番外編~応え併せ3~

 盗賊との戦いの末、不貞寝ふてねした私は夜中に起きてシルキーさんの作ったスープを飲んでいた。

「あったまるぅ〜」

 最近涼しくなっているのでスープが美味しい。

 ――いや、シルキーさんの腕が上がったか。

 良い事ではある。良い事ではあるが、少し気になる部分もある。それは食後にでも話すとしようか。

 小屋にいた二人の少女はまだ眠っており、もう一人はシルキーさんのスープを分け与えた。

 スープを口に含むと泣き出したのでそっとしておく。

 感傷に不干渉でいる。

『お嬢様、それで落とし穴の魔術の件ですが』

 シルキーさんが封を切った紙を見せる。

「嗚呼、あれは動力に魔力鉱石を使用して魔石灰と混ぜているんですよ」

 そう言うとシルキーさんは怪訝な顔をした。

『制作者様の本では粉々になった小さな魔力鉱石は使用出来ないと書かれていましたが』

 へぇー。そうなんだぁー。

 私はシルキーさんとは違って制作者様の本を読破しているわけではない。

 なのでその本に書いてあったとは初耳である。私は自分で実験してわかった。

「多分、それは合っていますよ」

 シルキーさんの言った論に一部肯定する。

『しかし、お嬢様の渡した魔術は私が魔力を通さずに発動しました』

 シルキーさんは言っている事が違うじゃないかと言わんばかりだ。

「シルキーさんは“粉々”って言いましたよね。粉々……つまり割ってしまった魔力鉱石は使用出来ません」

 スープを飲み干してシルキーさんとご馳走様をする。

 軽く食器を片付け、水の張った桶に食器を漬けおく。

 さて、さっきの話だが、軽く魔力鉱石についておさらいしておく。

 魔力鉱石は魔力を溜められる性質があり、その魔力で魔術を起動したり維持する事が出来る。

 属性も付加出来るので、火の魔力鉱石なら着火する事も可能となる。

 簡単に言えばちょっと便利な電池と考えて良いだろう。

「さて、先程の続きですが、魔力鉱石は割ったり砕いたりした場合にそこから魔力が漏れ出して使用出来なくなります」

 なので粉々に砕いても使用不可となる。

『では、お嬢様の魔力鉱石は何故使用出来たのでしょう』

 私は盗賊の飲んでいた酒瓶を持って来る。

「魔力鉱石はこの瓶と同じです。割れば中身が出ます。中身を出さないようにするにはどうしたらいいですか?」

 いきなりの質問にシルキーさんは悩んでいる。

『魔力を固めるとか……どうでしょう』

 自信なさげに答える。

『パーディンの持っていた寒天という粉みたいな物があれば良いのですが』

 やはり自信が無いようだ。

 しかし、面白い答えではある。

 自分の経験から考えた結果だろう。

「私もそれを考えました。魔力を固体には出来なかったものの、粘度を上げる事には成功しました」

 粘度を上げると言ったが、正確には魔力の原子っぽい物を大きくして割れた面から出ないようにした。

 これをするまでに何回も失敗した。

『流石はお嬢様です』

「しかし、今度は魔力が魔力鉱石から出なくなりました」

 中に魔力はあるものの、魔力の移動が出来ない。

 すなわち失敗である。

「良い考えでしたが、駄目でしたね」

 やれやれといったポーズをとると、またシルキーさんは悩み出した。

『駄目ですね。わかりません』

 お手上げのようだ。

「私が考えたのはこんな答えです」

 魔術の陣を紙に書いて、その上に酒瓶を乗せる。

 私が魔力を流すとポーション用の瓶が三つ出来た。

「砕いて駄目なら小さい器を作れば良い」

 それなら漏れ出す事はない。

『そうですね。結構簡単シンプルな考えだったのですね』

 シルキーさんと魔力鉱石を採掘しに行った時に、割れた魔力鉱石を精錬したら一回り小さくなった。

 なら小さい物が出来るなら粉のようにも出来るのではないか。と考えたのだ。

