第五章〜精霊/一角兎〜

 朝起きたらシルフィーさんが食事の支度をしてくれていた。

 多量なキノコと家の後ろにある海から捕れた魚を使っているようだ。

 というか、それしか食料がない。

 ほぼ、ほの日暮らしの生活なのだ。蓄えができたのが、オークと戦った後ぐらいだ。

 オークは美味しかった。

『お嬢様、おはようございます』

 美味しい思い出み浸っていたら、こちらに気づいていたようだ。

「いやいや、お嬢様って……」

 メイド喫茶かよ。

 いや、普通なら「貴族かよ」って言わないといけないのか。

 まだ日本にいた感覚が抜けていないのか。

 いや、貴族になった事がないからわからん。

『クルスお嬢様と呼ばせて頂こうかと思ったのですが』

 手をモジモジとさせている。可愛い。

「確かに雇用の件は話したけれど、決まっていないし」

 私がお嬢様って感じでもない。

『では、雇ってはいただけないでしょうか。それでは雇い主様なので、クルス様と呼ばせていただきます』

 シルフィーさんが綺麗なお辞儀をする。頭が無いのが惜しい。

 別に「様」もいらないのだけれど。仕方ない。

「では改めまして、ホムンクルスのクルスと言います。よろしくお願いします」

 軽くお辞儀をする。

 ……ん?シルフィーさん?機能停止?

 目の前の人形が動かなくなった。

『クルス様は、ホムンクルスだったのですか』

 あれ?言ってなかったっけ?

 見た目は完全に「人」だから間違えてたか。

「ここは元々、製作者様の家なんだけど、起きたら製作者様は死んでたので、そのまま使わせてもらっている」

 負の遺産はあるけれど、家があるのは嬉しい。

『ホムンクルスというのは普通小さな分身体なのですが、これほどまで大きな個体は初めて見ました』

 驚愕しているらしい。やっぱり頭がないのは伝わりにくいね。

 それよりも、『私以外のホムンクルスは見てますよ』発言あったね。

『術者の命が果てる時にホムンクルスも果てると聞きます』

 私は逆のパターンだった。珍しいのだろうか。

 ホムンクルスって簡単に作れるのだろうか。しかも「分身体」って言ったね。

 製作者の血を使うからだろうか。けれど、私は元々日本人よ。全然違うでしょうに。

 ホムンクルスは謎だな。謎の生き物だ。

 私は「フラスコの中の小人」ではなく、「人造人間」なのだろう。

 半身赤でもう半分が青じゃなくて良かった。人造人間17号が好き。人造人間7号はよく使ってたなぁ。作品は別だけれど。

「シルフィーさんは精霊でしたよね。何か得意分野とか」

 今更ながらの雇用面接である。

『申し遅れました。私は風の精霊シルフィーと申します。「ヒト」のやる事は見よう見まねではありますが、出来ます』

 現に朝食を作ってくれている。

 見よう見まねでか。味とかはどうなのだろうか。

 シルフィーさんも食べられたら良いのだけれど。

 頭がない。味がわからない。咀嚼出来ない。消化出来ない。

 そう。人形だから消化出来ない。

 いや、製作者様がただの人形をつくるわけがない。ましてや私の姿をした人形だ。何かあるはず。

 そういえば、昨日の夜にシルフィーさんの声帯なるものを直した時に魔力の流れがおかしかった。

 もう一度見てみる。シルフィーさんの魔力とは別の魔力反応がある。

 腹になにかいる。怖っ。

 私のようにスライムで消化器官を作ろうとしたのだろうか。

 それなら、消化は可能だけれども。

 やっぱり頭を作ろう。シルフィーさんが人形から出て行くなら案山子にでもすればいい事だ。

『あの、採用はされますでしょうか』

 あ、考え事しててシルフィーさんを無視していたようだ。

「採用します」

『では、契約していただけますでしょうか』

 僕と契約して魔法少女に……。違うね。

 雇用契約か。

 なんだか懐かしい響き。

 会社員で最初に結ぶ契約。

 雇用契約書のテンプレートってどんな感じだっただろうか。

 名前書く欄しか覚えていない。

「契約書は後で書きますね」

 テンプレートを思い出す所から始めなければ。

『契約魔法でお願いしたいのですが』

 契約魔法?

