第52話 新たな仲間達とリストラ宣言(女神暦1567年5月2日/ピゾナ)

 伯爵が俺達に提案してきた依頼内容は、森羅教・ルスキア法国出身の魔女達・ダガン将軍率いるゴブリン部隊の三勢力をアリーシャ騎士団領へ亡命させるというとんでもないものだった。

 なんでもグレゴール伯爵は、マルトリア神王国の頂点に君臨する神王からの許可もなく、どこにも行くアテのない彼女達への情けから魔女達と森羅教の面々を地元民もあまり近寄る事のない東の山脈に匿っていたらしく、神王へ『ゴブリン・キングダム』襲撃の事件の報告をするにあたり、彼女達が伯爵領内に留まっていると拘束もしくは長期間の幽閉処分を受ける可能性があるらしい。

 特に『ゴブリン・キングダム』を途中で抜けたとはいえ、ダガン将軍達は闇ギルドの者達であった過去がなくなった訳ではない。十中八九、尋問の後に全員斬首刑に処されると伯爵は断言した。

 魔女達や森羅教の者達は無断で東の山脈に潜んでおり、ギルドを私情で離脱した他のゴブリン達と共に、伯爵領の侵略を行おうとしていた『ゴブリン・キングダム』の騒動に乗じて消息を絶ったという筋書きで神王への報告をするので、俺達は国境警備隊が壊滅状態になっている東の山脈伝いにアリーシャ騎士団領の北部へと三勢力の人々を誘導してほしいらしい。


「異教徒や数多くの偏見を持たれているゴブリン達を内包した三勢力の者達を救うために一番安全だと考えられるのは、他国に逃れる事だ。

 世界樹連合加盟国は未加盟国に対して何かしらの攻撃や経済制裁、内政干渉を行う事は別段禁止されてはいないが、確実に国際社会から糾弾の的になる。他国に落ち延びたと推察される異教徒や魔法を行使出来ない魔女、野蛮なゴブリン族を追撃する為だけに騎士団領の土を踏み荒らすような不利益ばかりしか生まない真似を行う事はないだろう」


「既に三勢力のトップの者達とは話を付けてあります。後は皆さんの承諾さえあれば、今日中に出立して頂く事にはなりますがアリーシャ騎士団領へ向かって頂きたいのです。報酬は今回の依頼とピゾナの町での救助活動、東の山脈での戦闘への多大なる貢献と併せて、これほどでいかがでしょうか?」


 アニスが報酬を記載した書類を取り出し、俺とゼルダ、エルザは肩がくっつくほど顔を寄せて一枚一枚丁寧に目を通していく。


「ぜ、零が一杯付いていて目が回りそうだよ……」


「い、いくらなんでもこの金額は我々が貰い過ぎなのではないか?」


「アルトの村の復興費用を考えるとこれだけの額があるのはありがたいけど……ちょっと待ってくれ。れ、霊晶石も貰えるのか!? 新しい『隷属者チェイン』がまた召喚出来るじゃないか!? 伯爵、この依頼俺受けますよ!」


「お、おい、アレン。新しい『隷属者チェイン』を召喚可能になるというのは確かに魅力的ではあるが、そのように即決しなくてもいいのではないか? 彼らの衣食住に関してはアルトの村で定住してもらえば大方は解決するが、もう少し慎重に……」


「ちなみに捕捉させて頂きますと、神都から定期巡回してくる査察官が訪れるのは明日の早朝頃になりますので、皆様にお断りされますと三勢力の皆様が神都へ連行コースは必至です」


「くっ、断れば良心の呵責が半端ではない情報を問答無用で放り込んでくるとはっ!?」


 優雅に珈琲を啜りながらナチュラルに爆弾を投下したアニスと、さっさとその書類にサインしちゃいなよ君達、と羽ペンとインク瓶を机上にスタンバイ済みの伯爵がニヤニヤ顔でいるのが小憎たらしかった。

 エリーゼからの同情を帯びた眼差しと、お腹の辺りで小さく手を合わせて「うちの上司達が迷惑かけてごめんね」と小声で謝罪してくれた彼女の優しさが胸に染みる。

 フローラの果樹&野菜栽培も軌道には乗っているので、多少大所帯になっても飢える事はないとは思うが、やはりこれは大きな決断である事は変わりない。

 行き場のない彼らを一時の同情や哀れみで騎士団領に招いた事で、後々新たな火種を生み出す可能性も皆無ではないのだ。

 俺も勢いで伯爵の依頼を受諾しようとはしたが、激動期を乗り越えて再生の時を少しずつ歩み出している騎士団領の人々を再度苦しめるような状況を作り出してしまうのは正直気が咎める。

