第九章〜バジリスク/コカトリス〜

 ほう。ゴーレムは魔力鉱石と呼ばれる鉱石を入れると、その魔力鉱石にある魔力分動き続けられるのか。

 私は製作者様の本を読んでいた。

 ゴーレムは毎日生成し直していたが、それがなくなる方法を見つけた。

 魔力鉱石はシルキーさんと、精霊喰いの戦う前にいた洞窟にあったヤツだな。

 多少持って帰って来ているので、方法としては可能だ。

 私が魔力を流して溜めておけば使えるだろう。

 そうだ!どうせならお掃除ロボット方式を採用しようじゃあないか。

 お掃除ロボットは自分で充電しに戻ってくる。

 それのように自分で戻って来て魔力鉱石を取り替える方式だ。

 待てよ。自分で自分の魔力鉱石を取り替える事は出来るのだろうか。

 抜いたら止まってしまいそうだ。

 かと言って、二つ魔力鉱石を入れる事も出来るかわからない。

 なら一、二、三号を時間差で動かして、動いているゴーレムに取り替えさせるのはどうだろうか。

 それなら動いていないゴーレムは止まっても平気だ。

 そうしたら魔力鉱石を準備しておくだけで良いじゃあないか。

 私ってば天才ではないか。

 自画自賛しているとシルキーさんが騒いでいる声が聞こえた。

 まぁ、その相手が分かっているのでゆっくり声のある方へ向かう。

「こんにちはパーディンさん」

 扉を開けると人魚のパーディンがいた。

 あいも変わらずイケメンだ。

 滅びればいいのに。

『お嬢様!この男が!約束を反故にするつもりです!』

「それは誤解や!約束を破るつもりは無いんや」

 なんだか……わちゃわちゃしている。

「まず落ち着いて下さい」

 私は一旦席に座る。

「まず、シルキーさん。どうされました?」

 シルキーさんに向かって手のひらを見せて話を促した。

『この男がスキジャンという魚を約束通り持って来たのですが、次回は無いと』

 そうなると私との交易が途絶えてしまう。

 だから「約束を反故にする」と言っていたのか。

「では、パーディンさんの言い分はどうですか」

 パーディンへ話を促す。

「次回分が来れないのは本当や。けど、その次回分でカバーするから、そこをお願いしたかったんや」

 では交易が途絶えるわけではないのか。

 良かった。

「何かあったんですか?」

 来れないとなると何か理由がありそうですが。

「近くのヒトの街があって、毎年豊穣祭をやるんやけど、そこの来賓らいひんとして行く事になったんや」

 へぇ。豊穣祭かぁ。

「私も行ってみたいなぁ」

「へ?」

『え……』

 私何か変なこと言ったかな。

「お嬢ってヒトが好きじゃなくてここにいるんやないの?」

 いやいやいや。そんな訳ないじゃあないですか。

「ここにいるのは、ここしか知らないからと、シルキーさんがいるのであまり不便してないからですかねぇ」

 人間不信説は全力で否定します。

 ちょっと誰が人間不信姉妹ですか!

 私はシルキーさんもいるし、ただ不便してないだけです。

『そうだったのですか』

 え!?

 シルキーさん!?

 私の事どう思ってたの!?

『少し、ハーブを摘んで来ます』

 シルキーさんは畑の方に出て行ってしまった。

「ハーブなら沢山余ってますよ」

「お嬢。それは野暮ってもんやで」

 パーディンは私の肩を掴んで頭を振った。

「?」

 どういうこと!?

 もしかしたらお花を摘むみたいな隠語だった?

「シルキーの姉さんは報われたのか報われないのか」

 何か、私だけ仲間外れなんですけどー。

 寂しいのですけれどー。

「んで、話は元に戻るんやけど、豊穣祭に行くんやろか」

 そうだった。豊穣祭だった。

 そうだなぁ。出来る事なら行きたいなぁ。冬支度もしたいし。

「シルキーさんが大丈夫そうなら行きたいですねぇ」

 人間不信なのはシルキーさんですし。

『私なら大丈夫です』

 ビクっ!と肩が震える。

 後ろから声が聞こえた。

「ビックリしましたよ」

 シルキーさんがお茶の用意を持って後ろに立っていた。

『私はお嬢様以外を信用しないので大丈夫です』

 それは大丈夫と言えるのだろうか。

 そんなシルキーさんがティーカップを運んでハーブティーを淹れてくれた。

 このハーブティーは摘んだばかりのハーブでは無いようだ。

 やはりさっきのは何かの隠語だろうか。

「行くとなれば海路と陸路があるんやけど」

 そう言ってパーディンは紙に簡単な地図を書いた。

「今ワイがいる所はココ」

 パーディンは突き出た半島の岬部分に丸を描く。

「そんで、豊穣祭がある街はここや」

 少し離れた別の半島に丸を描いた。

 日本で言うなら千葉県の館山から静岡県の下田へ行くような形となっている。

 下田というより伊豆寄りだろうか。丸は少し陸側にある。

「これ見れば分かるかもしれんが、海路なら一泊すれば着くんや」

 しかし、陸路となればもっと時間はかかるか。

 シルキーさんは海で浮いてしまうから海路は駄目そうだ。

「陸路で行きましょうか」

『私の事は気にせず、海路でも大丈夫です』

 そうは言ってくれるが、気にしないなんて事は出来ない。

「他の地域の陸の動植物を見る機会ですから大丈夫ですよ」

 明日、明後日に開催となれば陸路では間に合わないかもしれないが、祭を見に行くというよりも街に行く事が目的なのだから。

「ちなみに豊穣祭はいつ開催ですか?」

 陸路で間に合えばラッキーとしよう。

「二週間後や」

 結構時間があるな。

「なら、違う人魚に配達を頼む事だって出来たような」

 交易としては無理にずらさなくても良かったと思うのだけれど。

「それはやな……」

 パーディンは頰を掻いて言いづらそうに口ごもった。

「クラーケンの件で他の人魚が萎縮してな。失礼があったら首を飛ばされるんやないかと……」

「しませんよ!」

 そんな王様みたいに偉くもありませんし。

『失礼な!そんな事言った者こそ食しますよ!』

 やめて!変な噂たっちゃうから!

