第61話 虹の魔女(女神暦1567年4月30日/ザラの湖・決闘場)

 審判の腕が振り下ろされた刹那、敵前衛2人が間髪入れずに弾かれたように跳び出して来た。


 速い!

 戦闘開始の合図と同時に、板張りの床をすかさず蹴り抜いて加速して肉薄する前衛職の2人は猛然とこちらに疾駆する。


「やっぱり魔法を使う隙は与えてくれないか!」


「当然だ! ガガン様を侮ったことを後悔するがいい!」


「人間の女が日々鍛錬を欠かさず精進し続ける我らに勝てる道理があると思ったか!」


 まず大槍の蜥蜴人族が先んじて私の脇腹目掛けて穂先を躊躇なく一気に突き出す。

 両腕で握り締め、腕を伸ばしきった槍の一突きが寸分違わぬ精度で私の体に風穴を穿つ刹那、


「風のタクト、『風守の大盾エアロ・イージス』」


 私の肉を食い破る直前だった槍の穂先が突如私の体の前に展開された風の障壁に阻まれ、槍全体がミキミキとしならせながら弾かれる。


「ば、馬鹿な!」


 予想だにしなかった風の防壁に得物が弾かれ、握り締めた槍ごと両腕が頭上に向かって大きく上に伸びきった状態のまま瞠目する蜥蜴人族。

 槍の一撃を弾くと同時に消滅した風の防壁を見ても、攻撃の好機よりも警戒心が勝ったのか、手甲を装着した蜥蜴人族は体捌きが優れているようで、不測の反撃に備え即座にバックステップして私と距離を取る。

 しかし、全力の一突きを放ち、それが防がれた衝撃にショックを隠すことのできなかったもう一人の蜥蜴人族のがら空きのお腹は致命的な隙を晒していた。

 向こうが速攻で来たんだ。

 なら私も、向こう流に倣おう。

 暗殺者の使う暗器のようにを片手で器用に抜き取り、深緑の色を湛えた宝石が先端に嵌められた指揮者が振るう指揮棒のような銀色の杖を蜥蜴人族のお腹に向けて構える。

 そして、唱える。


「風のタクト、『暴風の鉄拳ストーム・ギガンテス』」


 杖の先端に灯った深緑の輝きが燐光を放った刹那、爆風をボール状に押し固めたような風属性の魔力を宿した風の砲弾が発射される。

 直撃だった。

 咄嗟に腕を胸元に寄せてガードしようとしたみたいだけど、それも間に合わずまともに喰らった蜥蜴人族が錐揉みしながら吹っ飛び、瞬きする暇もなく湖の水面を水切りのように何度も跳ねながら着水した。

 呆然自失。

 舞台上にいるガガン達も審判も。

 観客達も。

 フローラやシャーロットといった、私が魔法を使う場面をほとんど目にしたことのない人達も。

 あんぐりと口を開け、戦闘開始直後にガガン勢の一人を脱落させた少女に視線が集中する。

 あの少女は一体何者だ?

 そう目で訴えかけられているのをひしひしと感じる。

 一早くショックから立ち直ったガガンは、大剣を慌てて抜剣するとこちらに切っ先を向け、


「女! 袖口に杖を隠していたのか! それはルール違反ではないのか!」


「この試合は武器の使用については縛りはないでしょう。私は試合開始の前から魔力の錬成をしていた訳でもないし、貴方達が仕掛けてきてから魔力を錬成して魔法を放っただけ。それに貴方、胸元の革鎧の中に仕込み針みたいなの隠し持ってるでしょ?

 私を糾弾するなら、それもアウトなんじゃない?」


 腰元のロッドホルダーに入れておいた杖をこっそり袖口に忍ばせておく行為に関しては、試合前にゾランに確認したところ別段問題ないという答えだったので実行してみたけれど、十分な奇襲になったし大成功かな。

 それにこの湖上の決闘上に向かう途中の船上で、ガガンがこっそりと革鎧の隠し裏側に針のような物をそっと差し込んでいた(多分針を収納するポケットみたいな物が付いているのだろう)のを目撃していたので、イケると思ったのだ。


「なっ、何故気付いて!? ……グッ、まあいい。女の風の魔法に注意しろ! 最悪一人二人なら脱落しても構わん。特攻覚悟で突っ込めば勝機はある!」


 ガガンが半ば喚き散らすように大剣を大きく振り上げると、それに呼応するように手甲の蜥蜴人族と大盾の蜥蜴人族が左右にバッと散開し、緩く円を描くようにこちらに疾走する。

 右側から向かって来る手甲の蜥蜴人族は風の障壁に阻まれたとしても二撃目を確実に当てるつもりか、右腕を大きく胸元に引き、左腕は右腕が弾かれた際の二発目を素早く当てる為に前腕を前に突き出した姿勢。