 私その魔法知らない。バカみたいに脳筋魔法しか持っていないので、そんな賢そうな魔法知らない。

「契約魔法を知らないので、私は別構いませんよ」

 知らない魔法を許すのもなんとも言えないが。

『魔法を介する契約でして、私が使えますので、お願いしたく――』

 存じますね。

 まぁ、前世の記憶を引っ張って、雇用契約書を書くより楽そうだ。

『私達精霊は、元々の存在が脆いために契約を好みます』

 なので、魔法での契約がしたい。という。

「そもそも、精霊って何ですか?」

 生物なの?実体がないと言っっていたし、霊体みたいなもの?

『そうですね。精霊とは、魔力と自然と概念から生まれるものです』

 わお。すごいスピリチュアル。

『空気中の魔力が集まり、自然現象が入り、認識されて初めて精霊として生まれます』

 魔力は空気中に漂うが、一箇所に集まる事は少ない。

 しかし、魔力が溜まりやすい場所はあるという。

 台風は自然現象と魔力が集まりやすいそうだ。

 だが、それだけでは精霊は生まれない。

『概念、つまり認識されてこその精霊なのです』

 概念。また、魔法少女か。まあ、私は魔法童女なのだけれど。

『例えば、壊れた人形がここにあります』

 自虐的。例えが自虐的過ぎる。

『壊れた人形が、どう認識されるか人によると思います。ゴミか、廃材か、またまた直す価値ある人形か。ゴミと認識されて初めてゴミとなるわけです』

 わかる。わかるが、自虐的な例えで話が入って来ない。

 心が痛いのだけれど。

『精霊は「精霊がいる」と言われて存在できるものなのです』

 哲学的だなぁ。異世界に来て、哲学みたいな話をするとは思わなかった。

 例えば台風の日に魔力と風が集まり、風の精霊がいると言われたら生まれるわけだ。

 わかるけれども。わからん。

『しかし、それだけでは存在し続ける事が難しいので、契約魔法で存在を維持し続けるのです』

 契約とは自分と相手がいなければ出来ないから。とシルフィーさんは言う。

 異世界に来て精霊というファンタジーなものと出会って哲学について話すとは。

『魔力や幽霊も同じような類ですね。素材があって、きっかけで気付ける……生まれるものです』

 幻想的哲学。

 私の求めてたファンタジーとは違うのだけれど。

『とりあえず、見よう見まねの朝食が出来ました』

 シルフィーさんの作った朝食が出来上がったようだ。

「いただきます」

 キノコスープを掬って口へ運ぶ。

「!!」

 すごい。普通だ。格別不味いわけではない。ネタとしては、全然おいしくないけれど。

「見よう見まねでここまで作れるのは素晴らしいと思います」

 料理のセンスがある。

『お褒めにあずかり光栄でございます』

 王様相手かっ!そんな謙遜の仕方見たことないよ。

「反応はもう少し緩くて良いのですよ」

 なんかつられて、お嬢様言葉みたいになっちゃったじゃん。

 まだ出逢って一日も経っていないのだ。無理はない。

 具を避けたスープを少し冷まして、シルフィーさんの方へ向ける。

『?』

 首の動きからして首を傾げていそうだ。

「飲んでみませんか?」

 首から上のない人形相手にスープを勧める図。

 クレイジーだわ。

 イタズラ心でスープに魔力を流すし、首からスープを注ぎ込む。

 側から見たら「ままごとをする童女」なのだろうが、これはガチだ。消化されるかの実験でもある。

 人形の中に魔力スープが落ち、「何か」が魔力をまとめ上げ、シルフィーさんの核へと流しているのが見える。

 スープは「何か」が食べたのだろうか。

 面白いな。

『魔力が入って来ました』

 シルフィーさんは驚きの様子。

『しかも味がわかります』