「食べません。しかし、そんなに恐れられているとは」

 チートとは面倒ですなぁ。

「ワイとしては仲良うなって欲しいんやけどな」

 まぁ、私としては来る者は拒まず、去る者は追わず。近づかないなら無理に接触しないかな。

「ところで、豊穣祭の街に行くには最終的に陸を移動するんですよね」

 パーディンは海から出る必要性がある。

 歩いて移動するのだろうか。

「陸に上がってからは馬車移動や。馬車といっても魔物やけどな」

 馬車移動か。なら陸地に慣れていない人魚でも簡単に移動が出来る。

「本当なら父上や兄上が行くはずやったんや。それがマーマンとのいざこざで行けなくなってな」

 それでワイが行くことになった。とパーディンはうな垂れた。

「マーマン?」

 何か聞いたことのある名前だ。

『マーマンは魚に手足が生えたような種族です』

 シルキーさんが追加のハーブティーを注ぎながら説明してくれた。

 人魚とは逆のようなものか。

「人魚の海域を貸しているのに、マーマン等は最初から自分の領海やと抜かして父上は激怒や」

 嗚呼。そういうタイプは世界が違ってもいるものなのね。

「父上はマーマンと直接、兄上はマーマンのいる海域に接するヒトの領地へ赴いて説得中や」

 大変だなぁ。

 パーディンはげんなりとしながらもハーブティーを飲み干した。

「せや、前に擬人薬飲んだ後にはキノコが良いって勧めてもらってから調子がエエで」

「それは良かったです」

 海の生物が陸に上がって、いきなり知識の無いままキノコを食べるのはリスクが高いから皆やらなかったのだろうなぁ。

「そのおかげで無事に豊穣祭に出られそうや」

 という事は――

「前なら二週間前に陸へ上がって、風邪をひいてからのイベントや」

 最悪じゃん。

 二週間で治らなかった場合は体調が良くない状態で出席するのか。

 病み上がり時に出勤した時を思い出してうんざりした。

 辛いわぁ。よくやれたものだ。

「お嬢のおかげで、これからは大丈夫そうや」

 私が嫌そうな顔をしていたのがわかったのか、パーディンがお礼を言ってきた。

「せやから、海と隣接している小さな村で合流せんか?」

 私としてはありがたい申し出だ。

「それは有り難いですね。お言葉に甘えさせていただきます」

 普通なら目的地までの道が分かるわけでもなく、聞き伝てで歩き続けなければならない。

 それよりパーディンと一緒に馬車で行ける方が良い。

『村の名前は何でしょう』

 そうか。村が複数あると困る。

「アンペール村や。行き交う人に村の名前を言えばすぐわかるで」

 なら良かった。

 異世界で迷子とか洒落にならない。

『ではアンペール村で落ち合えば良いのですね』

 パーディンは頷く。

「お嬢達の方が早いと思うから村で待っててや」

「わかりました。しかし、私達は一文無しなので、パーディンさんにある程度お金は都合をつけてもらいますが、よろしいでしょうか」

 ライトノベル風に言えば無知蒙昧むちもうまいにして天下不滅てんかふめつの無一文ですかね。

 ヒトと接するなら無一文じゃ困る。

「なら、次会う時に持って来るで。駆虫薬代で多少は何とかなるやろ」

 多少か。まぁ良いでしょう。

 街に着けばポーションでも売って稼げるでしょう。

「また追い追い連絡するで」

 そう言ってパーディンは去って行った。

 旅行みたいなものだし色々準備もあるのだろう。

 私達は……無知蒙昧にして天下不滅の無一文なわけだし、いつもと変わらないか。

『お嬢様。お騒がせしてすみませんでした』

 それを言うべき相手は私じゃないのだけれど、パーディンに言わないところがシルキーさんらしいか。

「私は大丈夫ですよ。パーディンさんにもそれを言って下さいね」

『善処します』

 そこは「はい」じゃないのね。

 シルキーさんからは嫌そうな雰囲気が出ている。

 善処するだけで行動しないって事は無しでお願いしますよ。

「さて、シルキーさんとの思い出の地へ向かいますか」

 私は椅子から腰を上げ、伸びをする。

『どこかお出かけになられるのでしょうか』

 シルキーさんはティーカップを下げ、洗い場に向かっていた。

「シルキーさんと思い出のある洞穴ですよ」

 危険な場所ではないのだけれど、鉱石を持つ人手は欲しい。

「行きますか?」

『ご一緒します』

 即答だった。

 シルキーさんと離れて別行動って最近無いな。

 庭に出る範囲ぐらいか。

 良いのか悪いのかわからない。

 私も不快感があるわけでもないので良いか。

 外に出てシルキーさんに籠を渡す。

 私は作ったばかりのリアカーを引いてツルハシを乗せる。

 リアカー作って良かった。

 シルキーさんがいるから風の力で簡易的な旋盤が作れないか試した後、リアカーの車軸を作ってみたのである。

 ついでに風車式洗濯機を作った。

 風の力って便利。

「行きだけの特権としてシルキーさん乗ります?」

 私はリアカーを指差す。

 こういうのってワクワクしちゃう。

『それなら、私が引きます!お嬢様に引かせるなんて出来ません』

 あー。主従関係とか気にしなくて良いのに。

 こういうのは引く方も楽しめるのに。

「リアカーの具合も見たいので、半分ずつ引いていきましょう」

 嘘である。本当は、はしゃぎたいだけである。

『承知いたしました。では、失礼します』

 シルキーさんめ、後半の方に上り坂があると知って先に乗ったな。

 健気やなぁ。

「ではしっかり捕まって下さいね。出発進行!」

『お嬢様!?ちょっと速いです!お嬢様っ!?!?お嬢様--------』

 シルキーさんの絶叫が響き渡った。



   ◆


「無事に着きましたね」

 ふう。と私は息を漏らす。

『全然無事ではありませんでしたよ』

 シルキーさんは私を睨んだ。

 私の口から乾いた笑いが溢れる。

 ええ。無事ではありませんでしたね。

 私がはしゃぎすぎて道中リアカーが壊れたのだ。

 車軸がポッキリ折れた。

 不運ハードラックダンスっちまったぜ。

 幸いにも車輪は無事だったので車軸だけ交換すれば済んだ。

 その後シルキーさんにめっちゃ怒られ、制限速度を設けられたのだ。

 旋盤が出来た嬉しさのあまり調子に乗って削りすぎたのだろうか。

 それとも私の速さに追いつけなかったのだろうか。

 帰ったらまたしっかりと作り直すしかない。

 私はリアカーから降り、ツルハシを持った。

 シルキーさんと一緒に洞穴に入る。

「懐かしいですねえ」

『お嬢様が焼いた痕がまだ残ってますね』

 入り口付近の焦げ跡を見る。

 つい最近の出来事なのに凄く懐かしく感じる。

 歳か。

 転生して童女に若返ったのに。

「さて、今回は精霊喰いエレメントイーターがいないのでゆっくり出来ますよ」

 一心不乱に掘っていく。

 掘り進んで行く。

 ある程度掘れたら魔法陣を描いて【精錬】していく。

【精錬】は錬金術であり、欲しい物質をまとめ、いらない物質を除けることが出来る。

 最近知った。

 もっと早く知っていれば色々効率良く出来たのに。

 小刀を作る時も酸化還元での精錬をしなくて済んだ。

 まぁ、酸化鉄は六九〇度以上で純鉄になるので比較的易しいから良いのだが、無駄なエネルギーを使うはめになった。

 科学の力だけでやっていくには色々足りないのだ。

 よくライトノベルの中で銃を製造するものがあるが、私だったら作っても使用しないだろう。

 基本的に自分を信用していないので、暴発の恐れがあるものなど使えたものではない。

 まぁ、今の負傷してもえげつないほどの速さで回復する身体なら暴発しても大丈夫なのだろうけれど。

 けれど――やっぱり痛いものは治るにしても嫌だ。

 嫌な事を回避したい。だから学べるのだ。

 成長って素晴らしい。

 そうこうしているうちに【魔力鉱石(中)】が出来た。

 私の握りこぶしぐらいの魔力鉱石は、私の背丈ぐらいの蟻塚ほどの石の山を【精錬】して出来たものだ。

 正直言って効率は悪い。

 全く無いだとか、爪の先ほどしか取れないよりは良いとするべきか。

