第75話 綴vs澪.1(女神暦1567年5月8日/ロクレール支部演習場廃墟エリア)

「……暇やな」


「……暇だね」


 綴はとある廃屋の屋根に寝転び、遥か頭上をプカプカと泳いでる雲を目で追いながら、自分のすぐ側で同じように横になっているアールタに問いかける。


「アレンもゼルダもドロシーも敵のクリスタル破壊に向かって、今頃は敵と出くわして戦っとるかもしれんのに、ウチらはこんな風にだらけとってええんかな?」


「少年達が敵陣営のクリスタルを破壊する前にこちらのクリスタルが破壊されてしまえば、こちらの敗北になるんだから、クリスタルの防衛役を担う綴がここにいるのは何も間違っていないんじゃないかい?」


「う~ん、理屈は分かるんやけどな……」


「何かしていないと落ち着かない感じなのかな?」


「まあなあ。敵が攻め込んできたら全力で迎え撃ったるけど、中々その気配もないしなあ。出番がないまま試合終了になるとは思わんけど、こう座して待つだけっていうのは性に合わへんみたいや」


 敵陣営への侵攻組であるアレン・ゼルダ・ドロシーは既に出立し、自陣のクリスタル防衛の為に残った自分とカレンがこの廃墟エリアに残っている。

 多彩な魔法攻撃を得意とし臨機応変な戦闘もこなせるカレンと、「動き回るのとかクソ面倒だろう。読書でもしながらゴロゴロさせてほしいので、私はクリスタルの側にいさせてもらおう」と言ってクリスタルの側でマイペースに読書をスタートさせたルイーゼがクリスタル防衛の要として廃墟エリアの中央に陣取っている。

 彼女達から離れ、廃墟エリア内に敵が侵入してきた際に迎撃に急行する遊撃役を担う自分は、敵襲来の兆しもなく手持ち無沙汰な状態が続いている。

 現在は今回のパートナーであるアールタが周囲に放った火精霊サラマンダー達が廃墟の周辺を巡回中で、敵影を発見次第、主であるアールタに知らせに来てくれる手筈になっている。


「ドロシーは今頃あの金髪の娘とやり合っとるかなあ?」


「気になるのかい?」


「そら、仲間やしな」


「勝てると思う?」


「う~ん、どないやろ……」


 相対するのは世界最強の12の大ギルドの一角に属する人間だ。

 昨日魔力回路を修復したばかりで、実戦経験もほとんどなくドロシーでは実力の差は大きく開いているに違いない。

 エルザやエリーゼとの模擬試合で魔力操作のコツを掴もうと悪戦苦闘していたおかげで、ほんの少しだけでも魔力の扱いに慣れたかもしれない。だが、厳しいことを言うならば所詮は付け焼き刃。刻々と状況が変化する実戦の中で、普段通りに魔力錬成を行い冷静な判断を下せるようになるには相応の時間が掛かる。今回はそんな時間もなく、いきなり実戦に繰り出さなければならないのだから、ドロシーの心労もかなりのものだろう。それが、因縁のある相手となればなおのこと。

 だけど……。


「普通に考えたら、勝つのは難しい」


「まあ、そうだろうね」


「だけどな、勝負っちゅうんは最後まで分からへん。ドロシーは実戦経験は乏しいけど、根性は据わっとる。心が折れずに、ひたすらがむしゃらに立ち向かえばもしかしたらもあるかもしれんで」


 そう言って、大きく手足を伸ばして凝り固まった体をほぐし、ゆっくりと硬い屋根の上に立ち上がる。

 自分はアルトの村では新参者だ。

 だけど、彼女が生まれつき背負った魔力回路の断裂という重荷に負けず、日々魔力錬成の特訓に精を出していたのは薄々と感じていた。

 努力すれば結果が必ず出るなんて、そんな夢みたいな話なんてない。

 どんなに努力しても夢がへし折れる瞬間を迎える時が来る人もいる。

 努力し続けても夢を叶えられず、道半ばで心折れる人もいる。

 だけど、努力をしなければ成功も成就もどちらだってないのだ。

 努力が出来る。

 努力を続けることが出来る。

 成功することもなく、無力感や徒労感に胸が焼かれる痛みに堪えながらもなお、努力して前に進み続ける人。

 そんな人間が弱い人間である筈がない。

 ドロシー=レザーランスは弱い人間ではない。

 そんな彼女が全力で戦える為に出来ることは。

 