 へ?味?頭がないが、味覚があるのか。

「味がわかるなら料理も上達しますね」

 人形の中にいる消化に携わっているであろう生物が消化したものを「味」としてアウトプットしているのだろうか。

 また、魔力もシルフィーさんへ渡っている事から、食べ物だけ必要としているようだ。

 なかなか上手く出来ている。共存できそうだ。

 独りが長いから一緒に食事したいものだ。

 食事を終え、一緒に後片付けをする。

 とりあえず、生活面の事は教えておく事にした。

 シルフィーさんの安全が確保されるまでは、いてもらって構わないのだ。

 好きに使ってもらうとしよう。

 まぁ、そもそも製作者様の家であって、私の家じゃないのだけれど。

『では、契約魔法を実行します。今回は雇用契約のため、「親と子」の契約とします』

 契約魔法には種類があるらしい。主に「主従」、「親子」、「兄弟」など。

 「主従」は奴隷などの服従。「親子」は雇用などの上下関係。「兄弟」はほぼ対等な関係らしい。

 兄弟って対等か?疑問に思うが、まあ良いか。

 そして今は「親子」の契約。普通は契約魔法を使う側が優位に立つらしいが、今の状況は逆だ。

『汝は契約の条件を述べよ』

 シルフィーさんの声に応じて、キラキラとした文字が浮かぶ。

 雇用条件か。

 「シルフィーさんが精霊喰いの脅威から解き放たれるまで、私の家事などの手伝いをお願いしたい」

『我は此を是とする』

 浮かぶ文字の輝きが増した。

 アクティベート(適用)したって事だろうか。

『我は汝に労働を捧げる。汝は我に何を対価とする』

 賃金的なものか。

「私はシルフィーさんに労働に伴う魔力を捧げます」

『我は此を是とする』

 了承してくれたようだ。

『一方的な契約破棄を行った場合の刑罰と特筆すべき事柄があれば述べよ』

 何かあるかな。あ。

「シルフィーさんの雇用は、私からは打ち切らないが、シルフィーさんが辞めたくなったら雇用解除を適用する事。刑罰は無いものとする。また、人形を所持する権利はシルフィーさんへ移行します」

『!?』

 辞めたい時に辞められない職場ほど苦なものはない。

『よろしいか?』

 私が頷くと契約魔法の文字が金色に輝き、腕輪となって両者の右手首にはまった。

 おお!ファンタジック。

『契約が完了すると取れますので安心して下さい』

 デザイン的にもシンプルで良いかも。

 金属アレルギーだと大変そう。いや、魔法だから金属じゃないのか。

『しかし、あんな契約でよろしいのでしょうか』

 え?それ私に訊く?私が訊きたいぐらいのグダグダさだったけれど。

 ガバガバ契約。

「私としては猫の手も借りたいぐらいだし、私の無駄に多い魔力が対価なら無料に近いので」

 お金は支払えない。そんな自分が悲しいのだけれど。シルフィーさんはお金より魔力が良いらしい。

 価値観の違いってやつですね。

 とりあえず朝食と契約も終わったので、本日の作業にかかりますか。

 せっせと部屋の掃除に取り掛かる。

 気味の悪い瓶詰めを一箇所にまとめ、異様に大きい木材を外に出す。

 この木材は何に使おうとしていたのか。

 そうだ。この木材でシルフィーさんの頭を作ろう。

 ノコギリである程度切り、ノミとハンマーで形を整える。

 なぜノミがあるのか。それは製作者様がシルフィーさんの使っている「私」を作ったからだろう。

 あんなものを作ろうとするのは、製作者様以外にいないだろう。

 頭の形は大体決まった。

 こんなに早く作れるのは【一流造形師】、【一流彫刻家】というスキルによるものだろう。

 このスキルを使うなんて思ってもみなかった。

 目玉はさっき瓶詰めにあったな。

 入れる?どうする?

