第62話 下世話?な恋バナ(女神暦1567年5月3日/アルトの村・中央広場)

 ガガン達との決闘後、私達はザラの村で一泊して、早朝に村を出立した。

 祝勝会として再び宴会にも参加してほしいと懇願されたが、あまり長い間アルトの村を留守にしたくはない為、丁重に辞退させてもらった。

 ザラの村での稲作事業の開始(稲の提供と栽培方法は農家を営んでいる村人達に詳細に説明したので、フローラ曰く大丈夫そうみたい)についてもゾランが責任を持って取り組むと確約してくれた。無事に実って収穫し終わったら村まで必ず届けに行くと言ってくれている。

 ガガン達は私に多対一の勝負でボロ負けしたのが余程堪えたようで、武者修行の旅に出ると言って夜の内に森の奥へと姿を消し、彼を心配した取り巻き達も彼の後を追っていった(粗暴な性格をしているが、あれでも人望はあるみたいだ)。

 蜥蜴人族リザードマン達との出会いを得て村を後にしたのはいいものの、森の中で突如フローラの足元に若草色の魔法陣が出現し、その姿が消失してしまった時は大慌てだったけれど、マーカスがアルトの村とザラの村までの道中の地形を事細かに記憶してくれていたおかげで遭難することはなかった。

 無事にアルトの村に到着してからマーカスやニーナが帰路に着き、ドロシーからルイーゼも突然魔法陣に吸い込まれるように消失したこと、首都から使者が訪れてアレン達が隣国のマルトリア神王国へ旅立ったこと、アイリーンとの対談結果等、様々な情報が入って頭がこんがらがりそうだったけど、とりあえずはアレン達が帰ってこないと『|隷属者(チェイン)』達の行方についても分からないし、今は皆が帰ってくるのを待つしかないという結論になって数日経ったんだけど……。


「アレン達、いつ戻ってこられるのかな?」


「あら、カレンさん。やっぱり心配ですか?」


「うん。使者の人からの話だと元奴隷の子を国元まで送っていく依頼みたいらしいけど、何か事件に巻き込まれてないか不安なんだよね」


「まあ、それは確かに当然の心配だとは思いますが、きっと大丈夫ですわ。なにせ、救国の英雄と闇ギルトのボスを単独で撃破してしまわれるような方々なのでしょう? そこらの山賊や魔物相手なら何も問題ありませんと思うのですが」


 アルトの村の中央広場。

 そこの一角に積まれた木箱に腰掛け、広大なコントラルト平原へと沈んでいく太陽を眺めながらマグに注がれたお茶を啜る私とフランソワ。

 果樹園での収穫作業や摘果を終えて、ギルドハウスに帰る途中に仕事終わりのフランソワと偶然出会い、是非お茶でも飲みながらお話しましょう! と誘われ、こうして雑談に興じている。

 フランソワは広場の近くの空き地に天幕を張って生活しており、生活必需品の類もマーカスの定期便に乗って自前で買い揃えている。

 今飲んでいるお茶もわざわざ彼女が焚火で湯を沸かして淹れてくれた物で、値段を聞いた時は思わず吹き出しそうになる程の高値に目を見張った(家出をする時にこっそりと家のキッチンからお気に入りの茶葉を幾つか失敬してきたと、ばつが悪そうに目を背けながら教えてくれた)。


「まあ、アレン達のことだから、もし厄介事に巻き込まれたとしても何とか切り抜けて村に帰って来てくれるとは思うんだけど、何日も顔を見てないとやっぱりね……」


「そういえば、ドロシーさんも仕事中もどこか上の空といった顔で薬草学の本を子供の絵本の棚に戻そうとして、慌てていましたわね」


「へえ、珍しい。ドロシーって図書館の業務に関してはルイーゼの代理も務まる程しっかりしているイメージだったんだけど、そういう失敗もあるんだ」


「ええ、ルイーゼ館長が突然不在になってしまれた困惑もあると思いますが。やはり、想い人が身近から離れてしまっているので気もそぞろといったところなのでしょうね」


「……やっぱり、ドロシーってアレンのこと好きだと思う?」


「? 私は村長様とは面接の時にお会いした程度ですが、ドロシーさんが本以外の話題で一番生き生きとした表情で話されるのはアレンさんのことばかりですし、ああ多分そうなんだろうなあ、と」


