異世界徒然生物記

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零章~転生~

◆プロローグ◆


 八月十五日の午後十二時半くらいのこと、天気は良い。

 俺はキャンプアニメの影響を受けてキャンプ場に来ていた。

 夏休みシーズン。緩いキャンプなんて不可能なほどの家族連れ。

 無邪気な子ども達は近くの川で遊び、大人はアルコールとバーベキューで賑わっていた。

「おじさん。何で子どもいないの?」

 そんな無邪気な子どものえげつない心抉る言葉が飛んできた。

「おじさんはねえ、君のお母さんみたいな人と出会いがないからだよ」

 そう。独りぼっちでのキャンプ。決してリアルで充実したキャンプなんかではない。

 心抉る質問に答えると子どもは「そっかー。ふうん」と興味なさそうに何処かへ去って行った。賑やかな中の独りぼっちに居場所がなかった俺にトドメを刺して。

 心が折れたので、バーベキュー会場の対岸の静かな場所へ移動した。

 こちら側は川の水深が深く、流れも速い。そのため、子どもは寄り付かずに釣りなどをしている人が多い。

 良い時代になったもので、バーベキューセットや釣り具はレンタルできる。

 俺もレンタルした釣り具で心を癒すことにした。

 対岸から聞こえる幸せ、木漏れ日と風に揺られる釣り糸。求めていた緩いキャンプが時を流れていた。

 急に対岸の人々が騒がしくなった。

 小火でもおきたのかと思ったが、皆こちらを指差して狼狽えている。

 後ろを見ても何もない。釣り糸が垂れている川を見ても何も――

 子どもだ。

 子どもが流されている。

 しかも流れの急なこちら側。

 俺は何も考えず、飛び込んだ。

 流れが速い。

 子どもはパニックになって必死にもがいている。

 身体が重い。今更ながら着衣水泳なんてするもんじゃない。

 子どもの近くまでは行けた。――いや流された。

 パニックになっている子どもを抱え、助かる手段を探す。

 流された先に大きめの岩がある。あの岩に上れさえすれば助かる。

 流れが速く、身体が重い。抱えた子どもはもがいている。この状況で上手く岩までたどり着けるか。いや、やらねばならぬ。

 自分も子どもも随分と水を飲んでしまっている。子どもの場合「乾燥溺死」なんて事もあるから救出して病院に連れていかなければならない。

 岩が近づいてきた。手を伸ばす。

 爪が岩に引っかかる。痛い。爪が剥がれそうになるが、必死に岩を掴む。

 左手で子どもをグイグイと押して岩場に密着させて押し上げる。

 右手の感覚が無い。

 早く。

 子どもは水着だった為、何とか岩に上れたようだ。良かった。これで子どもは無事だ。

 ――あ。

 右手が空を掴んだ。咄嗟に出た右脚が地面を蹴る。

 下半身が水に流され、浮かない身体が回転していく感覚をおぼえた。

 ――これがカルマン渦というものか。St=f(Re)だな。

 そんなバカみたいな事を最後に意識も川に流されていった。



    ◆


「ゴボァ!」

 目を覚ましても水の中だった。

 パニックになり、腕を回してもがこうとした。

 ガッシャーン。という音と共に目の前が割れ、自分の身体がずるりと外に放り出された。

 咽ながらも周囲が川でも病院でもない事に気づいた。埃だらけのマッドサイエンティスト研究所とでも言うべきだろうか、無数の怪しい瓶詰めや見たことのない言語の本、試験管に怪しい液体が入っていた。

 死ぬ間際に異世界召喚でもされたのだろうか。そんなライトノベルみたいな展開のようであった。

 召喚なら城とかがテンプレートであり、召喚者が近くにいるものだが――

 人気はない。

 生活感さえない。――いやあったというべきか。全てに誇りを被っている。

 後ろを振り向くと、自分が入っていた硝子容器が目に入る。

 ――異世界召喚という仮説が間違っていたことに気づいた。いや、この容器から出て咽ている時点で気づくべきだったのだ。

 転生だ。

 男であった俺の声が高くなっている。それに硝子に映る自分の姿が幼い女の子になっている。

 女神とか神様に出会わないで転生か。

 しかし、赤子飛ばしていきなり童女というのもどうかと思う。転生なら最初からってのが生物の基本だろう。

 そう思いながら歩を進める。

 窓際にデスクを発見。また、上にはノートがあった。パラパラと捲るとそこには見慣れない文字。解読するには時間が――

 読める。

 読めるぞ。

 神様と出会ってないけれど、転生特典としてこの世界の言語がわかるやつか。

 よくあるライトノベルのテンプレートだと思い、ページを捲る。

 劣化して読めない部分があるが、要約してみると以下のような内容だった。


【材料】

 マンドラゴラ、オールスライム、ハイポーション、スケルトン、×××、賢者の石……etc.


【特大ホムンクルスの作り方】

 (前略)作った培養液に材料を入れ○○を流し、(中略)ホムンクルスの外殻が完成。後は記憶媒体と魂をどうのこうの。その後は日記のようになっている。


 ……培養液。……ホムンクルス。

 はい、どうも!試験管の小人ホムンクルスだよ!

 はい。どう考えても俺です。いや、今の状態なら「私」になるのかな。

 転生は転生だが、ホムンクルスか。思ってもみなかった。

 言語がわかるのも神様とかじゃなく、記憶媒体の何かによって解読可能なのだろう。

 自分が人間とも魔物ともいえない何かになってしまってショックだ。本日二度目の精神攻撃。

 溺れていた子は無事だったろうか。

 寒い。とりあえず、服を着よう。童女がすっぽんぽんで出歩くわけにもいかない。

 部屋の隅にクローゼットがあった。

 クローゼットを開けると様々な女性用の服、服、服。着られそうな服を合わせていく。

 とある違和感が。

 クローゼットの服がどれも合うのである。

 最初は魔法で生地が収縮しているのかと思った。しかし、着る前に見てもサイズは同じ。

 恐怖を感じた。

 私を作った人間は絶対に、私を着せ替え人形のようにするつもりだった。もしかしたら意識が無い状態でも着せ替えていたかもしれない。

 クローゼットから執念のようなものを感じた。

 だが、私を作った人間はいない。それらしい人間はデスク横の椅子で静かに息を引き取っていた。

 着替えたので、部屋の片づけをした。ついでに製作者様も外に埋めておいた。

 外に出ると崖っぷちで下には海があり、陸を進むと森の入口が見える。如何にもマッドサイエンティストが住むような家だった。トランプ賭博な医者の診療所みたいな感じだ。

 その後は食料確保のため森へ向かい、木の実や茸を取った。茸はとりあえず採取し、家の図鑑にて分けることにした。万が一毒茸を食べても私が漬かっていた培養液を飲むと解毒されるらしい。やりたくないが。

 とりあえず第二の人生。もとい、ホムンクルス生をここで始めることにする。

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