『しかし、誰もやらなかったのでしょうか』

 シルキーさんが当然の疑問を口にした。

 簡単な答えなのに何故やらなかったのか。

「それは二つ理由があります。“粉々である魔力鉱石は使用が出来ない”という先入観。もう一つは込められる魔力の限度です」

 前に私が魔力を込めすぎた結果魔力鉱石は割れた。

 魔力を溜められる量に限度はある。溜められる量は魔力鉱石の大きさに比例する。大きければ大きいほど内容量も増える。

「小さな魔力鉱石は簡単に作れます。しかし、大きさを均等にし、込める魔力も限界を越えてはならないというシビアさがあります」

 この世界にミリメートルという単位があるかわからない。あっても一ミリメートルでは粒が大きい。ミリメートルより小さい単位が必要となる。

「えーと、魔力鉱石を砂ほどの大きさ――六十マイクロメートルの球体に精錬し、その大きさの魔力鉱石の内容量限度キャパシティをはかります。その限度ギリギリまで魔力を注げば完成です」

 シルキーさんは少し考えてから口を開いた。

『何故その大きさなのでしょう』

 六十という半端な数に至った訳が気になるらしい。

「六十マイクロメートルより小さいと魔術の動力源として働きにくくなってしまいました」

 最初は小さければ良いだろうと思ってやってみたが、魔力が溜まらない事溜まらない事。

「小さいと魔力が入っても霧散するのが早い事がわかりました。大きくても魔石灰と馴染みませんからね」

 残念ながら、それはただの砂と化した。

「魔石灰との比率は魔力鉱石が四で魔石灰が六です」

 この比率を間違えると術が発動しなかったりする。

『凄い緻密に考えられているのですね』

 完成するまで色々あった。

 外で実験してたら潮風に煽られ吹き飛んだりもした。

「シルキーさんに風を止めてもらって良かったですよ」

『洗濯中のアレがそうだったのですか』

 実験で一番の敵は風だった。

 あの時は泣きそうになった。

 それが実用化されて嬉しい。

「その粉で紙に落とし穴を作る魔術陣を描く魔術を描きます。起動方法は封が切られた事として、落とし穴の設定も書いておきます」

 そうなると紙にびっしり魔術陣が描かれるのでどこから封を切っても発動する。

『流石ですね。製作者様を上回りましたね』

 いや、製作者様も考えたら出来ただろうし、技術が必要で効率としては悪いのでやらなかっただけかもしれない。

「そうだ。シルキーさんに命を与えます」

 私がシルキーさんに抱える不安だ。

 シルキーさんは真面目な表情になり、姿勢を正した。

「私が近くにいる間は出来る限り多くの失敗をして下さい」

『あの、成功ではなく、失敗ですか?』

 シルキーさんの頭の上にはハテナマークが浮かんでいるようだ。

「シルキーさんは私より器用です。“失敗しない”というのは聞こえは良いですが、失敗して考えた方が考えが広がります」

 私は小、中学校で失敗しないようにしていた。そして、そのうちに失敗する事が怖くなって新しい事に取り組まなくなった。

 そうなると世界はどんどん小さくなる。

『お嬢様の冗談ではないのですよね』

 私は頷く。

「解体や料理でもあえて失敗すると、その手順の重大さや意味が理解できるようになります。そして違う道も見えて来るはずです」

 料理なんて昔の常識が覆され、今では新常識がどんどん出て来ている。

 チャレンジはするべきだと思う。

「この粉も失敗したからこそ生まれたものですから」

 出来ないと知って、挑んでなかったら存在していない。

 それに普段失敗をしない者が失敗した時、大きな損害になる場合がある。失敗した方法がわかっていれば、それを回避出来る。失敗していない場合はその場で手探りになる。そうなってしまったら泥沼にハマる場合が多い。