 この大きさでどのくらい魔力を溜められるかはわからない。

 一度魔力を込めてみる。

 透明な魔力鉱石がどんどんと黒く濁り始めた。

 入れ過ぎたのか、ヒビが入る。

 魔力を散らして【精錬】する。

 先ほどのより少し小さくなってしまった。

『シルキーさん。この魔力でゴーレムはどのくらい動けそうですかね?』

 隣で石を集めているシルキーさんに魔力鉱石を渡す。

『魔力鉱石を採っていたのですか』

 言ってなかったっけ。

 シルキーさんは魔力鉱石をじっくりと観察する。

『えーと……お嬢様に魔力鉱石の性質を先に説明いたしますね』

 シルキーさんは地面に「火」、「水」、「風」、「土」と書く。

『これが四大元素となります。そして魔力鉱石に流す魔力によって色が変わります』

 ふむ。

 シルキーさんは「火」の隣に「赤」、「水」の隣に「青」、「風」の隣に「緑」、「土」の隣に「黄」と書いた。

『これは体内の魔力が多いものに影響するので、色が混じる事は無い。とされているそうです』

「なら、私の黒は?」

 思いっきり黒いのだけれど。

『それがわかりません。私がやれば緑色になるとは思いますが』

 魔力鉱石の不良なんてことは無いと思うのだけれど。

 シルキーさんが集めた石を【精錬】してみる。

 先ほどより一回り小さい魔力鉱石が出来た。

「シルキーさん。これでお願いします」

 魔力鉱石を渡して魔力を流してもらった。

 みるみるうちに緑色へと変わっていく。

『このように緑色へと……違いますね』

 ん?確かに緑色をした魔力鉱石が出来上がっているのだけれど。

『お嬢様の製作者様の本によると、もう少し色味が薄くて若草萌ゆる爽やかな緑なはずなのですが』

 手に持っている魔力鉱石は深緑の森を連想させるかのような色だった。

 爽やかさが消えた。

 あっ。もしかして、シルキーさんに毎食私の魔力を与えているから爽やかさが消えたのでは?

「私の隠キャがシルキーさんに移ってしまったかもしれません」

 とりあえず謝罪しておく。

『いえ、それは大歓……じゃなくて、問題ありません。しかし、お嬢様の魔力が普通ではありませんね』

 この世界に来て普通じゃないのは慣れそうなのだが、出来れば常識の範囲に収まりたい。

「闇の魔力や光の魔力は無いのですか?」

 よくある光の勇者と闇の魔王みたいな関係。

 私が光の勇者ではないのは魔力鉱石を見れば明らかなのだが。

『例としてあるには、あります。光は透明を維持し、闇は紫になるとされています』

 はい。例外でした。

 闇かなとか思ったのだけれど、もはや病みですよ。

 ここまで例外だと病んでしまいますよ。

 製作者様は私をなにで作ったのだろうか。

 材料的な意味で。

『そうなると私も例外に近づいていく事になりますね』

 申し訳ねぇ。ホント申し訳ねぇ。

『いえ、私はお嬢様の隣に並べるなら例外でも嬉しく思います』

 天使か。天使がおる。精霊だけど。

『しかし、魔力鉱石として使用出来るならゴーレムに使っても問題は無いかと思います』

 腐っても鯛。黒くなっても魔力鉱石かな。

「もし、ヤバそうならシルキーさんに魔力供給お願いします」

 とりあえず親指の爪ぐらいの魔力鉱石を作り、魔力を込める。

 割れたので、それを【精錬】して真珠ぐらいの大きさになった玉をシルキーさんに渡す。

『では、魔力の供給が出来るか試してみますね』

 魔力鉱石からシルキーさんに向かって魔力が流れるのが見える。

『これは……素晴らしいですね。魔力の質もそうですが、お嬢様の魔力が直接使えそうです』

 そう言ってシルキーさんは魔力鉱石を飲み込んだ。

「ちょっ!シルキーさん!そんな!ペッてした方が良いですって」

 シルキーさんは恍惚な表情を浮かべる。

 美味しそうにしているが、元々は石だ。

 消化する腹の生物は大丈夫なのだろうか。

『これは凄いです。力がみなぎります』

 確かにシルキーさんの魔力が増幅している。

 黒い丸薬のような物を飲み込んで力が増幅するって完全に悪役がやるヤツですよ。

 主人公に追い詰められて「これを使うしかないようだな」とか言って飲むヤツ。

 ヤバい薬を開発してしまった感がある。

 まぁ、モルヒネ作っている時点で何も言えないのだが。

『お嬢様。今日は夕飯食べなくても――』

「それは却下です」

 何ダイエット中の女子高生みたいな事言っているんですか。

 サプリメントだけで食事を抜くなんてお母さん許しませんからね。

「食事はちゃんとして下さい」

『承知いたしました』

 素面に戻ったようだ。

 しかし、魔力は上がっているようだ。

 効果はどのくらい続くのかはわからない。

 ゴーレム含めて研究は必要なようだ。

 魔力鉱石の絞りかすを見ると黒い色や赤い色が見える。

 それを【精錬】してみる。

 設定は銅で。

 割合が大きいのか結構な量の銅が出来た。

 酸化銅だったか。

 設定を鉄で【精錬】してみると銅よりは少ないがある程度の鉄も手に入れられる事がわかった。

 リアカーがあるから積みまくれるぜ。

 なら掘りまくるぜ。

 穴を掘り続けていたらばったりと蛇に出会った。

 アナコンダよりも大きい大蛇だ。

 頭の大きさは私の上半身ぐらいありそうだ。

 色はアメジストを思わせる濃いめの紫。蛇の頭には冠のような模様が入っている。

 威嚇のためか上半身を起こし、こちらを睨んでいる。

 睨んでいると言っても視覚の良くない夜行性の蛇にはピット器官がある。

 ピット器官は言うなれば天然のサーモグラフィーであり、それによって獲物を判断する。

『お嬢様。あれはバジリスクです。毒を持ちますが――お嬢様なら平気でしょう』

 そこは心配して欲しい所ですよ。

 バジリスクが急にこちらに攻撃をしてきた。

 速い!

 私は嚙みつこうとしているバジリスクを必死に避ける。

 地を這う音が木霊して音だけなら位置が把握しづらい。

 これはわざと音をたてているのだろうか。

 そしたら実に狡猾だ。

 洞窟のような暗い場所で頼りにするなら嗅覚か聴覚だろう。

 その聴覚頼りを潰そうとしている。

 私は暗視できるから平気だ。

「速いなっ。タイムが欲しいくらいだ」

 これが本当のバジリスクタイム。

 ――とか思っているうちにバジリスクの口から煙のようなものを出した。

『毒です。散らします』

 シルキーさんがすぐに風で毒を散らす。

 毒が無効化されるとしても直撃は避けたい。

 私は小刀を取り出して隙を見て切りかかろうとする。

 ――が、バジリスクが直前でまた毒を吐いた。

 私は咄嗟に小刀を持った手でガードする。

『お嬢様!』

 私に毒は効かない。

 ――毒は。

 ガードした手を見ると小刀から手首までが石になっていた。

 石化は毒じゃないのか。

 石化は毒より攻撃範囲が狭いためか手首までしか石化していない。

 しかし、ジワジワと手首から肘へ向けて石化が進んでいくのが見えた。

 私ってば石化の耐性は無かったのか。

「シルキーさん!私が相手に一撃を与えるので後は頼みます」

『しかし!お嬢様!』

 シルキーさん。あなたはやれば出来る子だと信じていますよ。

 私はゲームで石化した時に思った事があった。

 石化した部位で攻撃したら、通常よりダメージが大きくなるんじゃね?と。

 今証明してみせようぞ。

「石化パーーーーーーーンチ!!」

 バジリスクの攻撃を避けて見事横面に石化した拳が当たった。

 バジリスクは横面を殴られ、大きくよろけた。

『いきます!【エアカッター】』

 シルキーさんのエアカッターはバジリスクの頭を切り落とした。

 そんな中私は――

「痛っっっっっっっっっっっっっっったーーーーーーーーーーーーーーーーい」

 石化した部位が殴った時に食い込み、神経を圧迫した痛みに悶えていた。

 しかも殴った時に石化した拳がもげた。

 石化した部位で攻撃すれば攻撃力は上がるが、めっちゃ痛いうえに、部位欠損する事がわかった。

 もう絶対しない!

