進むのを遮った。
『山賊――いえ、盗賊だと思います』
盗賊か。盗賊と言われても、現代人だからかあまりピンと来ない。
「シルキーさんは何故そう思ったのですか?」
根拠のない言論ほど意味のないものは無い。
『もう日が傾いていますし、村まで距離があります。村の反対は元魔王領です。わざわざここで野営する者はいないでしょう』
それもそうか。
村の人間全員が【魔眼】を持っているわけではないだろう。
河に当たる危険を犯してまで来ないはずか。
逆に村の人間だった場合は非常事態の可能性がある。
『非常事態であるなら笑い声は聞こえないはずです』
私が耳を澄ますと笑い声が聞こえて来た。宴会のような騒ぎだ。
小さな小屋もあるようだ。
シルキーさんは良く観察している。
盗賊か。別に無視しても良いが、背後から狙われる心配もある。
「盗賊ならば討伐しましょうか」
人魚以外のヒトと出会うのが盗賊か。
夢の無い話だ。
『私がやります。お嬢様はここで待っていて下さい』
シルキーさんは何やらやる気溢れているようだが、一人で行かせるのも怖い。
「流石に多人数相手はさせたくありませんよ。シルキーさんが出るなら、私が罠を張ります。危なそうになったら離脱して下さい」
シルキーさんは渋々だが頷いた。
「嗚呼、まわりこむ間にこれを使って下さい」
私は薬包紙のようなものをシルキーさんに渡した。
「この中に魔石灰が入っています。これを開けて撒けば落とし穴の魔術が出来ます」
シルキーさんは何故か困惑した様子でこっちを見ている。
『私に魔術は使えませんよ』
シルキーさんは残念そうに包みを返そうとしている。
シルキーさんが使えるのは風の魔法のみなのは知っている。もちろん魔術のスキルが無い事も承知の上だ。
「これは封を開けると紙の魔術が発動して魔術の陣を勝手に描くから大丈夫です」
シルキーさんは紙を持ったまま固まった。
『それは、製作者様が考えたのでしょうか?』
何やら恐る恐る訊いているようだが、これは私が考えたものだ。機械が機械を造る世界から来たのだ。魔法陣から魔法陣を描く魔術があってもおかしく無いと思って作ったのだけれど。
「製作者様がやっていたかは、わかりません。とりあえず私が考えました」
試しに一つ封を切って地面に魔石灰を撒く。
すると落とし穴の陣が組み上がった。
「指定した重さ以上で発動する仕組みなので、シルキーさんが乗っても発動しないので安心して下さい」
『え、えぇ……承知しました』
シルキーさんは困惑しているようだが、大丈夫だろうか。
念のため二十個ぐらい薬包紙を渡しておく。
「敵だと判断した場合、一発派手な魔法か何かで合図して下さい」
シルキーさんは頷いて盗賊がいる裏側へと周りこんで行った。
◆
お嬢様は今までに無さそうな物を作りましたね。
魔術で魔術を作るなんて聞いた事がありません。
私が読んだ製作者様の本にもありませんでした。
お嬢様からは「魔法とか使った事が無かった」と言っていましたが、それが嘘なのではないかと思える時がありますね。
私がお嬢様を疑ってしまったら、何も信じられなくなります。
『それだけは避けたいですね』
独りボヤきながら魔術で魔術を作っていく。
一つは念の為に持っておきましょう。
私は小屋の近くの藪から出た。
「何だぁ?嬢ちゃん」
「こんな森で迷子かぁ?」
盗賊と思われる二人に見つかり、声を掛けられる。
盗賊か判断出来ない状態で叩く事はしない。
『貴方達は盗賊でしょうか?』
素直に訊いてみる。
それで「盗賊じゃない」と言われても信用はしませんが、私達に関与するつもりが無ければ無視しても良いでしょう。
盗賊で無いのにも関わらず関わろうとするなら、お嬢様に相談でしょうか。
まぁ、関わっても村までの関係でしょう。
「盗賊ぅ?」
質問に対して二人が下卑た笑いをする。
その笑い声に釣られて仲間と思わしきヒトが集まって来る。