 う~ん、どうしたものか。

 俺とゼルダが三勢力を救う事と、アリーシャ騎士団領の安泰を天秤に掛けて思考に埋没していると、エルザが神妙な顔つきで、


「アレン様、ゼルダ様。私は帰る場所のない辛さを知っているから、魔女さん達や他の人達にはアルトの村に来てほしい。私達がアレン様達に救われてから出会った新しい居場所に、行くあてのない人達が笑って暮らせる場所に皆を迎えてほしいって思うんだ」


「……エルザ」


「私は『四葉の御旗フォルトゥーナ』の冒険者じゃないから、依頼を受けるかどうかはアレン様達が決める事だっていうのは分かってるつもりだよ。だからこれは、私のわがまま。魔女さん達も他の人達も幸せに安心して暮らせる素敵な村に暮らして欲しい。アレン様、ゼルダ様、駄目かな?」


 一時も俺達の目から視線を外す事無く、真摯な面持ちでこちらに頭を下げたエルザに俺とゼルダは思わず顔を見合わせる。

 奴隷として売り飛ばされて故郷を強制的に離れる事となった彼女にとって、居場所を失い路頭に迷うか、薄暗い獄中に入るか、断頭台に上るかというろくでもない選択肢しか残されていない三勢力の人々はかつての自分とダブって見えているのだろう。

 エルザと境遇こそ異なるが、三勢力の人々にも救いの手を差し伸ばしたいというのは俺とゼルダの率直な気持ちだ。

 魔女達は魔法こそ使えないが現状人手が足らず収穫作業が追い付いていない畑仕事を手伝ってもらえれば、ニーナの店へ卸す事が出来る野菜の量も飛躍的に向上するだろう。

 森羅教の少女達は腕が立つ者も多くいるらしいので、村の自警団を担ってもらえればありがたい。

 ダガン将軍達ゴブリン族は世間からの差別意識が激しいため、すぐさま村の中で暮らしてもらうことは可哀想だが遠慮してもらった方がいいのかもしれないが、元々山野で生活基盤を築く種族であるため北の大森林の一部に集落でも造ってもらうのもいいだろう。彼らの精強さと膂力りょりょくがあれば木々の伐採作業も可能だろうし、破壊されたまま放置されている村の建物の修復に圧倒的に不足している木材の確保も現実味を帯びてくる。

 彼らにアルトの村に来てもらえれば、村の復興速度はかなり加速する。

 それを考えると、村全体にとってのメリットも非常に大きい。

 騎士団領の領主であるアリーシャの断りもなく、彼らを領内に引き入れても良いのかという大前提はあるが、火急に彼らを匿う場所を用意する必要があるのも事実。

 完全な事後承諾といった形にはなってしまうが、騎士団領に戻った際に事の顛末と彼らが比較的穏便な処置を受けられないかひたすら頼み込むしかないだろう。


「ゼルダ。アリーシャ騎士団領に彼らを連れて行く事が本当に正しいのかは分からないけど、俺達の村に皆を招待出来ないかな?」


「……私個人としても、彼らをこのまま放置して国に帰るのは後ろ髪を引かれて居心地が悪い。肝心のアリーシャがどう思うかは分からないが、それほど大きな脅威でもない亡命者を取り戻すためにマルトリア神王国がアリーシャ騎士団領に戦争を仕掛けてくる事態に陥る事はないと思うし、彼らをアルトの村に連れて行くのもやぶさかではないな。無論、彼らを騎士団領を招いた事で発生した事件に関しては、私達が全力で解決する気構えは必要だが」


「ああ、それは当然だな」


「わあ、ありがとう、アレン様、ゼルダ様!」


 我が事のように両手を上げてバンザイするエルザにしばし微笑ましい視線が集中する。

 伯爵も俺達が三勢力を騎士団領に招き入れる事に賛同してくれたと判断し、ホッと胸をなで下ろした様子でこれで一安心だとばかりに珈琲を再び口に運ぶ。

 それからはアニスが簡単な事務手続きや東の山脈を踏破するための隠しルートの説明、伯爵の署名と捺印入りの冒険者ギルドへの依頼書の概要を解説された。

 ピゾナの町と東の山脈での戦いに参加した事への謝礼金と今回の依頼の報酬金額を、カザンにあるギルド会館で受け取れるよう、この依頼書にその旨を書き記しておいたので、マルトリア神王国で営業しているギルド会館からカザンのギルド会館へ送金されるとの事だ。