 そう誓った。

『お嬢様!ご無事でしょうか』

 無事じゃない。

 手首から先はもう元どおりだけれど、無事かと言われたら無事じゃない。

「なんとか」

 強がってはいるが、まだ結構痛みが残っている。

 私なら再生出来るけれど他の人は止め方がいい。

 無事では済まない。

『お嬢様が無茶する事はわかっていますが、私が心配するような事は控えて下さい』

 あー。説教だー。

「腕が石化したのでシルキーさんに切り落としてもらうか、ああやって攻撃と共に切り離すかするしかなかったんですよ」

 嘘である。

 探せばいくらか方法は見つかるとは思う。

『そう……ですか』

 よっしゃ!イケる!

「シルキーさんに切り落としてもらうには申し訳ないかなと」

 従者として名乗っているのに主人の腕をぶった斬るなんて変だろう。

『そんな事ありません!次からは容赦無く斬らせていただきます』

 あるぇ?どうしてそうなった!?

 そこら辺【契約魔法】にひっかからないん?

 次石化したら容赦無く斬られるの!?

 嫌なんですけど。

 シルキーさんにそんなヤンデレチックなキャラはいらないんですけどぉー。

 私は仕方なく承諾した。

 承諾するしかなかった。

『それにしても、お嬢様の魔力を摂取した後の【エアーカッター】の威力が普段より増しています』

 そういえばバジリスクを一撃で倒していた。

「ただ威力が上がるなら良いのですが、副作用とかありそうなら止めて下さいよ」

 よくある「この命にかえてもー」みたいなヤツは困る。

『それは大丈夫そうです。私は魔力と直結なので、副作用は出ないと思います。動物やヒトが摂取するとなると筋肉などにダメージがいくかもしれません』

 確かにシルキーさんは元々スピリチュアルなものだし、魔力の塊とも言える。

 けれど動物等は魔力が身体を巡っているからなぁ。

 いきなり血液の量を増やして血管破るような状態になりかねないか。

 それで言ったらシルキーさんは血液の塊なわけで、破裂の恐れは無いか。

 まぁ、シルキーさんに害が出ないなら良いか。

『お嬢様。このバジリスクはどう致しましょう』

 シルキーさんはバジリスクの頭を動かそうと近寄る。

「危ない!」

 咄嗟に私の手であった石をバジリスクの頭に投げつけた。

 シルキーさんを嚙みつこうとした首が転がった。

『ありがとうございます。頭を落とされても生きているのですか』

 どうなのだろうか。

 頭を切断されてから鼠を咬み殺す蛇の動画などあったが、「生きている」というよりも「本能的に反応してしまっている」に近いかもしれない。

 人間の赤ちゃんの手のひらに指を置くと握るかの如く、無意識下の反応だと思う。

「出血量からしたら、死んでますけれどねぇ」

 辺り一面血の海だ。

 血抜きしたいが、大きすぎる。

 それに――

「武器さえも石になってしまって、困りました」

 先程投げたので砕けている。

 石化による石の種類を調べてみたいが、あまり岩石に詳しくない。

 サングラスをかけた司会者がブラりと旅をする番組での知識しかない。

 この世界に地質学者とかいるのだろうか。

 私のような自称生物学者がいるのだから、どこかにいるかもしれない。

 いたら会ってみたいものだ。

 しかし……私ってば武器に縁がない。

 武器を何回壊したものか。

 また小刀か脇差ぐらいのものを作らないと。

 シルキーさんがいるから前より作るのは楽か。

「シルキーさん。私の武器が無くなったので、今度は守って下さいね」

 なんちゃって。

『は、はい。この存在を懸けましてもお守り致します』

 存在は懸けなくて良いよ。

 真面目かよ。

 しかし、今持っているメスで大蛇を全て解体するのは難しい。

 こういう時にライトノベルの主人公が持ってる収納ストレージ魔法があれば便利なのだけれど、私主人公肌じゃないからなぁ。

「内臓に近くない場所の肉と皮だけ持って帰りますか」

 殺してしまったからには食べる。

 しかし全部は持って帰れないので、後は森に破棄するしかないか。

 何かの動物か魔物が食べるでしょう。

『お嬢様。これを見て下さい』

 シルキーさんは何処からか卵のようなものを持って来た。

 鶏の卵より一回り大きい。

『これはバジリスクの卵かと思われます』

 卵か。

 という事はバジリスクはボア科やクサリヘビ科では無いという事か。

 例外はもちろんあるが、その科には卵を産まない卵胎生が大半である。

 因みにオオアナコンダはボア科である。

「こんなにも大きいのにボア科じゃないのか」

『お嬢様。バジリスクは魔物です』

 呟きが聞こえたのか、シルキーさんからツッコまれた。

 魔物かぁ。

『暗所で卵が孵化するとバジリスクへ。陽を浴びて孵化するとコカトリスになります』

 あ゛?

 ポケットに入るモンスターか何かか?

「コカトリスは蛇ですか?」

 シルキーさんは首を振る。

『鶏に尾が蛇の魔物です』

 あ゛?

 魔物に関しては「意味がわからない」と言ってしまいたくなる。

 蛇の魔物と鶏と蛇が合体した魔物が同じだと?意味がわからない。

 鶏尾蛇への変異ルートが正規ルートとして、暗所だと鶏の眼が不要とされて蛇に飲み込まれるのだろうか。

 逆に明るい場所だと鶏がいる方が便利なのだろうか。気になる。

「そのコカトリスは鶏みたいに卵を産みます?」

 卵を産むなら家畜として育てたい。

『コカトリスの生態に詳しくないのでわかりかねますが、卵は産むとは思います』

 そうか。なら飼ってみるのも良いかもしれない。

「コカトリスの餌はヒエで良いか」

 色々プランを立てているとシルキーさんがギョッとした顔をしている。

『もしかして、魔物を飼うおつもりでしょうか』

 そんなに大変なのだろうか。

『魔物は小さな種でも凶暴です。飼うことなど不可能に近いかと』

 そういう事か。

「精霊喰いの人がヤギの魔物を使役テイムしていたし、無理矢理だけどやろうと思えば大丈夫じゃありませんか?」

 シルキーさんは何故か固まっている。

「シルキーさん?」

 シルキーさんの目の前で手を振って意識を確認する。

『お嬢様?今精霊喰いの元人間が魔物使いモンスターテイマーだとおっしゃっていたように聞こえましたが』

 あれ?言ってなかったっけ?

「ヤギの魔物も精霊喰いになっていたけれど、魔物として使役されていましたよ」

 人間の方が司令塔としていたようだったし。

 ゾンビ状態だったから考えなどあったかは定かでは無いけれど。

『では、精霊喰いにした黒幕がいそうですが』

 黒幕はいそうだが、この近くにいるわけではなさそうだ。

 使用するつもりなら魔物使いの方は人のまま残しておくだろうし、あれはどう見ても用済みだったろう。

「まぁ、豊穣祭の街では警戒した方が良さそうですね」

 人間は罪深いからなぁ。

「とりあえずバジリスクを解体してしまいましょう。卵は後で考えます」

 シルキーさんに色々切り落としてもらい、皮は剥いでいく。

 蛇革なんて高級品じゃないですか。

 ブランドバッグみたいな物を作れそう。

 いや、異世界だから普通は防具なんだよなぁ。

 高級バッグとか平和かよ。

 バジリスクの味は淡白そう。

 うなぎハモ、蛇などの長モノ系は味が淡白な物が多い。

 だから味付け濃いめのタレなどが良く合うのだけれど、そんなタレは無い。

 イギリス料理の鰻のゼリー寄せみたいなものは作りたく……作るのがはばかられるだろうし、どうしたものか。

 やっぱり中国で見るスープ系だろうか。

 メスじゃ切れる範囲も無いので正味三キログラムといったところか。

 二人で食べるだけだから、これでも多い方だ。

 とりあえず魔力鉱石の精錬を続けて色々集めようじゃないか。



   ◆


 小さい籠に手のひらサイズの魔力鉱石がジャラジャラと入っている。

「これぐらいあれば十分か」

 横でシルキーさんが銅と鉄のインゴットを運んでいる。

 鉛も多くはいかないが手に入った。

 鉛の扱いは難しい。

 鉛中毒にならないよう注意しなくてはいけない。

 シルキーさんに中毒症状は無いだろうから平気だろう。

 生物は匂いで食べ物を嗅ぎ分け、舌で食べられるか判別し、食す。しかしシルキーさんにはそれが無い。正確には無くて平気だから。シルキーさんの中にいる生き物はわからないが、シルキーさんには中毒とは無縁だろう。