「これから調味料も手に入ると思いますし、失敗して学んで下さい」

 シルキーさんは苦笑した様な表情でハイと応えた。

 料理で失敗した時の悔しさと材料への申し訳なさを知って欲しい。それを学ぶと、より食材への感謝が湧く。

『お嬢様も失敗なさるのですね』

 意外だという。

「いやいや、私は失敗だらけですよ。不器用で器用貧乏です」

 失敗したから一度死んだのだ。

 まさか転生するとは思っていなかったのだけれど。

 さて、少女も食べ終わっている頃合いだろう。

「少女の様子を見て来ますね」

 小屋の前にいる少女は座ってボーッとしている。

「空いたお皿はお下げしても宜しいでしょうか」

 ファミレスでよく耳にする台詞を口にしてみた。

 少女は私の声でビクッとして振り返った。

 少女は器の中身を見て私に差し出した。

「あの、美味しかった……です」

 私の見た目が童女だからか、敬語にすべきか迷ったのだろう。取って付けたかのような語尾だ。

 盗賊と対峙していた事もぼんやりと覚えているのだろう。

「私じゃなく、あそこの人間不信さんに言ってあげて下さい」

 シルキーさんの方を見て促す。

「た、助けて頂き、ありがとうござます。私の名前はルォーツです」

 すると少女はシルキーさんの

 方へ歩き出した。

 シルキーさんはそれに気付くや否やジリジリと後ろに下がっていく。

「何この画」

 可笑しくてつい笑ってしまう。

「シルキーさんにお礼が言いたいそうですよ」

 いつまでも縮まない距離を見かねて声をかけた。

 私は食器を洗い桶に入れ、少女の方を見るとシルキーさんに向かって頭を下げていた。

 しどろもどろになりながらも受応えするシルキーさんは新鮮だ。

 どうも人間――こちらで言う“普人”の子供は人間不信になったきっかけを思い出すらしい。

 庇護対象でありながら、それに対して自身の自信が無いのだろう。

「ま、慣れるしかありませんね」

 私は少女に小屋の二人が起きたら状況の説明と朝まで小屋に止まるようにお願いをした。

 シルキーさんには海水を汲んできてもらうように頼んだ。

 海はここから近いし大丈夫だろう。

 さて、もう一眠りしますか。



 ◆

 朝になり、小屋と檻から騒がしい声がする。

 盗賊は「ここから出せ」とか騒いでいるのでスルーする。

 小屋から声が聞こえるという事は昨日の赤毛ちゃん以外も目を覚ましたようだ。

 シルキーさんは朝食の準備をしている。

「シルキーさん、おはようございます」

 シルキーさんは挨拶を返して鍋を火から下ろした。

『ヒトの子が目を覚ましたようですが、何やら騒いでいる様子です』

 シルキーさんはまだ人間と接し方がわからないようで、見に行っていないのだろう。見たままを応えた。

「仕方ありません。見に行って来るので朝食三人分下さい」

 シルキーさんはスープを掬い上げて皿に分ける。

 シルキーさんがやると均等に分けられるのだから器用だと思う。

 皿をお盆に乗せてスプーンを乗せた。

「では行ってきます。そうだ、残りの鍋に魔力を注ぎますね」

 微弱ながらも魔力を注ぎ、シルキーさんと私用のスープが出来上がる。

 私が魔力をそそいで自分で食べるのも変な話だが、面倒だからそうしている。

 普通の人間相手だと私の魔力で酔う可能性があるらしいので三人用は普通のスープだ。

「朝食をお待ちしましたよ」

 そう言って小屋の扉を開けると昨日のルォーツと名乗った赤毛の少女と眠っていた青髪の少女が言い争っていた。――が、私が来た事で止んだ。

「こんな子もあの盗賊共にやられたのか」

 ギリっと歯を噛み締める音が聞こえた。

 ルォーツが否定した。

「この子が――この子達が盗賊とやっつけたんです」

 ルォーツが否定してくれたが相手は信じてはくれていないようだ。

「こんな小さい子が出来るわけないでしょう!」

 正論だ。おぼろげながらも目の前で見ていたルォーツならまだしも、普通なら信じない。私だったら信じない。

「まっ、そんな事より食事ですよ」

 テーブルにスープを並べる。

 青髪の少女が「そんな事よりって」と反論しようとした時に誰かの腹の虫が鳴いた。

「腹ごしらえしなきゃ動けませんよ」

 青髪の子がこちらを睨んだが、納得してくれたようだ。

 私は何も悪い事してないのに睨まれるとは。

「さて改めまして、私の名前はクルス。これから近くの村へ行く途中です。盗賊は捕らえましたので安心して下さい」

 仲間がいないとは限らないけれど、夜の内に出て来なかったならば、近くにいないと判断して良いだろう。

「私と近くの村へ一緒に行くか――」

 私は瓶と紙を用意し、テーブルへ置いた。

「ここで死ぬかです」

 何も喋らなかった金髪少女の耳が反応したのが見えた。

「ここで死ねと言うの?」

 青髪少女は私に突っかかる。

「貴女が本当に盗賊を倒したと言うなら何で――何で、もっと早く助けに来なかったのよ!!」

 完全に八つ当たりですね。

 やれやれ系主人公じゃないのだけれど、やれやれですよ。

「私は貴女達を助けに来た訳じゃありません。結果的に助かっただけです」

 青髪少女は押し黙った。

 私は見知らぬ人間の八つ当たりを受けても苛立たないわけじゃない。

 同情はするが、論理から外れた事は訂正したい。

 つまるところ、私は心が狭いのだ。

「この瓶は毒薬です。苦しみなく死ねる――とは言えませんが、マシな部類でしょう。一緒に行くか死ぬかを選ぶのは貴女達です」

 経口摂取だと、どうしても胃や腸を通るので吐き気等は仕方ない。

 この場合は生死の選択の権利がある。

 私は進んで自殺幇助じさつほうじょするわけではない。

 そもそも、私は自殺が悪いとは思っていない。

 自殺が悪いとされるのは、産み育てた親を想っての事や国からしたら税金が取れないから“悪い”とされるのであって、生きている事が地獄に成り得るならしょうがないと思っている。

