第四章〜マタンゴ〜

 雨季の明ける音が近づいてきた。

 やはり晴れないと何も出来ない。というかやる気がしない。

 低気圧って眠くなるのは何ででしょうね。

 まぁ、雨のおかげで畑に水をやらなくて済むので、それは嬉しい。

 雨だと家の片付けすら億劫になる。

 え?それぐらいしろって?気分が乗りませーん。

 本日晴天也。

 と、いう事で、今日は家の片付けをします。

 片付けというか、遺品整理なんだよなぁ。

 知らない人間の遺品整理。逆にやりやすい。

 今日は何処からやろうかしら。

 そういえば、私が培養液に入っていた場所付近ってやってないのよな。

 培養液を盛大にブチ撒けた後、床が成長したから刈ったりして、気分的に掃除した感が出てしまっていたけれども。

 元に戻しただけ。

 何も進んでいないのよ。

 私の入っていた「試験管」の後ろに棚がある。

 そこから始めましょうか。

 棚の上段には本がある。手が届かないので、椅子を持ってきて整理する。

 錬金術関係と薬学関係が多い。

 製作者様はとりあえず「錬金術師」なのだろう。

 多少魔法も使えていたようだが、基礎的な本しか見当たらなかった。

 この世界の生物には多少なりとも魔力を持っていて、魔力によって様々な現象を起こす事が出来る。

 ぐらいの事しか書いていなかった。

 私には【魔力操作】の上位版【魔力干渉】というスキルがあるため、魔法の扱いは長けている。

 と、思いたい。

 棚の中段には錬金術の材料があった。

 使えなさそうな物は捨ててしまおう。

 干からびた蜥蜴の死骸がある。

 これは……錬金術の材料なのか、この家に侵入して干からびたのかわからん。

 とりあえず、捨ててしまおう。

 棚の下段には……私の身長より大きい箱があった。

 重い。と思う。身体能力上がっているからそんなに感じないけれども。

 とりあえず床に移動して、開けてみないと。

 不気味な物が入っていたら嫌だなぁ。と思いつつ、恐る恐る開けてみる。

 パンドラの匣それは、開けてはいけない箱。中から絶望が飛び出し、奥底に希望が残るという匣。

 私が開けてしまった箱もパンドラの匣同様の「開けてはいけない箱」だった。

 中には「私」が入っていた。

 正確に言えば、色違いな「私」。

 棺を開けたら自分が入っていた。なんて悪趣味なホラー映画のような展開だ。

 これは、製作者様が作ったのであろうか。

 私のような生命体ではなく、精巧な人形であるのだが……気味が悪く、気持ち悪い。

 即処分してしまおう。

 箱は解体して薪にする。人形は、とりあえず玄関前に置いておこう。

 製作者様の負の遺産は精神的ダメージが強い。嫌がらせとかセクハラを受ける女性の気持ちがわかる。

 あれは怖い。

 私は「創造主様」なんて言わない。尊敬と侮蔑の意味を込めて「製作者様」と言う。

 一からものづくりは大変だし、努力がいる。けれど、あれは「愛」とかそんな綺麗な感情ではないものが入っている。

 「目に入れても痛くない」なんて生易しい。製作者様は自分の眼を抉り取って渡してくるだろう。

 現に、私の血液は純製作者様産らしい。レシピに書いてあった。

 本当に入れ違いになって良かったと思う。

 出会っていたら何をされていたか。

 とりあえず、棚は片付いたので、食料を探しに行こう。

 人形を持って外へ出る。

 畑もある事だし、案山子にでもするか。

 いや、この案山子を見ただけで私にダメージが来る。

 精神的に良くない。

 畑に水をやり、人形を置く。