 そして、伯爵が懐から取り出した報酬の一つである霊晶石を受け取り、俺達が伯爵達に別れの言葉を告げ席を立とうとした刹那、


「おっ、そうだ。エリーゼくん」


「なんでしょうか、伯爵様?」


 別れを惜しんでじゃれついてくるエルザの頭をアニスと共に愛おしげに撫でていたエリーゼが小首を傾げる。



「君、国境警備隊の隊長をクビね」



「……すみません、伯爵様。私の聞き間違いだと思うのですが、というかそうでないと困るのですが、唐突にリストラ宣告をされたのような」


「いや、聞き間違いではない。君は本日付けで翼竜ワイバーン隊を退職してもらい、アレン殿達と共にアルトの村で暮らしてもらおうと思う」


「「「ええええっ!?」」」


 突発的に無職に転落した事に悲鳴を上げるエリーゼと、クビになったエリーゼを三勢力の人々とセットでテイクアウトする流れになっている事に驚愕の声を上げた俺とエルザの声が見事にシンクロした。


「ど、どういう事なんでしょうか伯爵様!? 私、別にクビになるような大きな失敗とか汚職とかもやっていないと思うのですが、どうしてアリーシャ騎士団領の村へ赴任命令的な指示を受けているのでしょうか!?」


「君も知っての通り、世界樹連合加盟国と未加盟国が国交を結ぶ事は様々な規約やら議会での承認やらが必要で、半ば不可能な状況だ。だが、我々が国家のしがらみに囚われる事のない冒険者ギルドとかつての同胞に個人的に連絡や物品の取引を行う分には何の問題もないだろう」


 意地の悪い笑みを浮かべ胸を張る伯爵を横目で呆れたように見遣るアニスは、狼狽するエリーゼに向き直り、


「エリーゼ、貴女にはこれまでの功績を評価したボーナスと退職金と、伯爵領の翼竜を二十頭ほど進呈します。荒れ地の多い伯爵領以外の地形や気候で翼竜がどのような成長や順応力を発揮するのかを、他国のアルトの村で調査報告を行う現地調査員兼、グレゴール伯爵領と『四葉の御旗フォルトゥーナ』の今後とも親しい交流を結び続けるための特別大使としてアルトの村に定住して頂ければと。

 それから、『四葉の御旗』のギルドマスターであるゼルダ様には事前にお話をし許可を頂きましたが、一国家の軍属者が世界樹連合未加盟国に常駐するというのは外聞が悪いので、エリーゼは『四葉の御旗』所属の冒険者として頑張ってもらうことになりますが、ご了承ください」


 若干気まずそうにしながらも事務的に事情を説明したアニスと、降って湧いた突然の異国への転勤に呆然自失といった様子で硬直するエリーゼを横目に、俺はゼルダに耳打ちされ、


「グレゴール伯爵は表立ってアリーシャ騎士団領との交易関係を結ぶ事は出来ないが、私達のギルドと個人的に情報や物品のやり取りしたいとらしい」


「伯爵がそんな事を? 世界樹連合云々の縛りがある以上、アリーシャ騎士団領との国交解放なんて真似は出来ないのは分かるけど、他国の冒険者ギルドと交流を持つ程度ならギリギリセーフって感じなのかな?」


「世界樹連合加盟国と未加盟国との国同士の交流を実現させる事はかなり困難だが、それは国と国同士の問題だ。

 他国のギルドに依頼をする国の役人や、強大な戦力を有している他国のギルドと懇意になろうとせっせと金品を送ったりする者も実際にいるし、グレゴール伯爵と『四葉の御旗』が交流を持つ事は大きな問題にはならないだろう。

 エリーゼも先の戦いでは活躍して腕も立つし、アルトの村に翼竜を迎える事が出来れば村おこしにも一役買ってくれそうなので、伯爵の提案を承諾したものの、まさかエリーゼ本人には事後承諾させるとは思っていなかったが……」


 エリーゼには申し訳ない話ではあるが、アルトの村とグレゴール伯爵領を結ぶ大使のような役目を背負わされた彼女がいれば、グレゴール伯爵との縁が途切れる事はないだろう。

 大手を振って付き合う事が出来る訳ではないのかもしれないが、アリーシャ騎士団領の中に他国と関わりが持てる場所が生まれたのは大きな進歩でないだろうか。

 だが、まあエリーゼにとっては寝耳に水の話である事は事実なので、色々と同情する部分も多々あるが。

 俺とゼルダからの憐憫の眼差しを受けたエリーゼは若干涙目になっていたが、懸命に気分を変えなければとブンブンと頭を振り、俺達におずおずと手を伸ばす。


「えっと……なんか私も事態を完全に理解している訳じゃないんだけど、君達の村とギルドでお世話になる事になったエリーゼ=ファクトゥールです。三勢力の人達と一緒にご厄介になることになったけれど、仲良くしてくれると嬉しいかな」


 この数分で色々と人生が激変してしまいお疲れ気味な笑みを浮かべるエリーゼの手を取り、俺達は魔女達と森羅教徒、ゴブリン部隊といった三勢力の人々を引き連れてアルトの村へ凱旋する事になるのだが、それは後のお話だ。

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