「ああ、やっぱり傍から見ててもそうだよね」


 ドロシーはアレンのことが好き。

 薄々そうなのかなと思っていたけれど、私以外にもそう感じている人はこうしていたみたいだ。

 ゼルダもアレンに好意を寄せているのは分かっていたけれど、ドロシーの場合は自分の気持ちが恋だとは全然自覚していない感じだろう。

 前にルイーゼの図書館にアレンが行った際に彼から何か特別な言葉を掛けてもらったようで、それ以降アレンのことを目で追うような仕草が目立つようになったけれど、普段のアレンと本の話題を熱心に語り合っている様子を見ていると自分の恋愛感情には全然気づいていない感じだし。

 渋みよりも芳醇な甘さが勝ったお茶を口元に運びながら、


「フランソワは、ドロシーの恋を応援するつもりなの?」


「ドロシーさんが幸せになるなら、全力で私は背中を押すつもりですわよ。私、ドロシーさんのこと大好きですし。

 ですが、急かし過ぎるのも申し訳ありませんし、ドロシーさんとアレンさんが良い感じになるようなシチュエーションがもしあれば機会作りをする程度の力添えしかできないかなと思います。

 カレンさんは、どうなさるつもりですの? カレンさんはアレンさんに対して恋慕の情はありませんの?」


「う~ん、私はゼルダのことも応援しているから、どちらか一人の肩は持たずに焦らずゆっくりと気持ちを育んでいったらいいじゃないかなってスタンスかな。

 アレンのことが好きなのかは……正直分かんないな」


 アレンはとっても良い人だと思う。

 気遣いも出来るし顔も悪くない。

 『隷属者』の力を引き出して敵を撃退する強さも持っているし、惹かれる要素は沢山ある。

 だけど、今まで異性に対して恋心を抱いたことのない自分が彼に対して感じている気持ちが恋と断言できる自信はない。

 アレンをこっちの世界に恣意的ではないといえ、強制的に召喚してしまった負い目があるせいかもしれないけれど、彼と恋人とか特別な関係になっている自分が中々想像できない感じかな。


「アレンへの気持ちが恋なのかは分からないけれど、彼のことは人間としては好きだって断言できる」


「アレンさんのことをとても信頼していらっしゃるのですね」


「何度もアレンには私達もこの村も守ってもらったからね」


「私も誰かにそんな風に頼ってもらえるような人間になれるでしょうか?」


「今でも十分なっているじゃない。ルイーゼもドロシーもフランソワを頼りにしているし」


「ふふっ、そう言って頂けるととても嬉しいですわ。ああ、もう外も暗くなりましたし、この辺りで解散と致しましょうか?」


「ええ、そうね。というか、私達他人の恋バナをこんな風にしちゃってたけれど、下世話というか余計なお世話感が凄いわね……」


「それを言われてしまいますと、確かに……。以後、気を付けましょうか」


「そうね。あんまりちょっかいかけすぎるのも良くないし、見守っていきましょうか」


「当面はその方針ですね」


「お茶ご馳走様。美味しかった」


「お粗末様でした。また、いらしてください」


「是非お邪魔するわ。というか、フランソワは天幕での生活でいいの? 村の建物のほとんどは燃え落ちているか半壊か全壊って有り様ばかりだけど、損傷が少ない建物もないこともないし、そこに移ってもいいのに」


「いえ、私こうした野外での生活に昔から憧れていましたので、今の生活を十分満喫していますから、お気持ちだけ受け取らせて頂きます」


「そう、ならいいんだけど。それじゃあ、おやすみなさい」


「おやすみなさい」


 二人分のマグを抱え天幕へと歩き出したフランソワと別れ、ドロシーとシャーロットが待つギルドハウスへ歩き出す。

 ルイーゼやフローラがいない今、あの家には私達3人しかいない。

 ドロシーやシャーロットは表立って寂しいと言うことはないけれど、食事中にアレンとゼルダが座っている空白の席に視線を送っていることが多いので、二人の胸中は押してしかるべきだった。


「……早く、帰ってこないかな」


 やっぱりあの家にはあの二人も揃ってこそ家族という感じがする。

 早く、ドロシーとシャーロットが喜ぶ顔が見たい。





 ……そんな風に思っていた日の翌日。翼竜ワイバーンに乗ったアレン達が村に帰還し、彼らが異国から連れて来た人々の姿に皆揃って度肝を抜かれたのは別の話だ。


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