第一章~マンドラゴラ~


 マンドラゴラ。それはゲームや漫画によく出てくる空想上の植物。別名マンドレイク。

 「空想上の植物」と言ったが、この言い方には語弊があり、地球にも存在する。

 存在しているのに存在しない植物。

 地球では地中海地域から中国西部にかけて自生する。コイナス属又はナス科マンドラゴラ属に属する。根には毒性が強く、幻覚、幻聴、嘔吐、瞳孔拡大を伴い、場合によっては死に至る。

 だが、空想上では外見は人参に似た形状をしているが、地中に埋まっている先端部分が二股に分かれて足のようになっており、人間のようにも見える。

 地面から引き抜く際にすさまじい悲鳴を上げるとされていて、この声を聞くと精神に著しいショックを受け、正気を失うとされる。

 不気味な植物である。

 まあ、その「不気味な植物」が私の身体の材料なのだ。私という「ホムンクルス」の材料であり、今回の研究材料だ。

 時は遡り、この家を掃除し、いらないものは捨てようとしたところにプランターが置いてあった。

 プランター。植物を植えているアレ。そこには枯れた植物が植えられていた。

 好奇心。ただ何が植えられているのだろうか、という好奇心でその植物を引き抜いた。

 根から微かながら音がしたので見ると痩せ細っているが、人のような形状で口のような穴が空いている。

 それは「私」のレシピにあったマンドラゴラだった。

 迂闊。本来ならばマンドラゴラによる絶叫を聞き、精神がおかしくなっても仕方がなかった。

 しかし、枯れていたマンドラゴラにはその気力がなかったと思われる。枯れていて良かった。

 そして片手にマンドラゴラを持っている現在に至るのだが。

 突然だが、この世界には様々な生物がいる。大きく分けて「人」、「動物」、「植物」、「魔物」の四つである。「人」には獣人やエルフなど様々な人種が含まれる。そして――。

 「魔物」は一般的に「人」に害なすもの。つまり「害獣」とされている。しかし、私の製作者様はそこに「超的変異」所謂ゲームでいう「進化」が入るとしている。進化は世代を経るにつれて変化する現象であるため、「超的変異」として区別しているようだ。

 何故そんな話をしたかというと、手に持っているマンドラゴラが魔物だからである。

 世間一般では薬草の類。つまり植物として認識されているらしい。世間一般と言っても希少で見つからないらしいが。

 しかし、精神攻撃する上にマンドラゴラは超的変異をする。超的変異種は「アルラウネ」や「ガルゲンメンライン」と呼ばれる。

 マンドラゴラが希少なので変異したものは更に希少だろう。まだ解明されていない事が多いらしい。

「なので、今日はマンドラゴラを解剖してみたいと思いまーす」

 どこかの動画配信者のような口ぶりで呟いてみた。別に視聴者はいないのだが。

 まず解剖する前に、外見を観察する。

 葉は枯れているけれど硬め。根は人の形をして、顔のようなものがある。

 口は穴が空いている。ここから絶叫を出すのか。

 声を出すというと声帯でもあるのだろうか。では、それを確かめてみますか。

 製作者様が使っていたであろうメスを手に取る。「使っていたであろう」というのは部屋のそこらかしこにホルマリン漬けのような瓶詰めがあるからである。

 葉を落とし、口らしき穴から縦に切っていく。

 根を切っている感触としては根菜だ。メスで切るには硬い。ペティナイフのような物が欲しいが、そんなものはない。

 変に他を傷つけることなく切り開けた。

「私ってば天才」

 そんな事を言ってしまう私はそもそも普通の人間だった。

 前世で医者だったとか、学者だったわけでは無い。メスを握ったのも今日が初めてだ。

 ただ、生物が好きで図鑑を見たり、様々な事柄を考察するのが好きな一般人である。

 前世で解剖とか面白そうだと思ったが、勝手に変な事したら逮捕されかねない。動物愛護や死体遺棄などそんな事で捕まるのは御免だ。

 そんな一般人の初解剖(植物系魔物の開き)が綺麗にできた事で自画自賛さぜるを得ない。

 マンドラゴラを見ると、口のような穴から空洞が食道のように下へおりていく。食道というより気道か。

 人間でいう腹の部分にフウセンカズラの果実ような膨らみがある。皮は薄く、密封性がありそうだ。

 絶叫は声帯から発生する声ではないのか。自分の仮説は違うようだ。

 ではどこから?