「さて、そろそろ帰りましょう」

『そうですね。ところで、これはどう致しますか』

 シルキーさんが卵を持って来た。

 ああ。説明を忘れていた。

「まず、シルキーさんの協力が必要となります。無理そうなら断って下さい」

 危険かもしれないが、上手くいけば卵が手に入る。

「まず卵の周りに罠を張り、孵化させます。シルキーさんが【威圧の邪眼】でまず抑えて、私が脅します。そのうちに【契約魔法】で従うよう取引をします」

 普通に見たら恐喝だ。

『契約内容はどういたしましょう』

 恐喝行為だが、相手に損はさせない。

「住処の提供、毎日の餌、一定の繁殖活動の許容を条件として卵を貰う感じですかね。拒否した場合は鶏肉になってもらいましょう」

 相手の自由はある程度制限されるが、生きる上で良い条件だと思う。

『罰則は如何いたしましょうか』

 契約の罰則か。

「敵意を向けるようなら鶏肉ぐらいで、卵に関しては罰則無しで構いません。また、こちらが提示した食事と住処が与えられなくなった場合には契約解除をしましょう」

 前提として話が通じるかどうかだけれど、魔物使いがいたから可能性はある。

「あと、契約期間は半年にしましょう」

『何故ですか?』

 別に恐怖による服従でもかまわないが、どうせ卵を産むならストレスが無い方が良い。

「半年でここでの暮らしを気に入って貰います。そこで逃げるようなら構いません」

 外の世界こそ面倒で辛いのだ。

 あとは契約が契約が可能かどうかだ。

 もしかしたらヒヨコの内なら【契約魔法】無しでいけるかもしれない。

 あと卵が四つあるからつがいが出れば良いのだけれど。

 卵をリアカーの上に乗せる。

 卵は陽に当てるようにしておく。

 バジリスクが生まれてしまったら食べるしかない。

 バジリスクの肉は冷やしているが、どうなのだろうか。

『では、私がこれを引きますね』

 シルキーさんがリアカーを引く事になった。

 私は壊した前科があるので自重することになった。

『前から聞きたい事があったのですが、よろしいでしょうか』

 道中藪から棒にシルキーさんから声がかかった。

『お嬢様は、どうしてクラーケンの時にあの男――パーディンを助けたのでしょうか』

 私が?パーディンを?助けた?

「私はパーディンを助けるつもりはありませんでしたよ。手を貸すぐらいの気持ちでしたよ」

 私は人を助けるなんてしない。

 そもそも人魚達は何もしなくてもクラーケンを倒せたはずだ。

 それが何ヶ月かかるかわからないけれど、倒せたはず。

 私も「助けた」なんて言うつもりもない。

 道徳の問題で「トロッコ問題」というものがある。

 暴走したトロッコの先に大勢の人がいて、一人を犠牲にすればその大勢が助かるというものだ。

「シルキーさんは一人を犠牲にして多数を助けるのと、多数を犠牲にして一人を助ける場合、どちらを選びます?」

 功利主義か義務論か。

『私はお嬢様がいる方を助けます。まぁ、お嬢様は助けずとも何とかなりそうですが』

 シルキーさんは軽く鼻で笑う。

 シルキーさんのように「大切な人かどうかによる」という人を見るが、私には関係が無い。

 大勢を見捨てる?一人を犠牲にする?