「盗賊に純潔を奪われ、もしかしたら孕んでいるかもしれない。そんな現実は地獄でしかないなら自害なさい」

 その言葉に金髪の子が反応する。眼は虚ろだ。

「遺書の用意はありますし、盗賊のいるこんな場所に埋葬はしないので安心して下さい」

 私は静かになった小屋から出てシルキーさんに声をかけた。

「お待たせしました。盗賊の方はどうですか?」

 シルキーさんは首を振って『騒がしいです』と嫌そうにしている。

 私は盗賊の酒瓶にヨウシュヤマゴボウの実を潰して、ワインと鉛の甘味料を加えて混ぜる。

 それを盗賊のいる檻へ入れた。

「これで大人しくして下さい」

 まぁ、それで大人しくするはずも無く、盗賊達は騒ぎ立てている。

「後でどうにかしますよ」

 シルキーさんはうんざりしたような目で盗賊を見る。

『夜中もずっと騒いでいたんですよ。本を読むのに集中出来ませんでした』

 可哀想に。騒音の中いたのか。

 私はぐっすり眠れましたけど、シルキーさん用に耳栓を用意しなくちゃですね。

 けど周囲の異変に気付かないのも問題か。

「今日だけの辛抱です」

 私とシルキーさんで朝食を食べ、食べ終えたら小屋へ向かう。

 小屋には倒れた二人の少女と毒瓶を手に抱えたルォーツの姿があった。

「青髪の子も飲むとは思わなかった」

 金髪の子は飲むと予想していた。

 しかし、元気のあった青髪の子も毒瓶を飲んでいたのに驚いた。

「ルォーツさん、別に毒を飲まないといけないわけじゃありませんよ」

 震えながら毒瓶を抱えているルォーツを宥める。

「クルス様が出て行った後、貴族の子が真っ先に毒を飲んで、青髪の子が阻止しようとしていたんだけど、間に合わなくて」

 彼女は「それで、それで」とテンパりながらも話してくれた。

 息を引き取った貴族の子を見た青髪は遺書を書いて毒を飲み干したのだという。

「青髪の子は従者らしくて……」

 後を追ったわけか。

「怖くなって、私も毒を飲まないといけないと思ったんだけど、お父さんやお母さんの顔を思い出したら飲めなくて」

 泣きながら毒の入った瓶を握りしめている。

「別に無理して飲まなくて良いんですよ。強制ではなく、選択ですから」

 テンパるルォーツを諭す。

「小屋から出てシルキーさんのスープでも飲んでて下さい」

 私は一度毒薬を預かり、ルォーツを外へ出す。

 二つの遺体を【初級氷魔法】で冷やし、魔法鞄に入れる。

「後で石の棺でも作らないとなぁ」

 氷が溶けて他の物に被害が出るのを防ぎたい。

 村まですぐだとしても、腐敗し始めるのも困る。

 誰もスープには手を付けなかったなぁ。

 勿体無い。

 せめて盗賊の餌とするか。

 遺書とスープを回収し、小屋から出る。

 ルォーツはシルキーさんの方へと向かっていた。

 シルキーさんの距離は昨日より近い。良い兆候だと思う。

 シルキーさんというと鍋で海水を煮詰めている。

 私は魔法鞄から遠心分離器を取り出す。

 遠心分離器の動力はシルキーさんの風なので、どこでも使える。

 そもそも風を出して操れるとかチートでは?

