第28話 再会

「おい!! グレイル! グレイルじゃないか! それにレティリエも!」

 

 村の入り口にいた門番が二人を見つけて驚きの声をあげた。慌ててこちらへ駆け寄り、驚いた顔でグレイルの体に手を触れた。


「お前、生きてたのか 幽霊じゃないよな? 一体全体今までどこにいたんだよ!」

「ああ……まぁ、色々あってな。後でゆっくり話すよ」

「色々ってなんだよ? 皆本当に心配してたんだぞ!」


 門番の表情から、彼が本気でグレイルのことを心配していたことがわかる。グレイルは仲間の気持ちに応えるように、ポンポンと軽く肩を叩いた。

 騒ぎを聞き付けたのか、門の前にワラワラと人が集まってくる。グレイルが所属している群れの若い狼達が息急き切ってやってきた。


「お前……! やっと帰ってきたのか! 体は無事か?」

「急にいなくなっちまったから驚いたよ!」

「一体何があったんだよ? 最近人間達がこの辺りをうろうろしているのは何か関係があるのか?」

「おい質問攻めにしてやるな。見ろ、すげえボロボロじゃないか」

「でも、帰ってきてくれて良かったよ。俺はてっきり……」


 仲間だと思われる狼が泣きながら言った。ボロボロと男泣きする仲間の背中を、グレイルが優しくさすってやる。「おい、立場が逆だろ」と言いながらも、仲間の狼は嬉しそうに泣き笑いをした。


 レティリエはその光景を眩しそうに見ていた。

 大勢の仲間に囲まれ、生存を喜ばれるグレイルを見て、彼が生きて村に帰ってこられたことに安堵と喜びを覚える。と同時に、自分は本当に帰ってきても良かったのだろうかという迷いもあった。

 帰ってこられたのは嬉しい。けれども、村に戻ればまたお荷物の狼であることに変わりはないのだ。なんでお前は帰ってきたんだ、と言われてしまったら……自分はどうしたらいいのだろうか。

 レティリエは門の前で立ち尽くしたまま、村に入る為の一歩を踏み出せないでいた。瞳に不安の色をたたえ、胸元で手を握りしめたまま動かないレティリエを見て、グレイルが声をかけようとしたその時だった。


「レティリエ……! あんた、どこに行ってたのよ!!」


 狼の集団を掻き分けて、長い黒髪の女性が飛び出してきた。そのままレティリエに抱きつき、目に涙を浮かべたままキッと睨み付ける。


「ナタリア!」

「レティの馬鹿!! どんだけ心配したと思ってるのよ! マザーも子供達も、皆泣いていたわよ!! 私だって……あんたにもう会えないと思ったら……すごく怖くて……」


 ナタリアは泣いていた。金色の目からポロポロと涙がこぼれ落ちる。レティリエは彼女の黒髪をそっと優しく撫でてやった。


「うん……ナタリア、ごめんね。ありがとう」

「また心配させたら、もう仲良くしてなんかやらないんだから!」


 そう言いつつも、ナタリアはレティリエをぎゅうっと抱き締めた。レティリエも彼女の背中に手をまわし、そのまましっかりと抱き合う。


「グレイル! レティリエ! お前ら帰ってきたのか!」


 騒ぎを聞き付けたのか、ローウェンが驚いた顔でやってきた。狩りに向かう途中だったのか、手には網や短刀を持ったままだ。二人が戻ったことを聞きつけ、グレイルやローウェンが所属する東南側とは正反対の位置にある村の入り口まで足早に来てくれたようだ。


「ローウェン、すまない。心配かけたな」


 グレイルが詫びると、ローウェンは、大きく息をついて腰に手を当てた。


「まったくだよ。二人とも秋の祭りの日に突然いなくなっちまって、村中大騒ぎだったんだからな。とにかく、俺は長に二人が帰ってきたことを報告しに行く。お前に言いたいことが山ほどあるから、文句は後でたっぷり聞いてもらうぞ」


 ローウェンがニヤリと笑ってグレイルの胸を軽く小突く。同時にグレイルの背後にいるレティリエに気づき、優しい笑みを浮かべた。


「レティもよく帰ってきたな。お前に会いたがってる人がいるよ」


 誰なのか聞くまでもなかった。ローウェンが振り返り、村の方を指差すと、遠くから懐かしい、大好きな姿が走ってくるのが見えた。


「マザー!!」


 喜びをいっぱいに含みながらレティリエが叫ぶ。マザーは門の所へやってくると、二人を力一杯抱き締めた。


「レティリエ! グレイル! あんた達がいなくなって、私は寿命が縮む思いだったよ……! 酷い目に遭わされてないかい? 怪我は? 病気はしなかったかい?」

「大丈夫よ、マザー。グレイルが守ってくれたもの」

「グレイル、よくレティリエを守りきってくれたね。あんたも無事に帰ってきてくれて、私は本当に嬉しいよ」

「いや、俺も彼女に助けられたんだ。俺がここにいるのはレティのおかげだよ」

「あんた達はほんとにもう……!!」


 マザーは泣きながらレティリエとグレイルの頬にキスをした。レティリエの心が喜びで膨れ上がった。大好きなマザーにもう一度会えた。それだけで迷いはどこかに消えてしまっていた。


「おねーちゃーん! おにいちゃーん!」

「帰ってきた! ほんとに帰ってきたんだ!!」


 舌ったらずな可愛らしい声が聞こえ、孤児院の子供達も二人の胸に飛び込んできた。レティリエは胸元ですすり泣く子供達をそっと抱き締めた。昨日まで一緒におしゃべりをしていた二人が、秋の祭りの日を境に忽然と消えてしまったのは子供達にとって例えようの無いほどの恐怖だったに違いない。グレイルも優しく子供達の頭を撫でてやっていた。


「皆あんたが帰ってくるのを待ってたんだよ」


 マザーが微笑みながら言い、子供達も「早く来てよ!」とレティリエの手を引っ張る。

 体が前のめりになると同時に、グレイルが優しく背中を押してくれた。足が自然と前に出て、門を跨ぐ。

 レティリエは感慨に胸を震わせながら郷里へ足を踏み入れた。


「お帰り、レティリエ」


 マザーとナタリアが笑顔で迎え、レティリエも微笑んだ。


「ええ……ただいま」


 木漏れ日が天からの祝福のように頭上に降り注いでいた。








 二人は暫くの間、村の者達と再会を喜びあっていた。

 だが、その幸せも長くは続かなかった。


「レティリエ、長が呼んでる」


 村長へ報告に行ったローウェンが戻ってきた。だが、その顔は先程とはうってかわって暗い影を落としている。

 険しい顔をしたローウェンの表情に、レティリエは胸騒ぎを覚えた。


「ええ……今行くわ」


 子供達の手をポンポンと優しく叩き、握った手をほどいてもらうとローウェンの元へ駆け寄る。彼は怒っているような、悲しんでいるような、複雑な表情をしていた。

 不安と恐怖でいっぱいになったレティリエの手を、グレイルがガシッと握りしめた。


「レティ、俺も行く」

「グレイル、お前は呼ばれてない……いや、別に来るなとも言われてないな。もしかしたら、お前が一緒にいてやった方がいいかもしれん。レティについていってやれ」


 ローウェンの不吉な物言いに、レティリエは背筋が冷たくなるのを感じた。ローウェンについて村に入るが、村長の家に向かう足取りは鉛のように重たかった。

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