 こういうのは本人に相談しないと製作者様みたいになってしまう。

「シルフィーさん、目は瓶詰めの目玉使っても大丈夫ですか?嫌だったら代用できるものを探してみます」

『私個人としての拘りはありません。私としては頭が無くても大丈夫ですので』

 いや〜私が頭を破壊してしまったわけだし、頭がない人形と過ごし続けるのも嫌なわけで。夜中トイレに起きてシルフィーさん見たらチビっちゃう自信ありますって。

 とりあえず目の窪みをくり抜いて、目玉が入るようにしておく。

 瓶詰めの目玉を取り出してみる。

「ヤバい。グロい。プニっとして、ヌルヌルしてる。気持ち悪い」

 正直触りたくないかも。

 何の目玉か知らないけれど、人間より少し大きい。

 目玉を嵌め込み、大きさを微調整しながら、瞼のギミックを付ける。

 私の魔法に【魔力紡績】という魔法がある。魔力で糸を作れるのだが、【操糸】とかそういう操る系のスキルがないので、蜘蛛男みたいな事は出来ない。

 つまりお蔵入りである。

 裁縫する時ぐらいしか使えない。

 しかし、この糸は原材料が魔力のため、魔力の通りが良い。

 それを瞼のギミックに付けることで、魔力で瞼を操作することが可能になった。

「使えねぇ魔法だな」と思ってたけれど、変な所で使えたものだ。

 魔糸で頭全体を覆えるように編み、下顎先端から魔糸を繊維のように流して首へと流す。

 これで下顎も魔力操作で動かせる。

 頭は首へと糸が流れていて、見るからにサイボーグの頭と化していた。

 ドールだと物凄い萌えに燃えてくるが、サイボーグだと違う意味で燃えてくる。

 男のロマンですわ。

 ロボット警官とか、「I'll be back」とか素敵なわけですよ。

 機械仕掛けじゃなく、糸仕掛けなのが残念だけれど。仕方がない。

「顔の筋繊維ってこんな感じだったっけ」

 なんとなく、それとなく、どことなく筋肉の構造と似ている。

「ドール」というより「人体模型」に近くなってしまった。

 しかし難しい事に、眉間に皺を寄せるのが出来ない。

 シルフィーさんの眉間に皺を寄せる姿が見たいと思ってはいないけれど。

 けれど、どうせならリアルに再現してみたい。

 眉間に皺を寄せる構造を考える事で、私の眉間に皺が寄る。

 実に皮肉なものである。

「あー分からん。ギブアップ」

 集中力も切れ、構造もわからなかった。

 おでこから眉間にかけての筋肉と、瞼の筋肉があやふやに終わった。

 次に魔物でも出たら解剖してみよう。

 とりあえず、プロトタイプが出来た。

「シルフィーさん。これ付けてみても良いですか?」

『こんな短時間で……』

 作り始めて三時間ぐらいしか経っていないと思う。

 私も内心驚愕している。

 が、そんな事はどうでもいいだ。

 早く装着して欲しいのだ。

『一回出た方がよろしいでしょうか』

 電気製品は電源を落として作業する方が安全だ。

 だが、シルフィーさんは機械人形ではないし、シルフィーさんがいないと核となる場所が掴めない。

「このままで、異常が起きたら即座に脱出して下さい」

 異常があった場合はとても危険だ。だが、心臓もなければ血液もない。電流はないが、魔力は存在する。

 魔力が電気のようにショートする事がなければ安全だ。

 シルフィーさんを座らせ、首に頭を乗せる。

 私の魔力を魔糸に通し、シルフィーさんの核へ伸ばしていく。

 ゆっくり。ゆっくり。慎重に。丁寧に。

 何本もある繊維を区画ごとにつなげていく。

 外科医の神経を繋げるのってこういう作業のハードバージョンなのだろうか。

 集中力を保ち続けなければならない。

「終わった」

 【魔力干渉】で操ることが出来ても、接続に二時間ほどかかった。

