第64話 アイリーン師匠?(女神暦1567年5月6日/アルトの村)

 昨日の歓迎会も終わり、新たな入村者達の受け入れが本格的にスタートした。

 森羅教徒やルスキア法国の魔女達はカザンでニーナの伝手を頼りに大量に仕入れた天幕や寝袋を使って寝起きしてもらっているが、いつまでもそのままという訳にはいかない。

 ある程度の雨風は防げても、暴風や豪雨に見舞われれば天幕は破損してしまう為、取り急ぎ住居の確保が最優先課題となっている(まあ、自分から好きでアウトドアライフを送っているフランソワは一旦脇に置いておくとして)。

 アルトの村は俺達の生活しているギルドハウスを除けば、無事な建物は数える程しかなく、材木や人手も圧倒的に足りていなかった為、今まで手付かずとなっていた。

 だが、今では……。


「おい、釘をもっと持ってきてくれ!」

「この資材はここに置いておけばいいか?」

「そっちに傾き過ぎだ! もっと左、左!」


 アルトの村は大復興の真っ最中だった。

 大工道具を抱えたゴブリン兵達がテキパキと要領よく半壊していた住居から修繕作業を進め、通りを駆けていく。

 山野や森等の自然の中で暮らすゴブリン族である彼らが生活区として選んだ(村民以外の人間にもしゴブリン族が村の中を闊歩している姿を見られたら面倒事になると、こちらを気遣ってくれたダガン将軍とゴブリン兵達は宴会後に大森林の奥へと住居を構えることになった)、北の大森林から朝早くから伐り出した木材をせっせと村の中へ運び込み、住宅用の資材へと加工していく手際の良さには完全に唸らせる。


「まさか、ここまで手早く村の建物が直っていくとは……」


 大きく目を見開いて感嘆の声を漏らすゼルダに俺も完全に同意する。


「まさか、ゴブリン兵達が建物の修理全般を自分から提案してくれるとは思わなかったよ」


「ああ、まさか日の昇らぬ内から作業を始めてくれているとは思わなかったが、早朝から始めたにしてもこれほどのスピードでここまで仕上げられるとは……」


 昨晩の歓迎会後、各自の天幕へ戻っていく少女達を物言いたげに見詰めていたゴブリン兵達は、村長である俺の所まで押し寄せて来て、


「女子供があんな風にすし詰め状態で暮らしてたら、息が詰まりますぜ。いっちょ、俺達に任せて下さい!」


 そう得意げに胸を張って鼻を掻いていた彼らの自信に満ちた表情が印象的だったが、まさかこれほどまでの急ピッチながらも正確で精錬された工事には感嘆の声しか出ない。


「アレン殿、ゼルダ殿、ここにいたか」


 作業中のゴブリン兵達に労いの言葉を掛けながら、鍛え抜かれた巨躯を活かして数十キロはあろうかという大きな木材を両肩に載せて運んでいる途中のダガン将軍がこちらに気付き声を掛けに来てくれた。


「おはようダガン将軍。朝早くから作業して貰ってありがとう」


「礼には及ばん。我々は彼女達に大きな迷惑をかけてしまった。住まいとなる場所の整備ぐらいでは罪滅ぼしになるとは思わんが、出来るだけのことはしようと思っている」


「その気持ちだけで十分だと思うよ。元『ゴブリン・キングダム』だからといって、別段彼女達は君達を嫌ってはいないだろう?」


「うむ、そう見えるだろうか?」


「少なくとも、世間一杯では忌避される君達の容姿に何の抵抗感もなく笑顔で触れ合っている姿を見る限りではあるが、私の目にはそう映っている」


 ゼルダは柔和な笑みを浮かべ、俺も相槌を打つ。


「ああ、皆喜んでるし、なし崩し的にではあるけれどこの村の村長になった俺としても、村がこうして立ち直っていくのは凄くありがたいし、感謝してる」


「この村出身の私も同様だ。本当にありがとう」


「……作業に戻る。これからエリーゼ殿の翼竜ワイバーン達の竜舎の建造現場に向かう途中なのだ。何かあれば、そこに来てくれ」


 ダガン将軍はそう言い残して足早に去って行ったが、その耳が赤く染まっていたのは丸わかりで、将軍には悪いと思いながらもゼルダと共にクスリと笑みを漏らす。


「ダガン将軍も、案外と可愛らしい反応をするものだな」


「面と向かって礼を言われて気恥ずかしくて、赤面した顔を見られたくなかったのかもな」







「ええい! ああぁ、また外れちゃった!」


「ほらほら、エルザさん。それでは隙だらけですよ」


「おっ、やってるな」


「ああ、そのようだ。戦況は……エルザが手玉に取られているのが容易に分かるな」


 村から十分程離れたコントラルト平原へと俺とゼルダは足を運んでいた。

 僅かな灌木程度が自生している程度で、目立った遮蔽物のない視界の開けた平原では、一つの戦いが終わろうとしているところだった。

 アイリーン。

 『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』に潜入して行方不明の妹を探していた亜麻色の髪の少女。

