第25話 人間の気配
ドワーフの集落を出発して暫くの間は順調に進んだ。あちこちで人間達の気配は微かにするものの、近づいてくる様子はない。
目当ては自分達ではない可能性もあるが、グレイルはかなり慎重に歩を進めていた。少しでも人間の気配がすると、迂回して安全な場所へと移動する。人間達は獣とは違い、行動が読めない。また大きな怪我を負わされないようにする為にも、無用な戦闘を避ける必要があった。
そうやって村までの距離を飛ぶように進んでいたが、ある地点で突如グレイルが立ち止まった。
「……人間達の匂いが濃い」
グレイルの獣耳が微かに震えた。全神経を使って周囲の様子を伺う。
「どうしましょう。また別の道から行った方がいいかしら」
「いや、どの方向からも人間達の匂いがする。囲まれたか? それにしては俺達に気づいている様子はないみたいだが」
グレイルは耳をそばだてながらじっと考え込んだ。
「そもそも、なぜこんなに進んでも人間の気配が一向に消えないんだ? ここいらは人間達の住む都市からは大分離れているはずだ。こんなに沢山の人間達がうろついているのはおかしい」
「そうよね、そもそも私達も人間を見ることなんてほとんど無いのに……何で急に増えたのかしら」
「このまま闇雲に進むのは危険だ。やつらの目的をハッキリさせておいた方がいいな」
グレイルはそう呟くと、キョロキョロと辺りを見回した。すると、グレイルの視界に一本の巨木が入った。大木に近づき、木のうろの中に隠すようにレティリエをおろす。
「お前はここで隠れていてくれ。万が一人間達に見つかったらすぐに逃げろ」
「ええ、わかったわ。グレイルも気をつけてね」
グレイルは頷くと、念のため木の葉でレティリエを隠すように覆い、来た道を一目散に駆けていった。
今度は人間の匂いを頼りに歩を進める。
ある場所まで来ると、人間の匂いが濃くハッキリとするようになった。匂いをたどって行くと、やがて話し声やカチャカチャと武具の触れあう音が聞こえてきた。
グレイルは身を低くかがめ、気配を消しながらそっと近づく。人間達の声が届く距離まで近づくと、草むらの影に伏せて息を殺した。
「……それにしてもなかなか見つからねぇな。もう五日も歩き通しだ」
「くそっ誰か他のやつらがもう捕まえちまったのか? 痕跡すら見つからねぇとは思わなかったぜ」
「でも、誰かが捕まえたらすぐ噂になりそうなもんだがな。銀色の毛並みの狼なんてそうそういないだろ」
グレイルの耳がピクッと動いた。銀色の狼、やはり人間達の目的はレティリエだ。グレイルの胸に激しい怒りが渦巻いた。以前逃がした狼を追って来た人間達だろうか……しかし、今ここにいる人間は自分達を捕まえた男達とはまた別の者達のようだった。
グレイルはもう少し情報を集めるため、耳をピンと立ててそばだてた。
男達はなおも続ける。
「何言ってんだ。噂になるわけないだろ? 誰かが捕まえたなんてわかったら、皆そいつの所に盗みに行くに決まってるだろうが。オークションの日までは、捕まえたって誰にも言わねぇよ」
「それもそうだな。くそっじゃあオークションの日まではこうやってしらみつぶしに探すしかねぇのかよ」
「ああ。だが、捕まえれば一攫千金だ。探し続ける価値はあるだろ」
男達の話を聞き、グレイルは怒りで全身が総毛立った。オークション、つまり、奴らはレティリエを競売にかけるつもりなのだ。以前自分達を捕まえた男達も、レティリエが金になるという趣旨の話をしていたのを思い出す。
しかも、彼女を探しているのはこの二人だけではない。恐らくこの辺りにいる人間全てがレティリエを狙っていると思った方が良い。
グレイルはぶるっと身震いした。果たしてこんなに大勢の人間達から彼女を守りきれるのだろうか、という迷いが一瞬グレイルを支配したが、それはすぐに消えた。
かつて山小屋で自分達を監視していた男は、明らかに狼を家畜と同類と認識していた上に、レティリエを情欲の対象として見ていた。万が一レティリエが競売に賭けられたら……どこにいっても行き先は録なことにならないだろう。そう考えると、何としてでも人間達の手に彼女を渡すわけにはいかないのだ。
グレイルは目に決意を灯しながらそっとその場を離れた。
グレイルはレティリエのいる場所に一目散に駆けていった。もし彼女が人間に見つかっていたら……という嫌な想像が頭を支配する。先程見つけた巨木が目に入り、走る速度をあげる。木の麓に目をやると、レティリエの姿は忽然と消えていた。
「レティリエ!!!」
グレイルの顔から血の気がひいた。
「おい! どこにいる!! いるなら返事をしてくれ!!」
張り裂けそうな声で叫ぶと、木のうろから銀色の獣耳が現れ、レティリエがそっと顔を出した。
「あっグレイル……! お帰りなさい。あの、私、見つからないようにずっと隠れてたの……」
レティリエはグレイルの剣幕に驚いたのか、申し訳なさそうにグレイルを見上げた。グレイルの胸中に安堵の念が込み上げる。
「あっ、いや、無事で良かった。取り乱してすまない」
「何か良くないことがあったのね?」
グレイルの異変を感じとり、レティリエが素早く言った。彼女を怖がらせない為にも伏せておこうかと思ったが、グレイルは思い直し、レティリエに真っ直ぐ向き直った。
「人間達の目的がわかった。お前だ。お前を捕まえて、競りにかけるらしい」
レティリエは神妙な顔で聞いていた。その顔には驚きも恐れも無く、覚悟を決めた顔だった。
「わかったわ。話してくれてありがとう、グレイル。それならば私は逃げ切ってみせる。あなたに一番負担をかけてしまうのは申し訳ないけれど……」
「申し訳ないなんて思わなくていい。雄が雌を守るのは当然だ」
グレイルはそう言うと、額に手をあて、「いや、違うな」と首をふった。
「……お前が、俺にとって大事な存在だから、だ。仲間として、友として」
「うん、ありがとう、グレイル」
グレイルの言葉を聞き、レティリエは嬉しそうに微笑んだ。
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