「どうした?おっ、上物じゃねぇか」
「この嬢ちゃんが俺等を盗賊かどうか訊いて来たんだ」
「そうか、そうか」
そんなやり取りをして、一人が小屋から何かを持って来た。
「答えはこれだぁ~」
◆
シルキーさんが盗賊と認識したようで、人間が思いっきり宙へ舞った。
「戦闘開始かぁ」
面倒な事になってしまったと呟く。
しかし、ここで如何にかしてしまえば後ろから襲われる事は無い。
村に着く一歩手前で負傷とかゾッとしない話である。
まだゾンビでも出て来た方がゾッとする。
私はシルキーさんを後ろから狙おうとしている盗賊にナイフを投げる。
隙を見てシルキーさんが【竜巻】か何かで吹き飛ばす。
「結構な人数がいるなぁ」
小屋から騒ぎを聞きつけた盗賊がワラワラと出てくる姿は蟻を彷彿とさせる。
「私も行きますか」
剣フランベルジュにヒルジンが行き渡ったようなのでシルキーさんの所に駆け寄る。
『お嬢様、私一人で大丈夫ですよ』
私を心配してか、シルキーさんから来ないでオーラが見える。
いや、流石に一人で戦っている所を見るのは辛いですよ。
武将には成れないタイプです。
「どうしてもシルキーさんと戦いたくて」
シルキーさんは『そ、そうですか』と言って黙った。ちょろいぜ。
さて、何を言われて盗賊と判断したかわかりませんが、これは完全に盗賊ですね。
下卑た笑い、不衛生な服装、武器は手入れされていなさそうに見える。
私は「女ぁ」と切り掛かって来る盗賊をフランベルジュで刺して捻る。
内臓が酷い事になっていそうだ。
よく人間の死体を見て吐く人はいるが、グロ耐性のある私には関係が無いようだ。
伊達に昼食時に科学捜査班を見ていない。
『お嬢様、その木陰にヒトの子がいますので』
シルキーさんは戦いながらも私のいる方を指差した。
そこにはドロドロの少女が座っていた。
「気付かなかった」
ドロドロな液体は盗賊のものだろう。
抵抗出来ないように手足を縛られている。そのまま
少女は痩せ細り、虚な眼をしている。なんとも非道い有様だ。
これで正義感のあるシルキーさんは盗賊と判断したのでしょうね。
私はポーションを出して少女にかける。
ドロドロの体液と埃も多少は流され、綺麗になる。
あちこちの擦り傷は消え、手足の痣も消えた。
やはりポーションの効力は凄いな。
今はシルキーさんに守られている形になるが、そろそろ参戦せねば。
シルキーさんを狙っている盗賊に石を投げて牽制する。
「頭ァ!!」
何処かの盗賊が叫び、一番装備の良さそうな奴が出て来た。
「んだぁ?ガキ相手に何てこずってやがんだ!!」
リーダーっぽい奴は体格の良いマッチョな盗賊という訳では無い。どちらかというと細マッチョだ。ムカつく事に盗賊なのに美形の面影を感じる。
腕っぷしの強さだけでは盗賊業も成り立たないのだろうか。
リーダー格は私を見て舌舐めずりをした。
「きっしょ!ロリコンかよ!」
いや、正確にはペドフィリアかもしれない。
私の容姿は十才過ぎてるかわからないぐらいだ。
アレは製作者様と同じ危ない人間だ。
「シルキーさん、アレがリーダー格ですって。私を見る目が怖いわ」
シルキーさんから何かが切れる音がした。思いっきり矢が放たれる。
私は姫プレイにハマりそうだ。
矢はリーダー格の眼を狙って飛ぶが当たる寸前で躱される。
風の力で操っている矢が躱されるなんて珍しい。
『次は当てます』
シルキーさんは矢を放ったと同時に側に寄って来た雑魚盗賊に【竜巻】を使って吹き飛ばす。
しかし、シルキーさんの放った矢さえも竜巻に飲み込まれる。
それを見たリーダー格が隙と見てこちらに向かって来る。
「ヤバっ」
私は咄嗟にトレントの種を投げ、口に放り込もうとした。
――が、失敗。
リーダー格が横に逃げて後ろにいた雑魚盗賊の口に入った。
雑魚盗賊から木の枝が生え、身長百七十センチメートルぐらいの木の魔物が出来た。