 そういえば、スライムと戦った時に武器を失ったので、私は鍛造の刀もどきを作った。

 【獄炎魔法】は薪を一瞬で消し炭に変えてしまうが、鋼鉄なら調整すれば高熱ぐらいの火にはなった。

 【獄炎魔法】に【凍炎魔法】をぶつけると中和される事もわかった。

 魔力の制御がめちゃくちゃ難しいので、こんな使い方をする人はいないだろう。

 原子力発電のエネルギーをライターに変換するようなものだからね。バカだね。

 玉鋼は本当なら十回打たないといけないらしいが、最新科学では二回で十分という結果が出ている。

 私が作ったのは二回だ。まず、人手が足りないのだ。決して面倒だったからではないよ。

 ホムンクルスだから筋力が高いにしても、人手をカバー出来るわけではない。

 ホムンクルスも腕は二本なのだ。腕を追加で増やすとか……出来ないし、やりません。

 とりあえずなまくらが出来たら後はひたすらに研ぐ。

 動画配信サイトで何でも包丁化してしまう動画とか見てたなあ。

 懐かしい。

 刃物は研ぐ事が大事だからひたすら研いだ。基となる鈍が良くない分必死に研いだ。

 そして不恰好だけれども出来た刀が今私が手にしている小刀だ。

 初めてかつ一人でよくここまで出来たものだ。自画自賛しちゃいますよ。

 私、やれば出来る子なんです。やらなかった子でしたけれども。

 けれど、これでやっと武器がある。

 あまり切れないナイフ片手に森の中を彷徨うのは終わりましたよ。

 さぁ、探索の時間だ。



 とりあえず沼地を少し逸れて進んで行きますか。

 この身体になって疲れがあまり無いため、進み過ぎて日が暮れる前に帰れない状態になるとやばい。

 ええ。一回野宿するはめになりましたとも。

 何でもやり過ぎはいけません事ね。

 そうこうしている内に沼地が右手側にある所まで来た。

 このまま真っ直ぐ進もう。上り坂だなあ。

 それもそうか。左手には川があるのだろうし、上流に向かっているはずか。

 けれども私ってばインドア派ですよ。自給自足で仕方なく上っているけれど、出来る事なら上りたくない。

 出来ることなら自堕落に生きたいんですの。

 前世ではアニメに影響されて久しぶりにキャンプとかやってみたけれど、それで死んでしまったしなあ。

 はあ。

 気持ちが疲れた。

 けれど食べ物探さないと。

 おっと。紫色の果実が低い木に実っているのを発見。

 これは、ブルーベリーみたいなものかな。

 薔薇苺みたいに不味いのは、もう嫌だなあ。

 食べられるヤツであって欲しい。

 一粒食べる。

 渋―い。んなぁーポリフェノールたっぷりだろうけど、すごく渋い。

 ブルーベリーというよりチョコベリーか。

 チョコベリー、アロニアとも言われている。

 薔薇苺のようなエグ味はないけれど、渋い。

 まあ、エグ味はどうしようもありませんが、渋いだけなら何とかなりますよ。

 冷凍して加熱するなり、ドライフルーツにしたり、ワインにしたりすれば良いのですから。

 干し柿なんかも元は渋柿ですからね。

 希望はありますよ。

 まあ、ドライフルーツにしたり冷凍するなんてのは冬になるか、機械を使った方法しか出来ませんけれどね。

 いや、この世界には魔法がある。【凍炎魔法】で絶対零度にならないように調整すればなんとかなるかも。

 そうと決まれば、とりあえず摘む。

 そして木を丸々一本頂いていく。

 うーん、畑がマンドラゴラとベリー畑と化していく。

 雨季の湿気によってかキノコも増えてきている。

 有難いことに毒が無いものが多い。