「あの娘がシャーリーって娘と決着付ける前にクリスタルを砕かせる訳にはいかへん。敵が来るなら、ここで通行止めや。ふんどし締めてかかるで」


「へえ、やる気満々って感じでいいね」


「あったり前や。勝負事なら最初から勝ちにいく気でやらな詰まらへんやろ」


「それには同感。あと、褌って何?」


「ああ、褌っちゅうのは武蔵国とか東大陸の一部の国の男連中が履いとる下着のことで、この場合は気合十分でいくでー! って感じの意味の言葉で言ったんや」


「ふ~ん、僕はてっきり綴がその褌っていうのを履いてるのかと思ったよ」


「うちが履いとるのは可愛いピンクの下着や。何なら見てみるか?」


 腰元の袴を躊躇なく少し下ろしてアールタにチラッと見せてみる。

 うん、可愛いのは間違いないな。

 今日履いて来たのは、以前カザンに買い物に行った時に衣料品店で購入したお気に入りだ。

 大所帯となった為アルトの村で消費する食料品や日用品等も一気に増加した為、マーカスという男性の運転する荷馬車でゼルダやセレス達とカザンに買い物に行った際に下着を扱う店の前を通りかかった際にふと、「下着にも色々あるもんやな。まあ、ウチは胸はさらしを巻いとるだけで、下は適当な安物のパンツやし、別に関係ないか」と漏らした際、


『首領! 前から言ってますけど女の子なんですから、下着にも気を遣って下さい!』

『この際、もっと可愛い下着を発掘するべきです!』

『首領の胸のサイズでさらしなんて巻き続けてたら、首領の美乳が型崩れしちゃうじゃないですか! あの理想的な胸の形を思い出すと涎がジュルリと……ひっ!? 首領!? 謝りますから! なので満面の笑顔で髭切をカチャカチャと鞘から抜き差ししないで下さい!』


 と可愛い信者達(約一名変質者が紛れ込んどったけど)に背中を無理矢理押されて入店させられ、着せ替え人形のように下着ショーを強制的に開催させられた際に買った物だけど、結構履き心地も良いし、フリルをあしらった飾りも可愛らしくて気に入っている。

 信者の娘らもウチを着せ替えしながらも自分用の下着を吟味しながら楽しそうに談笑しつつ購入していたので、いい息抜きになったみたいで良かった。

 ……アレンに仕えとるあの可愛らしいメイドさんが、大人っぽい黒のブラと布面積の少ない紐パンをこっそりと購入し、『……旦那様はこういう、エ、エッチな物の方が好みでしょうか?』と小さな声で漏らしながら頬を赤らめていた姿を見た時はクッソ萌えた。アレンの周りには可愛い女の子しかおらんのか。


「……僕が言うのもなんだけど、綴はもう少し恥じらいを覚えた方が良いと思うんだよね」


「? 別に女同士なんやで構へんやろ?」


「まあ、そうなんだけどね。一応、くれぐれも男の子の前ではしないように」


「別に痴女やないんやから、そんな風に人前でホイホイ脱がへんて」


 ベリーダンス風の衣装に身を包み、露出も多い出で立ちをしているアールタからの忠告に笑いながら手を振って返す。

 見せへんよ。

 アレンには見せたら反応がおもしろそうやから、一回やってみよかなと思っとるけど。


「でも、普段は隠れとる女子の下着がチラッと垣間見えた瞬間に男の子はロマンを感じるらしいし、あんまり安売りせんと偶然見えちゃったよ~っていう演出をせなアカンか」


「お~い、さっきの僕の忠告が空の彼方にぶっ飛んでるけど大丈夫かい?」

 

 アールタの悩まし気な声が聞こえた気がしたけど、まあ大丈夫だろう。大丈夫ということにしておこうかな。ごめんなさい。

 アレンには返しきれない大恩があるので、パンツのチラ見せぐらいはなんてことはない。

 それでアレンが喜んでくれるのでなら、ウチも嬉しいから一石二鳥というヤツちゃうか。

 なら、今の内に鍛錬をしておいた方が後顧の憂いもなく実行に移せるのではないか?