 私は「選ばない」という道をとる。

 一人が犠牲になりそうなら一人が犠牲に、多数が死にそうなら多数を見捨てる。

 私は責任を取るような選択はしない。

 多分だけれど、この回答が一番ダメな回答だ。

 モラルとして、人間としていけない。

 家族や恋人が犠牲になりそうな場合もそのままだ。後で「嗚呼、なんという事だ」と悲劇ぶるのだ。

 しかし後悔はしない。後悔しないからこそ成り立つ。

 あえて論点をずらすが、そもそも、途中で責任を押し付ける状態が気に入らない。

 昔航空機司令塔で一人の女性がミスをして航空機が大破し、壮大な犠牲者を出した事故があった。

 航空会社が責任を持つ事となったが、彼女からしたら自分の手で大勢を殺してしまったという責任が拭えない。

 どうフォローしても自責の念が絶えないだろう。

 そんな状況に陥れようとしているこの問題。私は私を救うために責任を負わない。

「私は助ける行為はしません。倫理として反していても普通は利益がありませんし」

 知らぬが仏。触らぬ神に祟りなし。優しくせども助けはせぬ。

『けれど、精霊喰いの攻撃時に私を助けてくれましたよね』

「そ、それは、その……」

 コミュ障な反応になってしまった。

 咄嗟だったから仕方ない。

 仕方がないんです。

 シルキーさんが機嫌良さそうにリアカーを牽き始めた。

 ろ、論破したからって調子に乗って、お、おぼえてやがれー。

「そろそろ着きますよ!」

 悔しいので露骨に話題を変える。

 シルキーさんと話し込んでいる内に家に到着した。

 結局最後までシルキーさんに牽かせてしまった。

「最後までありがとうございます」

 シルキーさんはリアカーを家の横につけた。

『お嬢様が牽くより効率が良いので』

 嫌味かな。ぐぬぬ。

 卵を陽当たりの良い場所に置いて、魔力鉱石を庭に置く。

 魔力鉱石は後で私の魔力で使用できるか検証しよう。

 卵の周りに魔法陣を描き、保温させると共に孵化したら捕獲するように罠を仕掛ける。

 鳥類の卵は温めながら何時間に一回卵を回す。その為、こちらもゴーレムが定期的に回すようにプログラムしておく。

「シルキーさんが言っていた魔力鉱石の反応で、火の魔力鉱石なら火に関係する魔法しか使えないのですか?」

 ゴーレムなら土の類だろう。

 なら黄色の魔力鉱石じゃないといけないかもしれない。

『いえ、効率としては悪くなりますが、魔力補給としてなら使用出来ます。しかし、発火させたり現象を起こす場合には適応した魔力鉱石じゃないと出来ないようです』

 なら良かった。ここまでやって使えないとか言われたら困る。

『魔力鉱石だけで現象を起こす事は難しく、魔道具と組み合わせる事で簡単に起こす事が可能となっています』

 魔道具か。

 なら緑の魔力鉱石で旋盤を造ればシルキーさんの手を煩わす事は無くなるわけだ。

『因みに、私が作った魔力鉱石は没収しますので、何か御用がありましたら呼んで下さい』

 没収された。

 シルキーさんも何か作りたかったのだろうか。

 いや、シルキーさんなら風を使うから持っていて意味が無いはず。やはり魔力供給のためだろうか。むむむ。

 まぁ、シルキーさんの魔力で作られた魔力鉱石なのだから私が文句を言える立場じゃない。

「仕方ありませんね。夕食の準備といきましょうか」

 夕食はもちろんバジリスク。

 取り敢えずブツ切りにして、スープにブチ込むか。

 蒲焼き……というより白焼きも作ろう。

 味は塩しか無い。濃いめの味付けが良いのだろうが、そんなものは無い。

「シルキーさん簡単な夕食が出来ましたよ」

 魔力を注いで、いざ実食。

 先ずはスープから。

「うん。うん?うん」

 何だろうか。

 食べられなくは無いが、不味い。

 美味しくは無い。

『食感がもにゅもにゅしてますね』

 そう。もにゅもにゅしている。ホルモン焼きの味無しのような感じがする。

 あんなに大きな蛇だったのに、火を通してみると柔らかい。そして大して味がしない。

 スープ自体の味はそこそこなのだが、バジリスクは美味しくない。

「スープとバジリスクは別で良かったですね。むしろ、バジリスクが無い方が美味しいかもしれない」

 クラーケンのような強烈な不味さは無いが、アリかナシかと言ったらナシ寄りだ。

 白焼きはどうだろうか。

 期待せず口に入れて咀嚼する。

「独特な臭みがある。これは香辛料があった方が良いですね」

 シルキーさんんも微妙な顔をしている。

『咀嚼時は良いのですが、後から味が来ませんね』

 結果。バジリスクは美味しくは無かった。

 濃い味付けに期待。

 豊穣祭で街へ行ったら調味料を購入しよう。

「『ご馳走さまっでした』」

 さて、ゴーレムに魔力鉱石を入れるプログラムを仕込んで寝ますか。

 コカトリスとやらはまだ孵化しないでしょう。

 おやすみなさい。



   ◆


 次の朝、起きたら卵からコカトリスが孵化していた。

「孵化したらゴーレムが起動して、拘束するという罠が起動して良かったです」

 バジリスクには無かった脚を捕まえてバタバタと羽を動かしている。

「しかし、ヒヨコの姿じゃないのか」

 完全に完成された姿だ。

「シルキーさんには契約魔法で契約をお願いします」

 シルキーさんは頷いて契約条件を魔法文字で羅列してゆく。

 私はというと、魔力の塊を作って圧縮してゆく。

『お嬢様、流石にそれ以上は私にも辛いものがあります』

 シルキーさんからストップがかかった。

 地球で言うならグロテスクな光景とでも言うべきか。指を軽く切って出た血よりも首から大量に流れている血の方が恐ろしさを感じる。十分な恐怖だ。

 シルキーさんが契約を行った結果、一羽は刃向かって鶏肉となった。

 残り三羽は一羽が一瞬で鶏肉となったのを見て家畜となる事を選んだ。

 今日のご飯が全て鶏肉にならなくて良かった。

 ヒトは「家畜に成り下がる」という表現をするだろうが、家畜は「成り上がり」である。

 野生では考えられない安全な住処や餌、外敵から身を守ってくれる主人、繁殖の権利。これらが保証されるのだ。

 人間で言うなら小、中学校でイジメにあってビクビクと暮らし、高校へは行かずにその日暮らしするのが野生とする。家畜はある家事手伝いをすれば食事やオートロック付きのマンションに住めるのだ。

 あれ?そう思うと日本人の何割かは家畜以下の生活じゃないか?

 ……まぁ、家畜は場合によってある年齢までしか生きられないが、幸福度的には上の方だろう。

 ヒトは野生である厳しさを知らない。だからプライドが高く、つけあがる。傲慢な動物だ。

 ライトノベルのタイトル風に言うならば「鋭い牙や爪は無い最弱な獣だけど頭脳や仲間のおかげで無双した件」とかになる。

 事実は小説よりも奇なり。人間という種が出来た時点で狂っているとしか思えない。

 人間も生きていくには働かないといけない。

 早めに死ぬとしてもニートで暮らせるなら私もそうしたいよ。

 契約が終わったコカトリスには首輪が付いた。

 どちらの?蛇にも鶏にも。

 刃向かったコカトリスを解体してみたら意外な事がわかった。

 先ほど「鶏肉になった」と言ったが、コカトリスは「鳥類」ではないかもしれない。魔物なので「鳥類」として位置付けるには元から困難であったが、違う見解が浮上する。

 尾の蛇が影響しているのかは、定かではないが、羽毛の下に鱗の様なものがある。

「鶏だけど鳥じゃない」

 シルキーさんが『どういう事でしょう』と首を傾げる。

 鶏皮としては硬すぎる物を剥いでみる。

 しっかりとして、爬虫類の皮膚のようだ。

 尾の蛇は完全に蛇なのだが、鶏の方は何か違う。

「もしかして……恐竜?」

 最近恐竜には羽毛が生えていたという説がある。

 Tレックス――ティラノサウルスも羽毛が生えていたようだ。勿論、全身モコモコの可愛らしい感じではなく、一部に生えていたようだが。

 それにしても、コカトリスが恐竜っぽいとは。

 トサカや羽はあるが、爬虫類のようにも感じられる。

 確か、こういう伝説上の生物って昔の人が考えたはず。

 なのに最近になって恐竜羽毛説が浮上したって事は、考えられた時に何か恐竜のようなものがいたのではないかと疑いたくなる。

 確率としてはゼロに近いがロマンあって良いと思う。

 男ならロマンを求めたい!