 この世界ではキノコは菌類として見られていない。だから不思議な植物の枠である。

 研究する人間以外は別に不必要な情報だものな。

 キノコとチョコベリーっぽいものの採取をしていると何か動いた。

 キノコ。

 キノコが動いている。

 というか、ダッシュで逃げた。

 あれは、マタンゴか。キノコに手足が生えた魔物。

 完全に逃げられた。速いなマタンゴ。「待たンゴ」ってことか。

 つまんねぇ。ネットスラングっぽい感じでつまらなさに拍車をかている。

 しかし、マタンゴか。思っていたより小さいな。

 元いた世界で一番大きな生物はキノコだと言われている。シロナガスクジラよりも大きい。

 しかし、この場合のキノコで「大きい」というのは違う。正確に言うなら「広い」とも言うべきだろう。

 キノコ一つの背丈が大きいのではなく、菌床が広く、それが一つの個体であるとされたからだ。

 まぁ、私が言いたいのは「広さ」ではなく、「大きさ」である。

 よくゲーム内で出る「マタンゴ」は人の大きさほどあり、手足と顔が存在し、自ら人を襲って食べそうな感じだ。

 しかし、私が見たマタンゴは普通のキノコより一回り大きいぐらいで顔はない。人を自ら襲ってくる事もなかった。

 あれだ。「最後の幻想物語」というゲームのサボテンのモンスターを思わせる感じだ。バーテンダーみたいな名前のサボテン。

 逃げ足も速かったからなあ。

 捕まえられたら色々調べてみたい。

 食べられるだろうかマタンゴ。

 毒とかなければ食べても良いかも。何か上から目線になってしまった。

 食べてあげてももよろしくってよ。

 マタンゴは魔物なのかも知りたい。変異するのだろうか。

 キノコ関係の情報はプリインストールされていなかったからなあ。どれだけキノコが好きじゃなかったんだよ製作者様は。

 それともこの世界ではキノコを食べないのだろうか。

 いや、毒の有無がわかる図鑑があるのだ。食用とされているはずだ。

 好き嫌いは良くないぞ。めっだ。

 マタンゴをまた見つけたら捕まえて解剖して食ってやる。

 けれどここは食べれるキノコが多くて嬉しいな。

 キノコも栽培してみるか。栽培というか、胞子を付けて後は放置だけど。

 キノコ狩に行くのも楽しいけれど、栽培出来た事に越したことはない。

 傍の草木が揺れるのを目の端で捉えた!

 先手必勝。

 私は茂みに石を投げた。

 もしマタンゴの場合だったらすぐに逃げてしまうだろう。また逃げられては堪るもんですか。

 攻撃には程遠いだろう。しかし、怯ませるには十分。

 足に当たれば素早い逃走も防げるかもしれない。

 もし、人だったら……ごめんなさい。

 まあ、この世界に来て人に出会っていないからその可能性は低いと思うのだけれど。

 すぐさま茂みへと向かう。

 マタンゴがいた。しかも逃げる事もなく片膝を着いている。

 もう片方の脚が……無い。

 牽制程度だと思った投石は見事にマタンゴの動きを止めた。

 投てきスキルなんか持っていただろうか。弓は全然当たらないくせに投てきは当たる。

 しかもクリティカル。

 帰ったらスキルを見てみようかな。

 とりゃ!

 瀕死のマタンゴを縦に真っ二つ。

 結構簡単に斬れた。基がキノコだからだろうか。

 普通、キノコは縦に繊維がある。縦に裂くのは簡単だ。

 そう思うとマタンゴの脚は繊維で出来ているわけだ。

 繊維が筋肉の働きをしているのだろうか。構造が気になる。

 あっ!

 驚いた事に脚が無事な半身が走ろうとしている。

 怖っ!

