第63話 歓迎会(女神暦1567年5月5日/アルトの村・中央広場)

「それでは、皆さん! アルトの村にようこそ! かんぱーい!」


「「「乾杯!!」」」


 満天の夜空の元で、アルトの村の新入村者達の歓迎会の幕が上がっていた。

 広場全体には長机が多く出され、机上にはアルト産のフルーツや野菜、カザンで大量に仕入れた食料品で作られた料理が大量に並べられており、見る者の食欲を無限に刺激しまくっていた。

 広場に隅に焚かれた篝火のおかげで、夜の真っ暗な闇も気にならず、参加者達が料理に舌鼓を打ちながら談笑を楽しんでおり、この歓迎会を満喫する姿があちこちで見られる。

 そんな光景を目を細めて見守りながら我が愛しい娘(※違います)シャーロットの淹れてくれたオレンジジュースの甘酸っぱい味わいを楽しんでいると、乾杯の音頭を取っていたカレンが意気揚々とやってきて俺の隣の椅子に腰掛ける。


「アレン、楽しんでる?」


「ああ、楽しんでるよ。乾杯の音頭お疲れ様」


「いえいえ。折角の歓迎会なんだもん、皆で楽しまないとね」


「ああ、そうだな」


 森羅教、ルスキア法国の魔女達、ダガン将軍率いるゴブリン兵達、翼竜数十頭とリストラされてヤケ酒とドカ食いを現在進行形で続けている騎士1名。

 それがこのアルトの村に新しく迎えられた新たな村民だ。

 昨日の内に俺やゼルダ達と、ダガン将軍や姫島綴等の各派閥のリーダー格が先に村に翼竜に乗って到着して突然現れた翼竜と見知らぬ人々に目を見開くカレン達に事情を説明した。彼女達が二つ返事で入村を歓迎してくれたことでダガン将軍達も一安心し(ゴブリンであることに何の偏見も持たずに『これからよろしくね!』と握手を躊躇なく求めて来たカレンの笑顔にすっかり安心しきったようだ)、昨日と今日の昼間までかけて残りの人々の移送を翼竜の騎乗のプロであるエリーゼが取り仕切り、無事に1人の脱落者もなく、グレゴール伯爵領からアルトの村への移動は成功した。

 しかしながら、逃げるように伯爵領を強行軍で脱走してきた為、皆疲労が溜まっており、道中も満足な食事を摂る余裕もなかった。

 そこで、カレンがアルトの村で新しく暮らしていく仲間達を歓迎する歓迎会の開催を提案し、皆好きなだけ飲み食いして大騒ぎして気分転換をしてもらおうと、こうして沢山の料理を振る舞う立食形式の歓迎会を開くことになった。


「いや~、まさかアレン達がこんなに沢山の仲間を連れて帰って来るとは思ってなかったなあ~」


「俺こそ、俺達が留守の間に大森林の蜥蜴人族リザードマンと知り合って交易関係を築いているなんて全然予想してなかったよ」


「あはははっ、それを言われるとそうだね。まあ、なりゆきで始まった縁だけど、これからも大切にしていきたいかな。今度ゾランさんが来たら、紹介するね」


「ああ、頼む」


 カレンがマグに注がれたピーチジュースをグビグビと美味しそうに飲み干し、「う~ん、この1杯の為に生きてる!」とビール好きの親父じみた感想を漏らしていると、ゴブリン兵や森羅教の信者の少女達と歓談していたゼルダと目が合う。

 彼女はこちらに気付くと、歓談中だった相手に会釈をして別れ、こちらに人混みを縫うようにして合流する。


「やあ、アレン。皆、この歓迎会を楽しんでくれているようだ」


「ああ、カレンの提案は大成功だな」


「ふふっ、そう言ってもらえると嬉しいなあ」


 実際、カレン発案のこの歓迎会は大盛況だ。

 最初は旅の疲労でお疲れ気味だったものの、美味しい食事や飲み物が潤滑油となって皆が思い思いの料理に手を伸ばしながら会話に花を咲かせている。

 エルザやシャーロットは初めて見るゴブリンにも全く物怖じすることなく気軽に話しかけに行っており、エルザは腕自慢のゴブリン兵と腕相撲を、シャーロットは果実酒の入ったボトルを両手が抱えるように持って自分からお酌役を買って出ていて、両者は互いに笑顔で親交を育んでいた。

 大量のフルーツタルトをたんまりと載せた皿を持ったフランソワは、ルスキア法国出身の魔女達との距離を掴みあぐねているドロシーを気遣ってか、隅のテーブルで所在無さげに佇む彼女の側から離れずに、彼女と何気ない雑談をしていた。

