第47話 それぞれの戦場へ(女神暦1567年5月1日/東の山脈)

「……『魔装化ユニゾン・タクト』か。確かにあの数を相手にするには、それが最善かもしれないな」


「私も頑張って戦うよ! アールタお姉ちゃんと一緒なら、きっと大丈夫だと思う!」


 俺の提案に動じる事もなく冷静に『魔装化』を行う事を承諾したゼルダ、内心では不安を感じているとは思うが溌剌はつらつとした柔和な笑みを浮かべるエルザに、俺は大きく頷き返した。


「それじゃあ時間がないから、早速『魔装化』を発動させるけど、二人共心の準備はいいか?」


「ああ」


「いつでもいいよ!」


「よし、セレスとアールタも大丈夫だな?」


「はい、旦那様」


「僕も大丈夫だよ。『魔装化』した方が強力な技も使えるし、別に異論はないさ」


 スカートを摘まんで折り目正しく一礼するセレス、曲刀シャムシールに手を掛けながら不敵に笑うアールタ。

 二人の『隷属者チェイン』も『魔装化』に異議はないようだった。

 ゼルダはルイーゼとの『魔装化』の経験があるが、エルザに関しては『魔装化』の経験はない。

 だが、『魔装化』した際に脳内に自然と使用可能な武装や技や魔法の情報が脳内にインストールされるので、最初は突然身に付けた未知の力に不慣れになる事もあるかもしれないが、実際に技を放てば勝手が掴めてくるだろう。

 だが一応、エルザのフォロー役として騎士団を多めにバックアップに付けておいた方が無難かもしれないな。

 視線の先には、騎士団の剣戟を何とか掻い潜った肉塊の群れが溢れるようにこちらに殺到してきており、このままでは俺達のいる場所までそれほど時間を掛けずに押し寄せてくるだろう。

 それまでに『魔装化』を二人に施し、あの醜悪な魔物を蹴散らせなければここにいる全員が連中が奴らの胃袋に収まる事になる。

 翼竜ワイバーンの騎手達は空に逃れれば命は助かるだろうが、彼らは顔を強張らせながらも魔女達を背中に乗せて続々と浮上し続け、魔女を運搬し終わった騎手達も醜い魔物の群れに驚愕しながらも逃げ去る事無く再度地上に着陸し、残りの魔女を背中に乗せていた。

 彼らは全員の魔女を救出し終わるまでは、自分達だけで逃散するつもりなど毛頭ないのだろう。

 そして彼らの長であるグレゴール伯爵も戦闘能力を有していないにも関わらず、兵士達に腹の底から声を張り上げて適宜指示を出していて、何としても戦線を維持しようと懸命に采配を振るっていた。

 彼らの命を守り通すためにも、ここで俺達が敵を一掃しなければならない。

 俺は残存している魔力を三等分にし、その内の二つをセレスとアールタに出し惜しみせずに割譲した。

 俺と契約関係を結んだ時に形成された魔力のパスを通して両者に魔力が注ぎ込まれる。

 敵対者の感覚を簒奪する呪鎖を操る侍女の体から灰色の魔力の光が活火山の噴火のように噴き出し、ルビー色の火の粉を体全体から舞い散らせるベリーダンス風の衣装を纏った深紅の髪の少女が迫りくる肉塊を剣呑な面持ちで見据える。

 二人の『隷属者』には十分な魔力が装填された。

 これなら、余程の事では魔力が枯渇するような事態に陥る事はないだろう。

 これで準備は整った。

 『魔装化』発動時には詠唱を省略して即座に『隷属者』を身に宿す事も可能ではあるが、アルトの村での『従僕せし餓狼ヴァイ・スレール』との戦いの時のように自分以外の人間に『魔装化』を施す際にはイメージを固定化させるために詠唱を行うようにしている。

 今回も詠唱を省く事はせず、確実に『魔装化』を成功させるために詠唱を行う事にする。


「我が忠実なる眷属よ。我が声に応え、我が盟友を守護せし刃と盾となれ! 白銀の鎖に戒められし幽鬼の王、セレス! 紅蓮の炎を纏いし、火精霊サラマンダーの女王、アールタ!」


 その刹那、灰色と深紅の粒子に姿を変えた二人がゼルダとエルザの中にそれぞれ溶けるように吸い込まれていき、彼女達の足元から魔法陣が眩い煌きを放ちながら展開する。

 ゼルダの足元からせり上がって来たのは、鎖で縛り付けられた頭蓋骨が中央に描かれた灰色の魔法陣だ。

 妖しい灰色の輝きを放つその魔法陣がゼルダの体をくまなく通過し、彼女の全身を包み込んだ灰色の光が霧散した場所にいたのは、悠然とした笑みを浮かべるシルバーグレーの長髪をたなびかせた少女だ。

 膝の半ばまで伸びるグレーとブラックのチェック柄のスカート。

 すみれ色の宝玉が胸の中心に嵌め込まれた紫黒しこく色の鎧。

 額の少し上にチョコンと乗ったホワイトブリムと、シルバーグレーの髪をポニーテールに束ねているブラックリボンが良いコントラストになっていた。

 そして、湾曲した曲刀とそれにとぐろを巻くように巻き付く火炎が中央に描かれた深紅の魔法陣の光に包まれていた獣人の少女の全身から深紅の火の粉が吹き荒れ、火炎の粒子が虚空に散った場所にはピジョン・ブラッドの輝きを放つ深紅の髪色に変貌した獅子耳の少女が立っていた。