 半分だけで生きようとするのか。しかし、片脚ならば走る事は不可能だ。

  人間のような脳があって心臓があるわけでは無い。石突きの部分(菌床や原木)から栄養を……。

  ん?動いているんだ?養分を補給する伝手を失ってまで動く意味がわからない。

 そう思った瞬間にマタンゴから煙りのようなものを吹き出した。

 私は咄嗟に後退した。

 辺り一面が霧のように白い。これはもしかすると胞子だろうか。

 マタンゴが最期を悟ってか、胞子を噴出したのか。

 やはり基がキノコなだけある。


 キノコと言えば変な雑学がある。

 「エノキダケ」のように「○○ダケ」という表記は誤りであるという。本来ならば「○○タケ」と濁音にはならない。

 なので昔の大手携帯電話会社が使用していたキノコのキャラクターは「○○ダケ」ではなく、「○○タケ」となる。

 竹のキャラクターだったのなら、「○○ダケ」で良かったのだけれど。

 ここでもキノコと竹の(子)争いか。

 私はキノコの説明してますがチョコレートは断然たけのこ派です。

 チョコレートじゃなきゃキノコ派なのだけれど。


 あ。胞子が止んだようだ。視界良好。

 ん?世界が変わっている。

 一瞬転移魔法でも使用されたのかと思った。

 一面の木々や地面に茸が生えている。

 マタンゴの胞子によってなのだろうか。

 これは……魔物モンスターじゃなくても害獣モンスターだな。農作物がダメになる。

 原因であるマタンゴは動かない。息絶えたのだろう。

 魔力が巡っている気配がない。

 まず、脚の構造を調べるか。脚をこんな事もあろうかと持ってきたメスで縦に裂く。

 水が出てきた。水は脚の中にある管を通って脚の付け根から出ているようだ。付け根には袋状のものがある。切り開くと心臓みたいな形をしている。

 骨はない。管と水だけだ。あとはキノコの繊維しかない。

 どういう事だろうか。

 骨が無いのに身体を支える事は難しいだろう。それに、あんなにも速く走れるものだろうか。

 脚の付け根には袋状のものがある。そこから水が出ているようだ。

 わからん。今回はわからない事だらけだ。

 そういう時はまず、現在わかっている事をしっかりと確認する事が大事だ。


【外見】

・見た目はキノコ。

・手足がある。

・顔はない。

・脚が速い。

・絶命時、多量に胞子を出す。

【内見】

・手足に水が流れている。

・骨は無い。

・内臓も無い。

・しかし心臓のようなものが四肢の付け根に四つある。


 このような感じにまとめられる。そこから判断していくしかない。

 まず、骨が無い為にどうやって走っていたか。

 キノコの繊維で筋肉の役割が出来ると仮定して、骨となるものも繊維なのだろうか。

 いくら固めの繊維だとしても、身体を支えきれないと思う。

 消去法でいくなら水が鍵なのなのだが……。

 水か。心臓のような所か水が流れて巡回していた。

 頭の中で水を使って身体を支える方法は思いつく。けれど、その方法はあまりにもおかしい。自殺行為ともいえる。だが、思いつくのはそれしかない。

 フライボード。それは水圧で宙に浮くレジャーだ。

 フライボードのように水圧で身体は支えられる。しかし、人間の心臓がフライボードのポンプと同じ圧力で血液を送った場合死んでしまう。

 血管は破裂し、血液が身体中から噴き出す。まさに地獄絵図。

 それに大量の水を必要とする。歩行するマタンゴには不可能だ。

 最初はゴキブリの脚の付け根にある「鼓動器」によるものと考えていた。

 「鼓動器」はゴキブリの速さの秘密でもある。脚の付け根にあり、ポンプの役割をしている。そこで栄養を含んだ大量の血液を一気に足先まで運ぶ。だから速い。

 マタンゴの心臓のようなものが、それならば脚が速い事も頷ける。

 だが、ゴキブリのような外骨格でもなければ、人間のような内骨格でもないのだ。

 「内骨格」は内側に骨があるか、「外骨格」は皮膚のような表面が硬いか。と考えてくれれば良い。

 マタンゴが外骨格という可能性があるのだろうか。う~ん……。無いな。

 とりあえず、多量なキノコを手に入れて帰宅するか。

 とりあえず、夕飯はマタンゴだ。乾燥、脱穀させたヒエも使ってキノコ雑炊のようにしてみるか。

 ヒエのようなものは食べるまで凄く時間がかかる。

 乾燥させ、棒で叩き、選別し、脱桴だっぷ、水で洗ってまた乾燥させる。

 ヒエは皮が厚いから余計に大変だった。

 これが日常で行われているから凄い。まぁ、現代では機械の使用によって楽になっている部分もあるが。

 機械や効率化、日常生活の便利さに感心していたら帰宅していた。

 まず、ヒエをキノコと一緒に炊く。炊くと言っても雑炊なので水気多目で。

 マタンゴは、傘を焼き、他は雑炊へ入れた。

 調理自体は簡単だ。それまでの準備が大変だった。穀物専用器具を作れたら作るしかない。

 マタンゴの傘に切れ目を入れ、じっくりと焼いていく。討伐時に縦に真っ二つにした為に、十字に切れ目をいれる訳にはいかなかった。

 それ以前にマタンゴが普通のキノコより大きいため、ある程度細かくしなければならなかった。

 そこで石が傘から出てきた。

 これは、三半規管。加速度センサーなるものか。

 石の傾きで平衡をとる。実に

 火の通りが良くなる事はメリットとなるのだけれど。キノコの生食は危険だからねぇ。じっくり焼こう。じっくり。

 醤油があればめっちゃ美味しそうなんだけど……。醤油なんてものは無い。家の裏が海なので塩はたくさんあるけれど、大豆と麹菌なんて異世界で見つかるわけがない。

 見つかったとしても醤油づくりなんて大変すぎる。現代の技術進歩でやっと人の数を減らして多量生産出来るようになったのだ。発酵食品は昔からあるが、人々は美味しくする努力や大量生産の方法は常に進めているからこそだ。