 左側から突撃してくる大盾の蜥蜴人族は頑丈な大盾を体の正面に突き出し、全体重を載せたシールドアタックをぶちかまそうと雄叫びを上げながら全力で向かって来る。

 どちらかが負けても確実に勝ちを取りに行く。

 その気迫がここまで伝わって来る。

 だけど、


「負ける訳にはいかないの!」


 風の魔力を封じた杖を腰元のロッドホルダーに素早く戻し、更にの杖を間髪入れずに抜き取る。

 左手には真紅の輝きに彩られた宝石を戴いた杖を。

 右手には混じりけのない藍色の宝石を戴いた杖を。

 驚異的な魔力錬成速度。

 常人であれば、魔力の錬成を行い魔法を発動するまで最短でも数秒は要するが、カレンはそれを遥かに上回る速度で行う。


のタクト、『乱舞せよ、赤薔薇の刃ローゼン・ボマー」! のタクト、『『大海の怒滴ラメール・ティア』!」


 篝火の灯火を容易に凌駕する熱量を宿した真紅の輝きを放つ火炎の薔薇が杖の先端に花開き、その花弁が1枚1枚剥がれ落ちて蜥蜴人族の大盾に集中砲火を加える。

 深い深海の濃厚な青を湛えた激流が藍色の宝石から生み出され、拳を振り抜かんとしていた手甲の蜥蜴人族を容赦なく飲み込む。


「ぐおおぉぉぉぉぉぉおおおお!」

「ぎゃああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 赤薔薇の花弁が直撃した大盾は真紅の火炎を浴びてバラバラに爆ぜ、追加の花弁が無防備になった蜥蜴人族の肉体にぶつかると小規模な爆発を起こし(殺しは駄目なので威力は抑えた)、その熱量と衝撃に蜥蜴人族は思わず膝を屈し、「こ、降参だ!」とヒリヒリと痛む赤くなった皮膚を手で押さえながらリタイアする。

 土砂降りで増水した荒々しい河川の激流の如き大量の水が、一条の柱となって蜥蜴人族の体をあっという間に押し流し、激流の中で何度も体を回転させながら湖へと激流と共に流されていった手甲の蜥蜴人族の悲鳴が響いて消えていった。

 3人脱落。

 残り2人となったガガンは、最初の頃の威勢が影も形もなく、大きく目を見開いて、畏怖を孕んだ疑問を口にする。


「ま、魔力の錬成が早すぎる。そ、それに風の魔法だけでなく火や水の魔法まで同時に使えるのは……そ、そうか! 貴様、あの魔法は『樹宝アーク」か!」


「う~ん、半分正解で半分不正解かな」


「? ど、どういうことだ!?」


「私が今持っている杖は貴方の言う通り、『樹宝』で間違いない。でも、さっき私が使った魔法はこの『樹宝』の能力でもない。純然たる魔導士である私の魔法よ」


「だ、だが、魔力の属性には個人で適正がある。通常であれば1~2種類の魔力属性に適正がある者なら、他の属性の魔力を錬成しようとも雲散霧消して魔法の体を成さずに発動に失敗するのが道理の筈!」


 狼狽するガガンの発言は正しい。

 人には生まれ持って魔力の属性に適正が存在する。

 火の魔力属性に適正がある者は、相反する水の魔法を発動しようと水属性の魔力を体内で錬成しようとしても魔力が形にならず魔法の発動にまで至らない。

 常人なら1~2種類、天才なら3~4種類の魔力属性に適正があるが、それを超える程の魔力属性を持つ者は非常に稀有な部類。

 そして、自分は生まれながらにして後者だった。

 誰もが恨む程の魔法の才。

 魔導士として絶対的なアドバンテージである多彩な魔力属性の適性。

 十分に恵まれすぎた力だ。

 しかし、ある一点を除けば。


「私は多属性の魔力に適正があった。でもね、魔導士としては致命的なある物が圧倒的に足りてないの」


「?」


「魔力量よ。折角色々な属性の魔法が扱えても、すぐにガス欠になるほどの魔力しか錬成できない欠陥品。それが私なの。でもね……」


 私が腰元に巻いたベルトに装着しているロッドホルダーに付けられた革製のカバーを取り外すと、ガガンとバトルアックスを手にした蜥蜴人はそこにある物に目が釘付けになった。

 大地の魔力を宿した橙色の宝石。

 凍てつく冬の寒さを想起させる水色の宝石。

 空と雲を切り裂きながら暴れ回る雷光の輝きの如き黄色の宝石。

 そして、私が服の内側にある秘密のポケットからそっと抜き出した闇の魔力を宿した紫色の宝石を嵌め込んだ杖。

 風、火、水の杖を合わせて計7本の魔杖。


「地、氷、雷、闇、風、火、水属性の魔力量と破壊力を倍加させる魔力増幅装置、『虹に愛された魔女の愛杖アルコバレーノ』。そして7種類の魔法を操る『虹の魔女エレメンタル・ウィッチ』である私。どう、まだ続ける? 続けるなら、さっきの魔法よりももっとキツめの奴をお見舞いす……」


「「ま、参りましたぁぁぁぁぁぁ!!」」


 恥も外聞もプライドも何もかも投げ捨て、武器を放り投げて土下座するガガンと取り巻きの蜥蜴人族の姿を見た審判は目を白黒させつつ、こちらに茶目っ気のある笑みを浮かべ、


「勝者! 我らの新たな友、カレン=カーヴァディル!」


 観戦客達からの割れんばかりの拍手と歓声、そして私が一番守りたかった女の子の満面の笑みが私を包んでくれた。

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