 手術のように別に痛みが現れるわけではないので、そのまま動いても大丈夫だろう。

「お疲れ様です」

 シルフィーさんの目が開く。

 上顎までが人間に近いドールで、下顎の構造は人間だ。

 当然、私と顔の形は違う。

 私よりシュッとした顔立ちだ。

 良き、良き。

『目玉を通して景色が見れます』

 シルフィーさんにとっては、視覚媒体となっている。

 別に頭が無い状態でも見ることは出来るが、頭がないのはちょっと……ね。

「成功して良かったです。異常はありませんか?」

 はしゃいで辺りを見渡すシルフィーさんが可愛い。

 ドールって不思議な魅力があるよなあ。一つ買ったらドハマりしそうな魅力が。

『視界良好。動き良しです』

 なら良かった。

「遅くなってしまいましたが、お昼ご飯にしましょう」

 腹減った。

 朝のスープと焼きキノコ。

 うん。キノコ飽きてきました。

 朝シルフィーさんにやったように、スープに魔力を流す。

 食べ物は魔力が淀みやすく、溜まりやすい。

 それを二人で食べる事にした。

 シルフィーさんは戸惑っていたが、消化と魔力補給が可能な事がわかって今では黙々と食べている。

 噛むことが出来るのは生き物の幸せだと思う。

 さて、本題へと入ろうか。

「シルフィーさん。「精霊喰いエレメントイーター」ってどんな魔物?」

 シルフィーさんがコイツから逃げていると言っていた。

 精霊喰い。

『そうですね。脅威モンスターではありますが、魔物ではありません』

 魔物ではない。

 なら、ただの動物だろうか。

 そんな動物に精霊が喰われるものだろうか。

『あれは……呪いとでも言いますでしょうか』

 呪い。呪詛。

「丑三つ時に藁人形を打ち、相手を恨むこと」が私の中の印象だ。

 そんな印象で合っているだろうか。

『動物が精霊を食べるとなる姿が「精霊喰い」です』

 精霊喰いだから精霊を食べるのではなく、精霊を食べたから精霊喰いになるのか。

『勿論、精霊は概念的存在のため、通常では食べる事など出来ません』

 概念を食べる。なかなかに意味が不明だけれど。

『しかし、この人形にもあるように、精霊などの概念を閉じ込める鉱石や宝石、魔石などを使えば、閉じ込める事が可能となります』

「それを食べるとなるわけですね」

『はい』

 ヒトが起こす人為的なもの。

 呪い。

 確かに。

『精霊喰いになると下顎が無くなり、精霊しか食べられなくなります』

 咀嚼が必要なくなるという事だろうか。急激な進化だな。

『また、精霊を食べる毎に身体の一部が欠損してゆきます』

 欠損。それは、どういう事だろうか。

 下顎の退化は確かに理解出来る。しかし、身体が欠損するというのは理解出来ない。

『これは「精霊を食べると膨大な魔力が得られるので、必要なくなる」とか「精霊を取り込んで、肉体を捨てて精霊になろうとしている」など様々な意見があります』

 上者の方がわかりやすいが、どちらもファンタジーアンドスピリチュアルだわ。

 身を滅ぼすとしても「呪い」というのは言い得て妙だ。

『また、魔法が効かず、無効化されます』

 魔法が無効化とか、結構な面倒くささだ。

『精霊喰いは精霊以外にも魔力が多いものなら食べようとするので、クルスお嬢様もターゲットになるかもしれません』

 なんてこった。

 出会っていないうちに標的にされていたとは。

『しかし、ここなら精霊喰いは来ないと思います』

 出会った時にも言っていたけれど、何でだろうか。

 もしかして、私の魔力が強すぎて恐れ慄いてるからとか。

『ここには塩が風に乗って来ないから安全なのです』

 塩?潮風?