 生半可な気持ちで手を出すと研究者並みに手が離せなくなる。

 醤油、味噌と日本酒は本当に大変なんだって。

 よく最初に作った人は作ろうと思ったほどだよ。執念のようだよ。

 あ、やばいマタンゴが焦げる。

 肉厚で美味しそう。毒が無い事を祈る。

 毒があっても耐性があるので平気なのだけれど、やっぱり毒キノコは食べたいとは思わない。

 美味しくても毒キノコは嫌だ。美味しい毒なんてあるのかって?例えば、ベニテングタケの中にあるイボテン酸は強烈な旨味を引き出すが、毒である。

 美味しいけれど、毒。恐ろしい罠だ。

 マタンゴが焼きあがり、雑炊も出来たようだ。

 それでは、いただきます。



  ◆


 マタンゴ美味かった。しかも毒も無かったようだ。

 食べられる機会があれば、また食べたい。

 美味しさ満点二重丸でした。

 ヒエ雑炊もプチプチ感があり、旨味がたっぷり でした。

 満足。異世界に来て、一番満足したかもしれない。

 マタンゴは脚が速いから次に食べられるのはいつになるだろうか。是非ともまた食べたい。

 さて、夕飯も食べ終わったので、スキルチェックといきますか。

 【投てき】なんてスキルがあるのだろうか。

 水晶に手をかざして魔力を流す。

 がっつりと魔力が身体から抜けたのがわかる。

 砂の文字が浮かび上がり、いちいち多い魔法とスキル一覧が出てくる。

「あった」

 スキル【☆投てき(クリティカル率高)】

 おぉ。クリティカル率が上がるスキルだ。

 剣と魔法の異世界なのに投てきが一番なのが悲しい。

 ☆マークはニューって意味かな。

 他にも新しく覚えていないだろうか。

 「あれ?」

 魔法欄に☆マークが一つあった。

 魔法【☆下級氷魔法】

 まさかの魔法取得。

 けれど、氷魔法なんて使われた覚えがないし、接点が見つからない。

 初めてやったことは、マタンゴを食べたぐらいだ。

 マタンゴが氷魔法を使うのだろうか。

 マタンゴの謎が増してしまった。

 鼓動器といい、氷魔法といい、どういう事だ。

 ん?鼓動器でも、ウォータージェットでもなく、水が骨の役割じゃないという事も考えられる。

 水ではなく氷?

 氷を骨として使っていたら、どうか。

 心臓のようなポンプは何だ?氷が溶けてしまうぞ。

 いや、長く氷に当たっていたら活動が鈍るからか。

 脚が地面に着く瞬間に氷を作るのか?

 けれど、それなら止まれない。走り続けなければならない。効率が悪すぎる。

 そもそも何故栄養を摂取できる場所を離れるのか理解に苦しむ。

 ん?マタンゴが息絶える時に大量の胞子を飛ばしたけれど、 それはあの「個体だから」ではなく、マタンゴは皆そうだとすると……。

 タンポポと同じようなものか。

 動く理由は遠くで子孫を残すため。しかも死への片道切符。

 マタンゴが走り出したら、最終的に死ぬ事となり、遠くの地で胞子をばら撒く。

 キノコなのでもしかしたら菌床が本体として残っている可能性はある。

 マタンゴは子機みたいな扱いかもしれない。

 胞子を遠くに飛ばすだけの存在か。

 美味しかった。


 コンコン。

 ん?ノック?