 フウセンカズラの果実のような物は萎んでいる。これは空気を入れて吐き出すものだろうか。

 もし、そうなら声帯のように振動させて音を発生させるのが普通だ。

 音を発生させる。

 人間は声帯によって様々な音を発生させてコミュニケーションをとる。

 しかし、声帯なんて全ての生物にあるわけではない。

 そう思い、フウセンカズラの近くの気道あたりを注視する。

 あった。

 人間の声帯は、喉にある。しかし、鳥類は声帯ではなく「鳴管」と言い、気管支近くにある発声器官である。

 鳴管は数個の軟骨環が癒合して形成される鼓室といくつかの振動膜とよりなり、発声は呼気とともにこれらの振動膜が振動することによって行われる。

 元々枯れているから分かりづらいが、それらしいものが見られる。

 鳴管筋などはどうなってあるかは定かではない。

 マンドラゴラは鳥の鳴き声を出す器官をつくり、発声している。

 では、何故マンドラゴラは発声する器官を持つのか。

 生物としてシンプルな考えは身を守る為である。

 私の製作者様はここの魔法に関する本を多く残していた。

 そこに精神に与える魔法について記したものがあった。

 そこには「精神攻撃魔法は実用的でない」とされていた。

 実用的ではない。つまり、効きにくいのだ。

 精神を支配したり、攻撃するには精神が弱っている場合のみしか効かないという。

 まぁ、確かに日本にいた時も変な宗教にハマるのは精神が弱っている時の方が多そうだ。そう考えたらわかる気がする。

 しかし、マンドラゴラは精神系魔法を使う。しかも相手に通用しているようだ。

 マンドラゴラが人より精神系魔法に長けている?そんなにスゴい魔物なのか?

 私の考えだと否だ。

 仮説としてたてるが、マンドラゴラは抜いた瞬間に絶叫という音を出す。驚いた人間の精神に隙が出来、マンドラゴラはそこに精神攻撃魔法を行う。

 そうすれば魔法が効きやすく、効率的に生存率を上げることが出来る。

 しかし、その攻撃方法を知ってしまえば精神魔法は効かないのではないか。そんな疑問が浮かぶ。

 だが、それは希少種だからこそといえる対策があった。人間知っていても不安になることはある。経験がなければ誰だって不安だ。その不安を突いて攻撃してくるのだろう。

 マンドラゴラは希少種の初見キラーとも言える。経験させず、初見は倒す。タチの悪い魔物だ。

 これが私の仮説の一つだ。もう一つ仮説はあるが、これは全然理論的ではないし、現実的ではない。

 しかし、聞いて欲しい。

 動物が音を出すのには「求愛行動」というものがある。

 音による求愛行動は虫や鳥類など様々な生物に見られる。

 そのため、「マンドラゴラは引き抜いた相手に恋をする」という仮説だ。

 「魅了」という精神魔法がある。これは相手を自分に惚れさせて、思い通りに動かす魔法だ。

 それを引き抜いた相手にかける。恋は人を盲目にする。それが正気を失うという事になるのかもしれない。

 「マンドラゴラは恋をする説」は個人的に気に入っている。

 だからといってマンドラゴラに好かれたいわけではないけれど。

 さて、この毒にも薬にもなるマンドラゴラをどうするか。

 まだ2株ほどプランターにはあるので、それは家の前を耕して植えてみるか。幸い私の浸かっていた培養液は強力なようであるし。

 私が培養液をブチ撒けてこの世界に来た後が大変だった。床が再生して木となり、枝やらキノコやらが生えてしまったのである。

 人が飲むと空腹感がなくなり、活性化するそうだ。製作者様の日記に「味は最悪だが、ホムンクルスちゃんの残り湯を飲んでいるみたいで、背徳感がスゴい。そう考えるととても美味しい」と書いてあったので、私は日記をそっと閉じた。

 床を成長させるなんて栄養とかそういう領域ではなくなっている。

 まだ培養液の残りがあるしマンドラゴラ栽培も悪くはない。

 切ってしまったものは乾燥させて何かに使うとするか。

 あちらでは夏だったがこちらではもうすぐ春らしい。

 マンドラゴラは茄子科だからもしかしたら実をつけるかもしれない。

 食べられるかどうかわからないが、夏から秋が楽しみだ。



    ◆


 しかし、私の材料であるマンドラゴラを調べたけれど、私のどこを担っているかわからなかったな。

 強力な毒を持っている為、【毒無効】という耐性はついているみたいだ。

 これはキノコ狩りしていた時に間違えて毒キノコを食べて発覚した。

 不味くて舌がピリピリしたと思って調べた結果が毒キノコだったのだ。異世界系漫画や小説によくある【鑑定】というスキルがあったら毒キノコなんて食べずに済んだのに。

 だいたい、【鑑定】なんて持ってるのは異世界人で神様に会ったりしてるんだよなぁ。

 神様イベントがスキップされた私にはくれないのか。

 しかし、製作者様の本で補える上に、様々な情報が手に入る。

 もしも【鑑定】というスキルがあった場合、それに頼ってしまっただろう。そういう鑑定で得られない情報などが得られたのは製作者様に感謝だ。

 しかし、製作者様は私に【毒無効】という耐性をつけさせたかったのか。

 確かにこんな自然豊かなところでサバイバル生活するには必要かもしれない。

 それとも何か違う意図があったのか。

 マンドラゴラとは違い、私の身体の一部となるのだから同じ器官とは限らない。

 しかし、マンドラゴラの中身なんて、薄い膜と密封性のある袋しか……。

 待って。そんなのって……。

 嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。嫌だ。

 確かに今は女の子の身体だよ。でもさ、そんな所まで再現しなくても良いじゃん!

 確かに生まれてまだシた事ないけど。そんなのってないよ!初めてメスを握って、この世界で初めて研究みたいな事やったんだよ!初めてだったのに!最終結果がこれとか嫌だ!

 誰か異論を唱えて!

 私の膀胱と膜がマンドラゴラから出来てるわけじゃないって証明して!

 私はこの後、めちゃくちゃふて寝した。

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