 家の後ろは思いっきり海ですけど。

 あっ。ヤベっ。マンドラゴラとか潮風によって弱るかもしれない事を忘れていた。

『ここは塩が風に乗って来ないように結界がありますから』

 そうなのか。知らなかった。

 海がない県で生まれ育ったから潮風とか考えてなかった。

 そういえば確かに、洗濯物を干しても違和感がない事に違和感があるくらいだ。

「結界の事は知りませんでした」

 予想としては製作者様が張ったのだろう。

 製作者様は洗濯しそうにないけれど。

 助かったのだから感謝はしておきたい。

『クルスお嬢様の製作者様は凄いお方なんですね』

 人間としては酷そうだけれど。

「私からはノーコメントでお願いしたいですね」

 製作者様によるセクシャルハラスメントのような行為が、死んだ今でも私を攻撃している。

 遺産によって攻撃とか、本当に辞めていただきたい。

 純粋な教本とかなら、素直に有難いと思うのだけれど。製作者様のは教本とセクハラが混じっているので、タチが悪い。

 しかし、精霊喰いに関しての本はまだ見ていない。

 見つかっていないだけか、興味がなかったのか。

『私が見た精霊喰いはヤギの姿でした』

 ヤギがたまたま精霊を封じてる鉱石を食べたのか、ヒトがヤギに食べさせたかは、わからない。

 しかし、下顎の無いヤギがいたらそれが精霊喰いという事となる。

『また精霊喰いは、夜にしか行動しません』

 まさかの夜行性。

 鳥目の鳥類が精霊を食べたら目玉すら換えられてしまうのか。

 進化というか超的変異というべきか、呪いと言うべきか。

 影響は強力だな。

 利用出来たら素晴らしいのだが、そうなるとマッドサイエンティストルートまっしぐらだわ。

 呪いの力を使って王国を滅ぼすみたいなのは、 よくある悪役ですよ。

 まぁ、もしヤギとやらが人的に精霊喰いになったのなら、そんな悪役がいるわけですな。

 そしたら主人公の出番ですよ。

 私は主人公にはなれないタイプなので、誰かやってくれるでしょう。

 私は平穏に暮らしたい。

 なので、精霊喰いよりも今日の夕飯を優先したいと思います。

「これから狩りに出ますが、シルフィーさんはどうしますか?」

 まぁ、「狩り」と言ってもキノコ狩りだけれども。

『私もご一緒します』

 そろそろキノコ以外も食べたい。

 けれど、ネズミ類ばっかり遭遇するんだよなぁ。

 栗鼠は食べられるらしいけれど、食べ応えがない。そもそも、素早くて捕まえられるかわからない。

 二、三匹捕まえてこそな感じがある。

 それに野鼠の耳にツツガムシの幼虫が寄生しているかもしれない。異世界だからツツガムシが存在しているかわからないのだけれど。

 ツツガムシと言えば、面白い話がある。

「ツツガムシは妖怪から生まれた」という話。

 ツツガムシの「ツツガ」とは元々「病」の事で、その昔原因不明の病気が蔓延した。「ツツガムシが夜な夜な出ては血液を吸い、病を流行らす」という話が出回り、原因がダニの仲間である事が後からわかった。その原因であるダニを「ツツガムシ」と呼ぶようになったという話だ。