 あ、今私は童女だった。

 しかし、恐竜かぁ。恐竜の卵って美味しいのだろうか。

 食べてみないとわからない。

 美味しかったら嬉しい。

 やはり野生種のものはそんなに美味しくは無い。だから美味しいものは大歓迎だ。

 コカトリスの鶏――恐竜の方から卵が出るわけだから、人間で言う結合双生児のようなものだろうか。

 体は一つだが、頭は二つ。結合双生児。

 蛇は元々双頭の蛇の目撃がある。

 なので「双頭になりやすい」のかもしれないが、それが一つの種になってしまうとは凄い事である。

 双頭の蛇は考えが纏まらず、長くは生きられないらしいが、コカトリスのように身体が鶏で尾が蛇なら鶏の方に主導権があると考えて良い。

 そうなれば動きが変になる事はない。

 餌の関係も――

「そうか!」

『どう致しました?』

 私の声でシルキーさんが吃驚しながらこちらに視線を送る。

「コカトリスは鶏が卵を産んで蛇が食べるという構図になっているんですよ」

 そうすれば鶏の方が餌を食べるだけで良い。

 しかも石化の魔法が使えるなら鶏にある砂肝――砂嚢に石を送る事も可能か。

 鶏に部があるが、蛇は用心棒みたいなものだろうか。

 雄が生まれた場合はどうなるかわからない。

 それか三毛猫のように雌が生まれる可能性が高いかもしれない。

 もし、そうだとしてもバジリスクの卵からコカトリスが生まれる場合もあるので、種が途絶える危険性は少ないはずだ。

『お嬢様が楽しそうで何よりです』

 魔物は生物学的に当てはまらない事が多そうだが、色々な考察が出来るので面白い。

 とりあえずコカトリス用の鶏小屋を作ろう。

 契約の内容として安全な住居の提供があるわけだし。

 あまり家畜とかには詳しく無いが、卵が産める場所と少し高い場所があれば大丈夫だろうか。

「おっ!何やっとんのや?」

 私が小屋を建てているとパーディンが来た。

「おはようございます。コカトリスを飼う事になったので小屋を建てているんですよ」

 小屋の中には三羽のコカトリスがいる。

「コカトリスって……魔物やないか!」

 コカトリスに餌となる稗を撒く。

「シルキーさんの【契約魔法】で契約したんですよ」

 食事と安全な住処の提供と引き換えに。

「使役。というより従魔テイムに近いんかな」

 それはよくわからないが、私は家畜として見ている。

「しかしエエんか?そろそろ街へ行くのに従魔を飼いならして」

 私は何か問題があるのかわからないので首を傾げた。

「いや、留守にするのに餌やりとか」

「あっ」

 完全に忘れていた。

 シルキーさんを置いていくわけにもいかないし、どうするか。

 隣でゴーレムが魔力鉱石交換に来ていた。

 私の魔力鉱石でも魔力供給は問題が無く、サイクルがちゃんと出来ている事が確認された。

「ゴーレムに餌やりと掃除をやらせるか」

 仕方がない。

 後でシルキーさんに頼んで協力してもらおう。

「しかし、コカトリスなんて良う従えたなぁ」

 パーディンは感心を隠せずにいた。

「バジリスク退治したら卵を発見したので、孵化させました」

 パーディンから「はぁ!?」っと素で驚かれた。

「バジリスクってデっカイ蛇やろ?冒険者が四人ぐらいで倒すヤツ」

 冒険者とかは知らないが、大きい蛇なのは間違いない。

「もし良かったら素材を提供してもらえんか?」

 私としては蛇のバッグぐらいしか思っていなかったので問題ない。

「シルキーさん。バジリスクの素材持ってきてくれませんか?」

 ドアから声をかけると「只今」と返答が返って来た。

 しばらくするとシルキーさんが蛇の皮と骨を持ってきた。

『また来たのですか』

 シルキーさん、まずは挨拶でしょうに。

 パーディンとは仲が悪いのだろうか。

 それとも仲が良すぎてこの対応なのだろうか。

「シルキー姉さんの持ってる分だけやろか」

 おや。珍しく欲しがりますねぇ。

「肉ならありますが、皮や骨は持ってこれなかったので現地に放置しました」

 大蛇とかそういうレベルじゃないほどの大きさだったからなぁ。

「その場所行けばあるやろか」

 どうだろう。動物に食べられたりしてなければあるかもしれない。

 あっても最低二回は往復しなきゃ全部持って来られない。

「んー。お嬢には投資しとくわ」

 パーディンが大きめのトートバッグを渡して来た。

『これは何です』

「これは魔法鞄や」

 ほう。ライトノベルでよくある異次元空間になっていて、何でも入るあれか。

 こんなものがあったのか。

「この魔法鞄は容量がなんと小さい部屋一つ分もあるんや!」

 ん?小さくね?