齧歯目の時と変わって嫌な感じはしない。
齧歯目は果実と種を食べたからだろうか。
種だけなら脅威にはならないのだろうか。
そうだとしたら良く出来ている。
「チッ。何でレヴェナントブランチが出て来たんだぁ?」
レヴェナントブランチと呼ばれた木の魔物は私が見た
枝の集合でゴーレムを作ったらこうなるのではないか。というぐらい人に近く、擬態する気は無いようだ。
人型と言えど、完全にヒトではなく、腕は四本ある。長いので腕というより触手と言うべきだろうか。
レヴェナントブランチが近くにいるリーダー格に攻撃を仕掛けるが当たらない。
――が、油断したリーダー格の背中に
「お、おぉ」
私はつい声に出してしまった。
シルキーさんが一発目を生かし、二発目と共に【竜巻】で矢を隠す。そして【竜巻】でスピードを上げてから隙を狙って刺したようだ。
スゲェ。弓矢の技術じゃねぇや。
「シルキーさん器用ですね」
呆れるように言ったのだが、シルキーさんは『お嬢様も出来ますでしょうに』と応えた。
「いや、私には無理ですよ。矢を放って、魔法使って、風を操りながら射るなんて」
『お嬢様だって魔力を操るではありませんか』
いや、シルキーさんはそれに加えて手も動かしてますし。
「私が出来るのは魔力で作った風を【竜巻】にして、それを併せて大災害を引き起こすぐらいです」
魔力の操作だけでなら何とかなる。
魔力操作と手を動かすのが出来たら小刀を作るのに苦労なんてしない。
レヴェナントブランチがある程度盗賊を蹴散らしているのを眺めながらのトークだ。
いやぁ。強いねレヴェナントブランチ。
盗賊がレヴェナントブランチに立ち向かうが、倒される気配が無い。
リーダー格も矢を射られてからレヴェナントブランチに薙ぎ倒されたまま動かない。
木なのに強い。いや、木ではないのかもしれない。
木に似せているが、擬態をしているとは言い難い。
ん?木に擬態……?
トレントは木に擬態していた。
卵というか種と言うべき物は植物の種に似ている。
そんな生物は……地球にいたじゃないか!
林檎が気になっていて本体の特徴を無視していた。
昆虫のナナフシだ。
ナナフシは枝に擬態し、鳥類などから身を守る。
身体は細長く、枝そのもの。そして卵は植物の種のようである。
中国のナナフシで大きいものは六十センチメートルを超えるという。
六十センチメートルを超えるものは、もはや枝と言っても過言ではない。
“進化”というものは環境に適応して生き残った者であるが、ナナフシを見ると完全に植物を観ている気がしてならない。
虫が植物を観察し、自分にコピーする。そんな事が可能なのだろうか。脳で考え、遺伝子に組み込む事が出来たというならば物凄い事だ。
そうでなければ完全に神の所業と言わざるを得ない。
卵ですら植物の種と似せているのだ。これほど不思議なものはない。
もしかしたらトレントの実――林檎は
卵鞘は分かりやすく言うならカマキリの卵だ。
多数の卵を密着した塊とする場合、これを
トレントの種は果実の中に何個かあったので卵鞘なのかと思ったが、どうだろうか。
フンコロガシのように糞に卵を産みつける様なタイプも思ったが、幼体が林檎を食べて出る感じでは無かったので、違うと判断した。
考えている中ドカドカと周りが
卵鞘で寄生するタイプのナナフシか。
まぁ、魔物なので「これ」と言ったものに当てはまる訳では無いのだが、それはレヴェナントブランチでも解剖して考えて――。
待った。参った。やっちまった。
考えるのに夢中でレヴェナントブランチに【獄炎魔法】放っちゃった。
目の前に広がるのは炭すら残さない影の跡。
ちくしょう!だいなしにしやがった!お前はいつもそうだ。
このレヴェナントブランチはお前の人生そのものだ。お前はいつも失敗ばかりだ。
お前はいろんなことに手を付けるが、ひとつだってやり遂げられない。