 ツツガムシがいるかわからないけれど、異世界鼠には少し興味あるから罠でも作るかな。

 とりあえず、自作の弓をシルフィーさんに渡す。

 私では全く使えなかった弓。

 護身用なので矢も五本しか作っていないが、無いよりはいいだろう。

 シルフィーさんが弓を使えるかわからないが、使えない場合には私が投げればいい事だ。

 矢を投げるとか馬鹿っぽいが、今の私ではそれが一番効果歴だ。

 私は小刀を携え、出発する。

 いつもより遅い出発のため、あまり遠くへは行けない。

 さっさと野草など採って帰るか。

 私とシルフィーさんは籠を背負って家から真っ直ぐ森へと入った。

 道中ドクダミの花が綺麗に咲いている。

 ドクダミは名前に「ドク」と付いているが、毒はない。むしろ薬草の類だ。

 けれども、こいつは葉に独特なにおいがあってくさい。

 また繫殖力が強く、庭先にでも植えてしまったら、庭を侵略されかねない。

 ハーブ類も庭を奪われる可能性があるので注意だ。

「何か食べられそうなものがあれば、籠に入れて下さい」

 マナーは良くないが、仕分けは後でするしかない。

 今日の夕飯がかかっている。

 普段ならその場で判断するが、日が落ちて精霊喰いに出会ったら困る。

 私も精霊喰いのターゲットなのだ。

 命もかかっているのだ。

 なんなら毒草採ったとしても、畑に植えてもいいぐらいだ。

 突然シルフィーさんから袖を引っ張られる感覚があった。

『前方草むらに何かいます』

 何その探知魔法とか気配察知みたいなやつ。

 この世界ではみんな持っているものなのだろうか。

 シルフィーさんの警告した草むらから一角兎ホーンラビットが出て来た。

 兎じゃないか。額にツノがある兎。

 ふふふ。兎肉だ。

 そう思っていたら、一角兎がこちらを向いた。

 気づかれた。

 兎は警戒心が強い。こちらから行動をした場合は逃げられるだろう。

 気づかれた時点で逃げられない時点で運が良い。

 いや、なんだかこっちに向かって来るのだけれど。

「危なっ」

 一角兎はこちらへ向かって突き進んで来て、頭突きをしようとしていた。

 ギリギリで回避したが、ツノで刺されたら痛いだろう。

 字の如くツノをこちらに向けて「突き進む」。

 兎だと思っていたが、なかなか獰猛だ。

 たまにペットショップの兎でも凶暴な個体はいるが、野生の兎では臆病なものが多い。

 けれど、一角兎は獰猛な生物なのだろうか。

 またこちらに向かって走ってくる。

「シルフィーさん。あれ撃てます?」

 シルフィーさんは弓矢で迎え討とうとして構えている。

 私もとりあえず小刀を構える。

 シルフィーさんは先程頭を付けたばかりだし、矢もバランスよく出来ているかわからない。

 私のように才能がないと矢は横へ飛ぶ。「飛ぶ」というより「跳ねる」と言いそうだが。

 当たらなくとも、まっすぐ飛べば素晴らしいと思う。

 シルフィーさんは矢を放った。

 矢は大きく右に逸れ、宙を進む。

 そういうものだ。最初から上手くいかないって。

『風よ』

 そうシルフィーさんが呟いたと思ったら、矢が風に吹かれて軌道が変わった。

 そのまま矢は、こちらに突っ込んで来る一角兎の横腹に刺さった。

「えぇ〜。そういうのアリですか」

 正直言って弓矢の使い方ではない。

 だが、確実に獲物を仕留めた。

 「異世界転生チート」とか流行っているが、普通に「異世界人は皆チート」って感じな気がする。

 魔法使えた場合、工夫すればそれだけで食べていけますよ。

 なんだよ。風の魔法で軌道修正って。弓の技術じゃないじゃん。

 すっごいけどずっこい。地球人おこだよ。

「……見事ですね」

 シルフィーさんに少し嫉妬しながらも、一角兎にトドメを刺して血抜き作業へ取り掛かる。

『命をとる事に気は引けますが、生きていく事に必要なのですね』

 様々な生物から魔力を少しずつ分けてもらって生きていた精霊とは違い、生きるためには食べなければならない人間。

 まぁ私、人間じゃなくホムンクルスですけれど。

「生きる糧なので仕方ありませんよ」

 生きていくためには食べないといけない。でなければ、植物に生まれるしかないのだ。

 植物によっては昆虫などの生物から栄養をとるものもある。

 シルフィーさんに解体や血抜き方法を教え、辺りの散策する。

 うーん。アミガサタケやナラタケっぽいのがなくなってきた。

 採り過ぎたか。いや、アミガサタケはもう時季じゃないのか。

 その代わり、ホコリタケっぽいのがある。

 美味しそうな名前ではないが、食用になる。

 時季的にもこれからが茸シーズンだ。

 二ヶ月間キノコ生活が出来るぐらいにここは茸の量は多い。雷が落ちたところは茸がよく採れるというし、ここはそういう場所なのだろうか。

 しかし、春だと種類がそんなに多くはないから飽きる。

 まあ、毒キノコ食べても大丈夫な身体だから、最悪飽き防止に毒キノコを食べていけるけれど。

 食べないよ。毒キノコを食べるなら一食ぐらい抜くよ。

 魚が釣れたらそれもいいけれど、運要素がなあ。

 運か。運が良かったらこの世界にいないのではないか。

 BAD LUCKのはず。

 あっ、ホウノキのような花が咲いている。

 ホウノキの樹皮は鎮痛作用があり、葉は料理の盛り付けに利用される。

 飛騨ひだ高山の朴葉ほおばみそとかで使ってるのを見たことがある。

 あの有名映画な聖地だから興味あれば行って、朴葉ほおばみそを見てくると良いと思う。

 私も行きたかった。

 神社見たかった。

 もう異世界こっちは神社とか概念がなさそうだから作る作るしかないね。

 とりあえず、樹皮を少し貰っておく。

 もし鎮痛剤になるようなら作っておこう。

 さて――

「血抜きも終わったようですし、帰りましょうか」

『では、持ってきます』

 シルフィーさんは枝に逆さ吊りの一角兎を持ってきた。

 頭以外は兎と同じようなので、解剖するなら頭だけだな。

 製作者様は「一角兎は魔物ではない」と表記していた。

 獰猛で危険な兎として「モンスター」扱いのようだが、ただの動物である可能性が高い。

 

「ただいま~」

『お帰りなさいませ。クルスお嬢様』

 そうだけど、そうじゃない。

 シルフィーさんも一緒に家を出たじゃん。

 ただいまでいいんですよ。

 または「ただいま戻りました」とかで。

 テンポとしてはシルフィーさんの方が合ってそうだけれど。

 家に着いたらまず、手洗いうがい。

 そして解体、解剖!