 玄関から音が聞こえる。

 いやいや、今までヒトと会った事ありませんよ。それなのにどうして、こんな夜遅くに。

 「夜遅く」と言っても夜の九時ぐらいだ。

 日本でも普通に家を訪ねるには迷惑な時間帯だ。

 そんな時間に誰が。

 魔物による襲撃を受けた人かもしれない。

 血みどろな人が立ってたら怖いなぁ。

 ゾンビかも。

 いやいや、ゾンビならノックなんてしないでしょうよ。

「どちら様でしょうか」

 恐る恐る扉の前で相手を把握しようと試みる。

『ヨ、ヨ、夜遅クニ、ス、ス、スミマセン。ヒ、一晩ダケデ良イノデ、匿ッテ下サイ』

 女性の声で「一晩だけで良いので泊めて下さい」なんて随分昔の怪談かよ。

 そんな事を思いながら扉を開けた。

 正直、この時は油断していたのだと思う。開ける前までは口が笑っていたと思う。

 扉を開けた瞬間に凍り付いた。

 捨てた人形が戻って来たのだ。

「メリィィィィィィィィィーさぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」

 思わず絶叫してしまった。

 捨てた人形が戻ってくる怪談のタイトルを。

 咄嗟に人形の顔に【凍炎魔法】を放ってしまった。【獄炎魔法】ではなかった為に家が灰となるのを防いだが、人形の顔は凍結した。

 「凍結した」というより風吹けば粉々に砕けるぐらいまで凍結している。

どうしよう。

 製作者様が作ったであろう人形なのだ。動く事も考えられただろうに。失念していた。

「あっ」

 【凍炎魔法】のせいか、屋根が脆くなった部分が人形の頭に落ちた。

 人形の頭は完全に砕け散った。

「人殺し……じゃあ……ないよね。人形殺しかな」

 驚きのあまり放ったとはいえ、罪悪感はある。

 人形が先に作られていたとしたら、姉のようなものだ。

『ア、ア、アノ……』

 ほら、ショックで幻聴まで聞こえる。

 人形は火葬して埋めてあげよう。

 可哀想な事をしてしまった。

『キ、キ、聞コエテマス?』

 首無しの人形が動き出し、両手を振っている。

「死んでない!」

 そうか。動物じゃないから頭がなくなっても生きてるのか!