 無制限とかじゃないの?よくライトノベルでは「無限収納」と書いて「イベントリ」とか読むじゃん。

 部屋一つ分って基準が曖昧だし、微妙な大きさだ。

「部屋換算は分かりにくいのでもう少し具体的にお願いします」

 パーディンが説明するに六畳ぐらいはありそうだ。

 本当に部屋一つ分だ。

「せやけど、この口から入れられるモンしか入らんで」

 口が大きめのトートバッグなので手に持てる物なら入りそうだ。

「時間経過や温度などはどうなのですか?」

 よくあるパターンは時は止まっていて、温度は外気に反映されない。

「時の経過?普通に遅くも早くもないで。温度は外気より部屋に入ったぐらいや」

 つまり、中で食べ物は腐るし、外気の温度に反映されるわけか。

 本当に部屋を持ち歩く感じか。

「もしかして生き物も入ります?」

 猫型ロボットのポケットみたいに人が入れるなら面白い。

「入るで。ただ、虫やらカビやらが沸くからオススメはせん」

 確かに。虫が沸いた中に手を突っ込むのは勇気がいる。

「これを投資するというわけですか」

 パーディンが「せや」と頷く。

 なら、またあの洞窟に行きますかねぇ。

『私が行って参ります』

 シルキーさんが申し出てくれたが、それは難しいだろうなぁ。

「シルキーさんの力じゃ解体出来ませんよ」

 防具としてなら売れそうな硬さだ。もしかしたら死後硬直によるものだったかもしれないが。

「パーっと行ってパーっと帰って来ますよ。お留守番よろしくお願いします。後でパーディンさんと何話したか聞きたいですね」

 私は新調したナイフを片手に洞窟へと走って行った。



   ◆


 お嬢様が行ってしまわれた。

 この男との話を聞きたいだなんて何をお考えなのでしょうか。

「お嬢なりの気遣いやろ」

 この男はやれやれと首を振っているが、私には理解が出来ない。

「お嬢からしたらワイ達は不仲なわけで」

『そうですね』

 否定はしない。

 私はこの男が気に入らない。気にくわない。

「えー……。それを解消させたいがための事やろ」

 そういう事ですか。

『では、表面上だけは仲良くいたしましょう』

「そういう所やぞ!」

 全く何が気に入らないのですか。

 表面上だけでも優しく接すると譲歩したというのに。

「ギスギスした雰囲気でお嬢に迷惑かけたいわけやないやろ」

 それは……そうですね。

 仕方ありません。口車に乗ってあげましょう。

『そういえば、お嬢様にクラーケンの時に何で人魚を助けたか聞きました』

 パーディンは少し真面目な面持ちで話を促す。

『お嬢様は助けるつもりは無く、手を貸すぐらいの程度だったようです』

 助けも救いもしないとおっしゃてました。

『手を貸した理由は私のためだそうです』

 私は見栄を張った。

 嘘ではないのでしょうが、しーちきんの為である事も確かだ。

『それは良かったわ』

 パーディンは何故か安堵したようだった。

「お嬢にも少しは人間味があるようで安心したわ。せやけどほぼ損得勘定やな」

 確かに益ある関係ならお嬢様は害は出さないでしょう。

「損得感情やな。お嬢との関係はワイ達にも利益あるわけやし、少しは安心や」

 確かにお嬢様は利益優先な所はあるが、この男が思っている以上にヒトらしいと思う。

 見栄を張ったが、お嬢様は私を少しは気に掛けてくれている。

 嬉しくはあるが、私に何が出来るかわからなくなってしまう。

 何も返せないままでいてしまう。それが私にはもどかしいのだ。

 だから――

『お嬢様に恩を売り、利用しようとする行為は辞めていただきます』

 この男は「投資」と言って恩を売ろうとした。

「ハハハ。いや、あれは、投資や。投資は利益が返って来る事を見越してするもんや」

 そうだが、上手く恩を売った事にすればお嬢様はこの男を排除出来なくなる。

『今回は良しとしましょう。しかし、利用しようとしたら……わかってますね』

 私の魔力に反応して周りに風が吹き荒れる。

「わかったから許してぇな」

 パーディンが両手を上げ、降参の意を示す。

 そもそも今お嬢様がいない状況もこの男が原因だ。

 しかしお嬢様はこの男と私が友好的であって欲しいと考えていらっしゃる。らしい。

 私はため息を漏らす。

 ならこの男に少し手伝ってもらいましょう。

『コカトリスにゴーレムを攻撃しないように再契約するのですが、少し手伝ってもらいましょう』

 お嬢様が帰って来る前に済ませてしまいましょう。

 パーディンを両手を上げたまま小屋へ向かわせた。



    ◆


「ただいま戻りました」

 意外と時間がかかってしまった。

『お帰りなさいませ』

 シルキーさんとパーディンが鶏小屋から出て来た。

「何か話せました?」

 少しは距離が縮まれば良いのだけれど。

『お嬢様の話をしました。後はコカトリスにゴーレムを攻撃させないように再契約手伝って貰いました』

 そうですか。

 私の事って何を話したのか気になる。

 陰口とか愚痴とかだったら嫌だなぁ。

「クラーケンの手助けするきっかけはシルキーの姉さんの為やったとかやで」

 ああ。そんな事か。最近シルキーさんに話したっけ。

 まぁ、シルキーさんがシーチキン食べたいって言ってたから。

「パーディンさんも手伝ってくれてありがとうございます」

 そんな話なら別に良いかな。

「持って来ましたよ。バジリスク」

 魔法鞄という名のトートバッグを持ち上げる。

「あったか!良かったわ」

 行ってみたらバジリスクの断面は、ほぼ虫に食われて虫で埋まっていた。

 骨が五十センチメートルは出ていたから、その分は食べたのだろう。

 早いし速いな。

 蛆のような虫や甲虫っぽいのまで様々だった。

 前世でお昼に海外ドラマの科学捜査班を見て、昼飯食べていた私からしたら何ともないけど、他の人からしたらショッキングな光景だろうなぁ。

 まぁ、前世で魚焼きグリルに蛆が沸いた時は吃驚したけれど。

 そんなこんなで、バジリスクの食べられていなさそうな部分を切り取って持って来た。

 バジリスクの皮は硬いから時間はかかった。

 新しいナイフはもうボロボロだ。

 また作るしかない。

「それで、どうやって取り出すんです?」

 トートバッグの中が見えるわけではない。

「全部取り出すなら、魔力通して逆さにすれば全て出るで」

 私は魔力をバッグに流して逆さにする。

 バサバサとバジリスクの皮や骨などが落ちた。

「必要な物だけを取り出す場合は魔力にイメージをした物を流す感じやな」

 意外と難しそうだ。

「コツが掴めると簡単に取り出せるで。あと、入れる物に目印を付けると取り出しやすくなるで」

 それはタグ付けというヤツか。

 メールとかでも重要なものに星マークとか付けるものな。

 その方が私としてやりやすいか。

 猫型ロボットのように、パニックになってワサワサと出すのが目に見える。

「あっ!シルキーさん!花猪口ハナイグチ山鳥茸ヤマドリダケを見つけました」

 二種のキノコをシルキーさんに渡す。

 花猪口はナメコみたいにぬめりがあり、汁物に合うキノコだ。

 山鳥茸は何にでも合う万能キノコだ。

 今夜はコカトリスとキノコで美味しい食事が出来そうだ。

「後は……ジャーン!小豆です」

 私は小豆をザラザラと出して見せた。

『これはよく見る種ですね』

 シルキーさん知ってるものですか。

 しかし、種って。

 確かにそこらに生えていたものを持って来たけれども。

「これは収穫が面倒ですが、稗と同じく良いものです」

 小豆があればあんこが作れる。

 日本にお馴染みの甘いあんこは砂糖が希少なので作れない。

 和菓子は素人には難しいだろう。

 それに砂糖や醬油など調味料が無いのは致命的すぎる。

「これ等の買取価格が決まったで」

 パーディンがバジリスクの皮や骨を指差して小袋を出した。

「先に金額だけ出しておくで。買取価格は金貨二十枚や」

 金貨二十枚か。やったー。価値がわからないけど。

「とりあえず説明するで」

 上から金貨、小金貨、銀貨、小銀貨、銅貨、小銅貨とあるらしい。

「小銅貨二枚で銅貨と同じ。小銀貨二枚で銀貨と同じ価値や」

 小銀貨の見た目は銀貨を半分にした半円だったので分かりやすい。

「で、銅貨を十枚で銀貨と同じ。銀貨十枚で金貨と同じ価値や」

 まぁ、わかりやすい。アメリカの二十五セントコインなんかよりイメージがわく。

「それで、最後に銭貨というものがあるんやけど」

 パーディンは袋から小さな黒い硬貨を出した。

「これはあまり貨幣として信用が無い。小銅貨より下の硬貨や」

 んじゃ、あまりこればかり持っていても困るヤツだな。

「市場によく出回っているのが小金貨から下やな」

 って事は、バジリスクの素材は高価格か。

「んで、今の手持ちが金貨四枚とこれらしかなくてな。次合う時に渡すか、魔法鞄を金貨十五枚で買い取るかでお願いしたいんや」

『なっ!……』

 シルキーさん何か言いそうでしたね。

 パーディンの信用がどうとか私の尊厳がどうとか言っていたでしょう。

 しかし、我慢したという事は何か成長したという事でしょうか。

 それともパーディンと少しは仲良くなったかですね。

 後でシルキーさんのご飯多めにしときましょう。

「なら、魔法鞄を買わせていただきます」

「まいど。しかし、あんまり言い値で買わない方がエエで。ワイは適正価格で売買するけど、そういうヤツ等は少数や」

 そうか。日本的なノリじゃ駄目なんだな。

 パーディンが硬貨の入った袋を渡して来た。

 中身を見るとレクチャー用の小銭と金貨一枚、銀貨七枚、小銀貨一枚、銅貨三枚で合わせて金貨五枚分入っていた。

 日本円換算で金貨一万円、銀貨千円と考えていった方が計算が簡単か。

「そういえば、これに単位は無いのですか?」

 よく千ゼニーみたいな単位があるけれど。

「いや、これに数字や単位付けると市民が使えん。計算が出来るヒトばかりじゃないからな」

 そうか。「千ゼニーです」と言われるより「銀貨一枚」の方が直感として使えるわけか。

「文字も書けたり読めたりするヒトはいるが、全員ではないんや」

 まぁ、幸福度世界ランクのブータンさえ識字率は五割だったし。

 そんなものか。

 私は頭に埋め込まれたからなー。便利だけど気持ち悪さが残る。

「釣銭の誤魔化しもあるからなぁ。商いする者の敵や」

 人間の敵は人間みたいなものか。

 信用が大事な商人が変な商人によって疑われるのは嫌だろう。

「金貨五枚もあれば春まであっちで暮らせるやろ」

 そんな暮らせるのか。

 別にすぐ帰って来るつもりなのだけれど。

 あっ!そうだ。

 私は銀貨三枚パーディンに渡す。

「この袋と同じものを次合う時に三つ用意出来ますか?」

 財布は持ってないのでを使うとして、シルフィーさんの分も欲しい。

「エエけど、こんなにはいらんて」

 銀貨二枚返された。

 袋一枚千円くらいかと思ったのだが、三百円程度なのだろうか。

 物価が安いな。

「次合う時は旅先やけど、エエか?」

 私は頷く。

 それまで硬貨を使う機会がなさそう。

 三日間サバイバル生活だろう。

「パーディンさんちょっと待ってて下さい」

 私は家に戻り、ドス黒い液体の入った瓶を持って戻った。

「これ、脚が生えた後に飲んで下さい」

 私がキノコ類とポーションを煮詰めた超がつくほどのクソ不味い液体だ。

 しかし、これを飲めば風邪はひかないはず。

 マウスに飲ませて私の毒を飲ませても効かなかったほどだ。

「飲む直前に寒天で固めて飲んで下さい」

 直前じゃないとカビが生える可能性がある。

「寒天で一気に飲まないと口の中が地獄と化します」

「お、おう」

 味見したら最悪だった。

 これでも改良したが、これ以上は無理だろう。

 最初のはカプセル化しない限り飲めないだろう。

「さて、夕飯の準備しますよ」

 シルキーさんに食材を渡しておく。

 まだ明るいけれど、暗くなってから武器もつくらないといけない。

「パーディンさんも食べていきます?」

 今日の夕飯はコカトリスと花猪口のスープかな。

 小豆は稗と雑穀として煮るか、畑に植えるか。

 コカトリスが大きめなので三人分はいけるだろう。

「いや、帰ってこれから準備せな」

「そうですか。ではまた今度」

 バジリスクは美味しくなかったが、今日は期待出来そうだ。

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