 さて、頭部の切断をしようか。

 身体強化されているけれど、刃の方が駄目になりそうで怖い。

『シルフィーさんはこっちの皮剝ぎをお願いします。やり方は教えますし、わからない所があれば言って下さい』

 頭から下はシルフィーさんに任せよう。

 余った部分は干し肉にしましょうか。

 こっちは頭の解剖。

 肉はそぎ落とし、くず肉としていただきますよ。

 角は骨だと思うから頭蓋骨だけ見れば良いか。

 そう思っていた。

 違った。

 頭の毛皮を剥いでいこうとしたら、頭の上面が硬い。

 角が硬いのはわかるが、それに沿って後頭部まで硬い。

 無理矢理力任せで首を切断したからわからなかったが、首の後ろまで硬い皮膚に覆われていたに違いない。

 シルフィーさんに渡してしまったから、硬い皮膚がどこまで続いていたのか正確には不明。

 けれど、背中には達していなさそうだった。

 多分だが、首を守る役割なのだと思う。

 そして角の秘密だな。

 角はカルシウムで出来ていて、骨の一部だと思っていた。

 ちょっと違ってものように歯なのかな~ぐらいに思っていた。

 イッカクは海に生息する鯨類の生物で、雄は角が生えている。

 イッカクの雄は左側の切歯が長く伸びて牙となる。牙には左ねじ方向の螺旋状の溝があり、その大半が中空で脆いのだが、一角兎の角は螺旋状ではなく、しっかりとしている。

 硬い皮膚にしっかりとした角。

 これは……サイだわ。

 サイ。

 アフリカ大陸の東部と南部などに生息し、種類は五種類のみとされている。

 皮膚は非常に分厚く硬質で、格子構造になったコラーゲンが層をなしている。

 一角兎はそこまで厚くないが、皮膚の一部が似ている。

 そして角だ。

 サイの角はカルシウム――つまり骨ではなく、皮膚の一部が硬質化ものである。

 物質としてはケラチンという物質で、髪の毛や爪と同じだ。

 一角兎は兎だったのか。

 まあ、草食動物がカルシウムを摂取するには大変だろうから、そういうことなんだろう。

 獰猛な性格は……この個体だけの性格じゃないとしたら、角による威嚇が「脅威となる」と知ったのだろう。

 そう――言うなればイキった中学生だ。

 少しばかり力がついてヤンチャになり、周りに自分の強さをアピールする中学生。

 こいつ自体は相変わらず草食動物なので、威嚇相手を殺生しても食べることはないはず。

 生温かい目で見るしかないな。

 よし、肉は剝ぎ、角や骨は保管。

 シルフィーさんが採ってきたもの仕分けますか。


 シルフィーさんの採ってきたものは食用、非食用五分五分だった。

 良いほうだと思う。

 私が一日目で採ったものは三割しか食べられるものがなかった。

 しかも毒物を食して【毒無効】が発動したのだから恥ずかしい限りだ。

 シルフィーさんも無事に解体が終わったようなので、一緒に調理する。

 香草も少し手に入ったので、今日は兎の香草焼きとスープだ。


 「ごちそうさまでした」

 『ごちそうさまでした。美味しく頂きました』

 良かった。実に美味だった。

 兎は鳥のささみのように筋肉質でサッパリとした感じだったが、久々の肉は嬉しいものだ。

 

 本日はとても良い一日でした。



   ◆

拝啓 さわやかな初夏を迎え、ますます地獄でのご活躍のことと存じます。製作者様、いつも私のメンタルを削りとってありがとうございます。

 さて、本日から風の精霊シルフィーさん住み込みで働いていただける事になりました。これも製作者様が残した負の遺産のかぎりでございます。

 マタンゴと出会う前に読んだ私の「土踏まずについて」のレポートで、製作者様は私が偏平足になる恐れがあると踏み、私の足を舐めて削り取ろうと考えましたよね。

 それを読んで私はガチ泣きしました。痴漢被害で涙腺が崩壊する女性の気持ちがわかりました。

 それから「ひとに優しくなろう」と決意しました。

 その出来事がなければ、シルフィーさんを一泊させて終わりだったと思います。

 これも製作者様のおかげでございます。

 これからも地獄での活躍を期待しています。

 また、これは【獄炎魔法】でお焚き上げさせていただきます。

                                         敬具

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