 ルイーゼの【神眼】スキルの結果では、安全な人物で警戒は必要ないと判断された彼女だが、今後この村に出入りするにあたってもう1度会って話をしようとカザンの宿屋に滞在する彼女に来てもらったのだが、彼女から1つ提案を受けたのだ。



『いきなり信用してほしいと言っても無理かもしれません。なので、どんなお願いでもおっしゃって頂いて、私がそれをクリアすればこの村に出入りすることを許可して頂きたいのですが……よろしいでしょうか?』



 俺とゼルダやカレンはルイーゼの【神眼】スキルを信頼しているので、そこまでしてもらう必要はないと彼女の願いを辞退しようとした。

 しかし、そこは譲れませんと意外にも引く様子のないアイリーンの様子を見ていたエルザが思い付きで、


「それじゃあ、アイリーンさん! アイリーンさんは冒険者なんだよね? 私と試合をしてほしいっていうお願いじゃダメかな?」


 と提案したことで、周囲に人がおらず騒いでも問題のないコントラルト平原に移動して試合が行われることになったのだが……アイリーンの実力がエルザよりも天と地の開きがある程上回っているのは傍から見て一目瞭然だった。

 エルザが隙を作ろうと戦闘中に突発的に身を屈めて足払いを仕掛けても、僅かに数歩後ろ下がるだけでそれを顔色一つ変えず躱す。

 胸元目掛けて放たれた飛び膝蹴りも軽く体を捻って難なく躱すと同時に、目標を外して空中で隙だらけになったエルザの脳天に茶目っ気のある笑顔を浮かべて「えいっ」と手刀を下ろして、「わあぁ!?」とバランスを崩したエルザがフカフカの芝が生えた地面に落下する。


「うわぁぁあああ! また負けた!」


「ふふふっ、これで私の14勝0敗ですね」


「強い! 強過ぎるよ、アイリーンさん! どうしてそんなに強いの?」


「これでも妹を探す旅の中で色々と荒事やトラブルに巻き込まれることも多々ありましたので、自衛だけの力を身に付けようと鍛錬してきたのですよ」


「是非、私の師匠になってほしいなあ。私もっと強くなりたいんだ。アレン様やゼルダ様達に守られるばかりじゃなくて、皆を私が守れるようになりたいの!」


「エルザさんなら、きっと強くなれますよ」


「う~ん、そうかなあ?」


「ええ、蹴り技を主体とした体術も攻撃がワンパターンなのと、技の一つ一つが大振りで隙が生じやすいのが課題ですが、技を単発で放つのではなく次の技へと間髪入れずに繋げられるようになれば、より強くなれるとおもいます。微力ながら、エルザさんのお師匠さんになってもよろしいですか?」


「ええっ!? 本当に良いの!?」


「勿論。行方知れずの妹のことも気懸かりではありますが、手がかりも途絶え探すアテも今は全くありませんし、しばらくはこの国に留まって自己鍛錬に励もうと思っていましたので」


「それじゃあ、ええっと、アイリーン師匠!」


「はい、何でしょう可愛いお弟子さん?」


「不束者ですが、これからよろしくお願いします!」


「ふふっ、まるでお嫁さんに行くような感じですけども誠心誠意頑張りますね」


 アイリーンは朗らかな笑みを浮かべ、「師匠、師匠♡」と満面の笑みでじゃれついてくるエルザが可愛くてたまらないといった様子で頭を撫でている。


「どうやら、本当にアイリーンは良い人みたいだね」


「エルザもあんなに懐いているし、アルトの村への出入りについては問題ないだろう。まあ、もし彼女が何か不穏な動きを見せた時には私達が対処すればよい話だ」


「ああ。エルザもグレゴール伯爵領での戦いからますます自己鍛錬に余念がなくて、強くなるのに必死な様子だったから、師匠が出来たのが嬉しいんだろうな」


 アイリーンにギュッと抱き締められて豊かな双丘に顔を埋まり、ギブギブ! とお師匠様の肩を叩いている弟子の姿に苦笑しながら、俺達は二人の師弟へ昼ごはんが出来たから食べにおいでと呼びに歩き出した。

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