 いやいやいや。

 人形だから生きてるっておかしい。まず、人形は生きてはいない。

 自動可動機械人形オートマタなんてファンタジーだけど、そんな技術がこの世界にあるのだろうか。あれば人々は宇宙とか行ってるだろうなぁ。

 異世界ラノベからSFの世界へ変わっちゃうなぁ。それもまた夢のあるお話だ。

 あ、人形がカニ歩きでバタバタしだした。可愛い。

「聞こえてますよ。とりあえず……ごめんなさい」

 随分返事が遅くなってしまった。すまない人形さん。そして頭破壊してごめんなさい。

「えーと。私のお姉さん?」

 製作者様によって先に造られていたら私の「姉」ということになる。

『チ、チ、チ、違イマス』

 人形は手をブンブンと振って否定している。多分、頭があれば頭も振って完全否定のポーズをしていただろう。

『ワ、ワ、ワ、私ワ、コノ辺リに住ム精霊デス。シカシ、精霊喰イエレメントイーターニ襲ワレテ、ココニ来タラ コノ人形ニ吸イ込マレテ』

 製作者様は面倒なもの作って置いてったな。

 精霊閉じ込める人形って何だよ。

 そもそも精霊って何だよ。

 【魔眼】と【魔力干渉】によって人形の魔力を見る。

 心臓あたりから魔力が流れて巡回しているのがわかる。

 ん?喉のあたりの流れがおかしい。

 【魔力干渉】で直せないものか。やってみる。頭を壊してしまったお詫びになるだろうか。

 イヤホンをカバンの中に入れておいたら、多少は絡まってしまったけど、聴く事に支障はない。

 みたいな感じだ。使いづらいが、使える。使えてしまう。

 魔力の線を解いていく。

『何ダカ、喉ガ暖カイ』

 おぉ!発声がスムーズになっている。

 流れが全体的に悪いので、拡張してもう少し流れを良くする。

『ありがとうございます。身体が軽くなりました』

 やったぜ。

「それより、精霊喰いエレメントイーターって?」

 襲われていたと言っていた。

精霊喰いエレメントイーターは精霊の天敵となります。魔法しか使えない精霊は魔法を無効化する精霊喰いには厄介でして』

 それで逃げて来た。という事か。

 ここは安全なのだろうか。

 まぁ、来ても私が返り討ちにしてやりますよ。

 嘘です。調子にのってすみませんでした。魔法が効かないのとか倒せそうにありません。

「とりあえず、家の中にどうぞ」

 精霊人形を家の中へと招く。

『ありがとうございます』

 精霊さん人形に吸い込まれたって言ってたけど、動きがスムーズだなぁ。

「えーと、精霊さんは何か食べれるのでしょうか?」

 精霊は何を食べて生きてるのか。だけれど、人形に入って食べられるものが変わったかもしれない。

『基本、精霊は魔力を食べます』

 魔力って食べられるのか。植物の光合成みたいな感じなのだろうか。

「んじゃ、魔力渡しますね」

 人形の指先に触れ、自分の魔力を流し込んでゆく。

『!?』

 【魔力干渉】のスキルがあると、魔力操作が楽で助かる。

『魔力をここまで操作できる人は初めて見ました』

 首無し人形なので感情がわからないが、声からして驚いているようだ。

 まぁ、私はホムンクルスなので、人ではないのかもしれないが。

『あっ!失礼しました。私は風の精霊シルフィーと呼ばれていました』

 頭の無い頭を下げ、お辞儀をしてくる。

「あー。どうも」

 こちらもお辞儀をするが、名前考えていない。

 前世の名前だと性別違う上に異世界に来て日本人的な名前ってのもなぁ。

 しかし、ホムンクルスでしょ。名前どんなのにするか。

「ホムンクルス……ホムン……クル……」

『えーっと、ホムラ・クルス様でしょうか?』

 ブツブツと呟いていた所を精霊さんに聞かれたようだ。

 それにしても「焔・来栖」って日本人っぽいけど違う。そうじゃない。

「えーと、名前がまだ無くて」

 自分から言っておいて名前が無いなんてどうなんだろうか。

 少し気不味い空気になってしまった。

「とりあえず、クルスと呼んで欲しい……かな」

 他に思いつかないし。

『クルス様ですね。良いお名前だと思います』

 シルフィーさん気をつかってくれている。

「ところで、シルフィーさんは行くあてなどは」

 逃亡生活と言えど、行くあてが無いと精神的にも辛い所がある。

『それは……』

 無言が答えなのだろうか。行くあてがないか、人に言えるような場所じゃないか。

 後者ならそれで良いと思う。相手は精霊という生物なのかわからない系なのだ。人に知られない場所という所も存在しそうだ。

 しかし、前者なら――

「もし行くあてがないようでしたら、ここで働きませんか?家事などを手伝って頂けると嬉しいのですが」

 スカウトしようじゃありませんか。

『本当でしょうか』

 本当ですとも。けれども、問題があるのよな。

「はい。しかし、金銭的で雇用する事はできません」

 お金が無い。お金の基準価値がわからない。雇用の平均月給がわからない。

そう。お金の問題。大問題。

 異世界で日本円使っているわけがない。使っていても嫌だわ。

「なので、寝床と食料、その他を提供します。返事は明日でも構いませんので」

 これしか出来ない。あとは、シルフィーさんの頭を作るぐらいだ。

 そもそも、人形は製作者様のせいだ。変なもの作ったからいけない。

「そういえば、人形から出られます?」

 出られないようなら製作者様を呪ってやりますよ。

『出ようと思えば、出られますね。けれど、この中は心地いいのです』

 気に入ったのか、人形に気に入られたのか。

『実体の感覚が素敵です』

 実体の感覚って、何?情報統合思念体みたいな感じ?それとも魔法少女が概念になるみたいな感じ?

 ちょっと何言ってるかわかんないです。

 妖精と精霊の違いもわからないし、実体の有無とかもわからない。

 まぁ「魔力」もちゃんとした実体があるわけでもないようだからなぁ。

 私は魔眼で見えるけれど。

 とりあえず、服を着させよう。先程まで廃棄予定の人形だったのだ。人形といえど、すっぽんぽんはダメだ。

「これを着て下さい」

 私をベースに作られた人形だ。私の着れている服なら合うはず。

 軽い寝巻きを渡した。精霊は眠るという概念があるかわからないが。

「部屋は汚いですが、好きな所を使って下さい」

 毎日掃除はしている。けれど、製作者様の散らかしっぷりは半端ないのだ。

 二ヶ月では到底掃除しきれない。

 一人で頑張ってはいるが、片付けを手伝ってくれるならとても助かるのだ。

「とりあえず、今日は疲れたでしょうから休んでください」

『ありがとうございます』

 今日は休もう。明日色々と訊こうじゃあないか。色々とあり過ぎた日だ。

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