「……こんな感じか?」


 ゆっくりと袴の後ろ(お尻側)を下に下げてみる。

 まだ下着は見えていない。

 もっとか。もっとなのか。


「……これぐらいか?」


 もう少し下げてみる。

 フリルの刺繍が施された下着の上部が露出したが、これでは威力が弱すぎるのではないか。

 ……もうちょい冒険してみるか。


「……こんぐらいか?」


 指先に更に力を入れて下げてみる。

 アカン。

 パンツがガッツリ見えた。

 そして、それと同時に、



 自分の背後から音もなく飛び上がって来た白銀の団服に身を包んだ黒髪の少女が刀を抜き放った状態で斬りかかって来た。



「雷禅寺澪、参り……ッパ、パンツ!? 何故なにゆえ、私にパンツ姿を向けているのですか!?」


 不意打ちを仕掛けた相手が自分に向けて尻(桃色フリルのオシャレパンツ)を見せていたことに顔を赤らめて滅茶苦茶動揺している侍の少女の剣筋がブレブレになった隙を見逃さず、即座に髭切を抜刀して刃を受け止めると軽く火花が散り、そのまま鍔迫り合いになる。

 未だ混乱している様子の澪という少女の刀には動揺しているせいか膂力りょりょくがあまり感じられず、力の競り合いでは負けることはない。

 グッと刀を前に押し出しながら体を前へと踏み出すと、澪はその勢いに押されて後退を余儀なくされる。

 その瞬間に間髪入れずに足払いを仕掛けると、「きゃっ!?」とバランスを崩した澪はその場で大きく尻もちをついてしまう。

 その鼻先にすかさず剣先を突き付けると、出来るだけ出来る女風の余裕感のある笑みを浮かべてみる。


「ふっ、ウチの策にまんまと引っかかったみたいやな」


「なっ!? それはどうゆうことなのでしょうか!?」


「奇襲を仕掛けた相手が下着丸出しでおったら、剣筋だって鈍ると思ってわざと痴女めいたことをして、アンタが斬りかかってくるのを待っとたんや」


 違う。

 パンツのチラ見せ研究をしとっただけや。


「そ、そんな!? 周囲を警戒していた何やら可愛らしい造形の火の精霊さんの愛らしさにも負けず、私が隠形の術を使い気配を絶って近づいていたことにも気付いていたという訳なのですか!?」


「そんなもん、最初からお見通しやったで」


 違う。

 全然気づかへんかった。


「私の剣を惑わす為ならば、己の恥部を晒す恥にも臆さないと……?」


「勝利の為なら何でもやるのが侍や。当然やろ」


 違う。

 少なくとも、今の自分は侍を名乗るには結構苦しい。


「まさか、これ程の強者がいたとは……この雷禅寺澪、おみそれ致しました」


 澪が深々と頭を下げようとして、ウチの剣に顔面が直撃しそうになったのでサッと剣を思わず引くと、「かたじけありません」と更に恐縮した様子で頭を下げる少女に、あっ、この娘天然やけどごっつええ子やわ、と確信する。

 甘いかな? と思いつつも手を差し伸ばして澪の手を引いて立たせると、彼女の肩を軽く叩いてニコッと笑みを浮かべる。


「こっからは真剣勝負や。負けへんで」


「承知致しました。チームの勝利の為とは、不意打ちという卑怯な手を用いたことはお詫び致します」


「いらへん、いらへん。勝ちに行く為に敵の裏を掻くのは卑怯やないで、気にせんとき」


「っ!? 貴女はとても立派な侍ですね。良い勝負を致しましょう」


「ふっ、負けへんで」


「それは私もです」


 ふっ、決まったで。

 完璧に。

 ピンチもチャンスに変えてみせるナイスな女、姫島綴を演じきったで!

 澄ました表情で僅かに口角を上げて微笑みを浮かべて余裕感を出しながら、そんな風に内心で掌をグッと握って喜びを噛み締めていると、


「綴、やり切った感を出しているところ悪いけど、いい加減パンツ丸見えなままだってことに気付こうよ」


 背後でそう呆れがちな声を漏らすアールタの声が耳を通り抜け、頬に猛烈な熱を感じながら急いで袴を履き直した。


 

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