誰もお前を愛さない。
「
『どうされました?見事に賊も魔物も退治なされましたが』
シルキーさんが不思議そうにこちらを見ている。
違うんだよ。研究対象燃やしちゃったんだよ。
私にチート級魔法とかいらないんだよ。生存率が上がるだけで誤射する一方じゃんか。
ショックだよ。
「どうせなら解剖するつもりだったのに!」
シルキーさんが隣で『嗚呼』と言ったのが聞こえた。
◆
私の口から声にならない声が漏れ出ている。
間違えた。完全に間違えた。
ゲームで言うならプレイミス。
まさか研究対象を燃やしてしまうなんて。
ショックを受けながらも生きている盗賊を縛り、拘束している。
リーダー格も生きていた。
しぶとい奴だ。だからこそ、これまでやってこれたのかもしれない。
逃げた盗賊は落とし穴にハマっていた。
それは引き上げるのも面倒なので、埋めておいた。
前にパーディンから賊に対する処罰を聞いたら「町中で軽い窃盗とかじゃなきゃ大体は奴隷か処刑やな」と言っていた。
どうせ処刑されるなら生き埋めでも構わないだろう。遺体が必要なら掘り起こして貰う他ない。
拘束した盗賊は檻に入れておく。村に着いたら村人に話だけはしておこう。
そのまま餓死するか引き渡されるかするだろう。
檻は齧歯目を入れていた檻の大きいバージョンだ。
ちゃんと逃げないように工夫もされている。
そんな事をしていたので既に陽は落ちている。
あぁ〜もう嫌だ。疲れた。
早く終わって欲しい。盗賊の数が多いんだよ。三十人ぐらいいるじゃん。一クラス分の人数をどうこうするのは面倒なのだけれど、逃す事も出来ないので仕方ない。
『お嬢様。小屋の中にヒトの子が二人いました』
嗚呼。嫌だ。面倒事が増えた。
「これを身体にかけるか飲ませるようにして下さい。意識が無いのに無理矢理飲ませないようにしてください」
下級のポーションをシルキーさんに渡して、私はテントを張る。
お腹空いた。眠い。面倒臭い。
そんな事を呟いていたら最初に助けた少女が目を覚ましたようだ。
少女は今の私より大きいので十五才ぐらいだろうか。もしかしたら、それより若いかもしれない。
その少女を性的な目で見られるのであれば、私もストライクゾーンに入っていてもおかしくは無い。
「盗賊は檻の中ですよ」
キョロキョロと見渡す彼女に騒々しい檻を指差す。
それを見た途端に彼女の目から涙が溢れた。
私は何も出来ないのでそっとハンカチを彼女の傍らに置いた。
『流石はお嬢様のポーション』
と言いながら小屋からシルキーさんが出て来た。
擦り傷程度なら回復したのだろう。
私の身体やポーションの効力はすぐに再生するので見ていて実に気持ちが悪い。
私はポーションを飲まずに回復するだろうが、ポーションを飲む日が来ない事を密かに願っている。
シルキーさんが少女が起きた事に気が付いて警戒しているようだ。
その姿は大きな犬におっかなビックリで近寄る人のようだ。
「そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ」
彼女が泣き止むまで待ち、とりあえず小屋まで送った。
小屋の中には少女二人が横たわっていた。
「とりあえずは、ここにいて下さい。この二人が起きたら盗賊は倒されたという事を説明して欲しい」
涙目の彼女は頷いてその場に座った。
私は取り敢えずテントに戻って寝たい。
少女が
彼女達には悪いが、ここで寝てもらおう。
「シルキーさん。夕食はスープだけでお願いします」
小屋から出てシルキーさんに夕食の準備をお願いする。
「竃は作ったからお願いします。私は少し休ませていただきます」
『おやすみなさいませ』
私はレヴェナントブランチを燃やしたショックからしばし
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