 風を動力とすれば色々な物を作れる。遠心分離器もその一つ。

 遠心分離器があれば薬学等で重宝するだろう。

 今シルキーさんがやっているのは苦汁にがりの精製。

 海水を煮詰めて遠心分離にかけて塩と苦汁に分ける。

 シルキーさんが来て直ぐに作った。シルキーさんとしてはもう慣れた手つきだ。

「さて、私は事情聴取でもしますか」

 酒瓶に水を入れて盗賊の入った檻に向かう。

「盗賊のリーダーさんに聞きたい事があります」

 雑魚盗賊達は「ここから出せ」とか叫んでいるが、無視をしてリーダー格に話かける。

 私の周りにも【錬金術】で檻をつくり、リーダー格に手招きをする。

 リーダー格は酒瓶を煽って私の方へ来た。

「話だぁ?デートならしてやるがよぉ」

 私に向かって品の無い笑いをすると、つられて周りも騒ぎ立てる。

「そう言わずに」

 リーダー格を隔離するように【錬金術】で壁を作り、私のいる檻と結合した。

 盗賊は驚いた様子だが、「個室で二人っきりなんて照れちまうぜ」とおちゃらけて見せる。

「こういう相手は疲れますね」

 やれやれ系主人公みたく私は首をすくめる。

 相手は直す気配がないので意味がないだろう。

「まず、一つ目。ここは魔力の河に囲まれているそうですが、抜け道があるのですか?」

 どうもこの場所は三角州のような場所らしい。

 ルォーツが盗賊にそう脅されたそうだ。

 それが逃げ出さないように脅すだけの嘘であるなら良い。

 しかし、パーディンからも河を二本渡ると聞いたので情報として合っている。

 この人数の盗賊がいるのだから遭難したわけでは無いだろう。

「アッハッハ。そうだ。抜け道はある。だが、それを教えて欲しけりゃ一晩相手しな」

 リーダー格はヘコヘコと腰を振る動作をしながら笑うが、私としたら冗談じゃ無い。私の中身は男ぞ。

 この身体に慣れつつあるけれど、男女のまぐわいは辞めて欲しい。

「言わないなら別に構いませんよ。二つ目、バックに誰が居るんです?」

 その質問に盗賊全員が鎮まり返った。

「アッハッハ。こんなガキにそれを言われるとは思わなかった。何故、協力者がいると?」

 あー。これは後ろに大きな存在がいそうだ。面倒な事はパーディンに丸投げしよう。

「先ず、私は盗賊という存在が良く分からないのですよ」

 他者から金目の物を強奪する。

 それは良い。しかし、金目の物を持っていても使えないと意味が無い。

 だったら食料を奪った方が良い。

 しかし、小屋には金貨などがあった。

 なら、使う事が可能なはず。

「貴方達の武器。結構新しい物じゃないですか。誰からか買ったか融資を受けたのでしょう?」

 小屋があるにしても武器が綺麗なのが気になった。なら、金目の物と取引出来る相手がいると判断するべきだろう。

「それに、食料も保存食だけじゃありませんでした。なら定期的に取引する相手がいるはずです」

 裏にいるのは商人か、商人を送っている誰かかは知らない。

「よく見てるじゃねぇか。しかし、誰とは言えねぇな」

 まあ、そうでしょうね。

 定期的に顔を合わせるような人物を明かすとは思っていない。

「なら事情聴取は終わりです。シルキーさん、風の力を借りますよ」

 遠心分離器を動かしているシルキーさんに許可を取る。

 シルキーさんが『ハイ』と返事をした直後に持っていた酒瓶の水をかけた。

「そんなもん【回避】、【見切り】スキルで避けられ――」

 避ける前に青い顔をするリーダー格。

 酒瓶を割り、【精霊魔法】による【ブリーズ】を発動する。

 風が割れたガラスを舞い上がらせ、リーダー格に向けて発射する。

 口の中に割れたガラス片を入れ、【下級氷魔法】で口を閉じる。

