第76話 カレンvsゴードン.1(女神暦1567年5月8日/ロクレール支部演習場廃墟エリア)

「ルイーゼ! ついさっきアールタの火精霊サラマンダーがここにまっすぐに向かってくる敵がいるって連絡してくれた!」


「今読んでいる本を読み終える時間もないのか……せわしないことだ」


「そんな風に余裕ぶってるのも今だけみたいだけどね」


「ほう、それはどういうことだね?」


「火精霊達が迎撃に向かっているんだけど、相手を押し留めるのは無理っぽい感じなんだって」


「アールタや綴は?」


「今は別の敵と交戦中みたい。応援は期待しない方がいいかも」


 カレンとルイーゼは廃墟エリア中央に位置する広場で、勝負の鍵を握るクリスタルを背にまだ見ぬ敵が近づいてきている方角に向き直っていた。

 増援は期待できない。

 ここで私達が食い止めなければドロシーの決意を無駄にしてしまうことになる。

 皆が全力でそれぞれの戦場で戦っている。

 私の戦場はここだ。

 ここを守り抜くことが私の役割だ。


「いくよ、ルイーゼ」


「戦闘においてはあまり役には立てないと思うが、相手の戦術や動きの癖を読み取るぐらいなら任せたまえ」


 腰元のロッドホルダーに手を伸ばし、いつでも抜き放てるように構え、体内で魔力を錬成しながら魔法を発動する準備を整える。

 そうしていると、崩れ落ちた民家の瓦礫の陰からスウッと大柄な男が姿を現した。

 シミ一つなかった綺麗な白銀の団服は所々が炎で焼け焦げているが、皮膚には目立った火傷の痕もなく外傷もほとんどない。

 ここに到着するまでに火精霊達からの火炎攻撃に晒されていた筈なのに、見るからに元気そうな姿に目を丸くする。


「嘘、全然余裕そうなんだけど!?」


「……ほう、かなり強力な魔法耐性でも持っているのかと思えば、そういうことか」


「ルイーゼ、もしかして『鑑定スキル』で何か見えたの!?」


「ああ、あの大男……たしかゴードンとかいったか。体中に魔力を張り巡らせ一時的にバリアで皮膚全体を防御しているようだ。

 魔法や『樹宝アーク』の力ではなく、体内で錬成した魔力を用いて肉体強化を行う武道家職の気功術に近いな」


「ほう、俺の『王鎧おうがい』を初見で見破るとは、そこの黒髪のお嬢さん只者じゃないな」


 ゴードンはほぼ無傷の肉体を揺らしながら、私達から10メートル程度離れた位置で立ち止まり、ルイーゼに対して賞賛の言葉を送ってきた。


「体内で錬成した魔力を体の様々な部位に集中し、一時的に肉体強化を行う気功術『魔気功』。武道家の中でも習得出来る者はごく少数な、結構レアな技なんだがな。

 さっき使わせてもらった、魔力を肉体の表皮全体に張り巡らせて、魔力を使った攻撃のダメージを軽微にする『王鎧』は対魔導士・魔法生物戦においては重宝する技なんだ」


 ゴードンは己の肉体がほとんど傷付いていないことの種明かしを行い、それを鼻にかける様子もなく、泰然とした面持ちでこちらに視線を向けている。

 魔法攻撃による攻撃は弱体化・無力化される。

 かといって近接戦を挑んだところで、武道家職であるゴードンの一撃を喰らって敗北するのは必至。

 ……うわあ、これ結構大ピンチだ。

 魔導士である私にとって相性最悪の敵を相手にしながら、背後にあるクリスタルを砕かれないように立ち回って相手を倒すなんて至難の技だ。

 普段なら適当に攻撃を加えて隙が出来る瞬間を狙って目くらましになるような魔法を放って速攻でその場を離脱する戦法を取るんだけど、今回は防衛戦である以上それも出来ない。

 ……詰んでないこれ?

 私、これ詰んでないかな?

 勝てる要素が見あたらないんですけど。


「ああ、もう! よりにもよって魔法が全然効かない相手が来るとか、結構嫌な展開なんだけど!?」


「泣き言を言っても始まらないぞ、カレン。帰ってくれと言ったところで、向こうも退く訳がないだろう。相性は最悪と言わざるを得ないが、それなら魔法を使っても勝てるような勝ち筋を探す方が建設的だと思うのだがね」


「勝ち筋ねえ。……まあ、ギャーギャー喚いたところで、状況が好転する訳でもないし、腹をくくるとしますか」


「私は戦闘には参加出来ないので、サポート役に回らせてもらおう。あの筋肉マンの相手は任せたよ」


 ルイーゼは不敵な笑みを浮かべながら片眼鏡をクイっと上げ、そっと私の後ろに回る。

 この場で戦えるのは私だけ。

 だけど、ルイーゼの情報収集・解析能力が加われば、活路が開かれる可能性だってある。

 彼女を守り切り、ゴードンを戦闘不能にしてクリスタルの破壊を阻止すれば、私達の勝ちだ。


「皆、全力で戦ってるの! 相性が悪かろうが何だろうが、、もうそんなの関係ない! 最後までここに立っていた方が勝ち! 難しく考えちゃったけど、勝った方がよっしゃぁあああああ! って喜べるってことでしょ!

