番外編~応え併せ2~
私は疑問を感じている。
疑問というべきか疑心というべきか。疑念である。
それを問いただしていいものか。
それを聞いて自分は納得するのだろうか。
そう思いながら私は魚を捌いていく。
「シルキーの姉さん鍋借りるで」
私の隣で返事を返す前に鍋を手にする元人魚がいる。
ここの主に対して断りをいれているのだろうが、何とも気に食わない。
しかし、今捌いている魚もこの男が持って来たものだ。
実に気に入らない。
「しかし、お嬢の家は本と訳のわからない道具ばっかりやな」
そう言いながら彼はポーションに火をかける。
私は慣れたが、最初は落ち着かなかった。
本や使用方法不明な器具がギラつく夜はなんとも不気味だったからだ。
しかし、睡眠が不要な私は本を読んで過ごしていた。
ここにある無数の本はたった一人によって書かれていた。
『貴方は【ピュグマリオーン】という人物を知っていますか?』
ピュグマリオーンという人物が書いていた。
お嬢様が言うにはそれが製作者様だと言う。
「ピュグマリオーンって言ったら最初の
あたかも常識と言わんばかりの反応だった。
私は俗世に疎い。
風の精霊であったし、人と接することはあっても人物やヒトの歴史に関しては知り得ていない。
『
ここにある本で知った知識はあるが、書いた人物の呼ばれ方などは知らない。
「
ならばお嬢様や私も
「国に属さず、国や世界に益を
世界中を自由に歩き回ってはいないから私達は当てはまりませんかね。
話をしながら二人して手は止めないでいる。
「優秀なピュグマリオーンを国が囲おうとしたらしい。せやけど自由でありたいピュグマリオーンが拒んだ。しつこく国が囲おうとしてピュグマリオーン本人に国自体が消されたらしいで。そこから国は自由人を囲ってはいけないっていう暗黙の了解が出来たって話があるんやけど」
そう言って火から鍋を下ろす。
そして、その火で私が魚を焼いていく。
「嘘か真かはわからん」
優秀で自由気ままなヒトというカテゴリーなのでしょうか。
もしかしたらお嬢様も成りえますね。
「で、ピュグマリオーンがどうかしたんか」
鍋のポーションが固まるまでこの男はここにいるようだ。
『ピュグマリオーンがお嬢様の製作者様らしいですよ』
そう言った途端にパーディンが鍋を落としかけた。
風を使って落ちかけた鍋を拾う。
「ありがとうな。しかし、お嬢はピュグマリオーンの忘れ形見やったんか」
忘れ形見。まぁ、お嬢様が生まれた時には息を引き取っていたらしいので、そうなりますね。
「そうなると疑問やな」
疑問。
それは私が思っていることと同じかもしれない。
納得がいかない点がある。
魚をひっくり返し、香草をまぶす。
火がこちらを照らし、見ている。
◆
『昼餉が出来ました』
そう言ってシルキーさんが焼いた魚をテーブルに置く。
そして私はその魚に魔力を流す。
『「いただきます」』
これは!