「先程渡したワインにはヨウシュヤマゴボウの実を入れておきました。つまり、毒です」

 ヨウシュヤマゴボウは日本の森林にもあったりする。

 秋には紫色のブドウのような実を付け、一見食べられそうに見えるが毒物である。

 色素を利用して染め物も出来るが、人によってはかぶれたりする。

 ゴボウと名のつくように、根もゴボウらしさがある。しかし、根にも毒があるため、食べられない。

 根、葉、果実の順に毒性が高いが、果実の中の種子は毒性がより高い。

 症状としては腹痛、嘔吐、痙攣、麻痺、最悪の場合心臓麻痺まで起こる。

「回避出来なかった原因は腹痛ですか?吐き気ですか?麻痺ですか?」

 盗賊の口を封じているから「んー、んー」としか聞こえない。

「いやはや、お頭さんがわかりやすくて良かったですよ。渡したワインを独り占めにすると思ったので」

 もし仲間想いで「みんなで飲もう」とか言ってたら軽症の腹痛ぐらいで終わったかもしれない。

 思い通りに動いてくれた。

 私はリーダー格に近付き、顔面を殴る蹴るなどしていく。

 盗賊の青白い顔が赤く染まってゆく。

「口のガラス片が痛いでしょう?飲み込んでも良いですよ。嘔吐によって食道が傷付くかもしれませんが」

 口の中は血だらけだろうが、凍っているので見えない。

 周りの盗賊達は何故か引いているような目で私を見ている。

 貴方達も暴力をふるって来ただろうに。

「シルキーさん、苦汁は出来ました?」

 分ける作業が終わったのを横目で見ていたので丁度良いタイミングだと思う。

『終了致しました。いつも塩を使うのに今回使用するのはニガリなのですね』

 小瓶に入った苦汁を渡して貰い、【下級氷魔法】で氷柱を作る。

 項垂れるリーダー格の頬に氷柱を突き刺し、抜く。

 リーダー格は呻き喚くが、無視する。

 頬の穴から溜まっていた血液が噴き出した。

 ある程度血が出なくなったら苦汁を穴から注ぐ。

 痛みで野田内回り、転がるが頬の穴からしか出す方法が無いので横向きに倒れて静かになった。

「さて、次は誰にしようかな」

 指された盗賊達の顔はみるみる青ざめていった。

 盗賊達を指差しながら選ぼうとして途中で止めた。

「シルキーさん、ルォーツを呼んできて欲しいのですが」

 シルキーさんは『承知しました』と応えてルォーツの元へ向かった。

 シルキーさんも多少はルォーツに慣れただろうか。

 まだ他のヒトとの接触は難しいかもしれないが。

「な、何でしょうか」

 二人して若干怯えながらも私の方へ来た。

「ルォーツさん、この盗賊の中で誰が憎い?」

 私が選ぶよりルォーツに選ばせてあげようじゃないか。生き残った特権だ。

「あ、あの顔に傷のある男。私を犯して殴った男」

 涙目になりながらも、頬に傷がある男を指差した。

「お、おい!冗談じゃねえ!そ、そうだ!言う。言うから許してくれ」

「何を言うのです?」

 唇が震えているが、私の反応を見て好機と見て交渉へ進む。

「お頭に聞いてだだろ!抜け道や後ろ盾の事を!それを言うから!助けてくれ」

 必死な形相で私の前へ来て懇願する。

 盗賊と私を隔てている檻を解除し、盗賊を掴んでこちら側へ引き摺り込む。

「やめろ。やめてくれ」

 大の大人が小さい子に対して泣きながら懇願している様がシュールだと思いながら、目の前の檻を修復する。

「あれは好奇心で訊いただけですよ?だから貴方が何を言おうが、変わりませんよ。例えば貴方の機嫌が悪く、近くにか弱い女の子がいたら暴行するでしょう?」

 女の子が何を言おうが関係無しに。

「もしかして、私が善行で善良な娘だと勘違いしてました?私は貴方と同じ敵側ヴィランですよ」

 私は【下級氷魔法】で氷柱を出し、盗賊の手の甲に突き刺した。