 全身全霊の容赦なしでいくから、恨みっこなしだからね!」


「はっはっは! 面白いなお嬢さん! そうそう、そうだよ! 勝った方が勝ちだ! 最後に笑うのは誰か、勝負しようか!」


 ゴードンは腹の底から笑い声を上げて楽しそうに笑い、私も左手の掌に拳をパチンッと拳をぶつけて気合を入れ、腰元のロッドホルダーの中に指を差し込む。

 ルイーゼは戦いの余波に巻き込まれないように後退し、ゴードンの一挙手一投足を見逃さないようにと目を細める。

 数十秒程睨み合いが続き膠着状態となるが先手は、


「土のタクト! 『土蜥蜴の岩石咆アース・レイン』!」


 橙色の宝石を先端に戴いた銀の魔杖を抜き放ったカレンが即座に魔法を撃ち込む。

 宝石が輝かしい光を放ち、杖先を起点に展開した茶色の魔法陣から拳大の岩石の散弾がゴードンに炸裂する。

 横に逃げようとしても直撃はまぬがれず、まともに喰らえば四肢が砕ける程の高威力の魔法なんだけど……


「その程度じゃ、効かないな! 『王凱』!」


 ゴードンは避けなかった。

 真正面から私の魔法を受ける選択肢を選び、肉薄する岩つぶての直撃を受ける。

 彼の肉体はそれを何事もなかったかのように受け止め、岩つぶてがダメージを与えることもないまま無惨にも砕かれ破片が地面に散らばる。

 そして、ゴードンはまともに魔法を喰らいながらこちらを見遣り、


「次はこちらからいくぞ!」


 疾駆する。

 岩石の雨の中を突っ切るように大柄な肉体にはそぐわない程の敏捷性を見せながら、私の懐に飛び込もうと肉薄してくる。

 彼の拳の届く範囲、射程範囲に収まってしまえば勝機はない。

 なら、押し戻すだけ!


「土のタクト! 『岩石魔人の掌底アース・インパクト』!

 風のタクト! 『風精霊のいたずら風エアロ・パッフル』!」


 深緑の色を湛えた宝石を輝かせ、2本目の魔杖も抜き放つ。

 2種類の魔法の同時発動。

 カレンにしか出来ない離れ業。

 最初に言った。全身全霊でいくと。

 それを実行する。

 朽ち果てた瓦礫が素早く3メートルを超す巨人へと変貌し、ゴードンの脳天目掛けて勢いよく堅固な掌底を振り落とす。

 ゴードンの周囲一帯を強力な風の大波が吹き荒れ、様々な気流な描いて吹き乱れる風がゴードンの肉体をたじろがせて肉体の安定感を奪い去る。

 魔法を弱体化するとはいえ、巨大な質量を持つ大岩や魔力を介してはいるものの突風の激流の中ではバランスを維持することすら困難な筈。

 相性が悪くたって、工夫次第で戦うことは出来る。

 これなら、多少はダメージを……



「『錬鉄れんてつ』」



 岩石の巨人を撃ち落とした一撃を防ぐ素振りも一切見せず、ゴードンは頭突き一つで粉砕する。


「『刃靱はじん』」


 横薙ぎに振るわれた手刀が風の激流を紙を裂くように容易に切り裂き、霧散させる。

 ゴードンはふっ、と口角を上げて、黙ってこちらを見遣る。

 間髪入れずにこちらの魔法を一蹴され、私は茫然と目を見開く。

 強い。

 本当に強い、この人は。

 だけど、挑戦的な目でこちらを見詰めてくる彼を見ていると、どうしても負けたくなんかなくなってくる。

 お前の力はその程度か。

 そう問いかけてくるような気がする。

 こちらの動揺なんて全て見透かされているに違いない。

 だけど、ここで引く訳にはいかない。

 だって、


「私はドロシーの決意を無駄になんかさせない! ここで幕引きなんかさせないから!」


 ロッドホルダーから新たな魔杖を取り出しながら、私は一歩も引きさがることなく、ゴードンから視線を外すことはなかった。



  

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