 ルスキア法国出身の魔女達は、法国最高峰の魔導士の名門である御三家の一角のご令嬢がいることには流石にまだ気づいていない様子で、アールタが余興として夜空に火精霊サラマンダーを流れ星の如く泳がせている幻想的な光景に森羅教の信者達と一緒に目を奪われ、共に歓声を上げている。

 幸せそうに笑みを浮かべている彼女達を見ていると、『ゴブリン・キングダム』との戦いも終わり、彼女達にとってこの村が安息の地になればいいと心から思う。


「おお、アレンさん、ここにいてはったんか」


「アレン殿、カレン殿、ゼルダ殿。皆、先の戦のことも今だけは忘れて浮かれ楽しんでいる。心からの礼を言いたい」


 カレン達と宴会の席を眺めていると、森羅教のトップである少女・姫島綴と、ゴブリン兵達のトップであるダガン将軍が挨拶に来てくれた。


「やあ、姫島さんにダガン将軍」


「さんなんて別につけへんでええよ。うちの信者達は様付けでうちを呼ぶし、たまには呼び捨てで呼んでくれる人がおってくれる方が付き合いやすいしな」


「そう? なら姫島でいいかな?」


「おう、かまへんかまへん。なんなら、綴でもええで?」


「それなら、俺もアレンで」


「了解や、アレン」


「これからよろしく頼む、綴」


「こっちこそや。うちらを受け入れて森羅教代表を代表して礼を言わせてもらうで。ほんまにありがとう」


 互いに自然と片手を差し出し、グッと握手を交わすと、それを見ていたダガン将軍も、どこか気恥ずかしそうにおずおずと、


「で、であれば俺もダガンと呼称される方が適切なのだろうか……?」


「「「「……」」」」


 大剣を背負った2メートル越えの頑強そうなガッシリとした体躯。

 部下達からも絶大な信頼を寄せられ、戦闘能力だけでなく頭も回る切れ者の一面も持つ。

 精強な見た目に反して、気遣い上手で要所要所で皆を手助けしようとする頼りになる男。


「「「「いや、ダガン将軍はダガン将軍で」」」」


「……?」


 首を傾げて疑問符を浮かべ釈然としなさそうなダガン将軍だったが、「……まあ、その方が良いであれば、今のままでも構わないか」と独りごちると、部下から呼ばれて宴会の席へと再び消えて行った。

 そして、ダガン将軍と入れ替わるようにして飲み物の入ったグラスを載せた銀色の丸盆を片手で支えながら、楚々とした怜悧な面持ちのセレスがそっと現れる。

 恐らくこちらの話の腰を折らぬように、話が終わるタイミングを見計らっていたのだろう。

 気配り上手な従者を持てて、本当にありがたい限りだ。


「皆様、お飲み物はいかがでしょうか?」


「ありがとう、頂くよ」


 セレスの用意してくれたのは果実酒のようだったが、俺にそっと差し出してくれたのはアルコールの入っていないフルーツジュースだ。

 この世界では飲酒に年齢制限がないことは頭で理解しているものの、日本で生まれ育ったせいか中々未成年の身で酒を飲むことにどこかで抵抗感を感じている俺への配慮だろう。

 軽く頭を下げて礼を告げると、セレスは一瞬だけ蕩けるような笑みで相好を崩したが、瞬きをした時にはキリッとした面持ちでゼルダ達に果実酒を差し出していた。


「うわあ、これすっごく美味しいよ!」


「ほう、これはかなり上質な酒だな。果実の甘さが喉を通る時に絶妙な爽快感を与えている」


「なんや、こんなとんでもない酒飲んだことないで!」


 三者三様に自分達が飲んだ果実酒の味わいに感嘆の声を漏らし、そんな反応を見てにこやかな笑みを浮かべたセレスは、


「そちらはフローラ様が密かに造られていたアルトブランドのフルーツを材料にした果実酒です」


「えっ!? これアルトの村のフルーツで出来てるの!?」


「それは凄いな……。これは確実に村の特産品になる一品だ」


「はい、フローラ様はこの村を更に盛り立てられないか、日々苦心されていたようですので」


 俺達がそっとフローラの姿を探すと、色取り取りの果実がふんだんに使われたフルーツタルトや果実酒をゴブリン兵達や森羅教徒や魔女達に熱心に勧めて布教活動に勤しんでいた。


「……彼女には、この宴会が終わった後に何か礼をせねばな」


「ああ、フローラもかなりこの村のことを気に入ってるんだよ」


 俺達は口元を綻ばせ、そっとグラスを近づけると、


「「「「乾杯」」」」


 心優しい少女が丹精込めて作り上げた努力と愛情の結晶をしっかりと味わった。

 

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