 呻き声は無視し、手のひらと地面を【下級氷魔法】で固定する。

 地面に磷付けになった盗賊を前に【下級氷魔法】でのみの形をした氷を出す。五月蝿いので盗賊の口も塞いでおく。

 氷の鑿を盗賊の人差し指の爪の間に入れ、一気に蹴り上げる。

 盗賊の爪が剥がれ、第二関節までの皮膚がめくれた。

「よく主人公は盗賊を一撃で斬り伏せますけど、悪人に対して優しすぎませんかね」

 悪行をしたなら簡単に死んでもらっては困る。十二分に苦しんでもらわないと。

「先ほどやれやれ系主人公と自分で思ってしまったが、自惚れてましたね。主人公には程遠い」

 こんな主人公はダメだろう。

「次は中指いきますね」

 呻く盗賊は必死に抵抗するが、中指の爪は見事に剥がれた。


 ◆

 私は盗賊に拐われ、慰みものにされました。

 それで命の危機まで迫った所にクルスお嬢様という人に助けられました。

 貴族様なのかと思っていたのですが、そうでも無いようです。

 複雑な理由があるのだと思います。

 しかし、クルス様は少し苦手です。

 正直、怖い。

 私は助けられた身ですが、同じ拐われた子は自害してしまいました。

 私は自害しなくても良いと言われましたが、クルス様が思っている事がよくわかりません。

 ヒトとして不気味と言って良いかもしれません。

 そんな彼女が今、私が指名した盗賊の爪全てを剥がし終えました。

「さて、この人を蹴り殺した人には特別に安らかに死ぬ事が出来る薬をプレゼント」

 クルス様は盗賊を掴んで元にいた檻へ投げ込みました。

 当然盗賊は直ぐには行動しません。

「蹴り……殺す」

 思わず口に出てしまいました。

「あんな爪だけで許せるのですか?どうせなら地獄のような目にあってもらわないと」

 クルス様の優しさと言うのでしょうか。

 私が受けた地獄以上を与えるつもりでしょう。

 冷静でいられるのはクルス様が異常に見えるからでしょう。普通なら無理だと思います。

「皆さん脚が止まってますよ。そんなんじゃ今すぐ次の人を選びますよ」

 クルス様が声をかけると、盗賊が必死になって仲間を蹴り殺そうとする異様な光景が見えた。

 シルキー様は後片付けがあると言って私を呼んだら行ってしまいました。

 私は異様な光景が怖くなってシルキー様の方へ向かいました。



 ◆

 檻の中の一人――安楽死した者を除いて盗賊の指を使えなくしたら、お昼近くになってしまった。

 リーダー格も例外なく爪を剥がした。

 吐瀉物としゃぶつによって溺死しないように口を解放したが、既に血だらけの吐瀉物でまみれていた。

『お嬢様、昼餉の準備はどうしましょう』

 食べてから行くか、保存食を食べながら歩くか。

 ルォーツがいるから食べてから行こうか。

 あまり無理をさせるのは良く無い。

「お昼ご飯の準備は出来そうですか?」

 難しそうならそのまま行くしかない。

『ええ。火も絶やさずにいましたので、食材さえ準備すれば簡単な物なら作れます』

「なら手伝うので作ってしまいましょう」

 手を洗ってから材料を魔法鞄から出し、素早く作って食べ終えた。

「ここから半日で村に着きますかねぇ」

 現在一時ぐらい。体感での時間なのであてにはならない。

『どうでしょう。河を渡って街道に当たらなければならないようですし、もう一泊野宿かもしれません』

 あー。まぁパーディンと合流する日ピッタリになるけれど良いか。

 小屋と檻に魔術を仕込んで出発の準備を終える。

「さて、準備は出来ましたか?」

『大丈夫です』

 ルォーツは何を思ってか、唸っている盗賊達を横目に見てから歩き始めた。

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