「美味しいですね」
脂が乗ってて美味しい。
『クラーケンとは比べ物になりませんね』
アレは不味かった。
素材が不味いってああいう事なんだなって思った。
私はあんまり不味いなんて言う方じゃない。
そんな事を言っていたら、この世界は生き残れない。
日本は美味しいもので溢れていた。
ここはまだ素材自体がそこまで洗練されていない。
美味しいものを食べられるのは幸せである。
「お嬢、これ使ってエエか?」
パーディンが空き瓶を振ってこちらに見せる。
どうやらポーションが手持ちの瓶じゃ入りきらなくなったようだ。
「良いですよ」
空き瓶なら沢山ある。
元々は製作者様が使っていたものだ。
何か不気味なものが入っていたが、いらないものは処分した。
ガラスも濁っているし、すぐ割れる。
日本の百円ショップで売っている物の方が断然綺麗だ。
不便な世の中だが、不便な世の中に人々は憧れてしまうんだよなぁ。人間だもの。
そして文明は発展していく。
発展した文明は後退する事が難しい。
壊す事は簡単なのに、難しい。
そんな現在の日本から見たら発展途中なこの世界でも、美味しいものは美味しい。
魚は流通が難しいから陸の半ばなら食べる事は難しいが、海の近くなら美味しく食べられる。
それは、とても幸せな事だ。
「『ごちそうさまでした』」
シルキーさんも食べ終わったようだ。
シルキーさんの皿を下げ、洗い場に置く。
「お嬢、ちょっとエエか?」
洗い場から戻るとパーディンが手招きする。
「何ですか?」
瓶にはしっかりポーションが入っている。
瓶が足りないわけではないようだが。
シルキーさんも席についている。
なんか神妙な面持ちですけど。
「お嬢は……何者なんや?」
それは、どういう意味だろうか。
「私はホムンクルスで――」
「それは分かってるんや、つくられた記憶の事や」
ギクリとする。
異世界転生したと言えず、「つくられた記憶」として曖昧にしているからだ。
『最初お嬢様は「製作者様」の記憶や魂が入っているかと思いました。しかし、お嬢様は製作者様を毛嫌いしているようですし』
確かに。
それならば誰の記憶が入っているんだって話だよなぁ。
「ホムンクルスとしての媒体となった人物かと思っても、色々な事を知りすぎているんや」
童女としては不自然。
製作者様としても不自然か。
「そうですね。私が言ってた『つくられた記憶』というのは完全に嘘ではありません。仮説のものです」
とりあえず言い訳はしておく。
シルキーさんの目線が怖い。
待って、シルキーさんソレ【威圧の邪眼】使ってません?
ふぇぇぇ。怖いよぉ。
私は異世界転生の事を全て話した。
白状したと言って良い。
『お嬢様は私の事を信じていませんか?』
それは――
「それは違います!」
信じていなかったわけではない。
自分でもわからない事を言うのが怖かった。
いや、それも言い訳でしかないか。
「シルキーの姉さんに嫌われたくなかったんやろ」
その言葉には素直に頷けた。
『そうですか』
怒ってるだろうか。怒ってるだろうなぁ。
「しかし、違う世界があるなんて驚きやな」
それは私が一番驚いている。
ライトノベルじゃ普通だけど、実際そうなるとは思わない。
ライトノベルなら神様と出会うイベントがあるけれど、私はやってない。
「まぁ、お嬢が変な敵じゃない事がわかって人魚側としてホッとしたわ」
敵対するわけないじゃあないですかぁ。
無駄に敵を増やすなんて疲れますし。
「まぁ私の事を話したので、次はパーディンさんですね」
そう言うとパーディンが勢いよくこっちを見る。
真剣な眼差しだ。
イケメンだ。
ブン殴っていいかな。
「いや、別に話さなくても良いんですけど、フェアじゃないかなぁと思いまして」
私だけ言っていない事があるわけじゃない。
それはわかっている。
シルキーさんの時はシルキーさんから言ってくれたけれど、今回は違う。
暴かれたのだからそっちに追求しても良いかなと。
「パーディンさんが人魚達を指揮したり、配分を決められるって事はそういう立場なんだと思いましたが」
パーディンがため息をつく。
『確かに撤退の時に指揮をとっていました』
シルキーさんが何かを思い出したようだ。
「はぁ。降参や。ワイは海長――ここらの海域の長の次男や」
商人でもあるらしいから嘘は言っていないらしい。
「クラーケンの時はたまたま海長と兄貴が別の場所に訪問しとったからワイが指揮出来たんや」
パーディンは「普通はやっとらんで」と付け足した。
海域の長ってのがどのくらい偉いかがわからないが、長の息子なら次男でも融通がきくのか。
「だから改まった言い方とかはしなくてエエで」
「『え?』」
シルキーさんと被った。
多分シルキーさんと同じ事を考えていると思う。
『元から改まるつもりはありませんが』
シルキーさんキッパリ言い放ったーー!!
私だって口には出さなかったのに。
「そ、そうか。なら良かったわ」
何か不憫だーーーーー!!!
「ま、まぁ、色々と相手の事がわかって良かったですよ」
取り敢えず場をおさめる。
じゃなきゃ場の雰囲気が悪い。
『お嬢様は後で「せーざ」です』
嘘ぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーー!?
また怒られるヤツーーーーーーーーー!?
ヤァーーーーダァーーーーー。ヤダ。ヤダ。ヤダ。
『もう隠し事はダメですよ』
そう言ってシルキーさんは私の腕を引っ張った。
-BAD END-
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