 しなやかでありながら、日々の密かな鍛錬で鍛えられた両足を包むルビー色の金属製のブーツ。

 きめ細かい緋色の毛並みを持つ魔物の毛皮を使ったのかと思われる、緋色の毛皮製のミニスカート。

 細くくびれたお腹と背中を堂々と曝け出した、さらしに似た胸元を覆う毛皮の胸当て。

 獣人の特性である俊敏さを活かせるような身軽な装いに変貌した獅子耳の少女は、一変した己の姿に驚嘆の声を漏らし、キョロキョロと自分の布面積の少ない衣装を摘まんだり、秀麗な赤みを帯びた宝石のブーツに目をキラキラと輝かせて喜んでいた。


「凄い、凄い! 私、変身しちゃったんだ! それにこの姿になったのは初めての筈なのに、頭の中にこのブーツや衣装の使い方や使える技がドンドン流れ込んでくるよ!」


「ルイーゼとの『魔装化』の時も感じた感覚だが、やはり不思議なものだな、自分が習得した覚えのない技の発動方法が子細に理解出来ていく感覚は」


「『魔装化』した状態の時に使える技や魔法は、それを纏った人物の特性や得意な戦闘スタイルに自動的に適応される。だけど、その技や魔法をどう活用するかは、二人の腕次第さ。地道に鍛錬を積めば、新しい技や魔法を会得する事も出来るよ」


「成程。アルトの村に帰ったら、色々と新技の開発をするのもいいかもしれないな。……ポニーテールにしたのは初めてだが、私に似合うのだろうか?」


「めちゃくちゃ似合ってるよ。凄く可愛い」


 ゼルダの顔がボンッと一瞬で熟れた林檎のように真っ赤に染まる。

 ……ん?

 あれ、つい思った事を率直に言っちまったけど、結構恥ずかしい発言しちゃったかな?


「こら、お前達! いちゃついておらんと、目の前の敵に集中せんか! 見た目がかなり変わったようだが、見掛け倒しではなかろうな!?」


 憤慨した様子で抗議してきたグレゴール伯爵の怒号に慌てて居住まいを正すと、伯爵に向かって返答する。


「勿論です! これから俺達が魔物の群れを三方から相手取ります。俺が一際馬鹿でかい肉塊がいる南を、ゼルダが西、エルザが東を担当します! 伯爵達は北の方の魔物の群れの相手をお願いします!」


「な、何だと! お前達三人がそれぞれ単独であの群れと戦うというのか!? 無謀過ぎる!」


「魔法で召喚した騎士団の大半を二人に割り振ります! 俺は俺で色々と隠し玉の魔法も持っているので、何とかしてみせます! ですから伯爵は俺達を信用して下さい!」


「……ぐぬぅううううう。大人である私がお前達のような子供に背中を任せなければならん日が訪れるとはな。……分かった、北は我々が何とかしよう。だが、危なくなったら必ず助けを求めるのだぞ!」


「はい! ありがとうございます!」


「翼竜隊、森羅教、ゴブリン部隊の三連合軍はこれより北方面の化物共の掃討に移る! 魔女達の救助作業が終了するまで、何とか持ちこたえるぞ!」


「「「「「おおおおおぉぉぉぉぉぉおおおおおおおっ!!」」」」」


 高らかにそう指示を出した伯爵に呼応するように歓声が上がり、互いを鼓舞するような声を掛け合いながら北に向かって疾走していった。

 彼らの背中には諦める気などサラサラなく、最後まで戦い抜いてやるという十分な気迫がまるで陽炎のように立ち昇っているかのように見えた。

 あの調子であれば、精神的な面では問題はないだろう。

 彼らが北の魔物達を押し留めている間に、こちらは他の魔物達を蹴散らすのだ。

 彼我の差はもう僅か。

 そろそろ動き出さなければ、北を除いた三方の防衛ラインが食い破られるだろう。


「俺はさっき宣言した通り南の敵を殲滅する。二人には騎士団を支援要員として同行させるから役立ててくれ」


「ああ、頼りにさせてもらうよ」


「アレン様とゼルダ様も気を付けてね」


「エルザもな。これが初陣になるけれど、緊張や不安はないか」


「……本音を言うと、ちょっぴり怖い。でも、私の中にはアールタお姉ちゃんがいて、その力を私に貸してくれているのが分かるの。だから、私は大丈夫だよ」


「……そうか。よし、それじゃあそれぞれの持ち場に別れよう。健闘を祈ってるよ」


「アレン、エルザ、無事に生きて帰ろう」


「うん! アルトの村で待ってる皆にただいまって言わないといけないもん! こんなところで死んだりしないよ!」


 俺達は互いに拳をぶつけ合い、やる気に満ちた笑みを浮かべると、一斉にそれぞれの戦場に向かって駆けだした。

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